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判例コラム
(旧)コラム

 

第18回 映画の世界?ネットワーク犯罪と法

成城大学法学部資料室
隈本 守

先日「Untraceable(邦題は『ブラックサイト』)」という映画が日本でも公開された。内容は誘拐した被害者の映像を自分のインターネットサイトに公開し、このアクセスカウント数が一定数に達すると被害者が殺害される仕掛けを繰り返す犯人をFBI捜査官が追跡するものである。事件の核心にあるインターネットサイトが犯人特定の鍵となっているが、サイトのサーバを犯人がある仕組みを使って追跡、確認されないようにしているのである。問題はこの仕組みが実際のインターネット上の犯罪捜査を困難にするものとして日常的に利用され、かつ法規制が追いついていないという点にある。

インターネット上でフィッシング、スパム発信などの有害サイトが発見された場合、通常はこのサイトの公開元のコンピュータを突き止め被害の拡散を防ぐ。しかし今回とりあげられたfast flux と呼ばれる仕組みは、公開元コンピュータの情報を、ネットワーク上でプログラムが自動的に、頻繁に、しかも暗号化して変更し、発見を格段に困難にする「分身の術」のようなものである。このような仕組みが利用できるということは有害、危険とされる情報も外見上堂々と世界中に公開され、この環境を利用してさらに悪意のソフトの情報交換が行われるなど、ネットワークに対する重大な脅威となっている。もちろん、程度の差こそあれ法律によりこれを犯罪として認識、規制している国もあり、国際的な協力が不可欠な部分については条約による対応が進められている。しかし、実際に摘発、阻止しようとすると、これは映画のように、そう容易にはいかないらしい。

具体的手法は別として、法規制についても考えるべき点はあるように思う。これまで公私の情報の毀損、書き換え、不正閲覧等ないし機器の損壊等について、旧来の規程で対応できなくなった部分を補うことがコンピュータ犯罪の法規制の原則とされ、また猥褻図画、名誉毀損等にかかる情報についてはこれまでの規程で対応してきている。しかしここにはネットワークに障害を引き起こす行為、物、情報等に対する対応が含まれていない。これは6月にソウルで開催された「インターネット経済の将来に関する閣僚級会合」に際してのOECDの委員会報告書 にいうところの「こういった悪意のソフトは直接的にも間接的にも重要な情報インフラストラクチャを害するものであり、経済的な損失を招き、インターネット経済における信用と信頼を失墜させる役割を果たすものとなる」との認識が遅れているためかもしれない。

法律実務、法学の世界でもコンピュータ、メール、インターネットを利用した法情報が広く利用され、判例集までが書物からデータベースに置き換えられている時代、もはやネットワークはただの効率的な道具ではなく、不可欠なものとなっている。ここに不要な情報が大量に混入し、あるいは停止するなど利用障害が大きくなるとその作業全体に重大な支障が発生することは容易に想像できる。これが法律の世界のみならず社会全般に同時に起こるものと考えると、ネットワークを社会的インフラストラクチャとして法的にも保護すべきである、との考え方も現実味をおびてくるのではなかろうか。

[参照]

(掲載日 2008年7月14日)

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