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判例コラム
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第4回 アンチ・ドーピング規制の強化と紛争解決

早稲田大学大学院法務研究科教授
長島・大野・常松法律事務所弁護士
日本スポーツ仲裁機構機構長
道垣内 正人

古代ローマの戦車競技の馬には薬物が投与されていたといわれており、ドーピングの歴史は古い。人間へのドーピングも、過剰摂取による死亡事件等の発生にもかかわらず、競技成績を上げるために、ドーピング薬物の効き目と発覚しにくさが追求されてきた。そのような中、オリンピックでも、ソウル(1988年)でベン・ジョンソン(カナダ)が100m走で、シドニー(2000年)でマリオン・ジョーンズ (アメリカ)が複数の陸上競技で、さらに最近では、アテネ(2004年)でアドリアン・アヌシュ(ハンガリー)がハンマー投げで、それぞれ金メダルを剥奪されている。

ドーピングは、①フェア・プレイの精神に反すること、②当該選手の健康を害するおそれがあること、③トップ選手を真似する青少年に精神・健康の両面で悪影響があることなどから「悪」とされている。その規制は近年ますます強化され、1999年に「世界アンチ・ドーピング機構」(World Anti-Doping Agency:WADA)が設立され、日本でも、2001年に「日本アンチ・ドーピング機構」(JADA)が設立され、検査実施数を増やしている。

ルール整備については、2005年の「スポーツにおけるドーピングの防止に関する国際規約」が2007年2月から日本国について発効した。そして、文科省は、同年5月、「スポーツにおけるドーピングの防止に関するガイドライン」を策定し、JADAは、これを受けて「世界アンチ・ドーピング規程ver. 3.0」に準拠して、「日本ドーピング防止規程」を定め、2007年7月1日施行した(現在は「日本ドーピング防止規程(ver.2.0)」となっている)。

ドーピング検査で陽性反応が出た場合、この規程により指名される「日本ドーピング防止規律パネル」が当該選手に対する制裁措置を決定する。選手が所属する競技団体は寛大な処分をしがちであるので、外部機関が処分する仕組みとなっているのである。同規程の施行以降、ボディビル、チェス、セーリング、競技綱引きの各選手について、前3者は2年間、最後のものは3ヵ月の資格停止とされている。

処分を受けた選手がこれを不服として争うのは行政事件的であるが、ドーピングに関しては刑事的な色彩もあり、規律パネルの処分が寛大すぎると考えれば、WADAや国際競技連盟が検察官のように不服申立てをすることができるとされている。

そして、いずれにしても不服申立先は、国際レベルの選手の場合にはローザンヌに事務局を置くスポーツ仲裁裁判所(Court of Arbitration for Sport; CAS)のみであり、他方、国内レベルの選手の場合には日本スポーツ仲裁機構(JSAA)でよいが、JSAAの仲裁判断に対しては、WADAや国際競技連盟はCASへの上訴を申し立てることができるとされている。これは、ドーピング問題は世界の関心事項であって、A国の選手がシロであったとのA国の仲裁判断では国際的な信頼は得られないということを示している。同じくスポーツをめぐる紛争の中でも、A国の代表選手選考をめぐるトラブルはA国の問題にすぎず、国際的関心を呼ばないのと対照的である。

2006年に日本スケート連盟の元会長等が背任等で逮捕起訴され、翌年有罪判決が下された事件は極端であるとしても、競技団体のガバナンスは必ずしも十分に確立されているとはいえない。ドーピング規制への選手・コーチ等のコンプライアンス確保はまさにガバナンスにかかっており、スポーツ界の今後が注目される。

(掲載日 2008年4月7日)

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