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判例コラム

 

第235号 薬事法66条1項の規制する「記事を広告し、記述し、又は流布」する行為の意義 

~最一小決令和3年6月28日-薬事法違反被告事件※1

文献番号 2021WLJCC014
東京都立大学 客員教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント

 薬品会社大手のN社の社員Xが、同社社員であることを秘し、虚偽の所属先(大学)を名乗り、業務を担当していた、N社の高血圧症治療薬Dを用いた臨床試験(及びその結果に基づいて行うサブ解析又は補助解析)に際して、統計処理に解析結果に基づかない数値を用いるなどして作成した虚偽の図表等のデータを薬学研究者に提供して、Dを併用ないし追加投与した場合に狭心症や脳卒中の発生率が有意に低かった旨等の虚偽の記載をさせ、不正に作出した図表等を含む論文を学術雑誌に投稿させた事案で、国民の建康に関する基盤となる「薬効の一般的な信頼性」に疑念が生じ、社会的に注目を浴びた事件である。
 Xは、N社の広告資材等に用いるため、他の薬学研究者と共に、冠動脈疾患を有する高リスク高血圧患者にDを追加投与することの効果に関する臨床試験において、データを水増しし、同水増しを前提に解析するなどして作成した虚偽の図表等のデータを薬学研究者に提供し、同人らをして、D投与群の方が他剤投与群と比較して脳卒中の発生率が有意に低かったという虚偽の記載をさせ、その論文を学術雑誌に投稿させ、同社が管理するウェブサイトに同論文を掲載させたという事案も含め、平成26年6月11日、東京地検特捜部により、薬事法違反(誇大広告)の疑いで逮捕された。薬事法66条1項は、「何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない」と規定する。
 ただ、平成29年3月16日、東京地方裁判所はX及びN社に無罪を言い渡し※2、平成30年11月19日、東京高等裁判所も第1審判決を支持し※3、最高裁の判断が注目されていたが、本決定により検察側の上告が棄却され、無罪が確定した。

Ⅱ 事実の概要

 本件の具体的公訴事実の概要は、次のとおりである。
 被告人N株式会社(以下、「被告会社」という。)は、医薬品等の製造・販売等を営む株式会社であり、被告人X(以下、「被告人」という。)は、被告会社の従業員として、K医科大学大学院医学研究科に所属する医師らにより実施された被告会社が製造・販売する高血圧症治療薬D(商品名)を用いた臨床試験及びその結果に基づいて行うサブ解析又は補助解析について臨床データの解析等の業務を担当していた。被告人は、被告会社の業務に関し、
 (1) 補助解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため、本件臨床試験の主任研究者であるV及び同研究者であるWらと共に、高血圧症治療薬であるカルシウム拮抗薬とDとの併用効果に関する本件臨床試験の補助解析論文を記述するに当たり、同論文の定義に基づかないで薬剤の投与群を群分けし、本件臨床試験において確認された他剤投与群の脳卒中等のイベント数を水増しし、統計的に有意差が出ているか否かの指標となる値につき解析結果に基づかない数値を記載するなどして作成した虚偽の図表等のデータをWらに提供し、同人らをして、同データに基づいて、同論文原稿の本文に、英語で、Dを併用ないし追加投与した場合、そうでない場合に比べて狭心症や脳卒中の発生率が有意に低かった旨等の虚偽の記載をさせるとともに同図表等を同論文原稿に掲載させ、Wをして、海外に本店を置く雑誌社が発行する学術雑誌に同論文原稿を投稿させ、同社のホームページに同論文を掲載させて、不特定多数の者が閲覧可能な状態にし、
 (2) サブ解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため、V及びサブ解析の研究者であるGらと共に、冠動脈疾患を有する高リスク高血圧患者におけるDの追加投与の効果に関する本件臨床試験のサブ解析論文を記述するに当たり、本件臨床試験において確認された他剤投与群の脳卒中等のイベント数を水増しし、同水増しを前提に解析するなどして作成した虚偽の図表等のデータをGらに提供し、同人らをして、同データに基づいて、同論文原稿の本文に、英語で、冠動脈疾患の既往歴がある被験者の場合、D投与群の方が他剤投与群と比較して脳卒中の発生率が有意に低かった旨虚偽の記載をさせるとともに同図表等を同論文原稿に掲載させ、Gをして、海外に本店を置く雑誌社が発行する学術雑誌に同論文原稿を投稿させ、同社が管理するウェブサイトに同論文を掲載させて、不特定多数の者が閲覧可能な状態にし、もってそれぞれ医薬品であるDの効能又は効果に関して、虚偽の記事を記述した。

 第1審判決は、事実関係については、の公訴事実をおおむね認めた上で、薬事法の立法の沿革を大正3年の売薬法にまで遡り、法改正の際の審議資料なども検討して、薬事法66条1項の法意を掘り下げ、同条同項が規制するのは、顧客を誘引するための手段として同項所定の事項を広く世間に告げ知らせる行為であり、「記事の記述」も同手段としてされるものであることを要すると解釈した。その上で、本件論文を作成し、本件各公訴事実記載の各雑誌に投稿して掲載させた行為は、一般の学術論文の学術雑誌への掲載と異なるところはなく、同手段としての性質を有しないから、同項の規制する「記事の記述」に当たらないとして、被告人及び被告会社に対し、無罪を言い渡した。

 原判決も、薬事法に関し、第1審の検討に加えて立法趣旨の検討を深め、同条項の規制する行為には、顧客誘引の手段となっていること(誘引手段性)を要するとして第1審判決とおおむね同旨の解釈を採り、被告人の行為の同項該当性に関する第1審判決の判断も是認して、検察官の各控訴を棄却した。

Ⅲ 判旨

 検察官の上告に対し、最高裁は以下のように判示して、その主張を棄却した。
 「所論は、薬事法66条1項の規制する『記事の記述』とは、同項所定の事項を記載して広く一般に知らしめる行為をいい、誘引手段性を要するものではなく、また、仮に同手段性を要すると解したとしても、被告人の行為には同手段性が認められるから、『記事の記述』に該当すると主張する。
 薬事法は、医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療機器(以下『医薬品等』という。)の品質、有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うこと等により、保健衛生の向上を図ることを目的とし(1条)、その目的を達成するために、医薬品等の製造・販売等に関して厳格な規制を設けている。このような同法の目的・趣旨に加え、我が国における医薬品等の広告規制の沿革等に照らすと、同法66条1項は、商品・製品である医薬品等の効能、効果等に関し、虚偽又は誇大な情報を発信することにより一般消費者等の需要者又は医薬品を処方する医師等の認識を誤らせ、適切とはいえない医薬品等を選択させ摂取等をさせることによって保健衛生上の危害が生ずることを防止しようとする趣旨であると解される。このような同項の趣旨及びその保護法益に照らすと、同項の規制する『記事を広告し、記述し、又は流布』する行為は、特定の医薬品等に関し、当該医薬品等の購入・処方等を促すための手段として、不特定又は多数の者に対し、同項所定の事項を告げ知らせる行為をいうと解するのが相当である。
 そして、上記のような薬事法66条1項の趣旨及びその保護法益に鑑みると、同項該当性の判断に当たっては、特定の医薬品等に関する告知がその受領者によりどのようなものとして受け止められるかが重要であり、同項の規制する特定の医薬品等の購入・処方等を促すための手段としてされた告知といえるか否かは、当該告知の内容、性質、態様等に照らし、客観的に判断するのが相当である。
 第1審判決及び原判決の認定並びに記録によれば、本件各論文は、医科大学大学院に所属する研究者であり医師である者らによって実施された本件臨床試験の補助解析及びサブ解析の結果を取りまとめた学術論文であり、研究者らを著者とし、同補助解析等の結果得られたとされる新規の医学的発見に関し、研究の目的、方法、条件等を開示し、研究者らの考察を示し、研究の限界なども付記するなど、通常の学術論文の作法に従って作成されたものであること、本件各論文が投稿され、掲載された本件各雑誌は、いずれも査読を要する医学分野の専門的学術雑誌であることが認められる。このような本件各論文の内容、性質、本件各雑誌の性質等に照らすと、本件各雑誌に掲載された本件各論文の主な読者層は研究者や医師等の医学分野の専門家であると想定され、本件各論文の本件各雑誌への投稿、掲載は、著者である研究者らによる同一分野の専門家らに向けた学術研究成果の発表であるといえる。そして、このような専門的学術雑誌における学術研究成果の発表は、同一分野の専門家らによる検証・批判にさらされ、批判的意見も含む議論を通じ、その内容の正当性が確認されていくことが性質上当然に予定されているものということができる。以上のような本件各論文の本件各雑誌への掲載という情報発信の性質等は、本件各公訴事実記載の被告人の行為によって変わるものではない。
 以上によれば、本件各論文の本件各雑誌への掲載は、特定の医薬品の購入・処方等を促すための手段としてされた告知とはいえず、薬事法66条1項の規制する行為に当たらないというべきである。
 したがって、被告人に薬事法66条1項違反の罪は成立せず、被告会社にもその両罰規定は適用されない。以上と同旨の原判決の結論は正当である。」

Ⅳ コメント

 多くの国民が使用してきた著名な薬剤について、その効能に関して虚偽の内容を含む論文を執筆させ、ひいては虚偽の宣伝活動が行われていたことが明らかになった本事件は、7年に渡る裁判を経て、無罪が確定した。ただそれは、薬品の安全性に関して、被告人等を含めて、薬事行政当局に問題が無かったとするものではない。あくまでも、起訴された被告人等の行為が、薬事法66条1項の実質的解釈によれば、誇大広告の罪の構成要件には該当しないとされたに過ぎない。

 控訴審・上告審の結論とその理由付けの骨格は、既に第1審判決で形成されたものといって良い。その第1審判決、本事件の重大性は十分認識していた。「当裁判所は、医薬品等の効能又は効果に関して虚偽の内容を含む論文を作成して学術雑誌に投稿し、掲載してもらう行為に当罰性がないと論じているものではない。そうした論文が医師による医薬品の処方等の判断に影響を与え得るものであることからすると、そのような行為に当罰性を認める判断も、もとよりあり得るところである。」と明示していたのである。
 しかし、それに続けて、薬事法66条1項「所定の『記事を・・・記述』したことに当たるとして処罰することはできないのであり、その処罰は、当該行為の性質に見合った別途の法規制を検討することによって図られるべきものと思料する」としたのである。

 しかし、日本の立法事情は、電気窃盗事件判決以来、裁判所に実質的解釈を要請してきた面がある。立法は非常に困難なので、解釈により一定の妥当な結論を導いてきたのである。あくまでも罪刑法定主義の範囲内においてではあるが、処罰範囲のギリギリの限界を探ってきた。そして、大正3年の売薬法立法から100年以上経ち、薬事規制の在り方は、「条文」は変わらなくても大きく変わらざるを得ない面も考えられる。
 検察官が主張した、「本法66条1項の立法趣旨は、保健衛生上の支障を生ずるおそれのある医薬品等に関する虚偽誇大な情報を国民に広げることを禁止して、国民の保健衛生上の危害の防止を図る点にあることから、同項は、虚偽又は誇大な記事については、顧客を誘引する意図がない『記述』及び『流布』についても広く規制していると考えられるとして、『記事』の『記述』及び『流布』は、広告とは別の概念であり、顧客誘引性は必要ではない」との薬事法解釈も十分成り立ち得るものであった。顧客誘引性が無い論文でも、医師を含む国民が薬剤の選択を誤り、患者に危害が生じる可能性は禁圧すべきである。

 しかし、学術論文の中で学問的良心に従って「○○社の薬は優れている」と主張した場合、そしてその結論が事後的に誤りであったという場合でも、あくまで学術研究として公刊された場合には、薬事法違反の誇大広告とすべきではないであろう。本件第1審、控訴審、上告審において一致して認められたものといえよう。それ故「顧客を誘引するための手段」であることを明確なものに限定する必要があるとしたのである。
 そして、本件論文を作成し、本件各公訴事実記載の各雑誌に投稿して掲載させた行為は、一般の学術論文の学術雑誌への掲載と異なるところはなく、顧客誘引性を有しないから、薬事法66条の規制する「記事の記述」に当たらないとしたのである。

 ただ、一般の学術雑誌掲載論文に、虚偽のデータを混入させて、特定の会社の利益を図る意図が認定し得た場合には、検察官の主張する「薬事法による国民の保健衛生上の危害の防止」が、可罰的程度に高まるようにも思われる。このような場合でも、法改正により新たな構成要件の設定が必要となると考えるのか、研究者の「倫理」の問題としてのサンクションにより禁圧するのか、いろいろ考えられるであろうが、本件で、論文を執筆して学術雑誌に掲載した研究者については、そのような意図が認められたわけではない。

 そもそも本件では、被告人はデータ改ざん等を行ったものの、虚偽記述がなされたとされる本件論文の執筆者ではなく、その本件論文の学術誌への掲載にも関わっていないため、薬事法66条1項の「記述」という実行行為の直接的な主体とはなり得ないことを前提として、「記述の主体であるVら論文執筆/掲載者(研究者)が、本件データ改ざん等を行いそのデータに基づく図表等を提供した被告人の道具として利用されたこと」を前提とする「間接正犯」が、検察官によって主張されたのである。そこで道具性の主たる根拠とされているのは、「本件論文の執筆者である研究者らはデータ改ざん等が被告人によって行われたこと及び被告人から提供された図表等が虚偽であることを知らなかった」という点なのである。被告会社の弁護人は、「研究者らは当該図表等が虚偽であることを認識していた可能性があり、検察官の立証ではその可能性が排除されたとまでは言えない」旨を主張しているが、論文に含まれる虚偽の内容の認識は、正面からは、立証されなかった。
 本件公訴事実の、製薬会社社員である被告人が研究者Vを道具として「記事の記述」を実行したというのは、非常に「技巧的」で苦しい構成である。たしかに、事情を知らないVを利用して被告人自らが論文を執筆したと整理し得ないこともないが、事態を素直にみれば、たとえ偽情報を含んでいたとしても、Vが学術論文を執筆して掲載させたと見ざるを得ない。被告人の関与は、間接正犯というよりは、「幇助」と見るべきなのである。このような被告人の行為を「記事の記述」の実行行為とする構成は、あまりに広汎な薬学論文の執筆行為を「虚偽広告」とすることになってしまい、例えば「顧客誘引性」を用いて構成要件を限定しなければ、過度に広汎な処罰範囲を認めることになってしまうように思われる。

 そして、本件の事案の評価を困難にしているのが、薬学会における学術論文作成の「特殊性」である。医療関係者向けの雑誌に掲載される記事体広告なども含めれば、広告倫理やそれを踏まえた当該媒体の広告掲載基準に反しない限りは、情報提供者が、金銭的な費用を負担することによって、情報提供の具体的内容に関与し得るとされている。被告会社は平成29年3月16日の第1審後の会見において、「問題の本質は医師主導臨床研究において弊社が適切な対応を取らなかったことにある」との声明を発表し、社会的、道義的責任を感じているとした。再発防止策として医師主導臨床研究の支援方法を全面的に改め、新しい研究助成方針を導入するなど多くの社内改革に取り組んでおり、企業風土・文化の改善を継続していくとしている。

 学術論文の学術雑誌への掲載は、投稿者から掲載料を徴収する薬学系雑誌も存在するようではあるが、本件で問題となったような査読を必要とする学術雑誌においては、当該学問領域の専門家による論文の評価を経て、掲載に値すると判断されて初めて掲載されるのであって、金銭的な費用を負担することによって虚偽内容の情報を自由に行い得るものとまではいえない。
 そこで、第1審、控訴審、上告審が一致して、「このような学術論文を作成して学術雑誌に投稿し、掲載してもらうという行為は、それ自体が需用者の購入意欲ないし処方意欲を喚起・昂進させる手段としての性質を有するとはいい難いものである」として無罪を言い渡したのは、薬学研究の現実的姿、医学と製薬会社の関係の現状を踏まえる限り、妥当なものであったといえよう。そして、薬事法の実務の運用の流れからも、不当なものとはいえない。
 ただ、コロナ禍を経験し、国民生活の中で「薬」の重要性が強く意識されている現在、薬事法はもとより、その基礎にある医学と製薬会社の関係の現状の根本的見直しが必要である。


(掲載日 2021年7月19日)

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