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北海道大学法学研究科教授・情報法政策学研究センター長
田村 善之
少し前になるが、2008年7月30日から8月1日に札幌コンベンションセンターでクリエイティブ・コモンズの世界サミットであるiCommon Summit’08が開催され、その前日に開かれたクリエイティブ・コモンズ・インターナショナルのリーガル・デーにおいて筆者は基調講演をつとめる機会に恵まれた。クリエイティブ・コモンズとは、「4つのアイコンの組み合わせを選択するだけで、誰でも自分の生み出した作品を、自分の好きな条件で、インターネットを通じて世界に発信することができる画期的なライセンスシステム」(クリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(http://www.creativecommons.jp/)の紹介) のことであるが、その背後には、政策形成過程と法のありかたという、大きな法学、政治学の方法論、実践論が潜んでいる。今回のコラムでは、上記講演で私が話してきた内容をかいつまんでご紹介することにしたい。
クリエイティブ・コモンズはインターネットの技術を前提としており、その意義を議論する際には、インターネット時代の到来の著作権法にとっての意味を考える必要がある。その1つは、当然のことであるが、他人の著作物の利用の機会が増えたということである。つまり利用の自由を確保する必要性も高くなったということになる。もう1つの見逃すことができない側面は、実際に利用される著作物が増えたということである。企業で創作される著作物や、営利目的で創作される著作物だけが大量に利用されるわけではない。個人の私的な著作物も現実に利用可能となった。その結果、利用される著作物の中で著作権処理のコストに見合うベネフィットを得ている著作物の割合が低下している。
これは実際に利用されている著作物の著作権者が多様化し、分化してきたということを意味する。一方で、プロテクション技術の活用を通して、あくまでも権利を行使していこうとする著作権者がいる。他方で、権利行使に一切無関心な著作権者も存在する。特に著作権者の不明になっているorphan works(孤児著作物)の問題もある。このうち前者のタイプ、つまり権利を行使する著作権者のタイプの意向は、政策形成過程に反映されやすいものである。他方で後者のタイプの権利者の意向は、政策形成過程にはほとんど反映されにくいものである。その結果、権利者の意向と著作権法の乖離も大きくなっている。
その中で、クリエイティブ・コモンズの意義は、次のようなものとなる。まずは、当然のことながら、クリエイティブ・コモンズが増えれば利用の自由も確保されるだろう。しかし、それに止まるものではなく、権利者の意向に合わせて著作権法制度を形成していくという意味もある。それは、著作権に限らず、ガヴァナンス構造として、政策形成過程に反映されにくい利益をいかにして吸い上げていくのかという課題に対する一つの反応であると評価することができる。これは著作権の保護期間に関して、著作者の死後50年を原則とする現行法のそれをさらに延長するのかということに関して、草の根の議論を拡げようとする著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム(thinkC :http://thinkcopyright.org/) と同じ役割を果たすことになる。
クリエイティブ・コモンズの運動は、デジタル化時代の著作権法制度のあり方に関する議論に関しても影響を与えざるを得ない。権利処理に無関心の権利者が多く、その意向がむしろ、自由に使ってくれというのであれば、たとえばパブリック・ドメイン、もしくはクリエイティブ・コモンズをデフォルトにするということが考えられる。
今は逆で、権利者がパブリック・ドメインやクリエイティブ・コモンズを推し進めるためには、逆に何か積極的なアクションを起こさなければいけない。それを逆にするということである。なにか積極的な行動をするためには一定のコストがかかるわけで、そうだとすると、かりに多くの者が問われればクリエイティブ・コモンズでかまわないと考えているのだとしても、クリエイティブ・コモンズを理解し表示するためには一定のコストがかかる反面、そこから得られる個々の登録者の便益は僅少なものであるとすれば、その拡散には自ら限界が有る。そうだとすれば、むしろクリエイティブ・コモンズのほうをデフォルト・ルールにしてしまい、そこからの乖離を望む者のほうが登録をしない限りは、権利主張できないというような制度が考えられる。これがドラスティックに過ぎるというのであれば、たとえばデジタルでの利用に限定したり、一定の期間経過後に登録制度を導入したりするなどの選択肢もありえよう。
もちろん、ベルヌ条約やTRIPS協定を引き合いにだすまでもなく、こういった劇的な変化を政策形成過程のなかで実現していくには、多大な困難が伴う。政策形成過程に反映されにくい利益が関わっているという意味でも、クリエイティブ・コモンズの運動が着目されるのである。このような運動が盛んになればなるほど、社会に望まれているものはなにかということが明らかになり、それが何らかの形で政策形成過程に反映される可能性もあるのではないかと思われる。
[参考文献]
クリエイティブ・コモンズ・ジャパン編『クリエイティブ・コモンズ-デジタル時代の知的財産権』
(2005年・NTT出版)
ローレンス・レッシグ(山形浩生=守岡桜訳)『FREE CULTURE』 (2004年・翔泳社)
(掲載日 2008年12月15日)