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第220回 日本商標制度一考

高島国際特許事務所※1
所長・弁理士 高島 一

2011年のコラムで紹介した米国改正特許法が、いよいよ来月16日から施行される。欧州でも、既存の欧州特許庁(EPO)での手続をベースに、統一特許の取得を出願人の選択に委ねるという欧州統一特許制度及び条約締約国全てに判決の効力が及ぶ統一特許裁判所制度が、2014年中にスタートすると報じられている。いずれも利用者の利便性向上と特許庁の負担軽減を目的に、長年議論されつつ見送られてきた大幅な制度改正である。実現に至ったのには、欧米諸国政府の厳しい財政事情が背景にあったことは間違いない。

商標法の分野では、大きな法改正のニュースこそ少ないが、制度修正は世界中で常に行われており、世界の商標制度は名実ともに国際的調和の方向に進んでいる。一国独自の制度を堅持したのでは、国境を越えて展開するビジネスの担い手に不便を生じ、利用者離れを生じかねないが、利用者の利便性を向上させ、現実の商取引のルールに見合った制度設計をすることは、特許庁の負担軽減にもつながる。米国や英国のような使用主義国でも、登録主義国の利用者の利便性を考慮した修正をかなり前に行っている。また、欧州共同体商標(CTM)制度を担う共同体商標意匠庁(OHIM)では、商標の識別力の有無のような絶対的拒絶理由の審査を担当し、他人の先登録商標との類似判断のような相対的拒絶理由は、異議申立てによる当事者間の調整に任せる、というスタンスをとっている。これにより、OHIMは、迅速に権利が取得できるとの利用者の信頼を得たうえ、優秀な黒字経営を続け、黒字分の還元として出願費用を引き下げたりしている。

ところで、商標登録異議申立手続を「当事者間の調整」と表現することに違和感を覚える方もおられるかもしれない。しかし、OHIMの制度では、異議申立ては主に当事者間の話合いの機会と位置づけられ、当事者間で合意が形成できれば、それを届け出ることにより審理は終結し、庁費用は申立人に返還され、後願商標は登録される。非常に合理的で透明性の高い当事者間の調整の仕組みといえる。

我が国では、当事者間の合意により相対的拒絶理由を解消させる制度は、長年議論されてはいるものの、導入には至っていない。この制度が我が国で採用されないのは、商標登録原簿の様式が、不動産登記簿を雛形にしているため不動産登記簿にない項目を想定しえないからだ、という批判を耳にしたことがある。実際には、公益的手続を建前とする異議申立審理の当事者の合意(和解)による終了とセットで導入する必要が生じ、これが我が国の法制度になじまないというのが理由だと思われるが、この批判が、「業務上の信用」という無体財産権の保護を目的とする商標制度が不動産所有権の保護と本質的に異なる制度として設計されているか、という問題提起であるとすると、確かに一理あるように思われる。

先日、ネット通販世界最大手企業の2012年12月期の日本での売上高が、前の期に比べて18.6%増の78億ドルだったと報道されていた。ビジネスルールの変化も技術開発と同様、日進月歩である。新たなビジネスの担い手にも利用し易く、特許庁にも負担が少ない商標制度の実現が、我が国においても待たれるところである。

(掲載日 2013年2月25日)

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