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文献番号 2021WLJCC026
青山学院大学 教授※2
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック 弁護士※3
浜辺 陽一郎
1 はじめに
今回は、東芝が引き起こした、かつての不正会計事件に関して、東芝が投資家への賠償を命じられた事件を取り上げる。東芝の不正会計事件で損失、損害を被った人達は少なくない。今回は、流通市場での取引で損をした投資家が、株式の発行会社である東芝に対して賠償責任を求めた事件の話である。その不正会計に関わった役員等の責任を問うものではない。
原告らは相当大きなファンドで、運用資産に含まれていた東芝株式に関して、有価証券報告書等に虚偽記載があったことによる損害の賠償を求めた。東京地裁は、令和3年5月13日判決で、東芝に対して総額1億6000万円余りの賠償を命じる判決を言い渡した。
東芝によると、同種ないし同様の裁判は37件起こされており、賠償を命じられた判決は初めてだという※4。数多くの裁判のなかには、既に賠償請求が棄却されて確定している事件もある※5が、どの段階で株式を取得し、いつ、どのように株式を手放したかによって状況が異なるので、この問題に対する結論が事案によって異なるのは当然でもある。会社が行った虚偽記載による株価下落分の損害を、そのまま会社に求めうるといった単純な話ではない。
この種の事件で法律的に検討しなければならない論点は多岐にわたり、とても難解だ。そこで、本コラムでは、今回とりあげる判決の概要を解説しながら、こうした救済の意義について考えてみたい。
2 本件の請求内容と裁判所の結論
今回は、裁判の結論だけでも、相当にややこしい話なので、そこから紐解いていきたい。
原告らは、平成22年6月以前から、かなりの規模で被告東芝の株式の取得や処分を繰り返していた。ところが、東芝の平成22年6月から平成27年2月までの間の有価証券報告書や四半期報告書(以下「本件有価証券報告書等」)に不適切な会計処理に関する虚偽記載が発覚したことを受け、原告らは、それらの虚偽記載による損害を被った※6と主張した。
3 民法709条による不法行為責任
本件では、何が責任の原因となる虚偽記載になるかという点に関して、原告らは、会社の情報開示のうち、後日修正のあったものを、虚偽記載等を修正するためだったと見立てて主張をしたと見受けられる。
しかし、東京地裁は、「携帯電話事業や光学ドライブ事業の非継続事業に関する組替え」や「2件の事業買収に関する組替え」は、第三者委員会の指摘する不適切な会計処理を理由として行われたものではないとし、原告らからも、それらの組替えが不適切な会計処理であった旨の積極的な立証ができなかった。その結果、それらの訂正に関する部分は虚偽記載と認めず、一部の記載についてだけ虚偽記載を認めて、東京地裁は、本件有価証券報告書等について民法709条責任を認めた。ここでは、大々的に報道されて印象に残っている2件の事業買収については、虚偽記載が否定されている。
この損害額の認定では、ろうばい売り等も通常の損害と認定した。この点は、既に西武鉄道事件の最高裁判決※7が有価証券報告書等の虚偽記載について不法行為責任を認める際に「虚偽記載の公表後のいわゆるろうばい売りによる上場株式の市場価額の下落による損害は、虚偽記載の判明によって通常生ずることが予想される事態であって、相当因果関係のある損害にあたる」と判断しているところを踏襲したものである。
不法行為に基づく損害額の認定では、どの程度まで厳密に検討する必要があるのかが気になる。今回の判決は、その損害額の認定において、(1)総論を述べた後に、(2)高値分及びろうばい売り等から生ずる損害額を算定し、(3)本件虚偽記載の発覚前後の株価の下落のうち、本件虚偽記載と相当因果関係のある株価の下落の範囲を、始期は平成27年4月3日、終期は同年9月7日と認定し、(4)その約5箇月間の他事情(本件虚偽記載と無関係な要因)によると認められる下落分の有無及び範囲等を検討し、(5)被告株式の取得時期や虚偽記載の程度に応じた調整をして、(6)損害賠償請求の対象となる被告株式の「特定」を行った上で、(7)具体的な損害額の算定に至っている。取り扱った株式が多いだけに、判決では、かなり複雑で細かい事実認定を加えている。
ただ、東芝の責任を認めるに際しては、「業務遂行に関わる代表者や被用者個人の行為や故意又は過失を個別に問題とすることなく、法人としての被告は、有価証券報告書等の提出に当たり、その重要な事項について虚偽記載がないように配慮すべき注意義務を怠ったものとして、原告らに対して直接民法709条に基づく損害賠償責任を負う」とした。つまり、役員ら個人の責任は立ち入らず、会社全体の責任だけを考えるというスタンスで処理した。このため、後日、会社の賠償した負担金を、役員等個人に転嫁しにくい形となっている。
4 推定損害額と民事訴訟法248条
損害額の立証や認定が極めて困難である場合、民訴法248条は、「裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる」と定める。
今回の判決は、不法行為に基づく損害賠償請求に対して民訴法248条を適用した。しかし、金商法21条の2の第1項に基づく請求で損害額の立証が困難な場合は、同条2項によると解するのが立法趣旨にかなうとの理由で、同法の推定規定を用いない予備的請求1に対しては民訴法248条の適用を否定し、損害額の立証ができていないとして、その請求を棄却した。
ただ、最高裁の判例で、民訴法248条の類推適用により、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、金融商品取引法19条2項の賠償責任を負わない損害の額として相当な額を認定することができると判断したものがある(最一小判平成30年10月11日[IHI事件]、判例時報2398号101頁・WestlawJapan文献番号2018WLJPCA10119001、拙稿・WLJ判例コラム第156号)。損害額の認定は、様々な局面で、民訴法248条に言及するか否かにかかわらず、裁判所は裁量的な判断をしているわけで、その適用を否定する理屈には、釈然としない部分が残る。裁判所は金商法21条の2の損害額の算定では、民訴法248条に頼ることなく、できるだけ緻密に判断をしようというつもりなのだろうが、その緻密さの意義は怪しい。
5 推定損害額を用いた請求
今回の事件では、金商法21条の2旧第2項(現行第3項)の推定損害額を用いた請求が一部認容されたが、この点に関する事実認定や法適用もかなり複雑だ。即ち、虚偽記載等の「公表日」前一年以内に当該有価証券を取得し、当該公表日に引き続き当該有価証券を所有する者は、「当該公表日前一月間の当該有価証券の市場価額(中略)の平均額から当該公表日後一月間の当該有価証券の市場価額の平均額を控除した額を、当該書類の虚偽記載等により生じた損害の額とすることができる」とされる。このルールによれば、その公表日前1箇月の問題となるから、株価がどんどん下落している期間では、「公表日」が早い方が損害額は大きく認定してもらえそうだ。
このため、暫定的な開示が段階的に行われた場合に、どの時点で「公表」を認めるかが問題となる。東芝事件のように、その調査によって徐々に判明していく事実を、数回に渡って開示する場合、暫定的な開示でも、市場はその内容を評価し、株価は動いていく。だから、最終的な真実情報が完全に市場に開示されて初めて「公表」があったというのでは、市場はその時点では既に株価を十分に下げていて、「公表日」前後1箇月の株価の平均値の差額を算出しても、本来投資家が被った損害額より少額にしかならない可能性が高くなり、本項の趣旨が没却される。
そこで、ライブドア事件最高裁判決(最三小判平成24年3月13日判例時報2146号33頁・WestlawJapan文献番号2012WLJPCA03139001)は、「虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券に対する取引所市場の評価の誤りを明らかにするに足りる基本的事実」という考え方を採用し、暫定的な開示の時点でも「公表」を認めることで投資家がこの推定規定を適用できる可能性を広げて、事案を適切に解決しようとした。
例えば、今回の事件では、平成27年2月12日に、証券取引等監視委員会から金商法26条1項に基づく報告命令を受けた後、同年4月3日、「特別調査委員会の設置に関するお知らせ」と題する書面を公表(4月3日開示)し、同年5月8日には「第三者委員会設置のお知らせ」や「業績予想の修正に関するお知らせ」等を公表し(以下「平成27年5月8日開示」)、さらに同年5月13日には過年度修正額見込みや第三者委員会設置に関する補足説明を公表し、平成23年度から平成25年度までの累計の営業損益ベースでマイナス500億円強を見込んでいる等とした(5月13日開示)※8。同年5月22日にも「第三者委員会の調査対象に関するお知らせ」を公表し、同年7月上旬頃には東芝の不適切会計の規模が1500億円を超える可能性がある旨の報道がされ、最終的には、過年度修正は2000億円を越えた。
今回の判決は、ライブドア事件の最高裁判決の考え方に従って、「平成27年5月8日開示で公表された情報は、被告株式に対する取引所市場の評価の誤りを明らかにするに足りる基本的事実に当たる」と判断し、「平成27年5月8日開示をもって改正前金商法21条の2第2項にいう「虚偽記載等の事実の公表」があったと認めるのが相当である」と判断した。
6 虚偽記載に起因しない市場価格の下落分の控除
不法行為の場合でも、金商法21条の2による場合でも、認められた一応の損害額から、虚偽記載に起因しない市場価格の下落分が控除される。もとより、投資家の株価の下落(又はその価値の喪失)による損失が虚偽記載等に起因するとしても、株価の下落等は多数の複合的な要因によるため、その損害額の判定は難しい。特に、民法709条に基づく損害賠償請求では、損害額及び因果関係の立証が困難である。そこで、損害額及び因果関係の立証に関する負担を緩和するため、金商法21条の2の現行第3項(当時の第2項)では、通常合理的であると想定される損害額を法定したもの、又は損害額の推定規定を政策的に設けた趣旨のものであると説明されている※9。
下落分の控除について、上記3で解説した不法行為に関しては、「第三者委員会要修正額以外の訂正による株価下落」等の控除は認められなかったが、「市場要因による株価下落」が認められたので、損害額は原告らの請求から比べると、かなり低く抑えられた。
それに対して、上記5で解説した金商法による請求では、同法21条の2第5項(旧第4項)の適用により、「公表前後のそれぞれ1箇月間について、本件虚偽記載の公表とは無関係の市場要因が、被告株式の株価形成に影響を及ぼしたとは認められない」として市場要因による減額も否定した。つまり、推定損害額は1箇月間という短い期間の話であるために、控除されにくくなり、結果として、予備的請求2による認容額の方が大きくなった。
7 損害額算定の困難性と複雑性がもたらす高いハードル
投資家と直接の法律関係を持たない株式の発行者に対して、流通開示の虚偽記載による損害賠償責任を負わせるには、損害額の認定や因果関係の認定において、困難な問題が多い。原告の立証上の負担を考慮すると、巨額の損害を受けた場合以外は、この種の救済を求めることさえ事実上困難であることが多いだろう。そこで、金商法21条の2は、発行者に虚偽記載等の民事責任を負わせることにより、請求権者への損害填補と併せて、虚偽記載等の抑止による証券市場の公正の確保を目的として、投資者の保護の見地から、一般不法行為の規定の特則として損害額の推定規定を設けた。
ただ、その賠償責任を負うのが会社である場合、その不正等に関与した役員個人が負担するわけではないので、これが虚偽記載等をどこまで抑止する効果を持ちうるのかは疑問もある。そうした事情も考慮されたのか、課徴金制度や内部統制制度の整備等の他の制度の充実が図られたことに伴って、平成26年改正で、金商法21条の2の救済には若干の制限も設けられた。その改正は、取得者に加えて処分者を追加したが、無過失責任から立証責任の転換に改めて、発行者が「故意又は無過失」を証明したら免責するとの現行法の同条第2項が設けられた。
しかし、本件のように賠償が認められた判決例を見ても明らかなように、会社からの損害賠償を勝ち取るハードルは極めて高く、一般的な個人投資家はなかなか手を出すことができない。いくら明らかな虚偽記載があったとしても、会社に組織としての責任を負わせるために、これだけの複雑な訴訟を遂行できる場合は、相当に限られるだろう。
会社に賠償させる損害額が過大に認められれば、救済を求めることのできない投資家との格差は、さらに一層大きくなる。流通開示の責任を会社に負わせることは、他の株主等からの利益の移転とみることもできる。だからこそ、賠償額が過大にならないように、複雑な計算が必要となっている面もある。
会社が賠償責任を負担しても、これを不正会計に関与した役員等に転嫁できるかは別の話で、現実には時効等の障害もあって難しい。この点では、責任を負うべき役員個人に、会社に対する賠償責任を負わせる制度(株主代表訴訟等)の方が、すべての株主に対して公平であり、違法行為抑止効果も、まだ期待できる面があろう。
結局、本事例のような複雑な損害額の計算は、資本市場の信頼、会社や一般株主を守るためなのではあるが、それが虚偽記載等による被害の救済を難しくしてもいる。こうした不正会計の理不尽さを考えても、その罪深さは計り知れない。
(掲載日 2021年12月6日)