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青山学院大学法務研究科(法科大学院)教授※1
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック※2
弁護士・ニューヨーク州弁護士 浜辺 陽一郎
平成23年の貿易収支が31年ぶりの赤字に転落した。モノ作りに強いといわれる日本だが、海外で稼いだ利益を国内に還元することができなくなりつつあり、このまま貿易赤字が定着するリスクも囁かれている。巷では東日本大震災や円高・ユーロ危機の影響などで不運を嘆く向きもあるようだが、もっと構造的な問題がある。今のような人材育成のあり方では、ますます日本は貧乏になっていくことが確実だ。
いくらモノ作りが強くても、ビジネスで負けてしまうのは、取引が上手に出来ないからだ。取引というのは、契約に他ならないのだが、企業では契約の問題に苦手な人が多い。特に海外企業を相手とした契約とか、様々な法的リスクが契約にまとわりついているという話になると、もうお手上げだという企業人があまりにも多い。というよりも、そのこと自体が、なかなか理解できないレベルだ。これに加えて、交渉下手だという。日本の交渉が下手であることは、TPPの議論でも問題とされているが、その対策までに議論が及ばない。これでは、欧米企業相手はもちろん、中国や韓国等との競争にも勝てるわけがない。
先般、北京大学の法学院の先生から、中国における法学教育の現状について話を聞いた。その方が曰く。「学生の多くは、法学院を卒業した後に、アメリカやイギリス、日本など、外国に留学するようになっており、中国の法学教育だけでは不十分だと思われている点で、失敗だと反省している」と。私は、こうコメントした。「いや、失敗どころか、それは大成功です。内向きの法律家ばかりの日本と比べて、大違いだ」と。
もう一つ別のデータ。先般、雑誌ALB(Asian Legal Business)2011年10月号に、アジアの法律事務所トップ50のランキングが掲載されていた。そのトップ50事務所に、日本の法律事務所が5つ入っているが、韓国は6つ。そして、中国は17もはいっており、しかも上位トップ10のうち9事務所が中国の事務所となっており躍進しているのだ。もう既に、日中韓の中で、法務や法律関連の交渉でも、日本は完全に劣位に立っている。
中国や韓国等の法曹養成事情を日本の現状と比較して議論するだけでも、何をもって「失敗」といい、「成功」というかは、立場によって異なるだろう。ただ、「内向き日本」が中国に屈服するXデーは、将来の話ではない。既に負けている現状を受け入れられずに理屈を拱いているだけのようだ。法的素養を備えた人材が少なく、しかもグローバリゼーションに対応できる人材が少ない日本は、量だけではなく、質の点でも立ち後れている。
ビジネスの世界の話だけではない。日本の国内は社会的な問題が山積している。だから、各種の利害を調整して、複雑な社会的問題を解決する人材があらゆる領域において必要なのである。それを実践できるのが法的な基礎的素養をもった人材なのだが、それを育てるための方策を縮小しようという話が席捲してしまうのは、不思議を通り越して、愚かであるとしか言いようがない。
数多くの問題に直面した現実に対応するためには、日本の法務の国際競争力をアップすることが絶対的に不可欠であるのに、どうしてその現実を直視しようとしないのか。このままで良いわけがない。拙著「弁護士が多いと何がいいのか」(東洋経済新報社)では、この問題を外交から、ビジネス、行政、一般の人々の生活に至るまで、詳しく論じた。一部の識者からはそれなりに理解してもらったようだが、「でも弁護士を増やすのは反対だ」などという人がいまだに多いので何も進まない。
現実の政治は逆方向の作業に向いているような様相で、法科大学院を縮小させるための方策を必死に探っている。そこには戦略も何もない。ただ既得権益の保護のための古い体制温存の発想しかない。法科大学院を縮小させて、かつ「弁護士像」(注) もほとんど変わらないまま、法曹養成縮小で法務の国際的競争力の弱体化を容認・傍観する格好だ。高い理想を掲げた法科大学院を中心に受験戦争で苦戦し、だんだんと悪貨が良貨を駆逐するかの如く受験予備校化が進んだわけだが、これは数を減らせば良くなるものではない。
一方、若者の認識不足も問題だ。これは大人たちが、きちんと教えないからだが、弁護士を単なる「資格」だと思っている若者が多い。資格商法で取った資格では役に立たないのと同じで、資格があるだけでは、社会では使い物にならない。ところが、司法試験で資格を取ることが困難になりすぎて、法科大学院では資格ばかりを無闇に追求する形となっている。法廷弁護士に必要とされる科目中心に偏った司法試験と、その対策に負われる。そのため、法科大学院を卒業しても、どういう仕事があって、どのように社会に貢献したら良いのかを学習する機会を奪われている。それでは、資格を取っても、良い仕事が見つからない、できないのは当たり前だ。
本来ならば、法科大学院で、どういう仕事があるかを学んで、そのモチベーションで司法試験を突破して、プロとして育っていくはずなのだが、目先の試験合格のための勉強しかできないような環境を改められない。昔の殿様商売のイメージしかない若者が、意外と多いのは残念だ。それでは、試験に合格しても、資格商法で「学位」をもらった人と、仕事に対する認識には大差がないことになってしまう。
法科大学院で仕事のやり方を中心に学べば、たとえ資格が取れなくても、キャリアアップに役立つ能力を身につけることができる、と言いたいところだが、そういう授業は敬遠される。もっぱら基礎科目、あるいは司法試験のための授業が優先。あとは時間を捻出するための「楽勝科目」で手を抜くというのが、多くの学生の考えることのようだ。こうした法科大学院をはじめとする専門職大学院の体たらくを知った学部学生の多くは、進学をあきらめ、目先の利益から、とりあえず就職できるところに就職する。そして、企業の側も、結局のところ、そうした若手を優先して採用する流れとなっている。
どこもかしこも、日本の人々は高い能力を身につけることを諦めて、何となく楽に生きようとしているのだろうか。誰かに助けてもらおうというムードが、全体に漂っている。他人をあてにしすぎて、自分がどう貢献するのかという考えが弱すぎる。これだけ大変な状況になっても、日本人には鈍感な人たちが多いのか。大震災で「絆」とかいろいろと言われたが、情緒的に流れて、確たるものが続かない感じである。
将来のことを深く考えず、日本の現実はそれほど悪くはないと考えている人たちも多い。特に、現在、既得権益の上にいる人たちは、「問題はない」「問題があっても、まだたいしたことはない。まだまだ大丈夫だ」という。だから、TPPも不要だし、日本の経営者は優秀だからガバナンス改革も不要だし、会社法も民法も現状のままでいいし、弁護士も今のままでいい(=法科大学院による改革は余計だ)・・・という過去や現状肯定のオンパレードとなるのである。「学生が内向きなのは、今の日本が成功している証拠だ」「日本が一番」「TPPから日本を守れ」などというのが、典型的な既得権益護持派の見方である。しかし、その現状肯定が、すべての敗北への道につながる。
今からならば、まだ日本の基礎的な力は残っているから、挽回のチャンスはある。とにかく当面は法科大学院を立て直し、法務の人材供給を力強く推進する環境を作るべく、これからも尽力していきたい。最後まで諦めることなく、とにかく、それぞれの立場で行動する必要がある。
(掲載日 2012年2月13日)
( 注 ) 弁護士増員に向けた、下記サイトで議論した弁護士増の再構築も進まず、司法制度改革審議会が打ち出した大きな構想も大きく揺らいでしまっているのは周知の通りだ。
https://www.westlawjapan.com/column/2008/080512/