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文献番号 2023WLJCC003
明治学院大学 教授
西山 由美
1. はじめに
みなし配当を含む配当が外国法人に行われた場合、源泉地国である日本で源泉徴収され、かつ居住地国でも課税されるという課税の繰り返し(法的二重課税)が生じる。これを排除するために、二か国間租税条約では税率を軽減する措置を置くことがよく行われる。しかしこの措置は、軽減措置を受ける目的で短期の株式保有をするという濫用事例を誘発するため、多くの租税条約では、株式の最低保有期間を定めることが多い。
本件は、ルクセンブルクと日本の間で締結された租税条約(以下「本件租税条約」)における最低保有期間の規定の解釈が争われたものである。
租税条約は、締約国間で言葉や関係法令の違いもあることから、条約の解釈はしばしば困難な局面に直面する。条約の解釈に関する基本ルールを定めるウィーン条約法条約(以下「ウィーン条約」)は、条約の「文脈および趣旨・目的」に照らして解釈することを一般原則としつつ、その解釈では意味が明確にならない場合、あるいは不合理な結果に至る場合には、補助的手段を認めている※2。
被告・国は、本件租税条約の最低保有期間の規定の解釈について、配当所得に関する国内法を踏まえたうえで濫用事例を想定して厳格に解釈した。しかしながら本判決は、その主張を退け、ウィーン条約にいう「文脈および趣旨・目的」を重視する解釈を採用した。
2. 事実の概要と争点
裁判所が認定した事実は、以下のとおりである。
X社(原告)は、ルクセンブルクに本店を置く外国法人である(日本国内に恒久的施設を持たない)。同社は、2014年4月29日に訴外A社とB社(ともに10月決算の日本の内国法人)の全株式を取得した。同年8月1日に、A社およびB社は非適格分割型分割により会社分割を行い、両社の事業の一部の権利義務をそれぞれ訴外C社およびD社に承継させた。これにより両社が取得した出資持分は、剰余金の配当として、100%親会社であるX社に分配された。
剰余金の配当に対する日本の所得税法の課税ルールによれば、この分配は「みなし配当」に該当し(所得税法25条1項2号)、配当所得(同法24条1項)として国内源泉所得となる(同法161条5号イ、現行法同条9号イ)。そしてこの国内源泉所得は、X社を納税義務者としてA社およびB社により源泉徴収がなされることになる(同法5条4項・212条1項)。以上のルールに従い、A社およびB社は、X社が支払いを受けるべき金額を課税標準として、税率20%の源泉徴収を行った(同法178条・179条1号)。
その後X社は、本件租税条約(1992年締結、正文は英文)に基づき、上記みなし配当所得に対する適用税率は5%であるとして、合計13億9,448万円余の還付を求めた。
X社の還付請求の根拠は、本件租税条約10条2項(a)(以下「本件規定(a)」)であり、それによれば、「当該配当の受益者が、利得の分配に係る事業年度の終了の日に先立つ6か月の期間を通じ(during the period of six months immediately before the end of the accounting period for which the distribution of profits takes place)、当該配当を支払う法人の議決権のある株式の少なくとも25%を所有する法人である場合には」、税率5%が適用される(下線は筆者による。)。これによりX社は、株式の最低保有期間の条件(以下「保有期間要件」)を充足すれば、税率5%の適用を受けることができる。
本件の争点は、X社のA社およびB社の株式保有の期間が上記「保有期間要件」を充足するかどうかである。
X社は、本件規定(a)の解釈として、この保有期間要件を充足すると主張するのに対して、課税当局は、同規定に関する次の①と②の解釈に基づき、X社の還付を認めなかった。そこでX社は、還付金返還請求を求めて本訴を提起した。
X社の主張に対し、本件規定(a)に関する被告・国の解釈は、以下のとおりである。
3. 争点に対する判断―請求認容
本判決は、X社の主張を認め、その還付請求額全額とそれに対する還付加算金の支払いを命じた。
まず、条約の規定の解釈について、ウィーン条約31条1項における条約解釈の一般原則(「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。」)を踏まえ、また、本件租税条約の目的を「二重課税の回避および脱税の防止」としたうえで、以下の判断を示した。
「[本件租税条約の保有期間要件の規定は]日本の法令における当該用語の意義(ウィーン条約31条1項にいう『文脈』)としては、『利得の分配に係る会計期間の終了の日』を意味するものであり、その趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味としては、『利得の分配(配当)が行われる会計期間の終期』を意味するものであるところ、前者と後者とは実質的に同義であるということができる。そうすると、本件文言の解釈については、正文に基づき検討した後者の表現に従い、『利得の分配(配当)が行われる会計期間の終期』と解するのが相当である。」
次に、被告・国の主張に対しては、以下の判断を示した。
「[被告・国の解釈は]ウィーン条約31条1項に基づく解釈、すなわち、『文脈』(日本の法令における当該用語の意義)とも、その趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味とも離れたものであって、採用することができない。とりわけ、本件文言は、『the accounting period』の前に、『the end of』という、時間的連続性のある概念に結合することを前提に当該概念の終了時点を意味する用語が置かれており、このことからしても、上記『the accounting period』は、時間的連続性のある概念として用いられていることが明らかである。また、被告の解釈にいう『配当受領者が特定される時点(日)』は、源泉地国における配当課税の軽減について保有期間要件を設ける場合の規定の在り方として採り得る選択肢の一つであるところ、これに相当する英文は『the date on which entitlement to the dividends is determined』であり・・・、本件文言(the end of the accounting period for which the distribution of profits takes place)とは異なる概念として認識されるものである。・・・以上によれば、本件各分割が行われた本件各子会社の事業年度は11月1日から翌年の10月31日までであるところ、本件各分割はいずれも平成26年8月1日に行われたから、本件各分割に係る事業年度の終了の日は、同年10月31日である・・・。そして、X社は、同日の6か月以上前である同年4月29日から同年10月31日まで本件各子会社の全株式を保有していた・・・から、本件規定(a)の定める本件保有期間要件を満たし、本件各みなし配当に係る限度税率につき5%の軽減税率の適用を受ける。」
4. 本判決の検討
4-1 租税条約における「保有期間要件」
本件租税条約前文では、その目的を「所得に対する租税及びある種の他の租税に関し※3、二重課税を回避し及び脱税を防止するため」としており、これは、他の租税条約の目的と同様である。しかしながら、配当所得への法的二重課税※4を軽減する措置は、株式保有期間の調整によって濫用されるリスクもあることから、配当を受ける法人の株式保有の最低期間を定める「保有期間要件」を置くのが一般的である(本件租税条約では、本件規定(a))。
この保有期間要件の趣旨について本判決は、2017年版OECDモデル租税条約10条2項(a)のコメンタリーを踏まえ、「濫用的な事例(例えば、保有率が25%未満の法人が、配当の少し前に、上記規定の特典を確保する目的から持分を増やすなど)の存在が指摘されていたところ、このような濫用的な事例についての対策が講じられることとなり、OECDの『税源浸食と利益移転(BEPS:Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクト』による報告書を踏まえた結果、・・・保有期間要件を設けることとした」とする※5。
この保有期間要件は、租税条約によって異なる。日豪租税条約のように保有期間要件を定めていないものがある一方で、たとえば日米租税条約では、「当該配当の受益者が、当該配当の支払を受ける者が特定される日に(on the date on which entitlement to the dividends is determined)、当該配当を支払う法人の議決権のある株式の10パーセント以上を直接又は間接に所有する法人である場合には」、税率5%が適用される(日米租税条約10条2項、下線は筆者による)。
みなし配当を含む配当所得に対する租税条約による税率軽減の条件について、本件租税条約の保有期間要件(「利得の分配に係る事業年度の終了の日に先立つ6か月の期間」※6)は、どのように解釈されるのであろうか。
4-2 租税条約の解釈
租税条約は、規定自体は簡潔であり、用語も―少なくとも国内法に比べて―逐一厳格に定義されないことが多い。しかしながら、ある規定について締約国間のみならず、各締約国内でも解釈の幅が広すぎれば、租税条約の本来の目的(二重課税の排除・脱税の防止)が達成されない。
条約の解釈の基本原則を定めるウィーン条約(1969年署名、1980年発効)では、「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする」とし(同条約31条1項、下線は筆者による。)、これが一般原則である。ここでいう「文脈」とは、日常用いられる一般的な意味にとどまらず、締約国間でされた当該条約の関係合意や、締約国間で当該条約の関係文書として認めたものの内容も含む(同条2項)。さらに、この一般原則では明確な意味が導き出せない、あるいは不合理な結果が生じるときには、「条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる」として、補足的手段も認めている(同条約32条)。
他方、OECDモデル租税条約では、「この条約に定義されていない用語は、・・・この条約の適用を受ける租税に関する当該一方の締約国の法令において当該用語がその適用の時点で有する意義を有するものとする」とされる(同モデル租税条約3条2項、下線は筆者による)。この規定の嚆矢は、1945年の英米租税条約にみられ、1963年同モデル租税条約草案にも取り入れられている※7。下線部分については、1995年に改訂されたもので、それ以前は「条約が締結された時点で国内法上有する意義を有する」であった※8。
ウィーン条約による解釈規則とOECDモデル租税条約のそれとの関係については、複数の考え方がある。「確認規定説」は、後者は前者を確認したものであるとし、「特別規定説」は、前者を一般法、後者を特別法として特別法の優先を主張する。さらに、同モデル租税条約3条2項は、課税権が制限される源泉地国が国内租税法を参照して租税条約で定義されていない用語を解釈することを認めたものであるとする「積極説」、ウィーン条約による文脈解釈と同モデル租税条約による国内法参照とは対立関係にあるものではなく、同モデル租税条約3条2項は、ウィーン条約にいう文脈として位置付けられるとする「補完説」も存在する。これらのうち、従来は「特別規定説」が多数説とされてきたが、昨今では「補完説」が有力になりつつある※9。
4-3 国の主張の背景と脆弱性
本件規定(a)の訳文の「利益の分配に係る事業年度の終了の日」を、被告・国が「配当の受領者が特定される時点」と解釈することについては、文理解釈上、かなり無理があるようにも思われる。ただし、そのような解釈は、本件規定(a)の保有期間要件の趣旨を「軽減税率の適用という特典を与えられる者を適切に特定する」とする考え方を背景にしている。
本件規定(a)に関する被告・国の解釈(上記①)で強調されるのは、軽減対象となる配当と緊密に関連付けられた期間に株式が保有されていることが重要であるということである。
しかしこれに対して本判決は、このような解釈が「ウィーン条約31条1項に基づく解釈、すなわち、『文脈』(日本の法令における当該用語の意義)とも、その趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味とも離れたものであって、採用することができない」とした。日米租税条約におけるように保有期間要件を「配当受領者が特定される時点」にかからしめることは「規定の在り方として採り得る選択肢」としつつ、本件租税条約における「事業年度の終了の日」と「配当の支払を受ける者が特定される日」は異なる概念であるとした。
また、日米租税条約との関連での被告・国の解釈(上記②)に対して本判決は、「[本件規定(a)について]読み替えをする旨の条約締結国の合意や交換公文等は存在しない」※10として、これを退けている。
確かに被告・国の主張のように、分割型分割で本件租税条約によって軽減税率の適用を受けるためには、分割型分割が行われた事業年度の終了まで株式を保有しなければならず、投資促進という本件租税条約の趣旨に沿わないことになる。しかし、軽減税率適用を受けるための待機的保有期間は1年に満たず、本判決が「[OECD]モデル租税条約2017年版の10条2項(a)において配当支払日を含む365日の期間を最低保有期間としていることと比較しても長いものとはいえず、国際投資を不当に阻害するものということはできない」としていることには、説得力がある。むしろ、本件規定(a)の合理的な文理解釈からかけ離れた解釈が行われるほうが問題であり、もし「配当の支払を受ける者が特定される日」を最低保有期間の起点とするのであれば、このような読み替えをする交換公文がないかぎり、本件租税条約の改定により行われるべきであろう。
本件は控訴中であり、その判断が待たれる。
(掲載日 2023年2月20日)