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文献番号 2022WLJCC007
同志社大学 教授
高杉 直
1.はじめに
特許権を巡る紛争などの知的財産関係紛争は、知的財産の特質もあり、国際的な性質を帯びることが多く、また、複数の国の裁判所で訴訟が提起されることも多い。日本との関係で言えば、国際的な民事訴訟については、常に日本の裁判所で訴訟ができるとは限らない。日本の裁判所で裁判を行うことができるのは、日本の裁判所に管轄権(国際裁判管轄)が認められる場合に限られる。財産関係事件の国際裁判管轄については、日本の民事訴訟法(民訴法)の第1編・第2章・第1節「日本の裁判所の管轄権」(3条の2〜3条の12)に規定が置かれており、①民訴法3条の2〜3条の8の規定に定める管轄原因が日本国内に認められた上で、②民訴法3条の9に定める「特別の事情」がない場合に、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められることになる。
民訴法3条の2は、請求内容や事件類型を問わずに当該被告を相手方とするすべての訴えに関する管轄原因を定める原則管轄規定であり、被告が日本国内に本拠(法人の場合には本店)を有する場合に当該被告に対する訴えについて国際裁判管轄を認めている。従って、日本法人を被告とする訴えについては、特別の事情がない限り、日本の裁判所の国際裁判管轄が肯定されることになる。
民訴法3条の9は、訴えについて日本の裁判所が国際裁判管轄を有することとなる場合であっても、当事者間の衡平や適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる「特別な事情」があるときには、その訴えを却下することができるとする規定である。
本件は、日本法人を被告とする訴えについて「特別の事情」の有無が争われた事例である。
2.事実の概要
X(原告・控訴人)は、ポリイミドフィルム(フィルム)の製造・販売等を主たる事業とする韓国の会社である。Y(被告・被控訴人)は、合成樹脂、電子材料及び電子部品等の製造・販売等を主たる事業とする日本法人である。Yは、本件日本国特許権及び本件米国特許権の特許権者である(本件日本国特許権と本件米国特許権を併せて「本件各特許権」という。)。本件各特許権は、いずれも既に存続期間を満了して消滅している。
Yと日本の機械装置製造業者J(原告補助参加人)は、平成5年12月、本件各特許権を含む特許権につき、独占的通常実施権をYがJに許諾する旨の特許実施許諾契約(本件許諾契約)を締結した。Jは、平成16年4月~平成18年12月の間に、「本件各装置」をXの前身であるK及びS(いずれも韓国法人)に販売した。平成20年4月頃、K及びSがフィルム事業を統合するための合弁会社Xを設立し、フィルム事業に係る全ての権利義務をXに承継したことに伴い、本件各装置はいずれもK及びSからXに譲渡された。その後、Xは、本件各装置を韓国で使用して、「本件各製品」を製造し、これを日本に輸出して日本の顧客に販売すると共に、米国にも輸出するなどした。
平成22年7月、Yは、Xによる本件各製品の米国への輸出等が本件米国特許権を含むYの特許権を侵害するなどと主張して、米国テキサス州東部地区連邦地方裁判所に対し、X及びその関連会社(X等)を被告として、損害賠償等を請求する訴訟を提起した(別件米国訴訟)。別件米国訴訟は、その後、カリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所(加州裁判所)に移送され、加州裁判所の陪審は、平成27年11月、本件各製品の米国への輸入等が本件米国特許権の侵害となることを認めると共に、JのXに対する本件各装置の販売が本件許諾契約に基づくJの通常実施権に基づくものであったことを認めず、また、本件米国特許権の侵害によるYの逸失利益を592万0389.50米ドルと認めることなどを内容とする評決をした(別件評決)。加州裁判所は、別件評決に基づき、平成29年5月、本件各製品につき本件米国特許権の侵害を認めると共に、X等に対し、Yに対する上記損害賠償金の支払を命じることなどを内容とする判決をした(別件米国判決)。これに対し、X等は、同年12月13日、控訴を提起した。しかし、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、平成31年3月、別件米国判決を支持する旨の判決をし、同年(令和元年)6月、X等による再審理の申立て等を認めず、その後、別件米国判決は確定した。
別件米国判決に対してX等がCAFCに控訴を提起した後、平成30年6月、XがYに対して大阪地裁に訴えを提起したのが本件である。本件訴訟において、Xは、①Xが本件各装置を使用して本件各製品を製造・販売したことにつき、Yが、Xに対し、本件各特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権をいずれも有しないことの確認(請求①)、並びに、②Yによる別件米国訴訟の提起及び追行につき、XのYに対する不法行為(民法709条)又は債務不履行(平成29年法律第44号による改正前の民法415条)に基づく損害賠償(請求②)を求めた(請求①のうち、本件米国特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認請求を「請求①-1」、本件日本特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認請求を「請求①-2」、請求②のうち、不法行為に基づく損害賠償請求を「請求②-1」、債務不履行に基づく損害賠償請求を「請求②-2」という。)。
原審(大阪地裁令和3年1月21日判決※2)は,「Yの主たる事務所は日本国内にあることから、本件各請求に係る訴えのいずれについても、日本の裁判所が管轄権を有する(民訴法3条の2第3項)」とした上で、①本件米国特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認請求(請求①-1)に係る訴えについては、別件米国訴訟と訴訟物が同一であり、争点を共通にすること、別件米国訴訟の提起から本件訴え提起までの約8年間にXによる日本での本件訴え提起を妨げる具体的事情がないこと、Xが本件訴えを提起したのは別件米国判決の結論を覆すためのものであること、本件訴えへの応訴がYにとってさらなる負担を生じさせる蓋然性が高いことを考慮すると我が国の国際裁判管轄を否定すべき「特別の事情」(民訴法3条の9)があるとして、また、本件日本特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認請求(請求①-2)に係る訴えは訴えの利益を欠くとして、いずれも却下し、②不法行為に基づく損害賠償請求(請求②-1)及び債務不履行に基づく損害賠償請求(請求②-2)については理由がないとしていずれも棄却した。
そこで、Xが本件控訴を提起した。控訴審でXは、(1)請求①-1に係る訴えの国際裁判管轄につき、証人の虚偽の陳述に基づきなされた別件評決及び別件米国判決には民訴法338条1項7号の再審事由が存するといえ、我が国の法秩序の基礎をなす公序、適正手続に照らして到底容認されるべきものではなく、同法118条3号の要件を欠くほどに重大な瑕疵があるから、本件につき我が国の裁判所において適正に審理して正しい実体判断をする必要性は極めて高いとして、本件について、我が国の裁判所の国際裁判管轄を否定すべきといえるような「特別の事情」があるとは到底いえない、(2)請求①-2に係る訴えの利益について、Yが現在に至るまで本件日本特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権をXに対して行使する意思をうかがわせる具体的な行動を取っていないからといって将来においても行使しないことの根拠にならないし、本件日本特許権侵害に基づく損害賠償請求権の存否について争いが現存していることに変わりはなく、また、Yが当該権利を行使しない法的義務を負うわけではないから、将来にわたって確実に権利行使をしないことを保証するものとはいえない、などと主張した。
3.判旨
控訴棄却。
(1)国際裁判管轄の有無
「Xの当審における補充主張に対する判断を付加するほか、原判決の・・・・・・説示のとおりであるから、これを引用する。」
「Xは、請求①-1に関し、・・・・・・別件評決ないし別件米国判決は、Yの元従業員であるAの認識や記憶に基づかない意図的な偽証に基づきされたのであり、Y自身も、そのことを認識したはずであるにもかかわらず、Aの供述や証言を援用して、自らに有利な架空のストーリーを主張していたことになり、別件評決及び別件米国判決には、民事訴訟法338条1項7号の再審事由が存するといえ、我が国の法秩序の基礎をなす公序、適正手続という観点に照らして到底容認されるべきものではなく、同法118条3号の要件を欠くほどに重大な瑕疵があると主張する。
しかし、民事訴訟法338条1項7号の再審事由は、証人の虚偽の陳述が判決の証拠となった場合でなければならず、同号を理由に再審を求める場合には、まず刑事手続で有罪の判決が確定した後等でなければならないところ(同条2項)、本件においてはこのような事情は認められない。したがって、Aの供述・証言に係る事情をもって同号の再審事由が認められるとするXの主張は失当というほかない。証人の供述の信用性等は、本来、別件米国訴訟の中で攻撃防御を尽くした上、誤った判断がされたのであれば、最終的には上告や再審といった手続の中で是正されるべきものであるところ、別件米国訴訟においては、そのような機会を経た上で、Xの敗訴が確定し、現在に至っているのであるから、請求①-1に係るXの訴えは、別件米国訴訟の蒸し返しに当たるといわざるを得ない。」
(2)確認の利益の有無
「Yは、令和3年7月20日の当審第1回口頭弁論期日において、仮に、本件日本特許権の侵害に基づくYのXに対する損害賠償請求権が存在するとしても、請求権自体放棄すると陳述した。
そうすると、請求①-2の対象となる権利については、Yによる権利行使の意思がないことはもちろん、本件口頭弁論終結時におけるその存在自体が認められないことになり、権利の存否を巡る法律上の紛争は解決されたといえるから、現にXの法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するためYに対し確認判決を得ることが必要かつ適切であると認めることはできない。
したがって、その他の点について判断するまでもなく、請求①-2に係る訴えには確認の利益が認められないから、不適法というべきである。」
(3)請求②-1に係る訴えの準拠法並びに別件米国訴訟の提起及び追行の違法性等
「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、原則として加害行為の結果発生地の法による(通則法17条本文)。もっとも、不法行為について外国法によるべき場合において、当該外国法を適用すべき事実が日本法によれば不法とならないときは、当該外国法に基づく損害賠償その他の処分の請求は、することができない(同法22条1項)。このため、請求②-1に係る訴えの準拠法をいずれの地の法と考えるとしても、Yによる別件米国訴訟の提起及び追行につき日本法により不法行為といえる必要があることになる。」
日本法によれば、「別件米国訴訟は、Yが勝訴して確定するに至っており、このような場合に、訴えの提起や追行が不法行為となるためには、確定判決の騙取が不法行為となる要件、すなわち判決の成立過程において、YがXの権利を害する意図のもとに、作為又は不作為によってXの訴訟手続に対する関与を妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行い、その結果、本来あり得べからざる内容の確定判決を取得したこと(最高裁判所昭和43年(オ)第906号同44年7月8日第三小法廷判決・民集23巻8号1407頁)、ないしはこれに準ずる特段の事情を要すると考えるのが相当である。・・・・・・本件が、確定判決の騙取が不法行為となる要件ないしはこれに準ずる特段の事情どころか、民事訴訟を提起した者が敗訴した場合の要件すら満たし得ないものであることは明らかというべきである・・・・・・。」
「以上によれば,請求②-1に係る訴えの準拠法をいずれの地とした場合でも、日本法によれば、Yによる別件米国訴訟の提起及び追行につき、Xに対する不法行為は成立しない以上、損害賠償その他の処分の請求をすることはできない。
したがって、その他の点について判断するまでもなく、請求②-1は理由がない。」
(4)請求②-2に係る訴えの準拠法及び本件許諾契約に基づくYのXに対する本件各特許権不行使債務の不履行の有無
「本件許諾契約には、その成立及び効力に係る準拠法を明示的に定めた規定はない。もっとも、本件許諾契約によりJに対する独占的通常実施権の許諾を行うYは、日本に主たる事務所を有する日本法人であること等を踏まえれば、本件許諾契約の効力の準拠法は、その最密接関係地である日本法とするのが相当である(通則法8条2項、1項)。」
日本法によれば、「・・・・・・特許権者の実施権者に対する提訴が債務不履行となるとすれば、それは実質的には訴権の放棄に等しい効果をもたらすものであるから、特許権者が実施権者に不提訴義務を負うことが前提となるというべきである。・・・・・・本件許諾契約には、Jから機械装置を購入して本件各特許発明(製法特許)を実施した者に対する不提訴義務が規定されていないことはもちろん、Jに対する不提訴義務についても規定されていない。事情が変更する可能性があり、様々な形態をとり得る特許権者と実施権者ないし実施権者からの機械装置の購入者の将来の紛争について、明文の規定もなく不提訴の合意があったと軽々に認めることはできない。・・・・・・
したがって、その他の点について判断するまでもなく、本件においてYのXに対する不提訴義務は認められず、Yが別件米国訴訟の提起をしたことについて、債務不履行が成立する余地はないというべきである。」
「以上のとおり、Yが別件米国訴訟を提起したことについて債務不履行は認められず、請求②-2は理由がない。」
4.本判決の意義
本判決は、知的財産法の観点からも有意義な判示をしているが、特に国際関係私法の観点からは、原審判決と同様に、①債務不存在確認の訴えについても原則管轄規定(民訴法3条の2)が適用されること、②原則管轄(民訴法3条の2)が認められる事案に対する民訴法3条の9の適用が認められること、③外国訴訟係属が民訴法3条の9の「特別の事情」として考慮されることなどを再確認した点に意義があると言えよう。
第1に、民訴法の国際裁判管轄規定の立案時において、債務不存在確認の訴えについての規定を設けるか否かが議論されたが、訴えの類型や訴えに係る債務の性質等に応じて個別に判断されるべきものと考えられることから、特段の規定を設ける必要はないとされた※3。原則管轄規定は、原告の裁判を受ける権利を保障するために被告の訴訟追行に最適な地を原則管轄とした規定であること※4を考慮すると、債務不存在確認の訴えについて原則管轄規定に基づく管轄を否定すべき特別な理由はないように思われる。この点に関する本判決の立場に異論もないであろう。
第2に、原則管轄規定(民訴法3条の2)の趣旨が前述のものであることを考慮すると、民訴法3条の2に基づく訴えについては、民訴法3条の9による訴え却下が認められることが想定できないようにも考えられる。しかし、立案担当者が指摘するとおり、例外的な場合も考えられなくはなく、また、明文の除外規定が存しない以上は、民訴法3条の2に基づく訴えについても、民訴法3条の9の適用があると解される※5。この点に関しても本判決の立場は正当であろう。
第3に、民訴法3条の9の「特別の事情」として外国訴訟を考慮できるか。この点につき、学説の中にはこれを否定する説もある※6。しかし、最高裁平成28年3月10日判決(民集70巻3号846頁)※7はこれを肯定しており、本判決もこの立場を採ったものと思われる。
(掲載日 2022年3月14日)