第192回  一度も使われなかった原子力発電所

東海大学教授
西山 由美

オーストリアといえば、「ワルツ」とか「シシィ(后妃エリザベート)」など、ハプスプルク王家を彷彿とさせる優雅なイメージであるが、社会制度や法制度に関しては、ドイツ的な手堅さとアメリカ的な開放性をもった、実際的な作りになっているように感じられる。お隣の同じ言語圏のドイツとの関係でいえば、モーツァルト(オーストリア・ザルツブルク出身)は書簡で「われわれドイツ人」と記していたらしいし、かのヒトラーはオーストリア・リンツ出身であるし、「同胞」であるかとも思われるが、両国の関係はやや微妙だ。この3月に環境税の調査でウィーンを訪れた際に、現地の研究者が市内のシュテファン寺院を案内してくれたが、「ドイツの二大聖堂―ウルム大聖堂とケルン大聖堂―の塔の高さを越えないように配慮して建設されたようだ」との説明を受けた。

オーストリアのグリーン・エネルギーについて調べていく中で、一度も稼働することなく廃炉になったツベンテンドルフ原子力発電所の詳細を知るに至った。ウィーンからドナウ川を32kmほど上流にのぼったところにあるツベンテンドルフという町に、円換算で367億円を投じて建設された発電所は、完成直後に稼働の賛否を問う国民投票が行われ、稼働反対50.47%という僅差で、廃炉が決まった。1978年11月のことである。廃炉のために費用として、さらに970億円が費やされたという。

廃炉決定直後に「原子力停止法」が制定され、今後オーストリアで原子力発電所を建設するためには、国民投票による同意がなければならないことになった。翌年の1979年には米国でのスリーマイル島原発事故、1986年には旧ソ連のチェルノブイリ原発事故があったため、この法律は、原子力発電を一切禁ずる憲法レベルの法律に強化された。原子力発電に見切りをつけたオーストリアは、その後、アルプス山系とその水量を生かした水力発電重視のエネルギー政策をとるに至り、現在では全発電量の3分の2は水力発電によるという。

ところが先日、ある冊子の「オーストリアに原子力発電所完成」の見出しにびっくりした。あのオーストリアが、原子力発電見直し気運の高まっているこの時期に・・・。ところが、よく読んでみると「原子核」(Kern)ではなく、「果実の芯」(Kern)を再利用する施設ができているらしい。食した後に通常なら捨てられる果物の芯などをエネルギーに再生するという。「果物核発電所」と呼ばれ、ほとんどの果物が再利用可能ということだ。やはりオーストリアは、practicalで creativeな国だ。

 

(掲載日 2012年6月4日)


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