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文献番号 2021WLJCC027
明治学院大学 教授
西山 由美
1. はじめに
事業者が事業遂行に必要な人材を従業員として雇用する場合、社会保険料の一部を負担しなければならないほか、消費税に関しては支給給与について仕入税額控除ができない。他方、派遣社員あるいは下請け業者として外注費扱いにすれば、仕入税額控除ができる。この外注費仕入税額控除の仕組みは、しばしば悪用されることもあるため※2、消費税と外注費というと、脱税スキームや租税回避スキームが想起される。
しかしながら、消費課税における「給与か外注費か」の問題は、現行消費税法に「事業者」の定義規定がない中で、所得課税において判例上定着している事業所得と給与所得の区分基準に従うべきか、あるいは消費課税固有の事業者概念を考えるべきかが大きく問われている。
2023年10月から導入される適格請求書等(いわゆる日本型インボイス)の導入準備として、本年10月から適格請求書発行事業者(課税事業者)登録制度が始まった。2年後にはこの番号を持つ事業者のみが、原則、税額転嫁と仕入税額控除ができることになるのを前に、従前の事業者基準を踏襲した本判決は、インボイス制度導入後の事業者概念のあり方を考える素材となり得よう※3。
2. 事実の概要と争点
塗装工事業等を営むX社は、4、5名の従業員を作業に従事させるほか、従業員が足りないときには作業を外注していた。X社は従業員に対して、平成27年4月から健康保険および厚生年金保険に加入し、これらの保険料を給与から徴収する旨説明したところ、従業員のうちAとB(以下「Aら」という)は、給与の減額を回避するため外注先扱いを希望した。そこでX社はAらを外注先として扱うこととし、AらはX社に対して請求書を交付し、これに基づき支払いを受けた。しかしながら、Aは同年7月から、Bは平成29年7月から、再びX社の従業員に戻った。
X社は、平成28年4月課税期間(平成27年5月1日から平成28年4月30日)および平成29年4月(平成28年5月1日から平成29年4月30日)課税期間の消費税および地方消費税につき、Aらに対する支払い金員(以下「本件支出金」という)が外注費であることを前提として仕入税額控除をしたうえで申告を行ったところ、所轄税務署長はこれを給与であるとして仕入税額控除を認めず、更正処分を行った。X社は、これを不服として審査請求を行ったが、棄却の裁決がなされたため、本訴を提起した。
本件の争点は、平成27年4月から平成29年7月までのAらが受領した本件支出金が給与所得か、それとも外注先として支払われた事業所得かであるが、実質的な争点は、本件支出金がX社にとって仕入税額控除ができる外注費か、それができない給与かである。
X社は、給与所得は「雇用契約又はこれに類する原因」に基づくものであるところ、雇用契約であるかどうかは、一次的には当事者の合意を基準とすべきであること、二次的には「自己の計算と危険において独立して営まれているかどうか」を基準とすべきであることを主張した。そして、Aらは自ら確定申告を行っていること、労災があったときには自己責任を負うことから、自己の責任と危険において独立して営んでいるとした。また、「使用者の指揮命令に服しているかどうか」については、AとBは熟練工であり、作業衣や作業道具等は自己調達しており、空間的・時間的拘束は元受けとの関係における空間的・時間的拘束の当然の帰結でしかないと主張した。
これに対して被告国は、X社とAら間の契約内容は、①使用者の指揮命令に服しているか、②使用者との関係において空間的・時間的な拘束を受けているか、③継続的・断続的に労務または役務提供をしているか、④危険負担や費用負担をしているかといった諸要素を考慮して総合的に判断すべきであるとし、Aらの作業態様は上記①~③を充足し、業務に要する費用はX社が負担し、かつAらが休む時には自ら代替作業員を手配しておらず上記④も充足することから、給与に該当するとした。
3. 争点に対する判断-請求棄却
裁判所は、「役務の提供の対価として支払われる金員が所得税法上の『給与等』に該当するか否かを判断するに当たっては、・・・一般的抽象的に『給与等』該当性を判断すべきものではなく、その役務の提供の具体的態様に応じてその法的性格を判断しなければならない」(判決①)としたうえで、以下のような理由により、本件支出金を給与所得に該当するとした。
「判断の一応の目安として、対価を得て継続的に行う事業から生ずる所得である事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与等に係る所得である給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいい、取り分け、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない」(判決②)。
「[消費税法基本通達1-1-1は、給与であるか請負による報酬であるかの]区分が明らかでないときは、例えば、次の事項を総合勘案して判定することとしている・・・。
ア その契約に係る役務の提供の内容が他人の代替をいれるかどうか。イ 役務の提供に当たり事業者の指揮監督を受けるかどうか。ウ まだ引渡しを了していない完成品が不可抗力のため滅失した場合等においても、その個人が権利として既に提供した役務の報酬を請求することができるかどうか。エ 役務の提供に係る材料又は用具等を供与されているかどうか。
これは、消費税法2条1項12号で課税仕入れから除外される『給与等を対価とする役務の提供』に該当するか否かの基準ではないが、その判断に当たっても参考となる基準といえる。」(判決③)
そして、上記アの「非代替性」、イの「指揮監督性」、ウの「危険負担」およびエの「材料等の支給」のすべての点について給与該当性が認められるとし、さらにX社がAらについて公共職業安定所長から「雇用保険被保険者資格喪失確認通知書」の交付を受けていることや、Aらが事業所得として申告を行ってきたことについては、所得税法の給与に該当するか否かは「所得税法の趣旨、目的に照らし、当該対価の性質から実質的に判断すべきものであり、当事者の主観的意図に拘束されるものではない」とし、本件支出金は外注費でなく、給与と判断した。
4. 本判決の検討
4.1 本判決の意義
課税事業者が業務遂行のために支払った金員が、仕入税額控除の対象となる外注費か、それとも仕入税額控除の対象とならない給与かをめぐって争われた先例としては、東京高裁平成20年4月23日判決(以下「平成20年判決」という)※4がある。
平成20年判決では、電気配線工事の下請け会社(原告・控訴人)が、工事に従事させていた複数者に対して支払った金員の仕入税額控除の可否について、これが所得税法28条の給与所得に該当するかどうかに専ら依拠して判断されたものである。そして、所得課税における事業所得と給与所得の区分基準を「一応の基準」として示した最高裁判決(最判昭和56年4月24日―以下「最高裁判決」という)※5に従い、「専属的かつ継続的常用」「場所・時間の指定」「仕事量が未達成でも減額なし」「材料・工具の自己調達なし」などを理由として、これが給与であると判断した。
本判決も、Aらに対する本件支出金の仕入税額控除の可否判断について、最高裁判決をそのまま引用し(上記判旨①および②)、平成20年判決の上記判断枠組を踏襲している。ただし、その具体的な区分基準として、平成20年判決が「専属的かつ継続的常用」を各基準の冒頭に掲げているのに対して、本判決では「非代替性」を冒頭の基準に据えているという違いがある※6。
消費課税における事業者該当性の判断において、所得課税において確立した区分基準をそのままあてはめるべきか、また、事業者該当性を否認する判断基準として「非代替性」が妥当なものかが問われる判決といえよう。
4.2 消費税法における事業者概念
消費税法が事業者について「個人事業者及び法人をいう」(同法2条1項4号)とのみ定めている限りにおいて、本判決が冒頭で「およそ役務の提供の対価として支払われる金員が所得税法上の『給与等』に該当するか否かを判断するに当たっては、所得税法の趣旨、目的に照らし、当該役務の提供及び対価の態様等を考慮しなければなら[ない]」とし、所得課税と消費課税の事業者概念を完全一致させていることを直ちに否定できるものではない※7。
しかしながら、所得課税では金員の支払者と受領者の関係のみに着目すればよいのに対し、消費課税では事業者該当性が問われる者の仕入先事業者との関係および売上先事業者(または最終消費者)との両関係を考えなければならない。それゆえそのような者には、少なくとも理論的には、売上先については税額転嫁ができる資格と活動実態、および仕入先については仕入税額控除ができる資格と事業活動実態がなければならない。
この点、EU域内の付加価値税共通ルール(2006年付加価値税指令)では、「納税義務者として」対価を得て行われる物品およびサービスの提供を課税対象とするとして(同指令2条1項aおよびc)、課税事業者登録をしているという資格を求め、そのような納税義務者(課税事業者)を「あらゆる場所においてその目的と結果を問わず独立して経済活動を行う者」と定義し(同指令9条1項)、独立して経済活動を行っているという活動実態を求める※8。したがってまず、課税事業者登録をしていることを前提として、次にその経済活動の独立性の判断については、「自己の計算と危険」においてそれが行われているかどうかが判断されることになる。
役務提供が自己の計算と危険において行われているかどうかの判断にあたっては、自らの名義かつ自らの責任で当該役務提供を行っているか、役務提供に必要な主要な道具等を自らが調達しているか、当該役務提供にかかる経済的リスクを自らが負っているか等が基準とされる※9。たとえば、作業を行う者がいかに熟練工であろうとも、自己の計算と危険において役務提供をしていないかぎり事業者とはいえず、また、課税事業者登録をしている芸術家であっても、自己の計算と危険を伴わない美術学校講師の活動は事業者としての活動とはいえない。
このように消費課税固有の事業者概念を明文規定し、課税事業者としての資格と活動実態から事業者該当性を判断する仕組みのもとでは「所得税と消費税の事業者概念を同様に考える必要はない」※10という結論が妥当するが、少なくとも2023年10月までは適格請求書発行事業者制度(課税事業者登録制度)が施行されない日本において、事業者該当性をまずその資格から区分することができない以上、事業者該当性が検討される者がさまざまな業種、さまざまな主観的事情、さまざまな取引先との力関係を持つ中で、「時間的・空間的拘束」や「非代替性」といったさまざまな判断基準が出てくるのは避けられない。しかしながら、「時間的・空間的拘束」は、たとえば会計士が顧問先の決算期に一定の時間に一定の場所で拘束されることをもって事業者該当性が否定されないことからいえば※11、一般的に妥当する基準とはいえない。
4.3 区分基準としての「非代替性」
本判決では、外注費該当性を否認する基準の冒頭に「非代替性」を据えている。この「非代替性」とは、役務の提供者が自らの判断で他の者に代替させることができないことをいう。「非代替性」の基準は、最高裁判決では示されていないが、消費税法基本通達では、役務の提供の対価が出来高払の給与であるか請負による報酬であるかの区分が明らかでないときの4基準の第1に「その契約に係る役務の提供の内容が他人の代替を容れるかどうか」を掲げている(同通達1-1-1)。
通達が「非代替性」を重視する理由は、本判決でも言及されているように、雇用における使用者と労働者との関係を定める民法625条の「労働者は、使用者の承諾を得なければ、自己に代わって第三者を労働に従事させることができない」という規定に基づくものであるが、これはあくまで雇用関係における労働者の義務を定めたものであり、ここから直ちに事業者該当性が否認されるものではない。事業者たる請負人も、状況や契約内容によっては自己の判断のみで第三者に代替させることはできないからである。
給与か外注費かの区分基準が、役務提供の多様性や支給者と受給者の関係性により、さまざまな設定がされる中で、「非代替性」の基準にみられるように、説得的な説明のないままあたかも主要な基準として独り歩きすることは懸念される。
4.4 適格請求書等導入後を見据えた本判決の問題点
2023年10月の適格請求書等(いわゆる日本型インボイス)保存方式導入後は、課税事業者の資格は適格請求書発行事業者登録をした者になることから、本件のようないわゆる「一人親方」が登録を行わない場合には、仕入税額控除ができなくなる。したがって、課税仕入れとして仕入税額控除をするためには、第一に、仕入先(本件でいえばAら)が適格請求書発行事業者登録をして課税事業者となっていること、第二に、その課税事業者が独立した事業活動を行っていることが必要となる。
適格請求書発行事業者としての資格は客観的に確認できるが、独立して事業活動を行っているかどうかの判断基準として重要なのは「自己の計算と危険」において活動を行っていることである。指揮命令に服しているということも重要な考慮要素とはなりうるが、「空間的・時間的拘束」は、上述の決算期の会計士の例でもみられるように、決定的な要素とはならないであろう。
消費税の税率が高くなるにつれて、事業者にとっては給与として所得課税上の必要経費または損金扱いをするよりも、外注費扱いにして仕入税額控除をするほうが有利であることから、従来からの所得税の事業所得概念を当然のように消費税の事業者概念に当てはめることには限界がある。また、役務提供の具体的態様に応じて判断するあまり、区分基準が多様化する中で、通達が説得的な根拠もないまま「非代替性」を掲げ、本判決がそれを鵜呑みにして適用していることについても問題として指摘したい。
(掲載日 2021年12月27日)