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文献番号 2019WLJCC016
青山学院大学法務研究科(法科大学院) 教授※2
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック 弁護士※3
浜辺 陽一郎
1 はじめに
今回は、野村ホールディングス(野村HD)と野村證券が日本IBMに委託したシステム開発が頓挫したことをめぐる事件を取り上げる。東京地裁は、平成31年3月20日、発注者(ユーザー側)である野村側の一部の請求を認め、日本IBM(ベンダー側)に約16億円の支払を命じ、他方、日本IBMによる反訴請求は棄却した。
地裁判決だが、注目されてきた紛争案件で、事例判決がまた一つ加わった。一部認容なので、一般的な報道では、主たる責任がベンダーにあったかのような印象だ。しかし、ベンダーの責任もかなり否定されており、ユーザー側は必ずしも満足していないだろう。その背景には、ベンダー側が主導したであろう契約の在り方が関係している。
このコラムでは、類似事案として、2年前に旭川医大 vs NTT東日本事件の札幌高裁判決を ※4、また6年前にはスルガ銀行vs日本IBM事件の東京高裁判決を取り上げた※5 。前者のコラムでは、他の事例なども紹介したので、今回は、本事案における契約の在り方が、いかにベンダー側に有利に作用したかという視点から、少しコメントしてみたい。
2 本事案の概要
今回の事件となった取引は、野村HDが、野村證券の「投資一任口座サービス業務」に供するためのシステムの開発業務(以下「本件開発業務」という。)を、平成22年に日本IBMに委託したことに始まるもので、平成25年1月4日の稼働を予定していた。しかし、その後の進捗は芳しくなく、到底、当初予定通りには完成しないことが明らかとなった。
野村證券は、平成24年11月2日、日本IBMに対し、本件開発業務の中止を通告し、平成25年1月29日、野村HDを代理して、本件開発業務の履行不能を理由として各個別契約を解除した。そして同年11月に東京地裁へ訴えを提起した。
訴状によると、被告日本IBMは、スケジュールの遅延を繰り返した上、劣悪な成果物を納入し、中核となる要員を適切な引継ぎもなく頻繁に交代させるなど適切な開発態勢の確立も怠り、原告野村證券が提示した問題点に関する挽回策を提示することもなく、本件開発業務を頓挫させたとして、合計約36億円の損害賠償が求められた。
これに対して、被告日本IBMも反訴を提起し、原告野村HDに対して、既に履行した一部の業務等について報酬を支払わないと主張し、残りの業務を履行できないのは、原告野村HD及び原告野村證券(原告ら)が突然本件開発業務を取り止めたからで、民法536条2項で報酬請求権を失わないと主張し、報酬等の合計約4億円及び所定の遅延損害金の支払を求めた。さらに、原告野村HDに対しては、追加作業並びに本件開発業務の中止を受けて行った追加作業等について、当事者間の合意、商法512条※6 又は債務不履行を理由とする損害賠償請求権に基づき、また原告野村證券に対しては、当事者間の合意又は商法512条に基づく請求を主張し、合計約1億7000万円及び所定の遅延損害金の連帯支払を求めた。
3 東京地裁の結論
東京地裁は、原告らと被告日本IBMが締結した17件にわたる多段階の契約のうち、「内部連結テスト」や「総合テスト」等、3件の個別契約に限って、被告日本IBMの債務不履行を認め、同社に約16億円の賠償を命じた。
しかし、その3件以外の契約については、被告日本IBMに債務不履行はなく、契約上システム全体の完成義務もなかったとして、残りの損害賠償請求を棄却した。訴訟費用は、原告らと被告日本IBMが10:11の割合で負担を命じているので、実質的には原告らがやや勝訴といえるものの、それほど大きな勝訴でもない。
債務不履行が認められたのは、個別契約13から15という最終局面の部分で、その前までに締結された契約に関しては、ベンダーの履行不能が否定された。これは、「本件システムの完成不能により、各個別契約が遡って全て履行不能となる」という原告らの主張が否定された等の理由による。また、裁判所は、他の事案※7 とは異なり、「契約ごとの段階的な契約目的を超えて、最終的な共通の契約目的が達成されることが法的に保障されていたものでもない」と判断し、ベンダーの責任を限定しながら個別契約を多段階的に細分化して締結したことが功を奏した。
不法行為に基づく請求も全面的に棄却された。判決は、「本件開発業務に係る原告らの期待の内容及び性質並びにその期待を害した被告の加害行為の態様等を総合考慮すると、本件開発業務における被告の作為・不作為は、一般市民法秩序を規律する不法行為法上、違法と評価することが困難である」というのだ。
他方、被告日本IBMの反訴請求に対して、裁判所は、個別契約13から15における債務不履行により報酬請求権は発生しないと結論づけた(個別契約14の履行不能については、被告日本IBMに帰責事由があると認定した)。さらに、反訴での追加作業関係の請求についても、裁判所は、原告らと被告日本IBMとの間で相当報酬額を支払う旨を合意した事実は認められず、追加作業は本件開発業務の遅延及び履行不能に伴う作業で、履行不能で終了した契約の清算作業として行った等と認定し、商法512条による請求も否定され、被告日本IBMの反訴各請求は、いずれも棄却された。
4 なぜ紛争になったのか
一般に、今回の事件は、双方とも有数のビッグネームの一流企業だから、最初からこういう結果になることは予想していなかったに違いない。いずれの当事者にも、悪意や、邪な気持ちがあって、失敗したわけではないはずだ。しかし、現実には、開発は頓挫し、被告日本IBMは新しいシステムを稼働させることができなかった。
時には、ユーザー側が過大な要求をして、ベンダー側がいくら求めても適切な指示をしないとか、ユーザーが必要な協力を怠って開発がうまくいかないこともある。どちらのせいで開発が頓挫したのか、責任のなすりつけあいとなる。このため、そうした紛争に備えて、ベンダー側は、ユーザー側にどういう落ち度があったかについて、詳細な記録を残している。このため、開発がうまくいかなかった原因の多くがユーザー側に認められるといったケースもある。
本事案では、被告日本IBMは、システムの完成は客観的に可能だったとして、ユーザーである原告野村HDのプロジェクト・マネジメント義務懈怠を理由とする債務不履行も主張していた。
確かに、本件開発業務の上流工程で原告ら側の要因もあって大きなリスクを内在するものとなっていたと判決も指摘している。しかし、裁判所は、個別契約13や15の履行不能は、専らスケジュールを遵守できなかった被告日本IBMの度重なる出荷遅延とこれに伴う総合テストでの障害の多発にあるとして、それらが原告らのマネジメントの誤りによって生じたとは認定できないと判断した。
また、被告日本IBMは、本プロジェクトの中止は原告野村證券のインサイダー事件で最高経営責任者(CEO)や最高情報責任者(CIO)が辞任して遅延の原因となったとして、原告野村證券の社内事情にまで踏み込んだ反論をしていた。しかし、インサイダー事件による辞任が、この開発の失敗とどのような因果関係があるのかの証明はハードルが高そうだ。
それにもかかわらず、そうした反論で対抗しようとした背景には、被告日本IBMの対応に弱点が散見され、ユーザー側の要望に対応できないような体制になっていた事情が見受けられる。事実、本事案では、トラブル発生時から、被告日本IBMに批判的な報道が漏れ聞こえてくるような状況があった※8 。
しかも、被告日本IBMの失敗の後、コンティンジェンシープランの発動により、ユーザー側は野村総合研究所が開発したシステムで稼働させるに至った。このため、裁判所も、個別契約13~15が履行不能となった後、その既履行部分に原告らに何らかの経済的利益が残存していたとは認められず、「したがって、その代金の支払は、本件個別契約13~15が履行不能となったことにより、無為に帰した」と指摘している。
それにもかかわらず、東京地裁が出した今回の判決は、ベンダー側の債務不履行責任をかなり限定し、被告日本IBMにそれほど大きな責任を負わせていない。その理由としては、先述のとおり、個別契約が多段階に細分化され、ベンダーが段階的に債務を履行していたことから、全体としての履行不能などと認定されることを回避できた点が大きい。これによって、多くの個別契約は債務不履行とならなかった。つまり、多段階的な契約と、その契約内容が奏功して、ベンダー側の責任を限定できたのだろう。特に、責任制限条項で賠償すべき金額が制限されていたことで、ベンダー側の支払う賠償金も限定されたことは無視できない。
5 責任制限条項の効力
今回の取引で債務不履行が認められた個別契約13や15には、「IBMの損害賠償責任は(中略)損害発生の直接原因となった当該別紙所定の作業に対する受領済みの代金相当額を限度額とする」(個別契約14も多少文言は異なるが類似の条項)といった責任制限条項が、それぞれ設けられていた。
裁判所は、これらの責任制限条項について、経済産業省が提唱するモデル契約に類似の規定があることを踏まえて、その趣旨は、「コンピュータ・システム開発に関連して生じる損害額が多額に上るおそれがあることに鑑み、段階的に締結された契約のいずれかが原因となってユーザに損害が生じた場合、ベンダが賠償すべき損害を当該損害発生の直接の原因となった個別契約の対価を基準として合意により限定し、損害賠償という観点からも契約の個別化を図るものと解される。また、その性質は、賠償上限額についての損害賠償の予定と解される」と判断した。
そうした責任制限条項のおかげで、被告日本IBMが支払うべき賠償額は、「本件個別契約13及び15の支払済みの代金額に、本件個別契約14の代金相当額を加算した合計16億2078万円に限られる」と判断された。債務不履行が認められた損害は、合計約19億円以上にも及ぶものであったが、ユーザー側はその全額の賠償を求めることはできなかった。
こうした責任制限条項について、原告野村HDは、次のように主張して争った。即ち、「本件各責任制限条項は、①信義則違反により無効であり、②少なくとも被告に重過失のある本件について適用されるべきでなく、③仮に有効であるとしても、第三者との間の契約により生じた本件各別途契約及び本件各中止対応契約に係る損害については適用されるべきではない」と主張した。しかし、裁判所はこれらの主張をいずれも退けた。
その理由としては、①原告野村HDは、各個別契約の内容を確認の上、調印に応じたものと認定され、原告野村HDが本件各責任制限条項について被告日本IBMに交渉を求めたような気配は見当たらず、本件責任制限条項13~15が本件に適用されないと信頼して調印したとは認められず、対等な当事者が自由な意思で合意した以上、信義則違反で無効とはいえないこと、②本件各責任制限条項には、第三者との間の契約に基づく支払について適用を除外する旨の規定はなく、経済産業省のモデル契約の条文や解説にも、これに類する記載はなかったこと、そして③本件当事者のような大企業が、確認の上、書面で締結した損害賠償額の予定について、明文規定も当事者間の具体的な交渉もないのに、一部の損害が適用から除外されると解すべき合理的な法的根拠は見当たらないこと等が指摘されている。
6 結びに代えて
この取引はシステムの完成を目的として、当事者間の具体的な交渉を経て契約が締結されていた。大企業同士である以上、契約書に記載されている内容を合理的に解釈して結論が出されることは当然のことである。
その個別契約は、ベンダー側の主導で作成されたことは想像に難くない。裁判所は、「個別契約がフェーズごとに段階的に締結されてきたのは、様々な変更を織り込みつつ進行する開発状況に応じて、リスクマネジメントの観点から、段階ごとに次の工程の在り方を検討し、当該次の工程に必要・適切な債権・債務を契約ごとに個別具体的に定める趣旨に基づくものと解される」と述べたうえで、各個別契約における債務のほかに、移行に関わる作業など、更に契約上の債務として個別具体化されるべき種々の作業が必要になると推認することができるから、「本件システムを完成させるべき契約上の債務を負っていたとまでは解されない」として、ベンダーの想定した契約によるリスク・マネジメントをほとんど容認したもののようだ。日本IBMのトラブル発生後の強気の姿勢も、そうした契約の在り方が支えていたのかもしれない。
しかし、そうした契約であっても、訴訟となってしまえば元も子もない。この事件は、平成25年11月の提訴から5年以上の歳月をかけて審理された。かなり複雑で技術的な問題点も多くあり、これくらいの期間がかかってしまうことはやむを得ない面もあっただろうが、それにしても長い。このような紛争にならないよう、ベンダー側は、開発のプロとして、その見通しを立て、ユーザーに然るべき助言をして、適切なプロジェクト・マネジメントを行って、良心的に最終的な完成を成し遂げるに越したことはない。
他方、ユーザーから見れば、多段階に契約が細分化され、個別契約ごとの債務に区切られ、「最終的な共通の契約目的が達成されることが法的に保障されていない」ような契約となっていることには、十分な注意が必要だろう。
(掲載日 2019年6月24日)