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文献番号2015WLJCC019
弁護士法人法律事務所オーセンス※2
弁護士 元榮 太一郎
【はじめに】
消費者金融の武富士(現TFK)が倒産したことにより、過払金の返還が受けられなくなったとして、元顧客24人が元副社長ら創業家3人に総額約7500万円の賠償を求めた訴訟について、大阪地方裁判所は、元副社長に対して5人分の計327万5000円を支払うよう命じる判決を下した。
本判決は、全国で同種の訴訟が提起されている中で、はじめて会社役員の責任を認めた事例として注目を集めている判決なので、ここに紹介する。
【事案の概要】
武富士の顧客として定期的に借金の返済を行ってきた原告らは、最高裁判所平成18年1月13日判決※3(以下「最高裁判決」という。)によって利息制限法の上限を上回る「グレーゾーン金利」が無効となった後も、従前の約定残高に従って借金の返済を続けてきた。その後、創業者らによる多数の任務懈怠によって武富士が倒産した結果、原告らは、残債務が存在しないにもかかわらず武富士に支払い続けた部分の金銭の返還が受けられなくなってしまった。
この事件について原告らは、武富士の亡代表取締役の妻、その息子である元専務取締役と元副社長に対して、任務懈怠を理由とした会社役員の第三者責任(会社法429条1項)に基づいて、損害賠償を請求した。
【争点】
本件の主な争点は、原告らが過払金の返還を受けられなかったことについて、被告らの任務懈怠が認められるのかどうかである。
原告らは、約定残高と引直し計算後の残高の相違を告知しなかった点のほか、強行法規である利息制限法を遵守しなかった点、超過利息の収受を止めなかった点など、8つの義務違反を主張した。これに対して、被告らは、最高裁判決が出た後それに沿った業務体制を改善整備し続けたのであり、任務懈怠は認められないと反論した。
【判旨】
裁判所は、原告らが主張した被告らの義務違反のうち、約定残高と引直し計算後の残高が相違する可能性があること(以下「残高相違可能性」という。)を告知しなかった点について、元副社長の任務懈怠を認めた。
その前提として、裁判所は、①最高裁判決以降武富士との既存取引において旧貸金業法43条(以下「みなし弁済規定」という。)の適用の余地がなくなった顧客が存在すること、及び②みなし弁済規定の有無に関する被告らの認識を検討したうえで、③少なくとも平成18年当時代表取締役に在任していた元副社長については、残高相違可能性を告知する体制を整備する義務を負っていたと判断した。
その上で、④元副社長が、既存顧客に従前のみなし弁済が成立しない場合に、武富士内部で検討するように対策チームに指示する、法律家の意見を聴取するように指示する等の採るべき対応をしたという事実は存在しないとして、元副社長の任務懈怠を認めた。
以下、それぞれについて説明する。
利息制限法の上限を上回る「グレーゾーン金利」について、最高裁判決は、貸金業法18条1項2号に定める契約年月日等の記載を欠いた18条書面を交付しても、18条書面としての要件をみたさず、みなし弁済規定の適用がないことを明らかにした。
また、利息制限法所定の制限利率を超える約定の金銭消費貸借に当然の期限の利益喪失約款が定められている場合には、特段の事情のない限り、制限超過部分の支払は任意性を欠き、みなし弁済規定の要件をみたさないことを明らかにした。
最高裁判決を踏まえて裁判所は、武富士は平成18年当時、18条書面に法定事項である貸付けにかかわる契約年月日を記載しない代わりに契約番号を記載していたと認定し、また、基本契約書に、期限の利益喪失特約として、約定支払日までに支払を一度でも遅延し、あるいは支払を怠ったときは、武富士からの通知及び催告がなくても期限の利益を喪失し、融資残高全額、利息及び遅延損害金を直ちに支払う旨を規定していたことを認めた。
このような事実から、裁判所は、武富士と最高裁判決以前の顧客との既存取引において、みなし弁済規定の適用の余地がないとして、顧客に対する約定残高と引直し計算後の残高は、ほぼ例外なく相違していたと判断した(①)。
次に、裁判所は、武富士は最高裁判決を受けて、平成18年5月8日に常務会を開催し、既存顧客に対する契約書の書換えの要否及び既存債権に対して約定残高で請求する法的根拠の有無などについて、弁護士の意見を交えながら、審議を行ったことを認定した。さらに、常務会に出席した元副社長は、弁護士の意見及び常務会における審議を通じて、既存顧客との取引についてみなし弁済規定の適用の余地がないことを認識し、また約定残高と引直し計算後の残高が相違し、約定残高による請求は法的根拠を欠くことを認識していたか、又は容易に認識し得たと判断した(②)。
これに対して、被告らは、弁護士の意見は、最高裁判決が言い渡されてから間もない時期に作成された初期段階の暫定的な意見にすぎず、常務会では検討すべき事項が網羅されていないとして、元副社長の認識は否定されるべきと反論するが、裁判所は、当時の支払方法では、法的な専門知識を有する者であればみなし弁済規定の要件をみたさないことは容易に理解又は判断できる事項であったとして被告の反論を退けた。
また、裁判所は、武富士の事業期間、事業規模、顧客数及び使用していた約定利率からすれば、最高裁判決時点で既に過払金が生じ、又は引直し計算後の残高がごく僅かとなっている者がかなりの割合で存在したものと推認できるとして、約定残高と引直し計算後の残高が相違することを認識しない顧客の多くが、支払義務のない金銭の支払を継続し損失を拡大させる危険が具体的に生じていたといえると判断した。
その上で、平成18年5月8日以降、武富士が顧客に対して個別に積極的な態様で支払を請求するなどして、約定残高を前提にした金額の支払をするように顧客に働きかけることは、法律根拠を欠くことを認識しながら敢えて法的義務を伴わない金銭の支払を行わせようとするものであり、社会通念に照らして著しく相当性を欠き違法であると判示した。
以上から、裁判所は、武富士が、金銭消費貸借契約を基礎とする信義則上の義務として、金銭の支払を請求する際には、顧客に対して残高相違可能性を告知し、顧客に自らの判断で義務なき出捐を回避する方途を示唆する義務を負っていたとして、当時の代表取締役であった元副社長には、従業員が違法行為に及ばないよう、顧客に対して金銭の支払を求める際に、残高相違可能性を告知する体制を整備する義務を負っていたと判断した(③)。
これに対して、被告らは、最高裁判決以降、顧客に対する残高相違可能性を告知する義務を課した法規は存在しなかったことを理由に、武富士の告知義務は否定されるべきとの反論をしたが、裁判所は、上記告知義務は、法律上の根拠を欠くことを知りながら積極的にその請求を行うことは基本的に違法性を帯びるという私法上の法律関係についての認識を基礎に、武富士とその顧客との間の具体的な私法上の義務であり、貸金業者に対する公的な規制とは直結しないとして被告らの反論を退けた。
④の任務懈怠の認定について、被告らは、店頭取引及びATM利用時に交付される領収証に、「利息制限法を超える利息の支払義務はなく、お支払は任意です。」、「利息制限法第1条第1項に規定する利率を超えない範囲においてのみ効力を有します。」との記載を加える改訂が行われていることをもって告知義務は果たされ、任務懈怠は認められないと反論したが、裁判所は、上記記載から顧客が自己の取引に残高相違可能性があることを具体的に理解することは困難であるとして、被告らの反論を排斥した。
そして、裁判所は、原告らが負った損害について、最高裁判決後に武富士で常務会が開催された平成18年5月8日を基準時として、基準時後に、原告らが引直し計算により残債務が存在しないにもかかわらず武富士に支払った部分を損害とし、24人の原告のうち、基準時以降従業員から積極的な催促を受けた5人の原告の損害を認め、合計で327万5000円の支払を命じた。
【検討】
裁判所は、任務懈怠の前提となる職務上の義務を認めるにあたって、最高裁判決以後武富士に約定残高に従った金銭支払の請求権限があるのかという観点から検討を行っている。
最高裁判決が出された時点では、武富士の金銭消費貸借契約には期限の利益喪失特約が含まれており、また、18条書面として交付する書面には契約年月日の代わりに契約番号を記載していた以上、もはや既存顧客との取引についてみなし弁済の適用の余地がないことは明らかであった。
それにもかかわらず、武富士が個々の顧客に対して積極的な態様で、従来の約定残高にしたがった金銭の支払を要求することは、社会通念に照らして著しく相当性を欠き違法と判断した点は重要である。
この点、最高裁平成21年9月4日判決※4は、「貸金業者が借主に対し貸金の支払を請求し借主から弁済を受ける行為が不法行為を構成するのは、貸金業者が当該貸金債権が事実的、法律的根拠を欠くものであることを知りながら、又は通常の貸金業者であれば容易にそのことを知り得たのに、あえてその請求をしたなど、その行為の態様が社会通念に照らして著しく相当性を欠く場合に限られる」と判示し、限定的ではあるが不法行為責任が生じる余地を認めている。本件では、会社法429条1項適用の場面ではあるが、平成21年判決と類似の判断を示していると考えられる。
加えて、裁判所は、顧客に対する残高相違可能性についての告知義務を、金銭消費貸借契約を基礎とする信義則上の義務と捉えている点については、誤振込みであることを知った受取人がその情を秘して預金の払戻しを受けた場合に詐欺罪の成立を認めた最高裁平成13年3月12日判決を彷彿とさせる。武富士からの支払請求を受けた顧客にとって、残高に相違があるかどうかは、直ちに支払を行うかを判断するに当たって重要な事柄であることを前提にした判断であろう。
なお、本判決と類似の訴訟として、広島地裁平成25年5月8日判決※5があるが、そこでは、過払金返還請求をしていない借主に利息制限法所定の制限利率を適用するための引直し計算を行うことにつき著しく困難があった場合には、引直し計算を行うべき法的義務は認められず、法令遵守義務及び体制整備に関する監視義務を懈怠したとはいえないとしている。
また、東京高裁平成24年11月29日判決※6・平成25年2月27日判決※7では、最高裁判決の言渡し後、社内プロジェクトを発足させた元副社長について、類似の最高裁判例において問題とされた点についてそれなりに対応の措置を執ってきたとして、元副社長の責任を認めた原判決を取り消して元副社長の任務懈怠を否定している。
この事件で被告側は控訴したようである。これらの判例との整合性はどうなるのか、今後の控訴審の判断が注目される。
(掲載日 2015年11月2日)