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高島国際特許事務所※1
所長・弁理士 高島 一
iPS細胞(人工多能性幹細胞)はしばしば「万能細胞」と形容されるが、ここでいう「万能」とは何を意味するのか?学術用語としては、細胞の分化能力は、全能性(あらゆる細胞に分化できる)、多能性(複数種の細胞に分化できる)、単能性(1種類の細胞にしかなれない)に分けられる。つまり、「万能」細胞という用語は学術的に定義されたものではない。一般的に「万能」といわれれば、我々は全能性を想像してしまうかもしれない。しかし、iPS細胞はその名の通り多能性であって全能性ではない。「万能」=「全能」だとすれば、万能細胞という形容は正しくない。少なくとも専門家にはかなり違和感があろう。
Wisconsin大学のThomson教授が、不妊治療の余剰胚から初めてヒトES細胞を樹立した当時、ES細胞も万能細胞ともてはやされた。全能性ではないが、多能性ではインパクトに欠けるし、そもそも全能性や多能性といった用語は大衆に馴染みがないので、細かいことは気にせず、あれもこれも何でもこいといった意味で広く使われている「万能」という言葉をあてたと思われる。しかし、そこには「切り札」や「救世主」などの表現と相通ずる社会的な期待感も読み取れる。移植医療はドナー不足という恒常的問題を抱えているが、ES細胞は移植細胞・臓器の無尽蔵の供給源になり得ると期待されたからである。
現実には、登場から10年を経た今も、移植治療にヒトES細胞が使用された例はない。これは技術的な課題が克服されないためだが、それ以前に、ヒトES細胞には、(他人の)胚を壊して作ることに起因して臨床応用上2つの大きな壁が存在する。倫理問題と拒絶反応の問題である。後者は、患者本人からの体細胞核移植によりクローンES細胞を作ることで理論上は解決できる。しかし、倫理的な問題は不可避であり、各国の法制に委ねるほかない。特許においても、例えば欧州特許条約は、商業上のヒト胚の使用を不特許事由としている。昨年、欧州特許庁拡大審判部は、前述のThomson教授の発明に係る出願を、ヒト胚の破壊を伴うことを理由に拒絶する審決を下した。
iPS細胞とは、皮膚細胞などから胚を経由せず人工的に作りだされた、ES細胞とほぼ同じ性質を持った多能性幹細胞であり、患者本人の細胞を用いることで、倫理問題と拒絶の問題とを一挙に解決しうる。ヒトES細胞が抱える2つの大きな障害を乗り越えたことで、iPS細胞は再生医療の新たな切り札として一躍脚光を浴びることとなった。いくら分化全能性があっても、一番使いたい場面で使えなければ仕方がない。「万能」と形容されるためには、何にでも使い勝手がよいこと(利便性)が要求されるように思われる。してみれば、皮膚細胞などから比較的容易な遺伝子操作で作ることができ、用途上の制約を受けないことも、iPS細胞が万能細胞と呼ばれる1つの所以であろう。さらに、iPS細胞は、細胞分化は後戻りできないとする旧来の概念に引導を渡し、分化した細胞でもES細胞レベルまで時計の針を巻き戻せることを実証した。幹細胞研究のパラダイムシフトといえる。
ダ・ヴィンチは全能の神ではないが、万能の天才と呼ばれる。「万能」の意味をわきまえていれば、同様のターミノロジーでiPS細胞を万能細胞と呼ぶこともあってよかろう。