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東海大学法学部教授
西山 由美
ある経済取引について税負担を考える場合、所得税法や法人税法といった本法を参照するだけでは足りず、その細則については施行令、さらに特例措置がないかどうか租税特別措置法にもあたらなければならない。大学の授業であれば、ここまで尽くせば、「これが法令にもとづく課税関係である」で済むが、クライアントの税負担に責任を負う実務家は、もうひとつのルール「通達」にも目配りをしなければならない。形式的にいえば、通達は行政組織内部のルールであり、納税者に対して法的拘束力をもつものではない。しかし租税行政庁がこの通達にもとづいて課税を行う以上、納税者は間接的な拘束を受ける。この「通達課税」は、租税法律主義の現実的側面といえよう。
たとえば相続税法をみてみよう。相続税の税額計算の第一歩は、当該相続財産の評価であるが、その財産評価について相続税法は、「・・・財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によ[る]」(同法22条)と定めるのみで、その時価の具体的算定方法については、「財産評価基本通達」による以外ない。財産評価で困難をきわめるのは、主に土地と取引相場のない株式であるが、後者の評価方法の難解さや複雑さについては、一度ぜひ同通達179以下をご覧いただきたい。
会社の規模に応じて、「純資産価額法」、「類似業種比準法」などの評価方法が決められているが、納税者が自己の便宜や特殊事情ゆえに同通達によらない評価方法を用いることは、所轄税務署が通達に従った評価方法を採用する以上、事実上困難である。しかしその一方で、「租税回避が行われている」あるいは「時価との乖離が著しい」などの理由により、同通達によらず、国税庁長官の指示による評価も可能である(同通達6項)。このように同通達による財産評価は、納税者の予測可能性を阻害するばかりでなく、課税行政の現場をも混乱させている。
この問題について、今春出版された小池幸造監修・風岡範哉著『相続税・贈与税―通達によらない評価の事例研究』(現代図書)は、具体的な事例(裁判例)を示し、学説を踏まえながら、実務家の観点から緻密な分析を行っている。関連判例をほぼ網羅的に扱っているので、財産評価に関する判例研究の素材としても、また実務書としても有用である。
確かに土地や株の価額は、社会情勢や経済状況によって乱高下しうるもので、その評価方法を法律規定に書き込むことは、評価の硬直化につながるかもしれない。しかし財産評価が税額計算の基礎である以上、その基本ルールを法令で定めるべきであり、たとえばドイツの「財産評価法」(Bewertungsgesetz,1991年制定)は、課税財産評価の基本法として参考になろう。
(掲載日 2008年9月1日)