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第123回 イカタコウイルスが示唆する法整備

成城大学法学部資料室
隈本 守

8月上旬、昨年末に多くのパソコン利用者に実害や混乱、不安を引き起こしたイカタコウイルスの作成者が器物損壊容疑で逮捕された。この容疑者は以前、原田ウイルスとよばれるウイルスなどを作成した事件について名誉毀損ならびに著作権侵害で有罪とされている(平成20年5月16日 京都地裁判決 判例集未登載)。報道によると今回のイカタコウイルス作成の発端は、原田ウイルスの裁判で「ウイルス作成自体やウイルスの被害については判断されず、知人の画像やアニメのキャラクターを使った点のみが問題とされた為、これらを用いずイカやタコのキャラクターを自作すれば罪に問われないのではないか、と考えたこと」とされている。この意味では、今回被害者の一人が告訴し、器物損壊に問われたことは想定外であったかもしれない。

「ウイルスによりパソコンに保存されたデータがイカやタコの画像ファイルに置き換えられると、いくらパソコンが動いても、あるいは初期化すれば買った時の状態からまた使うことが出来るとしても、そのパソコンを実際上使えないようにしたといえる」これが今回器物損壊罪を適用した考え方であろう。ここで損壊の対象とされているのはパソコンであり失われたデータではない。昭和62年の改正で私用電磁的記録を含むとされた私用文書等毀棄罪(259条)が権利義務に関する記録の毀棄に適用され、「前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した」ものに器物損壊罪(261条)が適用される事を考えると、259条に私用電磁的記録毀棄が加えられた際に、261条にも「電磁的記録を毀棄」することが加えられていれば、「前3条に規定するもののほか、他人の電磁的記録を毀棄」したとなり、器物損壊罪の対象とされる私用文書の毀棄同様に扱えることとなって、今回の器物損壊罪の適用もデータの書き換え抹消自体を直接的に評価できたのではないかと思う。

しかし、問題は、このような個人の電磁的記録が消されたことがウイルスの問題ではない、ということである。今回のウイルスでも告訴人以外に数百人以上の被害があったと考えられるが、一般にウイルスの類のものは不特定かつ極めて多くのパソコンに感染、被害を及ぼしている。その被害は今回のような明らかなデータの改竄、抹消ばかりではなく、知らぬ間にデータの漏洩をさせるなど多種多様なものがあるが、このような具体的な被害ばかりではなく、これだけ社会に普及しているパソコン、コンピュータ、ネットワークを利用するすべてのものを不安に陥れ混乱させていること自体がその被害といえる。

この容疑者逮捕直後から、不正指令電磁的記録作出罪を刑法に設ける改正の動きが再び急がれているように見えるが、このウイルス作成・使用・所持罪が、印章偽造等に関する箇所に168条の2として検討されていることは、このような社会的信用に対する罪としての理解が反映されたものと考えられる。この考え方をすすめると、ウイルスばかりではなく、電子計算機損壊等業務妨害罪やこれから益々依存度を増していくと考えられるコンピュータネットワークそのものの安定運用を害する行為も含めて、コンピュータ犯罪による社会的混乱に着目した法整備こそが今求められていると、このイカタコウイルスは示唆しているのではなかろうか。

(掲載日 2010年10月4日)

次回のコラムは10月18日(月)に掲載いたします。

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