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北海道大学法学研究科教授・情報法政策学研究センター長
田村 善之
最判平成10.2.24 民集52巻1号 113頁[ボールスプライン軸受事件]が均等論を打ち立てて以来、10年が経過した。公刊裁判例による限り、均等論を肯定する裁判例は事件数で10件を超える程度に止まっており、決して多いとはいえない(審級を異にするだけの同一事件に関する裁判例は一つと数えた場合)。そして、均等を否定する際にもっともよく用いられるのが、被疑侵害物件が特許発明のクレームと本質的部分を異にするものでないことという本質的部分の要件なのである。ある統計によれば、否定例中、7割以上が第一要件の未充足を理由とするものという。
企業法務や侵害訴訟に携わる実務家の方々の話を伺っていると、特に特許権者の側に立つ方々の間で、この本質的部分の要件のところで、均等論の成否は予測が困難となっているという不満を耳にすることが少なくない。本来、発明の本質的部分であるはずのところを裁判所がなかなか保護してくれない、というのである。しかし、筆者には、こうした不満は、本質的部分の要件の真実を見誤っているところに起因しているように思われる。
裁判例によると、本質的部分にかかる特徴は、明細書に解決すべき課題と解決手法として記載されているものに基づいて認定される。明細書に開示されていない技術的思想を本質的特徴であると主張することは許されない(東京地判平成11.1.28判時1664号109頁[徐放性ジクロフェナクナトリウム製剤Ⅱ])。特許法は、発明とその出願による公開と引き換えに特許権を付与する仕組みを採用している以上、出願により開示されていない技術的思想について保護を付与するわけにはいかないからである。
逆に、明細書に解決すべき課題や解決手法として記載されているものを本質的部分に該当しないと主張することも許されない。たとえば、明細書のなかで、解決すべき課題に関して、最下部の基羽根が1枚であることによって生じる課題を解決するために、「最下部に複数枚の基羽根を配設した」ことが本件発明の特徴であると記載されている場合には、最下部に基羽根1枚しかない構成の被告装置、被告方法は、本件発明とは本質的部分を異にする(東京地判平成18.4.26判時1947号88頁[乾燥装置])。この場合、実際に実験してみると、じつはそこの部分は発明の効果を上げるのに必要なところではなく、被告の装置によっても特許発明の実施例と同等の効果を挙げるとしても、それだからといって均等が肯定されることにはならない (知財高判平成19.3.27平成18(ネ)10052[乾燥装置2審])。
こうした考え方の下では、イ号に置換しても同等の作用効果を挙げうることを主張、立証することは置換可能性を示すためには有意義であるとしても、明細書に明示されてしまっている本質的特徴を否定するためには役立たないことになる。これらの裁判例に従うかぎり、均等論は、明細書の記載とは無関係に「真の発明」を保護する制度ではなく、明細書に開示された技術的思想をクレ―ムがカバーしきれていないときに救済する制度でしかないのである。今後、このような理解が浸透していくのであれば、明細書を超えて真の発明を保護してもらえるという過剰な期待が減少し、予測可能性も相応に担保されることになるように思われる。
Cf. 田村善之「均等論における本質的部分の要件の意義-均等論は「真の発明」を救済する制度か?-(1)~(2)」
知財法政策学研究21~22号掲載予定 (2008年12月、2009年3月刊行予定)
(掲載日 2008年9月29日)