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北海道大学教授
田村 善之
1 はじめに
パブリシティ権に関しては、下級審段階ではそれが権利として認知されることが明らかになっており、その根拠について財産権説と人格権説との争いはあるものの、議論の焦点はむしろいかなる行為が侵害となるのかという侵害要件の確定に移行している。そのようななか、最判平成24・2・2平成21(受)2056[ピンク・レディー])は、最上級審として初めて「パブリシティ権」という用語の下で、人格権説に与してこの種の権利を容認することを明らかにするとともに、一定の要件論を打ち出した。
2 違法となる3類型の提示
パブリシティ権侵害の要件論について従前の多くの下級審裁判例が用いていた文言は、「他人の氏名、肖像等の持つ顧客吸引力に着目し、専らその利用を目的とするものであるかどうか」(東京地判平成12・2 ・29判時1715号76頁[中田英寿])、というものであった。
ピンク・レディー事件の原審の東京地裁も、「専ら」基準を適用して侵害を否定した。控訴審の知財高裁は「専ら」基準を批判し総合衡量型の基準を提示したが、やはり侵害を否定した。これに対し、最高裁は、再度、「専ら」基準に回帰するとともに、これをより具体化し、以下のように説いた。
「肖像等を無断で使用する行為は,①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,③肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に,パブリシティ権を侵害するものとして,不法行為法上違法となると解するのが相当である。」
このうち特に問題となるのが、①の類型の外延である。その拡がり次第では、他者の自由を過度に害することになりかねない。以下、事案との関係で判旨の具体的な帰結を分析してみよう。
3 事案に対する当てはめから分かること
この事件の事案は、被告の発行する女性週刊誌に、「ピンク・レディーdeダイエット」と題する特集記事が3頁にわたって掲載され、その記事中で、同誌のカメラマンが過去に撮影したとみられる原告の写真14枚が掲載されたことが問題となったというものである※1。これらの写真には水着写真1枚が含まれており、当該記事に関係する振付けに関わるものは5枚に止まっていた。
このような事案で、最高裁は、前記3類型を例示したうえで、以下のように説示した。
「本件記事の内容は,ピンク・レディーそのものを紹介するものではなく,前年秋頃に流行していたピンク・レディーの曲の振り付けを利用したダイエット法につき,その効果を見出しに掲げ,イラストと文字によって,これを解説するとともに,子供の頃にピンク・レディーの曲の振り付けをまねていたタレントの思い出等を紹介するというものである。そして,本件記事に使用された本件各写真は,約200頁の本件雑誌全体の3頁の中で使用されたにすぎない上,いずれも白黒写真であって,その大きさも,縦2.8㎝,横3.6㎝ないし縦8㎝,横10㎝程度のものであったというのである。これらの事情に照らせば,本件各写真は,上記振り付けを利用したダイエット法を解説し,これに付随して子供の頃に上記振り付けをまねていたタレントの思い出等を紹介するに当たって,読者の記憶を喚起するなど,本件記事の内容を補足する目的で使用されたものというべきである。
したがって,被上告人が本件各写真を上告人らに無断で本件雑誌に掲載する行為は,専ら上告人らの肖像の有する顧客吸引力の利用を目的とするものとはいえず,不法行為法上違法であるということはできない。」
この判決により、雑誌の記事のほうが主体となっており、それを補足するために白黒写真が用いられた場合には、パブリシティ権侵害が否定されることが明らかになった。問題は、従前の裁判例で争われていたカラー写真が主となっているケースである。本判決が、雑誌全体の3頁のなかで利用されているに過ぎないことを侵害を否定する方向に斟酌した点を重視すれば、侵害が否定されることとなろうが、他方で、白黒写真であることや、記事の補足に過ぎなかったことに言及していることを重視するのであれば、違法となる場合がありえよう。最高裁が、「専ら」の例示として掲げた3類型には、雑誌内で数頁グラビア写真として利用することは該当しないようにも読めるが、「など」と付されていることから明らかなように、3類型はあくまでも例示に過ぎない。
本判決に付された補足意見は、「グラビア写真」を第一類型に該当する例として掲げているが、それが補足意見に止まったということもあって、その取り扱いに関する判例法理の確立は、今後に委ねられたと言わざるを得ない。
4 今後の課題
かつて筆者は、パブリシティ権侵害は、人の肖像、氏名が①宣伝広告に利用されるか、② 商品化される場合に限り、違法と目すべき旨を説いたことがある※2。
特に、書籍の一部や雑誌記事に使用している程度では、他人の肖像度に対する依存度が大きいために違法と目すべき「商品化」とはいい難く、プライヴァシー権侵害に該当しない限り、表現の自由を重んじて侵害を否定すべきではなかろうか。そのように解したところで、雑誌のコンセプトに適合した新たな写真を撮影するためには、物理的に被写体の協力が必要となるので、撮影に際して、事前に契約により対価が支払われることになろう。第三者の無断使用に対しては、権利者は異なるかもしれないが、少なくとも、一連の契約の中に巻き込まれているはずの著作者か、その権利の承継人が著作権を主張することもできる。それならば、それで十分であって、近時の下級審の裁判例のように、雑誌記事に利用される場合にまでパブリシティ権を拡大する必要はないように思われる。
ピンク・レディー事件最判はこの問題を先送りしたが、今後、裁判例が集積することによって、さらにパブリシティ権の侵害の境界線が明確とされていくことを期待する※3。
(掲載日 2012年3月19日)