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判例コラム

 

第234号 同性婚訴訟 

~札幌地裁令和3年3月17日判決※1

文献番号 2021WLJCC013
広島大学法科大学院 教授
新井 誠

はじめに

 LGBTQ+の諸権利が世界的に議論となっている昨今、男女間における制度として長年機能してきた「婚姻」についても同性間に認めること(いわゆる同性婚)を求める動きが生じている。実際に諸外国では、同性婚を制度化したところも多い。他方で、婚姻ではないものの、同性間における関係性を念頭にしつつ、性別に関係なく成人2名が持続的な共同生活を行うための契約であるパートナーシップ制度を導入する場合も散見される(たとえば1999年のフランスのPACS(連帯市民協約)の導入などが有名である。ただしフランスでは、PACSを残したまま、2013年より同性婚が法制化されている)。
 日本では、現状でも異性間の婚姻を前提とする法制度と法運用がなされており、同性婚制度の積極的導入をみていない。他方で各地方公共団体では、同性カップルの関係を公的に承認する「登録パートナーシップ制度」が導入されている例もある(2015年からの東京都渋谷区や世田谷区をはじめとして、現在、100以上の市町村で実施されている※2)。しかし、この制度は、各地方公共団体の行政などに対して男女間夫婦と同等の対応を求めることまでに限られており、健康保険の被扶養者設定や所得税の配偶者控除などを含む法的処遇を法律上の「婚姻」のように受けることができるものではない。そこで同性カップルにも正式な「婚姻」を求め、それに伴う法的効果を求める声が強くなってきている。
 このたび取り上げるケースは、そうしたなかで同性間の婚姻届を不受理とされたことを不服として、その当事者が、同性同士の婚姻を認めていない民法や戸籍法の規定が、憲法の諸規定(13条、14条1項、24条)に違反するとして、国による必要な立法措置がないことに関する国家賠償請求を行った事例である。これに対して札幌地裁は、国家賠償請求を全て退けつつも、異性愛者に比べて同性愛者に「婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていること」については合理的根拠を欠き、憲法14条1項に違反するとの判断をした(以下、本判決という)。後述のとおり、この判断の評価は別れるところもあろうが、異性愛者間では認められる一方で同性愛者間では認められてこなかった、婚姻に伴う一定の法的利益の存在を確認し、その点に関して両者間で不合理な差別的取扱いが見られることを明示した点は、注目に値する。
 本件訴訟とその判決は、日本における今後の同性婚のあり方を考えるうえでも重要な契機となるものであり、本コラムにおいて紹介し、簡単なコメントを加えておきたい。

Ⅰ 事実の概要
 2019年1月に原告らは、居住地において婚姻届を提出したものの、婚姻を求める当事者が同性であったことから不受理となった。そこで原告らは、婚姻制度を定める民法や戸籍法の諸規定(以下、本件規定)が、同性間の婚姻を認めていないことについて、本件規定が、憲法13条、憲法24条に違反していること、また、異性カップルであれば婚姻を届けることにより一定の法的利益などを得られるものの、同性カップルがそれを得られないことに合理的根拠はなく憲法14条1項に違反していること、をそれぞれ主張した。さらに、そうした違憲な本件規定について国が必要な立法措置を行っていないことが国家賠償法1条1項の適用において違法であるとし、国に対して慰謝料等を求めた。

Ⅱ 判決の要旨
1.結論

 原告らの請求をいずれも棄却(訴訟費用は原告らの負担)。

2.判旨(カッコ書き内は、本判決より抜粋)
(1)本件規定の憲法24条適合性
 ①法律による婚姻制度の具体化

 「婚姻及び家族に関する事項は、国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ、それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきもので・・・その内容の詳細については、憲法が一義的に定めるのではなく、法律によってこれを具体化することがふさわしい」。
 ②「婚姻をするについての自由」の尊重
 「婚姻は・・・配偶者の相続権(民法890条)や夫婦間の子が嫡出子となること(同法772条1項等)などの重要な法律上の効果が与えられるものとされているほか、近年家族等に関する国民の意識の多様化が指摘されつつも、国民の中にはなお法律婚を尊重する意識が幅広く浸透していると考えられることをも併せ考慮すると・・・婚姻をするについての自由は、憲法24条1項の規定の趣旨に照らし、十分尊重に値する」。
 ③憲法24条1項の「婚姻」は「異性婚」である
 「昭和21年に公布された憲法においても・・・同法24条は同性婚について触れるところがない」。「以上のような、同条の制定経緯に加え、同条が「両性」、「夫婦」という異性同士である男女を想起させる文言を用いていることにも照らせば、同条は、異性婚について定めたものであり、同性婚について定めるものではない」。「そうすると、同条1項の「婚姻」とは異性婚のことをいい、婚姻をするについての自由も、異性婚について及ぶものと解するのが相当であるから、本件規定が同性婚を認めていないことが、同項及び同条2項に違反すると解することはできない」。

(2)本件規定の憲法13条適合性
 ①憲法13条と「同性間の婚姻等の制度を求める権利」

 憲法24条によって「婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解することはできない。同性婚についてみても、これが婚姻及び家族に関する事項に当たることは明らかであり、婚姻及び家族に関する個別規定である同条の・・・趣旨を踏まえて解釈するのであれば、包括的な人権規定である同法13条によって、同性婚を含む同性間の婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解するのは困難である」。
 ②同性婚制度と憲法13条
 「婚姻とは、婚姻当事者及びその家族の身分関係を形成し、戸籍によってその身分関係が公証され、その身分に応じた種々の権利義務を伴う法的地位が付与されるという、身分関係と結び付いた複合的な法的効果を同時又は異時に生じさせる法律行為である」。そこで、「生殖を前提とした規定(民法733条以下)や実子に関する規定(同法772条以下)など、本件規定を前提とすると、同性婚の場合には、異性婚の場合とは異なる身分関係や法的地位を生じさせることを検討する必要がある部分もあると考えられ、同性婚という制度を、憲法13条の解釈のみによって直接導き出すことは困難であ」り、「同性婚を認めない本件規定が、憲法13条に違反すると認めることはできない」。

(3)本件規定の憲法14条1項適合性
 ①区別取扱いの存否

 「憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定は、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものである」。
 (既述のように)「婚姻とは、婚姻当事者及びその家族の身分関係を形成し、戸籍によってその身分関係が公証され、その身分に応じた種々の権利義務を伴う法的地位が付与されるという、身分関係と結び付いた複合的な法的効果を同時又は異時に生じさせる法律行為であると解することができる(以下、上記の法的効果を併せて「婚姻によって生じる法的効果」という。)」。
 「本件規定は、異性婚についてのみ定めているところ、異性愛者のカップルは、婚姻することにより婚姻によって生じる法的効果を享受するか、婚姻せずそのような法的効果を受けないかを選択することができるが、同性愛者のカップルは、婚姻を欲したとしても婚姻することができず、婚姻によって生じる法的効果を享受することはできない」ことから、「異性愛者と同性愛者との間には・・・区別取扱いがある」。なお、「性的指向や婚姻の本質に照らせば、同性愛者が、その性的指向と合致しない異性との間で婚姻することができるとしても、それをもって、異性愛者と同等の法的利益を得ているとみることができない」ことから、性的指向による区別取扱いがある。
 ②婚姻によって生じる「法的効果」の享受と同性カップル
 「性的指向は、自らの意思に関わらず決定される個人の性質であるといえ、性別、人種などと同様のものということができる」。「このような人の意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いが合理的根拠を有するか否かの検討は、その立法事実の有無・内容、立法目的、制約される法的利益の内容などに照らして真にやむを得ない区別取扱いであるか否かの観点から慎重にされなければならない」。
 法律婚を尊重する国民意識や「事実上婚姻関係と同様の事情にある者に対しては、婚姻している者と同様の権利義務を付与することが法技術的には可能であるにもかかわらず、なお婚姻という制度が維持されていることの各事情」からすると、「婚姻することにより、婚姻によって生じる法的効果を享受することは、法的利益であると解するのが相当である」。「このような婚姻によって生じる法的効果を享受する利益は、それが異性間のものであれば、憲法24条がその実現のための婚姻を制度として保障していることからすると、異性愛者にとって重要な法的利益であるということができる。異性愛者と同性愛者の差異は、性的指向が異なることのみであり、かつ、性的指向は人の意思によって選択・変更できるものではないことに照らせば、異性愛者と同性愛者との間で、婚姻によって生じる法的効果を享受する利益の価値に差異があるとする理由はなく、そのような法的利益は、同性愛者であっても、異性愛者であっても、等しく享有し得る」。
 ③夫婦の共同生活自体の保護の重要性と同性カップル
 「本件規定は、夫婦が子を産み育てながら共同生活を送るという関係に対して、法的保護を与えることを重要な目的としている」。「しかしながら、現行民法は、子のいる夫婦といない夫婦、生殖能力の有無、子をつくる意思の有無による夫婦の法的地位の区別をしていないこと、子を産み育てることは、個人の自己決定に委ねられるべき事柄であり、子を産まないという夫婦の選択も尊重すべき事柄といえること」などに「に照らすと、子の有無、子をつくる意思・能力の有無にかかわらず、夫婦の共同生活自体の保護も、本件規定の重要な目的である」。「このような本件規定の目的は正当であるが、そのことは、同性愛者のカップルに対し、婚姻によって生じる法的効果の一切を享受し得ないものとする理由になるとは解されない」。
 「婚姻の本質は、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むことにあるが、異性愛と同性愛の差異は性的指向の違いのみであることからすれば、同性愛者であっても、その性的指向と合致する同性との間で、婚姻している異性同士と同様、婚姻の本質を伴った共同生活を営むことができる」。「本件規定が同性婚について定めなかったのは、昭和22年民法改正当時、同性愛は精神疾患とされ、同性愛者は、社会通念に合致した正常な婚姻関係を築けないと考えられたためにすぎないことに照らせば、そのような知見が完全に否定されるに至った現在において、本件規定が、同性愛者が異性愛者と同様に上記婚姻の本質を伴った共同生活を営んでいる場合に、これに対する一切の法的保護を否定する趣旨・目的まで有するものと解するのは相当ではない」。「このことは、憲法24条の趣旨に照らしても同様であり・・・、同条は、同性愛者が異性愛者と同様に上記婚姻の本質を伴った共同生活を営んでいる場合に、これに対する一切の法的保護を否定する趣旨まで有するものとは解されない」。
 ④本件区別取扱いの合理的根拠の有無
 「同性間の婚姻や家族に関する制度は、その内容が一義的ではなく、同性間であるがゆえに必然的に異性間の婚姻や家族に関する制度と全く同じ制度とはならない(全く同じ制度にはできない)こと、憲法から同性婚という具体的制度を解釈によって導き出すことはでき」ず、「この点で、立法府の裁量判断を待たなければならない」。また「立法府が、同性間の婚姻や家族に関する事項を定めるについて有する広範な立法裁量の中で上記のような事情を考慮し、本件規定を同性間にも適用するには至らないのであれば、そのことが直ちに合理的根拠を欠くものと解することはできない」。
 「しかしながら・・・異性愛者と同性愛者の違いは、人の意思によって選択・変更し得ない性的指向の差異でしかなく、いかなる性的指向を有する者であっても、享有し得る法的利益に差異はないといわなければならない」。「我が国においては、同性愛者のカップルに対する法的保護に肯定的な国民が増加し、同性愛者と異性愛者との間の区別を解消すべきとする要請が高まりつつあり、諸外国においても性的指向による区別取扱いを解消する要請が高まっている状況があることは考慮すべき事情である一方、同性婚に対する否定的意見や価値観を有する国民が少なからずいることは、同性愛者に対して、婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないことを合理的とみるか否かの検討の場面においては、限定的に斟酌すべき」である。
 ⑤結論
 「以上のことからすれば、本件規定が、異性愛者に対しては婚姻という制度を利用する機会を提供しているにもかかわらず、同性愛者に対しては、婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていることは、立法府が広範な立法裁量を有することを前提としても、その裁量権の範囲を超えたものであるといわざるを得ず、本件区別取扱いは、その限度で合理的根拠を欠く差別取扱いに当たる」。「したがって、本件規定は、上記の限度で憲法14条1項に違反する」。

(4)国家賠償法1条1項の適用上の違法性
 ①立法府の対応にかかる時の経過

 「本件規定は、昭和22年民法改正当時における同性愛を精神疾患とする知見・・・を前提とすれば、そのような同性愛者のカップルに対する法的保護を特に設けなかったとしても、合理性がないとすることはできない」。その後、「科学的・医学的には同性愛を精神疾患とする知見は否定されたものの、諸外国において登録パートナーシップ制度又は同性婚制度を導入する国が広がりをみせ始めたのは、オランダが2000年(平成12年)に同性婚の制度を導入して以降といえ・・・我が国における地方公共団体による登録パートナーシップ制度の広がりはさらに遅く、東京都渋谷区が平成27年10月に導入して以降といえる」。また、「国民意識の多数が同性婚又は同性愛者のカップルに対する法的保護に肯定的になったのは、比較的近時のことと推認することができる」。
 「同性愛者のカップルに対し、婚姻によって生じる法的効果を付与する法的手段は、多種多様に考えられるところであり、一義的に制度内容が明確であるとはいい難く、どのような制度を採用するかは・・・国会に与えられた合理的な立法裁量に委ねられている。ところが・・・国会において初めて同性婚に言及された機会は、平成16年11月17日の参議院憲法調査会における参考人の答弁であるが、同調査会においては同性婚について議論がされた形跡はなく・・・国会における議論がされるようになったのは、平成27年に至ってからである」。「加えて・・・同性婚や同性愛者のカップルに対する法的保護に否定的な意見や価値観を有する国民は少なからず存在するところである」。「これらのことに加え、昭和22年民法改正以後、現在に至るまで、同性婚に関する制度がないことの合憲性についての司法判断が示されたことがなかったことにも照らせば、本件規定が憲法14条1項に反する状態に至っていたことについて、国会において直ちに認識することは容易ではなかった」。
 ②結論
 「これを国家賠償法1条1項の適用の観点からみた場合には、憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできない」。「したがって、本件規定を改廃していないことが、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない」。

Ⅲ 検 討
1.憲法24条との関係

 従前の憲法学では、同性婚をめぐって憲法24条1項の「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」とする規定の解釈をめぐり、大きくふたつの解釈に分かれていたと考えられる。ひとつは、①「両性」という語の存在から、性別二分法を前提とした、文字通りに一方の性(男)と他方の性(女)との合意の意味と解し、同性婚を意図していないとする解釈である。もうひとつは、②同規定が憲法に入れられた目的は、戸主や親の同意が求められた戦前のイエ制度を前提とする婚姻制度から解放された、個人意思に基づく婚姻制度の構築であることから※3、「両性の合意のみ」のうちの「のみ」に重きが置かれるのであり、性の多様性などが重視される現在では、異性間のみならず同性間の婚姻についても、憲法上の「両性」や「夫婦」という語の存在にかかわらず、承認されてよいとする立場である※4。なお、①の立場の場合でも、憲法の観点から同性婚を「禁止」する説と「許容」する説とが考えられるし、②の立場の場合には、同性婚を「許容」する説(さらに論者によっては「要請」する説)が、類型上観念されよう※5
 本判決では、憲法24条の制定過程とともに、憲法上の文言などから婚姻は「男女」によるものを想起させるといった点から、上記の①の立場に立つようにも見える。他方で本判決では、これによって同性婚の制度化の禁止を唱えるのか、それとも許容するのかについて明示はない。この点、本判決では、憲法24条は同性婚について触れるところがないことから、同条にいう「婚姻」とは異性婚であるとするものの、これは憲法制定時、同性婚が「婚姻」の意味として想定されなかったということのみと理解するのが自然であろう。
 また、そもそも男女間における婚姻制度でさえ、憲法上の「婚姻」という文言の存在により初めて形成されるものだとは断定できない一方で、憲法24条の規定に関わらず、現行の(男女間の)婚姻制度を解消して(あらゆる形態の2名間の)パートナーシップ契約などに転換したとしても、婚姻をゆるぎない憲法上の公序だと理解するのであれば別段、それがただちに憲法違反となるとも考えづらい。つまり、憲法24条1項における「婚姻」について、男女間における制度を指すものと理解したとしてもなお、その制度化が本当に憲法的に要請されていると一元的に理解できる確証も乏しい。つまり、同規定は、婚姻制度を導入するのであれば、個人間の同意と各当事者間の平等な地位の確立のもとで相互協力をしながら維持すべきだということの確認規定であるにすぎないとの理解も可能である。そこで、憲法24条1項における「両性」という文言から想像される(異性婚としての)「婚姻」が憲法上明示されていることのみをもって、同性婚制度の構築「禁止」規定であると一元的に読むことが現行憲法解釈として常に求められるとは限らない。
 さらに、憲法24条2項には、婚姻や家族制度にかかる事項についての法律を制定する場合の、国側の(裁量の余地をなくす)義務的遵守事項として「個人の尊厳」と「両性の本質的平等」が示されている。ここにいう「両性の本質的平等」は、(婚姻のみならず)家族制度の構築にも要請されており、同2項の「両性」規定は、婚姻の形を縛るための文言だと確定できない機能を有している(例えば、兄弟姉妹が複数いる場合の男子相続を法的に優先することの禁止などがこれに相当するであろう)。
 以上の憲法24条の構造からして、憲法24条における「婚姻」の意味を「異性婚」と捉えた本判決の説示を前提としながら、憲法の創造的解釈により同性婚の制度化を法律によって認めること自体、憲法24条1項、2項には抵触しないという上記許容説に立つとしても、そこに論理的な矛盾は生じないように感じられる※6

2.憲法13条との関係
 本判決は、憲法13条により、「同性婚を含む同性間の婚姻及び家族に関する特定の制度を求める権利が保障されていると解するのは困難である」としている。この点をめぐっては、どのような性的指向であろうとも、世の中にはそもそも婚姻をしない人々もおり、その人々が婚姻に由来する特定の権利を基本的人権として普遍的に享受するわけではないこともあわせて考えることができるならば、婚姻に関する特定の制度を求める権利については異性婚の場合にもただちに保障されるとはいいがたく、同性婚だけに固有に認められるということはないのではないか。
 他方で、デフォルトとなる婚姻制度が用意されながら、常識的に考えられる要件を過度に超えて、婚姻制度の「利用」に対する不当な制約が課されることになった場合、そうした過剰な制約を排除する視点から議論を進めることは可能であろう。もっとも、これについては憲法13条に基づいて主張すべきなのか、それとも平等原則(憲法14条1項)で処理すべきなのかといった課題が出てくる※7
 さらに、憲法13条違反になるのか否かについて審査する文脈で本判決は、「同性婚の場合には、異性婚の場合とは異なる身分関係や法的地位を生じさせることを検討する必要がある部分もあると考えられ、同性婚という制度を、憲法13条の解釈のみによって直接導き出すことは困難」であるから、「同性婚を認めない本件規定が、憲法13条に違反すると認めることはできない」としている。しかし、その理由づけには疑問がある。というのも、異性婚の場合に生じる身分関係や法的地位もただちに憲法13条で保障される権利から導きだせるわけではないと仮に理解するとすれば、同性婚の場合にだけ、憲法13条との関係性を希薄なものとする理由として、異性婚との身分関係や法的地位の違いをことさら取り上げる道理は成立しないからである。

3.憲法14条1項との関係
(1)同性の「婚姻」と憲法14条1項

 本判決は、憲法24条の文言を理由にして同規定の「婚姻」は「異性婚」であるとしており、事の本質上、同性間での「婚姻」制度の利用という事態が、歴史的経過あるいは現状の法制度のもとでは観念され得ないという理解に立つ。そうなると、異性婚のみならず同性婚も「婚姻」という名称を使用することができるはずが、それができないことの取扱いの差異の不合理性を憲法14条1項に基づいて主張しても、結局のところ裁判所からは、その取扱いの差異についてもまた、婚姻という事の本質上、合理的であると示されることが想像できる。

(2)同性愛者の「婚姻によって生じる法的効果」と憲法14条1項
 ただし、そうだからこそ本判決は、憲法14条1項にかかる取扱いの差異に関しては、「異性愛者のカップルは、婚姻することにより婚姻によって生じる法的効果を享受するか、婚姻せずそのような法的効果を受けないかを選択することができるが、同性愛者のカップルは、婚姻を欲したとしても婚姻することができず、婚姻によって生じる法的効果を享受することはできない」ことから、「異性愛者と同性愛者との間には・・・区別取扱いがある」としており、婚姻によって生じる法的効果の平等性について特に注目する点が特徴である。
 この説示でまず重視すべきは、本件の比較対象が、「異性婚を求める者と同性婚を求める者」とではなく、単に「異性愛者と同性愛者」とされている点である。そうしている点について本判決は、「性的指向や婚姻の本質に照らせば、同性愛者が、その性的指向と合致しない異性との間で婚姻することができるとしても、それをもって、異性愛者と同等の法的利益を得ているとみることができない」からだとしている。これは、「同性愛者もまた異性婚を利用できるから制限はない」といった形式的議論ではなく、当事者の性的指向に従ったライフスタイルのなかで婚姻制度を利用できないか、あるいは、それによって生じる法的利益の獲得さえも叶わないという、個人の主観的性自認のみならず、その下でのパートナーシップに関する主観的価値を重視した実質的平等の視点からの判断であるといえる。
 次に本判決は、そうした異性愛者と同性愛者との間の区別取扱いがあることを認めつつも、さらに最終的に、「本件規定が、異性愛者に対しては婚姻という制度を利用する機会を提供しているにもかかわらず、同性愛者に対しては、婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていることは、立法府が広範な立法裁量を有することを前提としても、その裁量権の範囲を超えたものであるといわざるを得ず、本件区別取扱いは、その限度で合理的根拠を欠く差別取扱いに当たる」と判断する。この説示については「・・・ですらも」の解釈が難しい。つまりこれは、憲法14条1項の視点からすれば、同性愛者には、①「婚姻という制度利用の機会を確保できていないこと」+「婚姻によって生じる法的効果の一部・・・を享受する法的手段を提供しないとしていること」の両方が立法府の裁量の範囲を超えているのか、それとも、②(婚姻という制度利用の機会を確保できていないことは、憲法24条の規定から仕方ないとしても)「婚姻によって生じる法的効果の一部・・・を享受する法的手段を提供しないとしていること」のみが、立法府の裁量の範囲を超えているのか、という二通りの読み方ができるからである。
 この点、本判決は、憲法24条における「婚姻」の意味は異性婚であるとしており、婚姻制度の使用ができない状態となっていることをただちに違憲だとしていないことからも、「婚姻という制度利用の機会を確保できていないこと」自体も、やむを得ないこととして、憲法14条1項には抵触しないと理解するのではないか。そして本判決は、そうだとしても「婚姻によって生じる法的効果の一部・・・を享受する法的手段を提供しないとしていること」については少なくとも不合理であるとしたいのだと考えられる。
 同性愛者の同性婚を求めるひとつの理由としては、ここで示されるような法的効果を享受する手段を得られないことにもあったことからすれば、(婚姻によって生じる)法的効果の享受にかかる不平等に特に着目するこうした判断は、パートナーとの共同生活を進める同性愛者にとってのインセンティブにもなりうる。その点では、こうした利益配分の不平等を明示する判断に対する一定の前向きな評価がなされるのかもしれない。
 ただ、こうしたロジックでは、法律上の「婚姻」制度から生じる法的効果を全部あるいは一部同じくした別の制度(たとえば、何らかのパートナーシップ制度)が、用意されることになりさえすれば、憲法14条1項に基づく取扱いの差異が解消されるという理解に繋がっていく可能性があろう。そしてもちろん、こうした法的利益の観点からの解決を重視する道のりがあってもよい(あるいは、それこそ必要であるという考え方もあろう)。他方で、「婚姻」制度から生じる法的効果と同じく、あるいはそれ以上に、「婚姻」という制度を同性間でも用いることができるという「承認」の契機を期待する当事者が少なからずいると思われる※8。この場合、婚姻によって生じる法的効果の享受をめぐる本判決の憲法14条1項違反のロジックについてもまた、必ずしも積極的な評価ができないと感じる意見が生じることが容易に推察される。

まとめ
 以上コメントをしてきた本判決については、憲法24条との関連もさることながら、憲法14条1項の視点から見た上記のような課題が残る。とはいえ、これまでの司法の場における様々な権利や平等の獲得の歴史を振り返ると、裁判所が、やや迂遠ともいえるロジックを用い、ある部分的利益を新たに承認する手法を採りつつ、時間の経過とともに徐々に全体的解決を図っていく道のりを経た平等関連事例もこれまでも見られてきたように感じる※9 。かような観点からすれば、本判決も本課題に関する途上的判決としての意義は失われない。
 本判決では国による必要な立法措置がないことに関しての国家賠償法上の違法も認められなかったが、その主な理由は、近年の世界的動向のなかでも、本件課題にかかる日本における国会内の動きがまだ十分に確認されないことにあるとされる。国家賠償法における立法行為(不作為)の違法性認定については、判例上、非常に重い要件が課されていることからも、違法認定を受けるのはそもそも大変である。ただ、すでに本件課題は国会内でも一定の議論の対象になってきている昨今、国民意識がどのように展開するのかという課題がありつつも、本件課題をめぐる時の経過を経た先には、立法府の懈怠に関する違法認定がされる時代が登場することもありうることを物語るものでもある。
 他方、今後もおそらく(異性間の)婚姻制度自体は持続されるなかで、仮に同性間の婚姻が制度化されたとして、さらに異性(愛)・同性(愛)を問わないパートナーシップ制度を総合的にどのような方向で形成し、法的に承認していくべきなのかといった別の課題は残るはずである。近年、家族の多様なあり方が模索される※10なかで、本件問題をめぐっては、近代的な家族公序の中心に据えられた婚姻制度自体、今後とも重要な公序として残していくのか、それとも人々の共同生活のあり方に関わる(婚姻に囚われない)新たな制度の模索をしていくのか、といった原理論が立ちはだかるからである(婚姻制度が、そもそも憲法上で最大限にされる秩序であるのかどうかという問いもその点に関わることになろう)。後者のような多様な形の家族・パートナーシップが前提となる世の中が到来するとき、そのなかで「婚姻」という意味秩序への内包を求めること自体の意義もまた変化してくるのかもしれない。
 原告側は、本判決を不服として、2021年3月31日、札幌高裁に控訴している。今後、いかなる判断が示されるのかが注目される。


(掲載日 2021年6月28日)