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文献番号 2019WLJCC013
明治大学 教授
野川 忍
1.はじめに
2018年に成立した働き方改革関連法は、新たな実定法の制定を伴うものではなく、36本の法令を改正するという技術的な内容のものであったが、そのインパクトは非常に大きく、とりわけ「同一労働同一賃金」というスローガンを普及させることには強い影響力を発揮した。その具体化の一つが、パート労働法を改正して有期雇用労働者をも含めた「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(以下「パート・有期労働法」)とし、それまでの労契法20条を削除したうえで、新たにパート労働者と有期雇用労働者の双方について、通常の労働者との間で「不合理と認められる相違を設けてはならない」ことを規定したパート・有期労働法8条である。施行は2020年4月1日であるが、各企業はこの対策に追われ、メディアの注目度も高い。パート労働法8条と労契法20条がいわば「止揚」されて生まれたパート・有期労働法8条は、非正規労働者の処遇を改善して正規労働者との格差を是正し、とりわけ賃金について「同一労働同一賃金」の理念を反映させ得る改善を促すことが期待されている※2。
しかしながら、同条が禁止する「不合理と認められる相違」については、特にその出自である労契法20条をめぐって裁判所も研究者も議論を重ね続けており、今後もその解釈をめぐる議論の拡大が予想される。この想定を裏打ちするように、2018年11月から2019年2月にかけて、本件を含む労契法20条の不合理性が主たる争点となった四件の事案において、控訴審がいずれも原審判決を一部変更し、同条に定める「不合理」の趣旨と、その判断基準について新たな考え方を示した。それらは、最高裁の判断が必ずしも異論なく定着しているとはいえない実情を表すとともに、パート・有期労働法8条の解釈のありかたについても一定の影響を投げかけることとなった。
日本郵便会社をめぐっては、特に有期雇用等の非正規従業員の処遇について多くの紛争が法廷で争われている。そのうち労契法20条の適用の可否に関しては、平成30年6月1日に出された二つの最高裁判決※3を受けて出された高裁による判断の一つが本件ということになる。本件控訴審は、いくつかの点で原審とは異なる注目すべき判断を示しているが、特に重要なのは、有期雇用労働者につき、その勤続期間により不合理であるか否かの評価が異なり得ることを示したことであり、それまでの裁判例の傾向に新たな観点を付加したものといえる。
2.本件の概要
本件は、日本郵便会社と時給制契約社員として有期労働契約を締結し、8年から21年勤務しつつ、郵便物の集配又はゆうパック等の荷物の集荷等の郵便外務業務に従事していた労働者ら(計8名。うち1名は平成24年より月給制契約社員に移行)が、外務業務手当、郵便外務業務精通手当、年末年始勤務手当、早出勤務等手当、祝日給、夏期年末手当、住居手当、扶養手当、夏期冬期休暇、病気休暇のそれぞれについて、正社員との間に労契法20条に定める不合理な格差があると主張し、それぞれの支給等につき定めた就業規則規定が適用される地位にあることの確認と、各手当等について正社員に支給される額との差額の請求、予備的に不法行為に基づく損害賠償請求として右差額相当額の支払を求めて訴えを提起した事案である。
被告(被控訴人)会社は平成26年に人事制度を改定し、それまでの総合職と一般職の区分から、総合職、地域基幹職(地域限定正社員)、(新)一般職という三区分に変更しており、新一般職は役職層には登用されず、原則として転居を伴う転勤がないものとされている(原審、控訴審とも、控訴人労働者らと比較すべき正社員は、平成26年以前は一般職、以後は新一般職であるとしている)。
新総合職は、将来の経営幹部、本社等の管理職の候補者として、被告のビジネスに関わる幅広い業務に従事することを期待され、勤務地は特に限定されていない。新一般職(郵便コース)は、将来の郵便内務、外務業務や標準的業務の主力社員候補として、主として標準的な業務に従事することを期待されるが、役職者(主任以上)に登用されることはなく、勤務地は原則として転居を伴う転勤がない範囲とされている。これに対し時給制契約社員は、各郵便局の判断により、随時、募集及び採用が行われており、原則として応募書類による書面審査と1回の面接により選考され、当該郵便局における郵便業務に従事しており、配転及び役職者・管理者への登用はない。
3.地裁の判断
原審(大阪地判平30.2.21労判1180号26頁・WestlawJapan文献番号2018WLJPCA02216001)は、請求された賃金項目のうち、年末年始勤務手当と扶養手当を契約社員に支給しないことを不合理とし、また住居手当は新人事制度のもとで契約社員に支給しないことを不合理としたが、外務業務手当、郵便外務業務精通手当、早出勤務手当、祝日給、夏期年末手当についてはこれらを契約社員に支給しないことは不合理ではないとし、夏期冬期休暇と病気休暇については損害賠償請求がなされていなかったため判断をしなかった。
4.高裁判決の概要
控訴審(大阪高判平31.1.24労判1197号5頁・WestlawJapan文献番号2019WLJPCA02206001)は、「契約社員にあっても、有期労働契約を反復して更新し、契約期間を通算した期間が長期間に及んだ場合」についてまで、比較対象正社員に対して支給される手当を契約社員に一切支給しないことは、当該手当の性質によっては、「職務内容等の相違や導入時の経過」などの諸事情を十分に考慮したとしても、「もはや労契法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である」との判断基準を示したうえで、年末年始勤務手当につき原審を変更して、雇用継続が5年を超える契約社員にまで同手当を支給しないことは不合理であるとし、また祝日給についても、祝日勤務に関する時給制契約社員の支給額算定方法の相違は不合理ではないが、祝日ではない年始期間である1月2日、3日勤務に対する祝日給や祝日割増賃金については、雇用継続が5年を超える契約社員にまで同手当を支給しないことは不合理であるとした。さらに原審では判断されなかった夏期冬期休暇、病気休暇のそれぞれについても、雇用期間が5年を超える契約社員にまで支給しないことはもはや不合理であるとの判断を示した。また、住居手当については原審と同様、新人事制度のもとで契約社員に支給しないことを不合理と認め、他方で扶養手当については、それが家族手当としての性質を有することに鑑み、長期雇用システムと年功的賃金体系の下で、会社が労働者のみならずその家族の生活費まで負担することで、有為な人材の獲得、定着を図り、長期にわたって会社に貢献してもらうという効果を期待して支給されるものであるとの前提から、原審の判断を覆し、これを契約社員に支給しないことは不合理とはいえないとした。結論として本件では、労働契約上の地位の確認請求及び労働契約に基づく差額賃金請求を退けたうえで、労契法20条違反とされた労働条件の相違を前提とした処遇につき会社側の過失・違法性を認め、不法行為を理由とする損害賠償請求を一部認容した。具体的には、原審認容額(元金)合計304万5400円に対し、本件では433万5292円(元金)が認容されている。
5.高裁判決の意義
労契法20条の解釈につき、最高裁の判断が示されて以降、それ以前にもまして下級審の判断に混乱が見られる中で、本件判決の意義は、不合理性の判断基準に相対的視点を導入した点にある。この相対的判断は、救済の在り方にも強く影響し、今後類似の訴訟において事案の処理を弾力化する方向も想定される。
すなわち、本件において大阪高裁は、有期雇用労働者の勤続年数を5年超とそれ以下とに分け、不合理性判断を異にする判断基準を示したが、これは、かつて日本郵便(東京)事件において東京地裁が、住居手当と年末年始勤務手当につき、それらが全く支払われないことは不合理であるが同一額を支払うことまで求められるわけではないとして、差額の6割ないし8割を損害額として認定した考え方と通底する※4。大阪高裁の5年という基準は、おそらく労契法18条による無期転換権発生の要件としての5年を念頭に置いたものと思われるが、上記東京地裁判決同様、長期雇用インセンティブを重視しつつ、それが雇用形態の内実や労働条件の性格等も加味して検討されるならば相対化され得る事情であることを示したものといえる。上記東京地裁判決では、不合理性の認定にあたって、住宅手当や年末年始手当に関し、有期雇用の「時給制契約社員」に無期雇用の正社員に支給している手当等を全く付与しない場合と、相対的に少額しか付与しない場合とで段階的な対応を示し、具体的には、年末年始勤務手当と住宅手当のいずれについても、長期雇用を前提とした正社員に手厚くすること自体は合理的であることを踏まえて、そうであっても時給制契約社員に全く支給しないことは不合理であるとして、損害額についてそれぞれ8割、6割を算定した。本件判決も、明示されてはいないが、基本的な考え方はこれと同様であり、合理性判断の相対性を前提としつつ、雇用期間が5年に至るまでは当該手当や休暇等を全く支給しなくても不合理とまではいえないが、5年を超える場合は、少なくとも「ゼロ支給」は不合理となるという判断が示されている。したがって、5年を超える場合にどれだけの支給がなされれば不合理でないとされるのかは、なお課題として残ることとなる。
たしかに、100%合理的な労働条件の相違が考えにくいのと同様、100%不合理な相違を想定することも現実的ではない。合理と不合理とはグラデーションの両端として理解し得るということを前提とすれば、当該労働条件の相違をめぐる諸事情を総合的に考慮したうえで、「ゼロ支給」の場合と支給自体はなされている場合とで不合理性判断の結論を異にするという判断基準を設定することは、それ自体として妥当性を欠くとはいえまい。現在は、この判断基準の具体化を、下級審が模索中であるという現状理解が適切であろう。
また、本件判旨は最高裁の判決を意識しつつ、その内容をいわば逆手にとっている点も注目される。すなわち最高裁は、労契法20条が不合理性判断の要素としてあげる、a.職務の内容(具体的には、「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」)、b.当該職務の内容及び配置の変更の範囲、c.その他の事情のうち、cについてはa、bに関連するものに限定されず独立に検討されるべきであることを示し、具体的にはその観点にたって、a、bともに無期雇用社員とほぼ同一である定年退職後再雇用の有期雇用労働者の労働条件につき、高年齢者雇用安定法の適用による再雇用であるという事実を「その他の事情」として重視して不合理性を否定した(長澤運輸事件最判※5)が、本件判旨は、契約社員の契約期間を通算した期間が長期間に及んだ場合には、比較対象正社員に対して支給される手当を契約社員に一切支給しないことは、当該手当の性質によっては、「職務内容等の相違や導入時の経過」などの諸事情を十分に考慮したとしても、「もはや労契法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である」として、上記最判とは逆に、雇用期間が一定の長期に及んでいることを「その他の事情」として独立に重視して不合理性を認定する立場を明示した。このように、上記a、bについて相違があっても、「その他の事情」によって不合理であるとの判断が導かれ得る、との立場はすでに産業医科大学事件(福岡高判平30.11.29WestlawJapan文献番号2018WLJPCA11296003)において福岡高裁がとっていたが、本件において大阪高裁も同様な立場を示したものといえる。
さらに、これも最近の高裁判決に共通する特徴であるが、本件でも、有為な人材の確保など、広い意味での長期雇用インセンティブを決定的な要素とみておらず、これも考慮すべき諸要素の一つとしてのみ位置付けていることも注意すべきであろう。
もちろん、本件判旨が不合理性認定の分岐点とする「5年継続勤務」という基準が妥当か否かについては疑問も呈し得る。労契法18条により無期転換権を行使し得るための要件と、同法20条の不合理性判断の基準とは当然ながらただちに連動することはないのであるから、この点についてはなお説明が必要であったし、判断基準として適切であるかについて今後の議論を喚起するものと思われる。
最後に、冒頭に述べたように、2020年4月から施行されるパート・有期労働法8条は、従来の労契法20条とパート労働法8条の単なる合体ではなく、それらの内容をかなり具体化する定めとなっている。特に、考慮されるべき「その他の事情」については、「当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して」不合理性判断に反映させるとしており、本件のみならず、個々の手当等の支給要件や当該有期雇用労働者の勤続年数等から認められる諸事情を重視して不合理性判断を行おうとする最近の高裁の諸判決は、この規定の解釈適用に関する模索の一つとしても注目されるべきであることを付記しておきたい。
(掲載日 2019年5月27日)