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文献番号2015WLJCC021
金沢大学 教授
大友 信秀
1.はじめに
商標の独占的使用が認められるのは、その商標が自他識別力を有するものであるからである。そのような機能を持たない商標に独占力を付与することになれば、取引秩序を害し、市場における商品もしくは役務の提供主体に留まらず、需要者にもその害は及ぶことになる。このため、商標法3条1項は、記述的使用(普通名称、品質表示、色彩表示、原産地表示等)等の自他識別力を有さない商標を列挙し、登録要件としてこれら列挙された商標に該当しないことを要求している。
本事件※1 は、「ヨーロピアン」の文字を横書きしてなる商標の不使用取消に関するものであるが、指定商品にコーヒーが含まれていたため、実質的には、コーヒーに一般的に使用される「ヨーロッパ風」もしくは「ヨーロッパ的な」という記述的意味を超えて自他識別力を有するかという点が問題となったものである。
本稿では、審決取消訴訟の判決がなぜこのような結果になったのか、無効審判の除斥期間経過等の事件の背景も含め理解しようとするものである。
2.事案の概要
本件被告である真富士屋食品株式会社(以下、被告という。)は指定商品をコーヒー等とした、「ヨーロピアン」の文字を横書きしてなる商標(以下、本件商標という。)※2の権利者である。訴外ハウス食品株式会社は、平成11年4月26日、商標法3条1項3号及び同法4条1項16号に基づき、本件商標の登録に対する登録異議を申し立てたが、特許庁は本件商標の登録を維持する旨の決定をした(同年9月22日確定)※3。
本件原告であるザ コカ・コーラ カンパニー(以下、原告という。)は、商標法50条1項に基づき、本件商標の指定商品のうち、「コーヒー及びココア、コーヒー豆」に係る部分について商標登録の取消審判を請求し、その登録が平成26年1月15日にされ※4、特許庁は、平成26年10月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を下した※5。審決の理由は、被告が使用していたインスタントコーヒーの包装袋(以下、本件包装袋という。)※6の表面の記載について、「ヨーロピアン」の「ン」の文字の右斜め上に小さく®記号が付されており、本件商標と社会通念上同一の商標と認められ、本件審判請求登録前3年以内の期間に同商品の譲渡も認められるとするものであった。
これに対して、原告が審決の取消しを求めて提訴した。
3.判決の概要
(1) 認定事実
判決は、本件包装袋の態様を「上段に『ヨーロピアン』の文字、下段に『コーヒー』の文字が同じ書体、同じ大きさの文字で、近接して二段に表記され、『ヨーロピアン』の『ン』の文字の右上に小さく®記号が付され、また、『コーヒー』の文字の下に、『無糖』、『お湯を注ぐだけ』の文字とコーヒーの入ったカップ等の図形が表示されている。なお、本件包装袋の裏面には、『品名』『原材料名』等の記載しかない。」と認定した。その上で、被告による本件包装袋の発注及び納品、同包装袋を使用した被告商品の販売を認めた。
(2) 本件包装袋における「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章の使用は、自他商品の識別機能を有する商標としての使用と認められるか。
判決は、「ヨーロピアン」がヨーロッパやヨーロッパ人に関するさまを意味する語などとした上で、コーヒーやコーヒー豆に使用される場合は、「深煎りの」、「苦みが強い」、「コクが強い」コーヒーとの意味であると理解する者もいれば、漠然と「ヨーロッパ風のコーヒー」などと理解する者もいると推認されるとした。
その上で、大手コーヒー会社を含む複数のコーヒー会社が使用する「ヨーロピアン」の使用例から「『ヨーロピアン』の語は、他の自他商品識別機能が強い商標と併用されてコーヒーやコーヒー豆に使用されている場合には、単にコーヒーの品質を表示するだけであり、自他商品識別機能を有する商標として使用されているものとは認めることはできない場合が多い、ということができる。」とした。
本件包装袋には、「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章が付されているほか、「無糖」、「お湯を注ぐだけ」との表示と「ホットコーヒーが入ったコーヒーカップの図柄」とが表示されているだけであり、「これらが本件商品の品質や内容の単なる説明であって、商標として表示されているものではないことは明らかであり、本件商品には、ほかに自他商品識別機能を有する商標は使用されていない。」とした上で、「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章が他の文字に比べると大きく、包装袋の表面上部の目立つ位置に表示され、さらに登録商標を示すために広く利用されている®記号が付されていることから、「取引者及び需要者は、本件包装袋における『ヨーロピアン コーヒー』の二段書き標章が、本件商品の商標として本件包装袋に表示されていると認識し、理解するほかな(い)」と結論づけた。そして、このことから、「それ程強いものではないけれども、一応自他商品識別機能を有する商標として使用されているものと認められる。」とした。
(3) 本件包装袋に使用された「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章は、本件商標と社会通念上同一の商標であるか。
判決は、50条の趣旨(「不使用登録商標を徒に許容することにより、他者の商標選択の範囲を不当に狭めるとの弊害が生じることを防止する」)に言及した上で、登録商標に自他識別機能を奏さない商品名等を加えて表示した場合は、登録商標を単独で使用した場合と同様に、登録商標と社会通念上同一の商標の使用と解すべき場合は多いとした。
その上で、本件包装袋における「ヨーロピアン コーヒー」の二段書き標章についても、「コーヒー」の部分は商品名称にすぎず、「ヨーロピアン」を単独で使用した場合と社会通念上同一の商標の使用であると解すべきとした。
4.登録商標と使用商標の同一性に係る判断
本件では、被告による商品の販売は立証されており、原告の主張を認めさせるためには、被告商品で使用されている商標が登録商標の使用でないとするしかなかった。
判決は、自他識別力を有する商標の使用にあたるかの判断では、他の文字や図形が識別力を有していないため消去法的に、「ヨーロピアン コーヒー」の部分に自他識別力があるとするしかない、としたり、「ヨーロピアン コーヒー」の使用が登録商標との関係で社会通念上同一の商標の使用にあたるかの判断でも、「コーヒー」の部分が商品名称に過ぎないため、「コーヒー」の有無は登録商標としての使用に影響を与えないかのように判断している。
しかしながら、判決のこれらの判断は、すべて被告商標である「ヨーロピアン」に自他商品識別力があることを前提とした判断であり、登録商標に自他識別力があるかどうか自体を判断の対象とするものではない。別の言い方をすれば、「ヨーロピアン」を含む商標には自他識別力があるはずだが、「ヨーロピアン」以外の表示にはそれがない。したがって、消去法的に識別力を有するのは「ヨーロピアン」の部分だと言っているに過ぎない。
この点、登録商標に文字を結合して使用した過去の審決には、「ワンダーガード」のように登録商標である「ワンダー」の部分とガードの部分を全体として一体のものとして識別力を発揮していると判断した例がある。同審決では、①全体が外観上全体としてまとまり良く表され、②かつ一気一連に称呼でき、③観念上もひとまとまりの観念が生ずること、という判断要素を示した上で、付加部分が自他識別力に乏しい場合でも、一律に付加部分を除いて登録商標との同一性が判断されるのではないことを示している※7。
これを本件との関係で見れば、本件においても、「ヨーロピアン コーヒー」が二段書きになっている部分を除けば上記要件を満たしており、二段書き部分についても、「ヨーロピアン」部分と「コーヒー」部分の書体及び文字の大きさは同じであり、通常は両者を一体として見る可能性が高いと判断することが自然だったのではないだろうか。そうだとすると、本件では、自他識別力を示す表示としての登録商標の使用を肯定することは困難であったといえる。
5. 除斥期間は無効理由を治癒するのか?
原告が本件で主張していることは、被告商標が3条1項の要件を満たさないため無効であるとすることに等しい。しかしながら、被告商標の登録は平成10年であり、本件審判請求時点で、3条を理由とする無効審判の除斥期間である5年を経過している。このことから、原告は不使用取消審判という手続を選択せざるを得なかったものと考えられる。
また、本件判決の判断においても、以上のような事情から、被告商標が形式的には有効であるため、裁判所はその無効性を判断できないとの意識が窺われる。たしかに、形式上、除斥期間が経過した商標に対して無効審判を請求することはできないが、商標自体の識別力等が不使用取消審判等の他の手続において問題となった場合には、原告及び被告に対して中立的に判断を行うことが求められる。
本件において、判決は、「原告は、取引者及び需要者は、本件包装袋における『ヨーロピアン コーヒー』の二段書き標章を一連一体のものとして認識し、把握するものであって、『ヨーロピアン』のみを分離して認識し、把握するものではないと主張する。しかし、取引者及び需要者は本件包装袋における『ヨーロピアン コーヒー』の二段書き標章を一連一体のものとして認識し、把握するとしても、コーヒーという商品にコーヒーという標章を付しても自他商品識別機能はないのであるから、本件包装袋における『ヨーロピアン コーヒー』の二段書き標章の使用は、社会通念上、『ヨーロピアン」商標の使用と同視することができるものであることは前記のとおりである。原告の主張は採用することができない。」としている。この点について、原告の主張を採用しないのであれば、被告が十分に自他商品識別機能を立証している必要があるが、本件判決を見る限りでは被告がそのような立証に成功しているようには見えない。また、もし、被告が立証に成功していないのに、判決が被告に有利な判断をしたというのであれば、記述的使用に関する問題は事実認定の問題ではなく法解釈の問題であるということになるが、果たしてそうであろうか。
本件は、特許法の無効の抗弁との関係で商標法における無効審判請求の除斥期間をどのように理解すれば良いのかという問題にも示唆を与える事件と評価できる※8。
(掲載日 2015年11月30日)