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文献番号 2014WLJCC007
弁護士法人法律事務所オーセンス※2
弁護士 元榮太一郎
遺留分減殺請求権の消滅時効の停止について、民法158条1項の類推適用が認められる場合について判断した最高裁判例が出された。
本判決の事案は以下のとおりである。
Aは、生前、自筆証書によってその遺産の全てをYに相続させる旨の遺言をしていた。
Aは、平成20年10月22日、死亡した。Aの法定相続人は、Aの妻であるXのほか、Yを含む5人の子である。Xは、Aの死亡時において、Aの相続が開始したこと及び本件遺言の内容が減殺することのできるものであることを知っていた。
Xは、B弁護士との間で任意後見契約を締結していたところ、B弁護士は、平成21年6月30日、静岡家庭裁判所沼津支部に対し、Xが認知症であり、自己の財産を管理・処分することができないとして、Xについて任意後見監督人の選任の申立てをした。しかし、Xが同年7月24日に公証人の認証を受けた書面によって上記任意後見契約を解除したため、その後、上記申立ては取り下げられた。
Xの二男らは、平成21年8月5日、静岡家庭裁判所沼津支部に対し、Xについて後見開始の審判の申立てをした。
平成22年4月24日、Xについて後見を開始し、成年後見人としてC弁護士を選任する旨の審判が確定した。
C弁護士は、平成22年4月29日、Yに対し、Xの成年後見人として、Xの遺留分について遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
Xは、Yに対し、遺留減殺を原因として、不動産の所有権等の一部移転登記手続等を求めて、訴訟を提起した。
原審は、Xが相続の開始等を知った時を平成20年10月22日とするXの遺留分減殺請求権の消滅時効について、時効の期間の満了前に後見開始の審判を受けていない者に民法158条1項は類推適用されないとして時効の停止の主張を排斥し、遺留分減殺請求権の時効消滅を認め、Xの請求を棄却した。
本判決は、まず、民法158条1項の趣旨は、「成年被後見人等は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから、法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは成年被後見人等に酷であるとして、これを保護するところにある」とし、また、「成年被後見人等については、その該当性並びに法定代理人の選任の有無及び時期が形式的、画一的に確定し得る事実であることから、これに時効の期間の満了前6箇月以内の間に法定代理人がないときという限度で時効の停止を認めても、必ずしも時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものといえない」としている。
次に、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあるものの、まだ後見開始の審判を受けていない者」についても「法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから、成年被後見人と同様に保護する必要性があるといえ」、「その後に成年後見開始の審判がされた場合において民法158条1項の類推適用を認めたとしても、時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえないときもあり得る」として「申立てがされた時期、状況等によっては、同項の類推適用を認める余地がある」とした。
そして、「時効の期間の満了前の6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において、少なくとも、時効の期間の満了前の申立に基づき後見開始の審判がされたときは、民法158条1項の類推適用により、法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その者に対して、時効は完成しないと解するのが相当である」と判断した。
本件について、Xについての後見開始の審判の申立ては、1年の遺留分減殺請求権の時効の期間の満了前にされているのであるから、Xが時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあったことが認められるのであれば、民法158条1項を類推適用して、C弁護士が成年後見人に就任した平成22年4月24日から6箇月を経過するまでの間は、Xに対し、遺留分減殺請求権の消滅時効は完成しないことになるとして、その点について審理していない原審を破棄し、差し戻した。
本判決は、①保護の必要性及び②予見可能性という観点から時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは、民法158条1項が類推適用されると判断している。
本判決を検討するにあたり参考となる判例として、不法行為を原因として心神喪失の常況にある被害者の損害賠償請求権と民法724条後段の除斥期間について判断した最二小判平成10年6月12日・民集52巻4号1087頁※3(以下「平成10年判例」という)がある。
平成10年判例は、①民法724条後段は除斥期間を定めたものであるとしつつ、②不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において、当該不法行為を原因として心神喪失の常況にある者について、その後、禁治産宣告を受け後見人に就任した者がその時から6箇月以内に損害賠償請求権を行使したなどの特段の事情があるときは、民法158条の法意に照らし、民法724条後段の効果は生じないとした。
民法724条後段の性質については、時効か除斥期間かの議論があったが、平成10年判例では除斥期間と判断した。
判決で問題となっている民法1042条前段の遺留分減殺請求権の期間の制限についても、その性質が時効か除斥期間かについて議論があるが、ほとんどの学説が時効と解している。本判決も、民法1042条前段の遺留分減殺請求権の期間の制限は時効であるとしている。
民法158条の趣旨について、平成10年判例は「無能力者は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから、無能力者が法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは無能力者に酷であるとして、これを保護するところにある」として、本判決と同様の判示をしている。
本判決では、民法158条の趣旨から導かれる制限行為能力者の保護の必要性に加え、時効援用権者の予見可能性も問題としている。すなわち、本判決では、民法158条「において時効の停止が認められる者として成年被後見人等のみが掲げられているところ、成年被後見人等については、その該当性並びに法定代理人の選任の有無及び時期が形式的、画一的に確定し得る事実であることから、これに時効の期間の満了前6箇月以内の間に法定代理人がないときという限度で時効の停止を認めても、必ずしも時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえない」としている。
この予見可能性という観点は、本判例で初めて示されたものである。
これに対し、平成10年判例は、「その心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても、被害者は、およそ権利行使が不可能であるのに、単に20年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許されないこととなる反面、心神喪失の原因を与えた加害者は、20年の経過によって損害賠償義務を免れる結果となり、著しく正義・公平の理念に反する」として、「民法158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じない」とされている。
平成10年判例では、民法724条後段は時効ではなく除斥期間であることから、民法158条の類推解釈ではなく、「法意に照らし」という表現にしているものと思われる。そして、その根拠として、不法行為の加害者と被害者の立場を比較して「著しく正義・公平の理念に反する」ことを挙げている。そのため、心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合に限定して民法724条後段の効果は生じないとしている。
しかし、この論拠については、時効停止の制度は権利行使の期待不可能性のみを根拠とするものであり、必ずしも心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合に限定されなくても、権利行使の期待不可能性を根拠に時効停止の規定を類推適用することを認めるべきである等という批判もあった。
本判決は、遺留分減殺請求権者と時効の援用権者の立場の比較等はしておらず、権利行使の期待不可能性を根拠に時効停止の規定を類推適用することを認めた一例であると言えるであろう。
もっとも、制限行為能力者の権利行使を期待することが不可能であるという保護の必要性のみから、民法158条の類推適用を認めることは、同条の類推適用の範囲が広くなりすぎ、時効援用権者の利益を害するため、「時効の期間満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたとき」に限定している。
この限定をする論拠として、成年被後見人の該当性並びに法定代理人の選任の有無及び時期が形式的、画一的に確定し得る事実であることから、申立てがされた時期、状況等によっては、時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえないときもあり得るとしている。
このように、時効援用権者の予見可能性という新たな観点から民法158条1項の類推適用が認められる場合を限定している。
本判決は、民法158条1項の時効の停止について一般論を述べるのみであるので、本判決の射程は不法行為による損害賠償請求権の消滅時効(民法724条前段)等、遺留分減殺請求権の消滅時効以外の時効についても及ぶものと考えられる。
また、本判決は、「少なくとも」時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは、民法158条1項が類推適用されるとしており、本判決判示の場合以外にも民法158条1項が類推適用される余地を残している。
精神上の障害により事理弁識能力を欠く常況にあるが後見開始の審判を受けていない者について、本判決判示の場合の他にどのような場合に民法158条1項の類推適用が認められるかについては今後の議論を待ちたい。
(掲載日 2014年4月28日)