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文献番号 2021WLJCC020
青山学院大学 教授※2
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック 弁護士※3
浜辺 陽一郎
1 はじめに
今回は、元株主が株主総会議事録の閲覧等をするためだけに、どれだけの苦労を強いられたかという一事例の紹介である。
会社法318条4項は、株主及び債権者が、株式会社の営業時間内に、いつでも、株主総会議事録の閲覧又は謄写(以下「閲覧等」という。)の請求をすることを認めている。ここで株主だけでなく、債権者にも総会議事録の閲覧等を認めているのは、利害関係者に対して、株式会社の最高意思決定機関である株主総会の記録を開示させる趣旨である。
しかし、今回取り上げる事件で、元株主Xが自己の権利に関わる株主総会議事録を閲覧するのは大変なことであった。Xは、Y社に対して、その閲覧等を請求したが、第1審※4の東京地方裁判所はこの請求を退けた。これに対して、控訴審※5の東京高等裁判所は原判決を取り消し、その閲覧等を命じ、上告審もこれと同様の判断をして上告を棄却したので、かろうじて総会議事録の閲覧等が認められたが、「結論良ければすべて良し」というだけの話ではない。これだけのことのために、これだけの労力をかける必要があったのか?どうして、こういうことになったのか、考えてみたい。
2 事案の概要
Y社は、平成28年7月4日に臨時株主総会及び普通株式の株主による種類株主総会を開催し、同月26日を効力発生日として、Y社の普通株式及びA種種類株式のそれぞれ125万株を1株に併合すること(以下「本件株式併合」という。)を決議した。
これらの総会に先立ち、Y社株式4万4400株(以下「本件株式」という。)を有すると主張するXは、上記各決議に係る議案に反対する旨をY社に通知した上、上記各株主総会で上記議案に反対し、同月25日までに会社法182条の4第1項に基づき、Y社に対し、本件株式を公正な価格で買い取ることを請求し、その価格についてY社との間で協議が調わないので、同法182条の5第2項所定の期間内に、裁判所に本件株式の価格決定の申立てをした。この株式買取請求は、125万株が1株に併合されるという決議によって本件株式も端株になるために認められるものである。
これに対して、Y社は、同年10月21日、会社法182条の5第5項に基づき、株主Xに対し、自らが公正な価格と認める額として1332万円(1株300円として4万4400株分)を、Y社で把握している原告名義の銀行口座に振り込む旨を連絡して仮払した。
そこで、XはY社に対し、会社法318条4項に基づき、主位的にY社の株主、予備的に債権者であると主張して、平成29年3月期の定時株主総会の議事録及び平成28年7月5日以降に開催された全ての株主総会の議事録の閲覧等を求めた※6。本件では、同年7月4日に本件株式併合の決議がされているので、閲覧等を求めているのは、その翌日以降の総会議事録であり、同年7月4日の議事録は、Y社が閲覧等をさせたから、今回の紛争の対象にはなっていないものと推認できる。
なお、このケースは、ここまでの説明からも明らかなように、平成26年会社法改正で整備された株式併合に関する条文が駆使された事案でもある。
3 裁判所の判断
第1審の東京地方裁判所は、「Xは、会社法318条4項の株主にも債権者にも当たらない」等として請求を棄却した。地裁判決は、Xが株主でなくなったこと※7を指摘した上で、Xの債権者であるとの主張に対しては、Y社が公正と考える取得対価の仮払をしていたことと、株式買取価格決定事件の終局決定がされていないことを理由に、「株式買取代金に係る債権を有する債権者であるとは認められない」と判断した。
しかし、控訴審の東京高等裁判所は、原判決を取り消し、Xの請求どおり総会議事録の閲覧等を命じた。その理由として、高裁は、Y社がその対価の仮払をしていたことをもって株式買取請求権が確定的に消滅すると解した点について、「裁判所による合理的な裁量によって合理的な価格を決定するという前記の価格の決定の申立ての性質と整合せず、また、株式会社が公正な価格と認める額を支払うことによって買取請求に係る株式の代金に対する遅延損害金の支払を免れさせようとした同項の趣旨も超える」とし、また、当該株式の価格が、株式会社が公正な価格と認めて支払った額を超えることを立証することができなければ、「同法318条4項の規定する債権者であると認められず、同項に基づく株主総会議事録の閲覧等の請求ができないとすることは、株主総会議事録の閲覧等に係る株式会社の負担との比較の点においても、当該株式の買取請求を行った者に過度の負担を負わせるものであって、債権者に株主総会議事録の閲覧等の請求を認めた同項の趣旨に反する」と指摘した。
さらに、最高裁も、次のように述べて、高裁と同様の判断に至った。
「同法182条の4第1項の趣旨が、反対株主に株式併合により端数となる株式につき適切な対価の交付を確保することで上記株式についての反対株主の利益の保護を図ることにあることからすれば、上記裁判は、裁判所の合理的な裁量によってその価格を形成するものであると解される(前掲最高裁平成23年4月19日第三小法廷決定参照)。そうすると、上記協議が調い又は上記裁判が確定するまでは、この価格は未形成というほかなく、上記の支払によって上記価格の支払請求権が全て消滅したということはできない。
また、同法318条4項の趣旨は、株主及び債権者において、権利を適切に行使し、その利益を確保するために会社の業務ないし財産の状況等に関する情報を入手することを可能とし、もってその保護を図ることにあると解される。そして、上記買取請求をした者は、会社から上記支払を受けたとしても、少なくとも上記株式の価格につき上記協議が調い又は上記裁判が確定するまでは、株式併合により端数となる株式につき適切な対価の交付を確保するため会社の業務ないし財産の状況等を踏まえた合理的な検討を行う必要がある点においては上記支払前と変わるところがなく、上記情報の入手の必要性は失われないというべきである。」
4 なぜ株主としての閲覧等の請求でないのか
この事件では、Xの株主の地位に基づく株主総会議事録の閲覧等の請求は簡単に退けられている。これは、平成28年7月4日の本件株式併合の総会決議によって、X自身が株主の地位を失ったから、その翌日以降の総会については、株主であれば有していたはずの閲覧等の請求権もなくなるからである。
もっとも、本件株式併合を決議した総会が決議取消しで遡及的に効力を失えば、株主の地位が復活して、その株主の地位に基づいて閲覧等の請求ができる※8。しかし、その決議が取り消されない限り、株主ではなくなるから、それ以降の総会議事録については閲覧等ができなくなるということである。
ただ、元株主に会社に対する何らかの権利が残っている場合には、債権者として閲覧等が請求できる。そこで、今回は、Xが反対株主の買取請求権に基づく債権を有しているので、「債権者」の地位に基づいて議事録の閲覧等ができるかが問題となっているのである。
5 「債権者」としての権利を確認
ところが、Xが債権者であるかとの点について、地裁は、株式買取価格決定事件の終局決定がされていないから、まだXが株式買取代金に係る債権を有する債権者とは認められないという理由で、債権者としての閲覧請求権を否定した。
「問題の事実がわからないから関係資料を見せよ」という請求に対して、「問題の事実が立証されていないから、関係資料は見せられない」という転倒した理屈は、不祥事を隠蔽しようとする組織から典型的に繰り出される屁理屈であるが、それと同じ類のものである。また、「仮払」なのに、まるで確定的な支払のように扱っているのも、おかしい。
正しい理屈から言えば、最高裁も判示しているとおり、逆のはずである。終局決定がないのだから、まだ債権者としての地位が争われていて、その債権者の地位の内容に関係するかもしれない議事録の閲覧等を認めるべきであった。しかし、地裁は、その制度趣旨を度外視した、ある種の妙な「形式論理」で退けたわけである。
そこで、高裁、最高裁は、先に述べたとおりの理由を述べて、地裁の判断を覆し、特に最高裁は、会社法318条4項の制度趣旨を正しく述べてくれて、Xの請求がようやく確定した。ごく当たり前の閲覧等のために、平成29年(2017年)に申立てをしてから、三回も裁判所の判断を仰ぐことを強いられ、既に述べたような理屈をめぐって、令和3年(2021年)7月まで、約4年もかかってしまったのである。
もっとも、Xの側にも株主総会不存在等のやや無理筋の主張もあり、和解の試みがなされる等して、時間がかかった理由があったのかもしれない。しかし、株主総会議事録は、株式会社がどういう方向で動いているのかを知ることのできる基本的な文書であるから、その利害関係者に対しては、実質的な協議以前に開示するのが筋であろう。
6 必要性には疑問があるが・・・
ただ、ひょっとすると地裁の裁判官は、株主総会議事録でXの側に有力な証拠が得られるようには思えず、その閲覧を裁判で求める必要性に疑問ないし抵抗感があったのかもしれない※9。
株式併合の場合には、株主だけでなく、その効力発生日に「株主であった者」も、株式併合に関する事項として法務省令で求められる事項を記載した書面等の閲覧等を請求することが認められている(会社法182条の6第3項)※10。したがって、Xもその書面を閲覧すれば十分であって、株式の価格評価にあたって有益な情報が、本件株式併合より後の株主総会議事録に記載されていることは考えにくい※11。
また、現行法の株主総会議事録というのは、作成者の氏名は表記されるが、別に代表者が有印私文書として作成する義務があるわけでもなく、会社側で作成したメモに過ぎないという位置づけである。総会議事録は、登記申請書の添付書類となることはあるが、特別の法的効果が生じるようなものでもない※12。そういう意味では、総会議事録には、どれだけの証拠価値があるのかさえも疑わしい。
それらの事情から、裁判官としては、そのような総会議事録の閲覧等を、わざわざ訴訟にまで持ち込んで求めることに対して好意的でなかったのかもしれない。
しかし、仮にそうであったとしても、総会議事録のような基本的な文書を確認しておきたいというのは、会社の利害関係者にとっては当然の思いであろう。もちろん、何の関係のない者が誰でも興味本位で見ることができるというのは行き過ぎだというのならば話は分かる。ところが、現行会社法は、そうした弊害を防止することを遙かに超えて制限的である。総会議事録がその程度の文書にすぎないのに、そんなに閲覧等を抑制する必要があるとは到底思われない。
7 本件で徹底的に争われたことの合理性
ただ、地裁の裁判官がそのように判断したのは、会社側の弁護士の、もっともらしい主張に乗せられたということもあるかもしれない。裁判官も、まさか有能な弁護士が荒唐無稽な主張をするはずもないから、その主張を採用することも十分に認められると思ったのだろう。しかし、会社側に、株主総会議事録の閲覧を拒否することに、どれだけの合理性があるのだろうか?弁護士は、会社から強く依頼されれば、依頼者の意向にしたがうのはやむを得ない面もあるが、総会議事録を見せない方向で徹底的に争うという方針を取るに至るまでに、一体どういう検討がされたのかも気になるところであるが、その点の真相は知る由もないので、評価は留保せざるを得ない。
本件では、第1審から上告審までの判決文を読む限り、最高裁の出した結論どおりになるべきものだろう。しかし、確かに、日本の裁判所は、時として、変な結論を出すこともあるから、事前の段階では、地裁のような判断が最高裁で絶対に出ないという保証はない。過去の裁判例で、株主総会議事録の閲覧請求が退けられた事例も多い。ただ、その理由は、そもそも株主等の資格が最初から認められないとか、総会議事録が存在しないとか、訴訟提起後に開示済みである等の理由であった※13。
情報開示関連の訴訟では特にそのような傾向があるようだが、今回の第1審のように会社の情報開示さえ極めて抑制的な判断をする裁判官が、確かに、ときどき現れる。例えば、計算書類の閲覧請求の事例でも、会社が計算書類を作成していないと主張するから、その存在について立証がないとして棄却された事件があった。会社に作成義務のある文書について、その不存在を理由に閲覧請求を棄却するのは不当であると思うが、形式論理で閲覧等の請求が否定された地裁の判断は、そのまま通用しているようである※14。
このため、法律的には、会社の意向に沿って、最高裁までトライをすることは「裁判を受ける権利」として認められ、弁護士倫理上も何ら問題はないというのが、通常の見方であろうと思われる。
しかし、会社側も、そこまでのコストをかけて、閲覧等を阻むために争うことの実益や妥当性まで含めて考えたときに、どれだけの意義があるのかは疑問である。何か引き延ばすことで利益があったのか。一体、第1審から最高裁まで、約4年間にわたって争われた総会議事録の閲覧だけを巡る紛争で、本当に利益を得たのは誰なのであろうか?当事者双方が思う存分、主張を尽くして争ったことに満足できたのだろうか?
幸いにも高裁で閲覧等が認められたので、元株主はがんばることができて、何とか総会議事録の閲覧・謄写という、ささやかな権利の実現にたどり着くことができた。地裁の敗訴で心が折れて、あるいは資金が尽きて、訴訟を続けることができない人達も沢山いることを思うと、この事件は良かったといえよう。ただ、この事例が典型的なものだが、こうした労力と時間を考えたとき、日本の株式会社制度は、決して株主に親切ではない。むしろ、裁判所では、「株をやっている連中には不親切でも構わない」という空気すら感じてしまう。
かねてから、情報公開等の請求に対して、日本の裁判所の消極的姿勢は問題視されてきているが、民間企業の基本的文書の開示に対しても、債権者等の情報収集を抑制的に考える裁判所の姿勢は、日本の企業社会の健全性を確保するためにも、決して望ましいものではない。最高裁の今回の判決は、望ましい方向に向かう一つの指針となれば良いのだが。
(掲載日 2021年9月13日)