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文献番号 2023WLJCC026
関西大学会計専門職大学院 教授
中村 繁隆
1. はじめに
東京地裁令和5年3月23日判決(以下、「令和5年判決」という)は、法人税法施行令70条1号イに規定する実質基準によって、過大な役員給与の有無及び金額等が争点となった事案である。
本コラムでは、非居住者に対する役員給与に関して実質基準が適用されたという点で、令和5年判決と共通する東京地裁令和2年1月30日判決※2(以下、「令和2年判決」という)を参考に、実質基準の適用上の課題を紹介し、実質基準に関する判例動向上の令和5年判決の位置付けについて、考察を行うものである。
2.事実の概要
本件は、味噌等の製造、卸、販売等を目的とする内国法人である原告が、平成24年10月1日から平成25年9月30日までの事業年度(以下、「平成25年9月期」といい、原告の他の事業年度もその終期に応じて同様に表記する)、平成26年9月期、平成27年9月期、平成28年9月期及び平成28年12月期(以下、併せて「本件各事業年度」という)の法人税等について、原告の役員に支給した当該年度に係る給与の全額を損金の額に算入して確定申告をしたところ、東山税務署長が、上記役員給与の額には法人税法34条2項に規定する不相当に高額な部分があり、同給与の額全額を損金に算入することはできないなどとして、本件各事業年度に係る法人税等の各更正処分及びこれに伴う過少申告加算税の各賦課決定処分をしたことから、原告が、上記役員給与の額に不相当に高額な部分はないなどと主張して、上記各更正処分の一部取消し及び上記各賦課決定処分の全部取消しを求めた事案である。
なお、本事件の争点は3点であるが、紙幅の関係上、本コラムでは、第三の争点である「本件各役員給与における不相当に高額な部分の金額の有無及びその額」のみ取り上げる※3。なお、原告は役員給与の限度規定を株主(社員)総会等の決議により定めておらず、法人税法施行令70条1号ロに規定する形式基準は存在していないから、同号イに掲げる金額を超える部分の有無及びその金額が具体的争点となった。
3.双方の主張
被告は、①同業類似法人の抽出基準の合理性(原告の業種は卸売業であること、売上高倍半基準※4を用いたことの合理性等)、②本件各役員の職務の内容(役員Aは香港に居住して原告の業務全般に従事、役員Dは香港に居住してベトナム新規事業※5に係る準備行為等に従事、役員Eは兵庫県芦屋市に居住して主として経理業務に従事)、③原告の収益の状況等(売上高や売上総利益の減少が、原告の主たる営業活動の成果の縮小を顕著に表しているにもかかわらず、本件各役員に対する給与は、原告の収益や純資産の額の状況からすれば支給を継続することが困難というべき水準にまで増額され、原告の収益の状況の更なる圧迫要因になっていたこと等)、④加重計算等(採用する必要がないこと等)に関して主張した。
一方、原告は、①同業類似法人の抽出基準の不合理性(原告の主たる業種はファブレス事業※6であること、売上高倍半基準の不合理性等)、②本件各役員の職務内容(ベトナム新規事業の内容と役員Dの職務対価の合理性)、③原告の収益の状況等(法人税法施行令70条1号イにおける「収益の状況」を実績値とすることの問題の指摘等)、④加重計算等(採用されるべき算式の提示等)に関して主張した。
4. 東京地裁の判断(請求棄却)
東京地裁は、まず同業類似法人の抽出基準の合理性について、「原告の事業を卸売業と認定したことは合理的であり、この点に係る原告の主張には理由がない」と述べた上で、「本件各法人税更正処分が本件類似法人を抽出するに当たり用いた基準・・・は、原告の同業類似法人を抽出するものとして合理的である」として被告の主張を認めた。
次に、本件各役員の職務の内容について、東京地裁は役員「Dのベトナム赴任が具体化せず、ベトナム新規事業再開のめどが立っていない状況において月額2億5000万円もの給与の支給を決定し、それを見直しもしないまま4か月間にわたって続けるということは、企業の意思決定としておよそ合理的なものとはいい難い」と述べ、役員Dのベトナム新規事業に係る職務対価の合理性を否定した。
また、原告の収益の状況等について、東京地裁は「売上金額及び売上総利益は、平成24年9月期をピークに減少しており、特に平成26年9月期から平成28年9月期までの売上総利益は平成24年9月期の売上総利益の半分以下となっており、その減少は顕著である」と述べた上で、原告の主張はいずれも採用できない、とした。
以上を踏まえ、東京地裁は「原告の売上高等からすると本件各役員給与の高さ及び増加率は不自然であり、本件類似法人の役員給与の最高額と比較しても、その較差は合理的な範囲を超えるものとなっている。そして、このように不自然に高額な本件各役員給与によって、原告が本件各対象事業年度において納付した法人税の額は、本来よりも大きく圧迫されることとなっているのであるから、原告が本件各役員給与の全額を損金の額に算入したことにより、課税の公平性は著しく害されているというほかない。以上によれば、本件各役員給与に「不相当に高額な部分」があるといえる」と判示した。
また、東京地裁は「不相当に高額な部分」の金額に関して、役員A及び役員Eには加重平均法※7を採用し、役員Dには、本件類似法人の役員給与最高額の平均額の4か月分(適正給与額)を超える金額と判示した。
6. 終わりに
本コラムでは、令和5年判決を非居住者に対する役員給与の問題という視点から、令和2年判決を参考に考察を行ったものである。
品川教授が令和2年判決には「特殊性があるにもかかわらず、・・・従前の裁判例の延長戦の事案ととらえ、判決内容も従前の裁判例に準じた判断が下されている※21」と指摘していることを参考にすると、本コラムにおける考察のとおり、令和5年判決は実質基準に関する従前の裁判例の1つとして位置付けられるべきではなく、令和2年判決とともに従前の裁判例とは異なる特殊性をもつ裁判例であるとして、判例動向上は位置付けられるべきであると考える。
(掲載日 2023年12月18日)