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文献番号 2016WLJCC015
京都大学 教授
岡村 忠生
1.はじめに
ヤフー事件の事案と下級審判決については、本判例コラム第41号として掲載させていただいた※1。そこでは、判決が伝統的な意味での租税回避の否認では説明し切れず、むしろ、経済的観察法による租税法規の解釈を思わせる新しい否認の可能性を開いたことを論じた。納税者が上告していたが、最高裁第1小法廷は、2月29日に上告を棄却する判決を下した※2。本稿は、最高裁判決を下級審判決と比較を交えて検討し、本最高裁判決が法人税法(以下「法」という。)132条の2を「租税回避を包括的に防止する規定」と述べたことの意味を検討する。
2.適用要件のソフト化
まず、判決理由の核心的な部分を示す。なお、この部分は、同じ日に第2小法廷が下したIDCF事件最高裁判決※3でも、全くの同文である。
(a)法132条の2は、税負担の公平を維持するため、組織再編成において法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に、それを正常な行為又は計算に引き直して法人税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものと解され、組織再編成に係る租税回避を包括的に防止する規定として設けられたものである。
(b)このような同条の趣旨及び目的からすれば、同条にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいうと解すべきであり、
(c)その濫用の有無の判断に当たっては、①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で、
(d)当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断するのが相当である。
まとめると、
(a)法132条の2の性質は、
(b)適用があるのは、
(c)(b)の判断で考慮されるのは、
(d)(b)の判断の観点は、
これに対して、下級審判決の相当部分(第1審と控訴審は同じ)は、同条の適用要件(「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」)を
(ⅰ)法132条と同様に、取引が経済的取引として不合理・不自然である場合(中略)のほか、
(ⅱ)組織再編成に係る行為の一部が、組織再編成に係る個別規定の要件を形式的には充足し、当該行為を含む一連の組織再編成に係る税負担を減少させる効果を有するものの、当該効果を容認することが組織再編税制の趣旨・目的又は当該個別規定の趣旨・目的に反することが明らかであるものも含む
とし、(ⅱ)については、
(ア)組織再編成を構成する個々の行為について個別にみると事業目的がないとはいえないような場合であっても、当該行為又は事実に個別規定を形式的に適用したときにもたらされる税負担減少効果が、組織再編成全体としてみた場合に組織再編税制の趣旨・目的に明らかに反し、又は個々の行為を規律する個別規定の趣旨・目的に明らかに反するときは、上記(ⅱ)に該当する
(イ)同条の適用対象を、通常用いられない異常な法形式を選択した租税回避行為のみに限定することは当を得ないというべきである。
と述べていた。
比較すると、最高裁は、下級審のような2つに分けた適用要件を考えていないことが大きく異なる。最高裁判決は、濫用という一つの考え方で判断している。また、下級審が事業目的のあるときや異常な法形式が選択されていないときにも適用の可能性があると明言したことに対して、最高裁は、逆にこれらを考慮すべき事項としてあげた点も、表現としては異なる。最高裁による以上の部分の判示は、下級審との比較において、裁判所が法132条の2の適用領域を広く解釈しているような印象が薄く、納税者の立場からは肯定的に評価されうる※4。
しかし、下級審が正面から適用を認めた(ⅱ)の場合が、本判決では排除されるかと問われると、本判決が考慮事項や観点を示しているに過ぎないから、そうとは言い切れないことになる。というより、むしろ、判決の結論が変わらなかった以上、最高裁の判断枠組みにおいても(ⅱ)の場合の適用があると考えるか、または、(ⅰ)の場合が下級審よりも著しく拡張され、本件も含まれるものになったと理解するしかない。
また、本判決の(c)の考慮や(d)の観点が、明らかに下級審の(ア)の全体的観察方法を前提としていることにも注意が必要である。その意味で、適用の判断における考慮や観点が、不自然さや事業目的、意図といった伝統的な租税回避の議論で用いられたものを明示的に取り込むこととなった反面、観察の範囲も本件の組織再編行為全体に拡大し、常識的な意味での法律要件の適用(ある時点での要件事実の認定)とは異なるものになっていることも、指摘しておきたい。これは、前回の判例コラムで指摘した経済的観察法に基づく法解釈の考え方である(おそらく最高裁は意識していないと思われるが)。
以上の検討から浮かび上がるのは、司法審査としての本判決の性質である。本判決が、下級審の結論を是認しつつも、上告を認めて判決理由を全面的に書き換えたのは、なぜだろうか。表面的に見えるのは、下級審の(ⅱ)を表面から隠したことである。しかし、より重要な違いは、下級審が法132条の2の適用要件を記述しようとしたのに対して、最高裁は、考慮すべき事項と判断の観点を述べたに止まることにある。本判決は、下級審のような要件の議論をするのではなく、否認規定に関する裁判所の関与としては、ソフトな(よく言えば柔軟な、悪い言い方をすれば不明確な)ガイドラインのようなものを示す程度とし、その分、税務署長の判断を尊重しようとしたものと思われる。この点でとりわけ注目されるのは、「租税回避の手段として濫用」と、租税回避の用語を用いながら、その意味を特に説明していないこと、したがって、この箇所での「租税回避」が限定としては働かない(「税負担軽減の手段として」と書き直しても意味は変わらない)ことである。この点は、最後に批判する。
このような消極的な司法審査の下では、納税者が具体的に何を主張・立証すれば、法132条の2の適用を争うことができるのか、その掴み所が失われる。納税者が主張できるのは、「考慮」と「観点」の要素でしかないからである。そして、この司法審査のあり方こそが、本判決の意図するところと考えられる。最高裁は、行為計算否認への裁判所の関与を、下級審より弱めた。最高裁は、法132条の2(おそらく他の行為計算否認規定もそうであろう。)を、行政裁量を与える規定と理解しているように思われる。
3.当てはめ
本判決は、まず、次の2点を認定した。
(1) 一連の組織再編成に係る行為が、未処理欠損金額の全額を活用することを意図して、ごく短期間に計画的に実行されたこと
(2) I氏の副社長就任(以下「本件副社長就任」という。)が、法人税の負担の軽減を目的として、特定役員引継要件(法人税法施行令112条7項5号)を満たすことを意図して行われたこと
ただし、(1)や(2)が「租税回避の手段」であったとは述べていない。
次に、考慮要素である不自然さについて、次のように述べた。
(3) 下記①~④から、本件副社長就任は、特定役員引継要件において想定されている特定役員の実質を備えていたということはできず、実態とは乖離した特定役員引継要件の形式を作出する明らかに不自然なものとした。
① 本件副社長就任の事業上の目的や必要性が具体的に協議された形跡はない。
② 就任期間もわずか3か月であり、特定資本関係が発生するまでの期間に限ればわずか2か月程度である。
③ 業務内容は、おおむね本件合併等に向けた準備やその後の事業計画に関するものにとどまる。
④ 代表権のない非常勤の取締役であった上、具体的な権限を伴う専任の担当業務を有していたわけでもなく、役員報酬も受領していなかった。
考慮要素である事業目的については、次のように述べた。
(4) 上記①に照らせば、本件組織再編成前に本件副社長就任の事業上の目的や必要性が認識されていたとは考え難い上、上記の①から④の事情にも鑑みると、税負担の減少以外にその合理的な理由といえるような事業目的等があったとはいい難い。
本判決は、「以上を総合」して、本件副社長就任が組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであり、未処理欠損金額の引継ぎに関する諸規定を本来の趣旨及び目的を逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるとした。そして、(ここでもやはり、租税回避とは何かの議論をスルーして)本件副社長就任は、組織再編税制に係る上記各規定を租税回避の手段として濫用するものとした。
不自然さや事業目的の欠如をこのように導くことには、さまざまな評価があると思われる。しかし、ここでは立ち入らず、ただ、判決が取り上げなかった事実がいくつか存在したにもかかわらず、それらには触れられずに判断が行われたことを指摘しておく。とりわけ、納税者がデータセンターを買収しようとした理由、計画から実行まで短期間であったことはインターネット業界の事業環境では決して異例ではないこと、一般に社外役員は無報酬で専任の担当業務を有さないことが多いことなどである。そもそも、買収対象会社に役員を送り込むことは、多くのM&Aで行われているごく自然なことである。したがって、上記の判示が、納税者に不利益な事実のみによって組み立てられている感は否めない。下級審の(ⅱ)による判断の方が、素直であるようにも思われる。
また、判決文では従業員のメールが(経営陣の意図より)重視されているように見えるが、今後、税務や会計とは無関係な電子メールの類については、納税者が調査を拒否することが考えられる。
4.引き直しと限定解釈
本判決の濫用という言葉から想起されるのは、外国税額控除に関して本判決と同じ第1小法廷が下した三井住友銀行事件最高裁判決※5や第2小法廷によるりそな銀行事件最高裁判決※6である。これらの事件は、行為計算否認規定の適用対象外であったが、いわゆる限定解釈により、文言上は適用されるはずの外国税額控除が否認されている。そこでは、
外国税額控除制度をその本来の趣旨目的から著しく逸脱する態様で利用して納税を免れ、我が国において納付されるべき法人税額を減少させた上、この免れた税額を原資とする利益を取引関係者が享受するために、取引自体によっては外国法人税を負担すれば損失が生ずるだけであるという本件取引をあえて行うというものであって、我が国ひいては我が国の納税者の負担の下に取引関係者の利益を図るものというほかない。そうすると、本件各取引に基づいて生じた所得に対する外国法人税を法人税法69条の定める外国税額控除の対象とすることは、外国税額控除制度を濫用するものであり、さらには、税負担の公平を著しく害するものとして許されないというべきである。
と判示されていた(第2小法廷判決)。これらの判決からは、納税者が税負担を軽減する規定を濫用した場合、行為計算否認規定の適用の可否を問わず、限定解釈による否認ができる場合があることになる。
そこで、これらの判決と本判決を比較しよう。本判決は、法132条の2が「租税回避を包括的に防止する規定」であり、行為計算を「引き直す」規定であると述べた(上記a)。学説は、租税回避とは課税要件を充足しない行為であり、租税回避の否認とは、その行為を課税要件の充足があるものに引き直すこと、擬制することであるとしている※7。たとえば、直系親族間の土地譲渡が非課税であるとき、兄弟間の譲渡を非課税とするため、父親を経由する2つの譲渡が行われたとする。これが租税回避として否認できる場合、課税上は、2つの譲渡をどちらもなかったものとし、兄弟間の1つの譲渡に引き直す、1つの譲渡を擬制することになる。これが、引き直しの本来の意味である。では、本件での法132条の2の適用は、このようなものだったのだろうか。
本判決が、本件副社長就任という事実(これが私法上真正な事実であることは否認できない。)を課税上はなかったものとし、その事実を何らかの別の事実に置き換えたのであれば、限定解釈とは異なる否認であり、引き直し(擬制)である。しかし、本判決や下級審判決、国の主張は、そのように論理を運んだのではない。とりわけ、本件副社長就任という事実をなかったものとしたとき、I氏が役員の地位に基づいて行ったことをどのように引き直すのかには、全く言及がない。あえて引き直しとして本件課税を説明するのであれば、本件副社長就任が特定役員引継要件を満たさないものであったとの「引き直し」をしたに過ぎないことになる。本件副社長就任を置き換える別の事実は用意されていないので、本当の意味での擬制を行ったのではない。このような否認の効果は、特定役員引継要件の適用を限定解釈により否定したことと同じである。
これに対して、擬制による否認をするのであれば、それをどこまで行うかが問題となる。たとえば、本件副社長就任がないとすれば、本件の組織再編成もなかったはずであり、そうなると、問題となった未処理欠損金額の一部は、それが生じた法人自身の利益から控除されていたことになるから、控除を認める、というような否認も可能であろう。
本件の否認には、「租税回避を包括的に防止する規定」(判旨a)と述べられたことの意味が現れている。ここでの包括的とは、否認できる対象範囲の広さの意味ではない。限定解釈のような否認手法と同じ効果を持つ否認も(また、おそらく上述のような遠くまで及ぶ擬制も)、この規定を根拠に行うことができることを意味している。
では、本件の課税は、わざわざ行為計算否認規定によらなくても、特定役員引継要件を限定解釈することで維持できたのだろうか。判旨を読み比べると、本件の濫用と外国税額控除事件の濫用では、質や内容に差があると思われる。本件を「濫用」(量や程度が過ぎること。例:河川の氾濫)というのであれば、外国税額控除事件は「乱用」(秩序や規律が乱れること。例:薬物の乱用)といえよう。そうすると、本件の租税回避が、外国税額控除事件のような悪質さを持つものであったかが、あらためて吟味されねばならないこととなる※8。外国税額控除最高裁判決の「税負担の公平を著しく害する」という判示から見ても、限定解釈による否認は、租税回避の否認(擬制に基づく課税)よりも、さらに著しい濫用(用語としては「乱用」とすべきもの)に対するものと見られるからである。これに対して、本件はそのような悪質なものであったとは到底いえず、否認規定なしに、限定解釈による否認はできなかったと考えられる。
このことは、租税回避の否認の位置づけに、再考を迫るであろう。これまで、租税回避の否認は、課税要件の充足なき課税、擬制に基づく課税、真実の法律関係に基づかない課税であることから、いわば最後の手段とされてきた。これに対して、課税要件規定(減免規定を含む。)の解釈は、解釈に関する一般的規定(ドイツの経済的観察法のような規定)がなくとも、法の解釈として行われうることであり、租税回避の試みが規定の解釈によって遮断できるのであれば、それはもはや租税回避ではない(課税要件を充足する)から、厳密な意味での租税回避の否認は問題にならないと考えられてきた。しかし、上記の比較からは、行為計算否認規定が先に適用されることになろう。限定解釈による否認のためには、擬制に基づく課税よりも著しい濫用(乱用)が求められるため、課税庁の負担が重いと思われること、また、行為計算否認規定という明文の規定で対処できるのであれば、そうすべきであると考えられるからである。実際、限定解釈による否認における「解釈」とは、文理上は外国税額控除を適用すべき事実関係に対して、法の濫用(意味としては乱用)だから適用しないというものであり、文言の意味内容を解釈するのとは質的に異なる。こうした「解釈」を、経済的観察法の規定なしに是認することには、疑問があり得よう。また、限定解釈による否認の対象は、「税負担の公平を著しく害する」(上記第2小法廷判決)ような重大性のあるもの、税制に対する脅威となるものとすべきである。
本件は、そうしたものでは全くなかったが、このような重大性や税制全体への影響という角度からの検討も必要である。本件で見られた、ある要件を充足するための行為は、税制に一体どのような悪影響を与えるのだろうか。他方で、否認をすれば、納税者から予見可能性を奪い、取引社会にネガティブな効果を与えないだろうか。これらの判断では、本件の未処理欠損金額が経済的実質(economic substance)のある損失であり、繰越しや引継ぎの範囲が形式的に画されていることを考慮すべきである。
最後に、本判決が、「租税回避の手段として」と述べて租税回避を限定語として持ち出しながら、その意味内容を論じていないことには、大きな不満が残る。なぜ租税回避が問題とされ、その否認が認められるのか、そして、本件がどのように租税回避に該当するのか、というスジ論をしておかないと、行政に対する指針の役目さえ果たせないであろう。租税回避は、立法時に想定され得なかった行為であるからこそ、その否認が認められるのである。立法時に租税回避が予想されるから、否認をしてもよいという論理ではない。本件副社長就任のような行為、ひいては、特定役員引継要件などのみなし共同事業要件を充足するための行為が生じてくることを、立法時にほんとうに予想できなかったのか否かが、租税回避該当性の問題として吟味されるべきであった。
(掲載日 2016年6月1日)