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文献番号 2021WLJCC024
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 弁護士
龍野 滋幹
1.はじめに
公開会社ではない株式会社(監査役会設置会社及び会計監査人設置会社を除く。)にあっては、監査役について定款に定めることによってその監査の範囲を会計に関するものに限定している場合(以下「会計限定監査役」という。)がある(会社法389条1項)。業務監査も行うべき監査役はその職務及び責任の負担も重く、中小企業における監査役の実態に照らして、監査役として就任する者の負担を軽減すべく、このような会計限定監査役が会社法上認められているものである。本件は、会社法の下で会計限定監査役の会社に対する責任を判断した初めての事例であり、今後の監査実務に影響を与えると思われるので、本稿にて取り上げたい。
2.事案の概要
株式会社X(上告人、控訴人兼被控訴人、原告)は、公開会社ではない株式会社であって、会計監査人を置かないものであり、他方、公認会計士及び税理士であったY(被上告人、控訴人兼被控訴人、被告)は、昭和42年7月から平成24年9月までの間Xの監査役であった者であり、その監査の範囲は会計に関するものに限定されていた。
そして、Xにおいて経理を担当していた従業員Aが、平成19年2月から平成28年7月までの間、多数回にわたりX名義の当座預金口座(以下「本件口座」という。)から自己の名義の預金口座に送金し、合計2億3523万円余りを横領した(以下「本件横領」という。)。Aは、上記送金を会計帳簿に計上しなかったため、本件口座につき、会計帳簿上の残高と実際の残高との間に相違が生じていた。Aは、本件横領の発覚を防ぐため、本件口座の残高証明書を偽造するなどしていた。
会計限定監査役であったYは、平成19年5月期から平成24年5月期までの各期において、Xの計算書類及びその附属明細書(以下「計算書類等」という。)の監査を実施したものの、上記各期の監査において、Aから提出された残高証明書が偽造されたものであることに気付かないまま、これと会計帳簿とを照合し、上記計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認するなどした上で、上記各期の監査報告において、上記計算書類等がXの財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示している旨の意見を表明した。
その後、平成28年7月になって、取引銀行からの指摘を契機に本件横領が発覚し、Xが、Yに対し、Yが監査役としての任務を怠ったことにより、Xの従業員による継続的な本件横領の発覚が遅れて損害が生じたと主張して、会社法423条1項に基づき、損害賠償を請求した事案である。
3.判決の経緯
(1)地裁判決
本件地裁判決(千葉地裁平成31年2月21日判決※2)において、Yは、中小企業の監査役の任務には、経理関係における不正発見は含まれていないから、内部統制システムに問題があるなど不正を疑うべき特段の事情がない限り、取締役から提出された情報等を信頼することが認められており、提供された残高証明書が写しであったとしても、それを確認することで足りる旨主張していた。これに対して、判決は、監査役は、会社の規模にかかわらず、特段の事情がない限り、取締役から提出された情報のみをもって監査すれば足りるというものではなく、必要に応じて資料をさらに提出するよう求める等自ら積極的に資料収集を行うべきであり、取締役から提供された資料を直ちに信頼することが認められているとは認められず、不正を疑うべき特段の事情の有無にかかわらず、取締役から提出された情報等が会社の財産状態を真に反映しているか否かについて、取締役から独立した立場で監査しなければならないと解されるとし、本件では、残高預金証明書の原本確認等を求めるのが相当であり、本件横領についてのYの任務懈怠が認められるとした。
(2)高裁判決
本件高裁判決(東京高裁令和元年8月21日判決※3)においては、本件地裁判決を変更し、Xの請求を棄却した。
すなわち、会計限定監査役の監査における主な任務は、会社計算規則59条3項及び121条2項によれば、会計帳簿の内容が正しく貸借対照表その他の計算書類に反映されているかどうかであって、特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足りるものと考えられるとした。そして、本件では、会社資産のうち預金については、会計帳簿の裏付資料(証憑)たる残高証明書の確認も、監査の事前準備の過程において念のために実施されたものの、Aは、銀行発行名義の残高証明書の精巧な偽造文書を作成しており、半期に一度のX社内の経理監査においても、X代表者も10年近くにわたって偽造を見抜けなかったものであることを考慮すると、Yが監査の過程で偽造を見抜けなかったこともやむを得ないものであって、上記の特段の事情はなく、Yに会計限定監査役としての任務懈怠はないとした。
(3)最高裁判決
これに対し、本件最高裁判決(最高裁令和3年7月19日判決)においては、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない、としたうえで、Yが任務を怠ったと認められるか否かについては、Xにおける本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らしてYが適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要があるとして、本件を高裁に差し戻した。
その理由として、本件最高裁判決は、監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において、監査役は、計算書類等につき、これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い、会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている(会社法436条1項、会社計算規則121条2項、122条1項2号)ところ、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではなく、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきであり、会計限定監査役についても異なるものではない、としている。
4.実務を踏まえた考察
上記のとおり本件高裁判決においては、会計限定監査役の監査における主な任務は、会計帳簿の内容が正しく貸借対照表その他の計算書類に反映されているかどうかであって、特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足りる、としているのに対して、本件最高裁判決では、会計限定監査役を含む監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではなく、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるとし、Xにおける本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らしてYが適切な方法により監査を行ったといえるか否かについて個別具体的に検討するよう、高裁に差し戻している。
この点、高裁と最高裁の判断基準に差異が生じているが、高裁の判断基準は疑問が多いところであり、より具体的事情を踏まえて適切に監査がなされたかを判断すべきという最高裁の考えは評価されよう。すなわち、会計限定監査役は、監査報告を作成し(会社法389条2項)、取締役が株主総会に提出しようとする会計に関する議案等を調査した結果を株主総会に報告する(会社法389条3項、同法施行規則108条)。そして、監査では計算関係書類に表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめなければならない(会社計算規則121条2項)とされているのであり、会計帳簿の記録等と計算関係書類に表示された情報との合致を確かめると規定しているものでない。それを受けて、監査報告では、監査の方法・内容、計算関係書類が株式会社の財産・損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかについての意見、監査のために必要な調査ができなかったときはその旨・理由等を内容としなければならないものとされているのである(会社計算規則122条1項)。本件最高裁判決が指摘するように、この監査は、取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって、会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき(会社法437条、440条、442条参照)、上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し、その信頼性を高めるために実施されるものと解されるから、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではないとされたのは妥当であり、本件高裁判決のように「特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足りる」というのはさすがに無理があると言わざるを得ない。会社が通常その会計をシステムを運用して行っていることを踏まえると、会計限定監査役が行うべき会計監査業務は極端に限定的なものとなってしまいかねず、会計限定監査役を設ける意義すら疑問視されかねない。
会計監査を行うにあたっては、会計限定監査役であっても、会社帳簿又はこれに関する資料をいつでも閲覧・謄写でき(会社法389条4項)、取締役その他の使用人から報告を受ける権限を有していることからすれば、計算書類等を受領する前後を問わず日常的に行われている監査業務によって得られている知見をも踏まえることによって、計算書類等の表示に関する監査報告における意見が具申されるものであると考えるべきであり、会計監査に関して、会計限定監査役の任務が通常の監査役と異なるものではないと解するのが妥当であろう。
ただ、本件最高裁判決は「監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではな」く、「会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合がある」としたものの、どのような場合にどの程度の基礎資料を確認する必要があるかまでの具体的規範は示されておらず、中小規模の企業の監査役に常に会計帳簿の金額の裏付を取ることを求めることが現実的ではない実情に鑑みれば、差戻審においては、それらの具体的規範が示され実務の指針が示されることを期待したい。
なお、専門的な知識・経験のある場合の注意義務の水準について、本件地裁判決においては、Yは公認会計士及び税理士としての専門的能力を発揮した監査を行うことが期待されていたと認められ、Xの監査役として負う善管注意義務の水準は一般的な監査役の水準よりも高いとされているが、本件最高裁判決の補足意見にもあるように、監査役の職務は法定のものである以上、会社と監査役の間において監査役の責任を加重する旨の特段の合意が認定される場合でない限り、監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではなく、本件地裁判決のように解する法的根拠はその他にも見当たらないのであるから、一般的な監査役の水準と特段変わるものではないと考えるべきであろう。
(掲載日 2021年11月1日)