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西村あさひ法律事務所
弁護士 細野 敦
混迷していたテクモ株式買取価格決定申立事件につき、最高裁は、本年2月29日に原決定を破棄差戻しするとの決定を下し、組織再編時の株式買取請求権をめぐる諸問題に、また一つ予測可能な規範が打ち立てられることになった。
テクモ株式買取価格決定申立事件は、単純化すると、次のような事件である。テクモは、920円での友好的公開買付けの提案(平成20年8月29日公表)を拒絶し、相互に特別の資本関係がないコーエーと経営統合し完全親会社Yを設立することを公表し(同年9月4日)、テクモとコーエーは、同年11月18日の市場取引終了後、コーエー普通株式1株に対しY普通株式1株、テクモ普通株式1株に対しY普通株式0.9株を割り当てる旨の株式移転計画書を公表したが、同月19日にはテクモの株価は前日比10パーセント以上急落し、その後、回復に転じたものの、おおむね下落傾向となり、平成21年3月26日に上場廃止となった。テクモは、平成21年1月26日の臨時株主総会で株式移転を承認する決議をしたが、テクモに対する友好的公開買付けの提案後、テクモ株式の買取りを開始していた申立人Xは、臨時株主総会に先立つ平成21年1月22日に本件株式移転に反対する旨を通知するとともに、同年2月12日、会社法806条1項に基づき、テクモに株式買取請求をした。
株式移転完全子会社の反対株主である申立人Xがした株式買取請求につき、一審東京地裁(平成22年3月31日金判1344号36頁)は、株式移転公表後のテクモの株価の下落とその推移等から、当該組織再編によりテクモの企業価値が毀損されたと市場が判断したと推認されるなどとして、いわゆるナカリセバ価格(組織再編がなければ株式が有していたであろう客観的価値)による価格決定の判断をした。一方、抗告審である東京高裁(平成23年3月1日ウエストロー・ジャパン文献番号2011WLJPCA03016001)は、「経営統合を視野に入れた上で株式を取得して株主となった申立人が株式買取請求権を行使した場合の公正な価格は、株式移転そのものがなければテクモ株式会社が有していたであろう客観的価値によるべきではな」く、「本件株式の公正な価格は、本件経営統合による企業価値の増加を適切に反映した公正な価格(シナジー反映価格)とすべきであ」るとした上で、株式移転比率は本件経営統合によるシナジーを適切に反映したものではないことから、「本件株式移転比率に基づく本件株式移転がなかったら有していたであろう客観的価格を基礎として算定するのが相当」として、結局、一審と同様の買取価格が相当であると判断した。この高裁決定も、本件株式移転比率公表直後にテクモ株式の株価が急落したとの事実認定を極端に重視したものである。
これに対し、最高裁は、本年2月29日に原決定を破棄するとの判断を示した。すなわち、最高裁は、「相互に特別の資本関係がない会社間において,株主の判断の基礎となる情報が適切に開示された上で適法に株主総会で承認されるなど一般に公正と認められる手続により株式移転の効力が発生した場合には,当該株主総会における株主の合理的な判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情がない限り,当該株式移転における株式移転比率は公正なものとみるのが相当であ」る旨判示したのである。
既に当該組織再編自体により当該当事会社の企業価値が毀損されたと認定した一審段階から、上記11月18日の株価は何らかの思惑等で高騰していたと見るほうが自然であり、株式移転計画書の公表により初めて株価が暴落するのは不自然であるとの指摘がなされていたところであるが(江頭憲治郎「上場会社における株式買取請求の「公正な価格」」金判1353号(2010年)6頁、太田洋「テクモ株式買取価格決定申立事件東京地裁決定の検討〔下〕商事法務1908号(2010年)47頁以下)、抗告審である東京高裁決定が、さらに踏み込んで、「テクモ株式の市場株価の大幅下落の主たる要因は、本件株式移転比率にある」と判示したために、事態はより混乱した状況に陥っていたといえよう。しかし、東京高裁決定は、株式移転比率公表直後のテクモ株価下落をもって、株式移転比率が本件経営統合によるシナジーを適切に反映したものではないと短絡的に判示したものである(この点は、須藤判事補足意見で付言されている。)。したがって、最高裁が、これまで学説によって有力に論じられていたとおり、組織再編の各当事者が独立当事者である場合、一般に公正と認められる手続によって組織再編の効力が発生したと認められるときは、原則として当該当事会社にとって公正に行われたものと推認されるとする枠組みを採用し、独立当事者間の組織再編に対する介入に謙抑的な姿勢を示したことは至極当然といえよう(谷川達也「株式買取請求における公正な価格-第三者型-」『ジュリスト増刊 会社法施行5年 理論と実務の現状と課題』(2011年)120頁参照)。
なお、須藤判事補足意見は、シナジー分配不公正事例等、裁判所が、企業の客観的価値を算定し、かつ、これを基に株式移転比率を新たに設定せざるを得ない場合があることに言及しているが、同判事が、今後の議論に委ねられている部分が大きいとしながら、そのような場合でも、できるだけ費用と時間を節約する簡易な方策が採られてしかるべきとしている点は、「公正な価格」の決定が裁判所にとり、大きな負担と困難を強いているとの指摘とも相俟って(木俣由美「株式交換完全子会社による株式買取請求に係る「公正な価格」」私法判例リマークス43号(2011年)98頁)、示唆に富む見解といえよう。
(掲載日 2012年3月26日)