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文献番号 2019WLJCC029
広島大学大学院法務研究科 教授
新井 誠
はじめに
民法750条に定める夫婦の婚姻時の「民法上の氏」をめぐる同氏制度をめぐっては、最大判平成27年12月16日民集69巻8号2586頁・WestkawJapan文献番号2015WLJPCA12169001で合憲判決が示された。これに対して、本件では、「戸籍法(呼称上)の氏)」の選択をめぐる制度上の不平等などが争われた事例である。本件訴訟の原告団は、これを「ニュー選択的別姓訴訟」(https://sentakuteki.qloba.com/)と称して新たな訴訟を展開しており、「戸籍法上で氏を選べる制度の有無について不平等性を問い、婚姻前の氏を戸籍法上の氏(呼称上の氏)として称する法改正」(上記ウェブサイト)を求めている。その第1審判決が、以下で紹介する事例である。本件の原告(4名)の代表が、著名な株式会社社長であることから、マスコミでも一定の注目を集めた事件となった。
Ⅰ 事実の概要
本件では、①日本人同士の婚姻時、民法750条の規定によれば、一方の氏を「民法上の氏」として称することとされている。しかし、その際、婚姻前の氏を「戸籍上(呼称上)の氏」として称することを認める戸籍法上の制度がない(旧氏続称制度の不存在)。これに対して、②日本人同士の離婚時、③日本人と外国人との間の婚姻・離婚時には、それが認められる戸籍法上の制度がある(②は1976年以降、③は1984年以降)。以上を鑑みると、①の状態が、憲法13条、14条1項及び24条に反するのではないか。それにも関わらず、国会が正当な理由なく長期にわたり①の状態を解消する法律の改廃等を怠ったのであるから、これが国家賠償法1条1項違反に該当するのではないかとして(国会議員の立法不作為)、原告らが、国に賠償を求めた事件である。
Ⅱ 判決の要旨
原告らの請求棄却(以下、判決の引用。下線は筆者が付した)。
1.本件旧氏続称制度の不存在が憲法14条1項に違反するか否か(争点1)
「日本人夫婦の同氏制を定める民法750条の規定が合憲である以上、〔1〕日本人同士の婚姻の場面において、本件旧氏続称制度を設けず、婚姻により配偶者の氏を称することとした者の法律上の氏が二つに分かれることを認めないものとする一方、〔2〕日本人同士の離婚の場面において、婚氏続称を認め、〔3〕日本人と外国人との婚姻の場面において、外国人配偶者氏への変更を認め、〔4〕日本人と外国人との離婚の場面において、当該日本人に当該変更後の氏を称することを認めて、法律上の氏が一つに定まるこれらの場面において、戸籍法107条1項が規定する家庭裁判所の許可を不要とする限度で、離婚の際に称していた氏又は外国人配偶者の氏を称することとした者に便宜を与えることには…現行法における氏の性質や氏に関する具体的な法制度の内容に照らして合理的根拠がある」。
「この合理的根拠は、本件旧氏続称制度の不存在によって、日本人同士が婚姻したことを第三者が推知し得ることがあるとしても、直ちに失われるものではない」。
「我が国において、夫婦となろうとする者の間の個々の協議の結果として夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めることが認められるとしても、それが、本件旧氏続称制度の不存在という取扱いから生じた結果であるということはできない」。
「日本人同士の婚姻の場面における本件旧氏続称制度の不存在について、憲法14条1項に違反する状態にあるということはできない」。
2.本件旧氏続称制度の不存在が憲法13条に違反するか否か(争点2)
「そもそも、本件旧氏続称制度の不存在という事実状態について、憲法13条適合性を判断することが相当ではない上、原告らについて、具体的な法令等やこれに基づく法制度によって、自らが法律婚の状態にあるという情報をみだりに第三者に開示又は公表されたとも認められない。」
3.本件旧氏続称制度の不存在が憲法24条に違反するか否か(争点3)
「本件旧氏続称制度の不存在という事実状態について、憲法24条適合性を判断することが相当ではない上、夫婦同氏制を定める民法750条の規定が合憲である以上、そこから派生する不利益に対処するため、本件旧氏続称制度に関する法律の規定を設けるか否かは、国会の立法裁量に委ねられた問題であって、本件旧氏続称制度の不存在について憲法24条適合性を論じる余地はない」。
4.本件立法不作為が国家賠償法上違法となるか否か(争点4)、本件立法不作為と相当因果関係のある原告らの損害の有無及び額(争点5)
「本件旧氏続称制度の不存在は、憲法13条、14条1項及び24条に違反するものでないから、本件立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない」。「争点4に関するその余の点及び争点5について判断するまでもなく、被告が原告らに対し、同項に基づく損害賠償責任を負うものとは認められない」。
Ⅲ 検 討
1.制度の概要
(1)「民法上の氏」と「戸籍法(呼称)上の氏」の違い
(婚姻や離婚などの)身分行為の変動により変化する氏を「民法上の氏」と呼ぶ。他方で、上記のような身分行為の変動を伴わなくても、「やむを得ない事由」から、家庭裁判所の許可の下、氏の変更を可能とする手続が戸籍法に用意されている。ここにいう氏を「戸籍法上(呼称上)の氏」と呼ぶ。
(2)日本人同士の婚姻時における氏制度
日本人同士の婚姻の場合には、民法750条は、夫婦の婚姻時の同氏制度を定める。この制度では、夫婦のどちらかが婚姻時に氏を改めることになる(改氏)。この婚姻時には、戸籍法上、旧氏を続けて称する(旧氏続称)制度は存在しない。
(3)日本人同士の離婚時における氏制度
日本人同士が離婚をした場合、離婚後の氏について民法767条1項は、「婚姻によって氏を改めた夫又は妻は、協議上の離婚によって婚姻前の氏に復する」と規定する(復氏)。他方、同2項は、「前項の規定により婚姻前の氏に復した夫又は妻は、離婚の日から三箇月以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、離婚の際に称していた氏を称することができる」と規定する。離婚によって夫婦の一方については、「民法上の氏」が婚姻前の氏に戻るはずであるが、民法767条2項の規定に定める方法により、離婚の際に称していた氏を家庭裁判所の許可なく称することができる。こうした制度を「婚氏続称」と呼ぶ。
以上により、離婚時に婚氏続称制度を利用しない場合、離婚により「民法上の氏」の変更を迎える人は、「呼称上の氏」も変更することになる。他方、離婚時に婚氏続称を利用した場合、離婚によって「民法上の氏」の変更を迎える人でも、「呼称上の氏」については変更しないままとなる。
すなわち、日本人同士の離婚時には、「呼称上の氏」として、夫婦の元の氏を名乗るか、婚姻前の元の氏を名乗るかの選択が法的にできることになる。他方、日本人同士の婚姻時には、夫婦のどちらかの「民法上の氏」を名乗ることが強制されていることに加え、「呼称上の氏」として婚姻前の元の氏を(法的に)名乗ることもできない仕組みになっていることが、離婚時との場合とで差異が生じる。
(4)日本人・外国人の婚姻・離婚時における氏制度
さらに、日本人が外国人と婚姻・離婚をした場合には、日本人同士が婚姻・離婚した場合とは異なる法的規律に属する。すなわち、戸籍法107条2項は、「外国人と婚姻をした者がその氏を配偶者の称している氏に変更しようとするときは、その者は、その婚姻の日から六箇月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができる」と、同3項は、「前項の規定によつて氏を変更した者が離婚、婚姻の取消し又は配偶者の死亡の日以後にその氏を変更の際に称していた氏に変更しようとするときは、その者は、その日から三箇月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができる」と、それぞれ規定する。これにより日本人と外国人の婚姻の場合(そもそも民法750条の規定の適用がないことを前提に)、婚姻時も離婚時もそれぞれ「呼称上の氏」の変更の届出が法的にできることになる。ということは、変更の届出をしなくてもよいことになり、「民法上の氏」も「呼称上の氏」も変更がない場合が生じることになる。以上のように、日本人同士の場合の婚姻と、日本人と外国人との婚姻・離婚との場合とで差異が生じる。
2.本判決の特徴
本解説では、本件における最大の論点であると思われる、婚姻・離婚の場面において日本人同士の婚姻についてのみ「旧氏続称」を認める戸籍法上の制度がないことにつき、それが他の場合(日本人同士の離婚、日本人と外国人との婚姻・離婚)との間で、不合理な差異取扱いになっており、憲法14条1項に定める平等原則に違反するのではないか、という論点を中心に扱いたい。
これについて裁判所は、原告らの主張を認めることはなかった。というのも、そこには、原告らと裁判所との間において「氏」をめぐる権利と制度の関係性、あるいは、氏に関する法的位置づけに関するベースラインの理解に関する前提理解の違いがあるからだと考えられる。
原告らによる主張では、①日本人同士の離婚、②日本人と外国人との婚姻・離婚の場合に(旧あるいは元)氏の選択ができることを定めた戸籍法上の各規定については、両者とも、「通称使用に法的根拠を与えた規定」であり、「戸籍法において、実体法上の権利として認めたもの」だとされる。この理解では、特に「民法上の氏」とは別途、通称使用のための「呼称上の氏」が法的に保障されることを前提としており、この別個の二つの法律に基づく「一人二氏」が、法秩序内で(要請ではなく)許容されるという話になると推察される。
これに対して裁判所は、「民法と戸籍法との関係に照らせば、個人の民法上の氏と戸籍法上の氏も密接不可分の関係にあって、合わせて一つの法律上の氏を構成するものというべきであり、現行法の下において、個人が社会において使用する法律上の氏は、一つであることが予定されている」としているように、現行法秩序においては(民法と戸籍法との一体不可分を前提とする)「一人一氏」原則がベースラインとなっている。
この考え方を基本に、裁判所は、①日本人同士の離婚、②日本人と外国人との婚姻・離婚の場合に(旧あるいは元)氏の選択ができる(ように見える)のは、制度的には、単に「社会において使用する法律上の氏は、一つに定める」ことができるからであるとしており、戸籍法に定める①、②の制度が存在することと本件とを類似の事象とはそもそも捉えておらず、平等審査で比較できる対象とは考えていないように感じられる。
さらに、日本人同士の婚姻の場面で「旧氏続称」を認めることについて裁判所は、「民法上の氏と戸籍法上の氏とが独立して存在し、個人が社会において使用する法律上の氏が複数あることまで許容する趣旨ではない」〔傍点は筆者〕とまでいう。そうであるからこそ、裁判所は、「現行法の下において、個人が社会において使用する法律上の氏は、一つであることが予定されているのであり、原告らの…主張は、講学上及び戸籍実務上、民法上の氏と戸籍法上の氏とが区別して論じられていることをもって、個人がこれら二つの氏を使用することが権利として認められているという独自の見解を述べるものであって、採用することができない」として、法律上の二つの氏を持つことを「権利」として見ることをも明確に否定する。
この点をめぐっては、確かに民法750条の夫婦強制同氏制度をめぐり、選択的夫婦別氏制度を設けるべきであるとする立法提案との関係でも、適宜、考えなければならない問題であるように感じられる。というのも、選択的夫婦別姓制度の導入を目指す場合でも、そもそも現在の法秩序(ベースライン)が、法的意味において、①「一人一氏」原則を取るのか、それとも、②「一人二氏」を許容するのか、という議論が関係する可能性があるからである。おそらく従来議論される選択的夫婦別姓制度は、婚姻前の旧氏を選択的に名乗るとしても、民法上、戸籍法上、同一に名乗ることを前提に議論が進んでいるように思われ、その背後には氏に関する法秩序としては、①の原則が前提になっていたのではないか。他方で、本件で議論となる②の理解を登場させることになれば、一般的には、従来とは異なる氏をめぐる法秩序の議論が、民法上の選択的夫婦別氏制度の導入においても生じるように思われる。
このように法的な意味における氏の存在の二重性を認めるか否かという大きな問題があることを別にしても、本件裁判所の考え方の背後には、民法750条の夫婦強制同氏制度を合憲とした最大判平成27年12月16日民集69巻8号2586頁・WestkawJapan文献番号2015WLJPCA12169001があることは明らかである。本判決が、「個人が社会において使用する法律上の氏が一つであることを予定する現行法の下において、日本人夫婦の同氏制を定める民法750条の規定が合憲である以上」とする説示は、同最高裁大法廷判決を前提とするだろうからである。もっとも、この説示は、裏を返せば、「個人が社会において使用する法律上の氏が一つであることを予定する現行法の下において」も、「日本人夫婦の同氏制を定める民法750条の規定が違憲である」、あるいは「日本人夫婦の選択的夫婦別姓制度を民法上設けたとしても違憲にはならない」と考えるロジックは当然に残されているはずである(上述のように、選択的夫婦別氏制度を採用し、かつ、「一人一氏」原則を採用する制度設計は可能であるからである)。
当事者たちが、法的「一人二氏」制度の許容を強く求めているのであれば別段であるが、法的「一人一氏」原則を前提とする「婚姻時の元氏の選択権」保障を求めることになれば、民法750条の改正による(一人一氏原則を前提とする)選択的夫婦別氏制度の導入のほうが、(民法750条を合憲とした最高裁平成27年判決の存在という現実的問題を考えなければ)理論的困難がないように思われる。
他方、本判決の「事実及び理由」の記載における「原告らの主張」を見ると、「民法750条は、民法上の氏に関する夫婦同氏制を規定しており、これを受けた戸籍法6条も、民法上の氏の同一性を規定していると解するのが自然である」とされているなかで、原告らは、本件ではあくまで「戸籍法上の氏」の取扱いの差異の不平等性を特に議論の対象としているのだろう。だが、このロジックを維持しながら、上記のように、日本人同士の離婚の場合と日本人と外国人との婚姻・離婚の場合における「戸籍法上の氏」の選択に関する「実体法上の権利」が裁判所から否定されてしまうと、日本人同士の離婚の場合と日本人と外国人との婚姻・離婚の場合に「戸籍法上の氏」が選択できる制度になっていること自体、ベースラインとしての「一人一氏」原則からの逸脱として不当な制度ではないか―しかし、法的「一人一氏」原則はそれらの場合には保てるので、恩恵的、例外的に制度が設けられている―との疑いがかかる可能性も生じるように感じられる。この辺りの理論的整理は難しく、こうした点を含めた議論にかえって関心が向かう。
旧氏を法制度上名乗れないことで生じる現実的不利益は現象として同じようなものになるのかもしれないが、以上のように、民法750条の違憲性判断を獲得する場合と本件のような事例で違憲性判断を獲得する場合とでは、憲法論の筋は異なるように感じられる。本件訴訟の原告団は、その辺りも当然わかっているのだろう。そうだとしても、夫婦別姓制度の獲得のための新たな法的手法を果敢に生み出そうとしていること自体が、本件訴訟の一番の特徴でもある。
本件は、地裁判決後、すでに原告らにより控訴されている。
(掲載日 2019年11月11日)