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判例コラム

 

第156号 虚偽記載による賠償責任、約10年もの激闘の末に得られた「損害額」とは 

~最高裁平成30年10月11日判決※1

文献番号 2019WLJCC001
青山学院大学法務研究科(法科大学院) 教授※2
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック 弁護士※3
浜辺 陽一郎

1 はじめに

 今回取り上げるのは、有価証券届出書に参照すべき旨を記載された半期報告書の重要な事項に虚偽記載をした会社(被上告人、一審被告)の責任が金融商品取引法(以下「金商法」という。)に基づいて認められたケースの最高裁判決である。
 最高裁が取り扱った論点は、その損害額をどのように認定するかであった。虚偽記載等によって株価が値下がりしたが、それ以外の事情によって生じた損害もあった。しかし、どういう事情で損害が生じたかは、その性質上、その額を立証することが困難である。そうした場合、裁判所は、民事訴訟法(以下「民訴法」という。)248条の類推適用により、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、「金商法19条2項の賠償の責めに任じない損害の額として相当な額を認定することができる」と判断した。そのように判断した原判決を支持して上告を棄却したのが、今回の最高裁判決である。

2 事案の概要と訴訟の経緯

 上場会社のIHIが関東財務局長に提出した①平成18年9月中間期半期報告書、及び②平成19年3月期有価証券報告書に、重要な事項に虚偽の記載があったことが発覚した。原告らが流通市場や発行市場で、虚偽記載に係る情報を信用してIHI株式を取得したため損害を被った等と主張し、IHIに損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた。
 一審判決(東京地判平成26年11月27日※4 )は、企業会計準則の裁量を逸脱するものだとして、前記各報告書には、金商法18条1項、同法21条の2第1項にいう「虚偽の記載」があったとして、IHIが株主の原告ら146人に対して約4800万円を支払うよう命じた。
 ただ、一審判決は、原告らに生じた損害額について、流通市場での取得者について、虚偽記載による推定損害額のうち、虚偽記載の公表等と同時期になされた業績予想の下方修正の開示による値下がりが「他事情値下がり」であるとして、推定損害額の5割を減額した(金商法21条の2第5項)。また、半期報告書から有価証券報告書提出までの期間の流通市場での株式取得者については、当該虚偽記載には本件半期報告書の影響があるとして、虚偽記載による値下がりに関して4割を減額した(金商法21条の2第5項)。一方、発行市場での取得者についても、虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を控除して算出すべきとして、流通市場での取得者と同様に認定額を抑えた※5
 これに対して、控訴審(東京高判平成29年2月23日※6)も「会計処理上の問題にすぎない」とするIHI側の主張を退けて虚偽記載を認め、賠償を命じる結論は変わらなかったが、一部株主への賠償額を変更し、賠償総額が約1200万円増えて、約6000万円の支払を命じた。
 この原審判決に対して、上告人ら(一審原告ら)は、裁判所が民訴法248条の類推適用で、金商法19条2項の賠償責任を負わない損害額として相当な額を認定できるとの判断は誤りだと主張した。しかし、最高裁は原審判決を支持したので、上告は棄却され、約140人に総額約6000万円を支払うようIHIに命じた控訴審東京高裁判決が確定した。

3 請求原因の確認

 原告らは、当初、金商法、会社法350条、民法709条に基づき、それぞれ損害賠償金及び各株式取得日以降の遅延損害金の支払を求めていた。しかし、会社法と民法に基づく請求はいずれも認められず、裁判所が認めたのは、金商法23条の2により読み替えて適用される同法18条1項に基づく損害賠償の部分である。
 金商法18条1項本文は、有価証券届出書記載の重要な事項について「虚偽の記載があり、又は記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けているとき」に、当該有価証券届出書の届出者が、当該有価証券を募集又は売出しに応じて取得した者に対し、損害賠償責任を負う旨を定めている。
 また、同法19条1項は、同法18条1項により賠償責任を負う額を、請求権者が当該有価証券の取得について支払った額から同法19条1項各号に掲げる額を控除した額と定めている。そして、同条2項では、同法18条1項により賠償責任を負う者は、当該請求権者が受けた損害額の全部又は一部が、当該有価証券届出書のうちに重要な事項について虚偽の記載があり、又は記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けていたこと(以下「虚偽記載等」という。)によって生ずべき当該有価証券の「値下がり以外の事情」により生じたことを証明した場合は、その全部又は一部については賠償責任を負わない旨を定めている。

4 最高裁の判旨

 金商法の上記の定めは、虚偽記載等のある有価証券届出書の届出者に無過失損害賠償責任を負わせるとともに、請求権者が損害を立証することが困難であることに鑑みて、その立証の負担を軽減することによって、請求権者への損害填補と併せて不実開示の抑止による証券市場の公正の確保を目的として政策的に設けられたものだ。最高裁も、この点を確認している。
 請求権者が容易に立証できる一定の額は賠償額として法定されているが、賠償責任を負う会社が、虚偽記載等と相当因果関係のある株価の値下がり以外の事情により生じたことを証明したら、その額から減額するという方式を採用して、上記目的を実現しつつ、事案に即した公平な損害賠償額を導こうとしたものだとも説明される。
  一方、民訴法248条は、損害が生じた場合に、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときに、その損害の額を全く認めないのは、当事者間の衡平の観点から相当でないため、裁判所が「口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる」としている。
 そこで、金商法18条1項に基づく損害賠償請求訴訟では、請求権者の損害につき、虚偽記載等で生ずべき株価の値下がり以外の事情により生じたことが認められる場合、当該事情により生じた損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、民訴法248条の類推適用により、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、金商法19条2項によって賠償責任を負わない相当な額を認定できる、と最高裁は判断した。
 その際、同法21条の2第6項のような規定が同法19条に置かれていないことは、そうした解釈を左右しないとして、原審の判断は是認できるとして、上告が退けられた。
 なお、その余の請求に関する上告についても、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却された。この判決は、裁判官全員一致であったが、裁判官深山卓也の補足意見は、金商法の条文構造を丁寧に解説してくれている。

5 若干のコメント

 この事件は、東証第1部上場企業による虚偽記載の事件であったこともあり、かなり注目もされ、多岐にわたる論点があった。事件の報道から10年以上経過し、最高裁判決に至るまでには、大勢の人たちが相当な労力を尽くしたはずだ。
 ただ、一般に、被告会社側は、そもそも賠償責任を負うかどうかに重点を置くものなので、損害額をめぐる議論はどうしても後手に回りがちなこともあり、賠償責任を前提とする損害論は、一般的には少しやりにくいところがある。
 他方、原告側としては請求が一部にせよ認定されたことは、「大きな勝利だ」といえるだろうが、最終的な結論は、約140人の原告らに総額約6000万円の支払を命じるもので、単純に計算すれば一人当たりで平均すれば約40万円だ。
 損害額をいかに認定するかをめぐって最高裁で争われた論点は、細かな条文操作の絡む話で、最終的に落ち着いた結論は、一般的な感覚からすれば、ほとんど当たり前のことのようにも思える。もとより、損害額の認定は裁判所の専権事項で、民訴法248条は、公平な裁判を実現するために、もっと広く応用されてよいものだ。その適用を制限するような解釈はあまり合理的なものとは考えられない。
 この事件の本筋の教訓は、虚偽記載を防止するために会社として、どう取り組むべきかという点にあるだろう。その取り組みを本気で行うように迫るためにも、損害賠償額は、欧米の裁判例にならって、もう少しインパクトのあるものでもよいかもしれない。そういう観点からすると、今回の判決は、賑やかな多数の論点があった割に、日本の司法の非効率と限界を感じさせる、ちょっと寂しさも漂う一事例である。


(掲載日 2019年1月7日)

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