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判例コラム

 

第293号 固定残業代制度の労基法37条違反該当性 

~固定残業代制度を適法とした控訴審判決を覆した最高裁判決の意義~
~~Y社(固定残業代)事件(最判令5.3.10)※1~~

文献番号 2023WLJCC015
明治大学 教授
野川 忍

1.はじめに


 本件は、いわゆる固定残業代制度を採用する会社において就業していた労働者からの、同制度の下では労基法37条所定の時間外労働等の割増賃金が支払われたことにはならないとの理由を根拠とする、未払い賃金の請求を認めなかった高裁判決が覆され、高裁に差し戻された事件である。周知のように、労基法37条に定める算定方法と異なる方法により、同条所定の割増賃金を算出すること自体はただちに違法とはされないものの、時間外労働等を抑制し、併せて労働者への補償を行うという同条の趣旨に反してはならず、また具体的には、当該固定残業代において通常の労働に対する賃金と割増賃金の部分とが判別でき、そこでの割増賃金分が、同条に即して算定された額を下回っていないことが必要とされる、との最高裁の考え方が定着している(高知県観光事件・最二小判平6.6.13労判653号12頁・WestlawJapan文献番号1994WLJPCA06130001、テックジャパン事件・最一小判平24.3.8労判1060号5頁・WestlawJapan文献番号2012WLJPCA03089001、日本ケミカル事件・最一小判平30.7.19労判1186号5頁・WestlawJapan文献番号2018WLJPCA07199002、国際自動車事件第二次上告審・最一小判令2.3.30民集74巻3号549頁・WestlawJapan文献番号2020WLJPCA03309001)。
 最高裁は本件判決において、これまでの考え方をいっそうブラッシュアップし、労基法37条の割増賃金制度の趣旨をさらに明確化するとともに、実務に対しては、定額残業代制度の適正な構築と運用を強く促しているといえる。特に草野裁判官の補足意見は、基本給を抑制して定額残業代を増額することが、その実質においては通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が、名目上は時間外労働に対する対価として支払われる金額に含まれているという脱法的事態であるような場合は、時間外労働の割増賃金が支払われたとは認められないと強調されており、まさにそうした仕組みが蔓延しつつある現状に対する司法からの歯止めを意味すると言えよう。

2.事件の概要


 上告人Xは、一般貨物自動車運送事業等を営む被上告人Yに平成24年に雇用され、平成29年12月に退職した。Yにおいては、上記雇用契約締結当時、就業規則の定めにかかわらず、日々の業務内容等に応じて月ごとの賃金総額を決定したうえで、その賃金総額から基本給と基本歩合給を差し引いた額を時間外手当とするとの賃金体系(以下「旧給与体系」という。)が採用されていたが、平成27年5月、熊本労働基準監督署から適正な労働時間の管理を行うよう指導を受けたことを契機として、就業規則を変更した(以下、この変更後の就業規則を「平成27年就業規則」という。)。平成27年就業規則等に基づく新たな賃金体系(以下「新給与体系」という。)の主な内容は、次のとおりである。

 このような制度改正の結果、新給与体系においては、賃金総額は業務内容などによってあらかじめ決められる点は旧給与体系と変わらず、通常の賃金が時間当たり1300~1400円から840円になり、残りが賃金総額から基本給等を引いて算出される本件割増賃金となり、それは本件時間外手当と、本件割増賃金から本件時間外手当を引いて算出される上記調整手当から構成されていた。したがって、時間外労働等の多寡によって賃金総額が変わることはなかった。
 新給与体系の下において、Xを含むYの労働者の総労働時間やこれらの者に現に支払われた賃金総額は、旧給与体系の下におけるものとほとんど変わらなかったが、旧給与体系に比して基本給が増額された一方で基本歩合給が大幅に減額され、上記のとおり新たに調整手当が導入されることとなった。Yは、新給与体系の導入に当たり、Xを含む労働者に対し、基本給の増額や調整手当の導入等につき一応の説明をしたところ、特に異論は出なかった。
 Yにおいては、平成27年12月からデジタルタコグラフを用いた労働時間の管理がされるようになったところ、同月から同29年12月までの期間におけるXの時間外労働等の状況は第一審判決別紙7のとおりであり、上記期間のうちXの勤務日がほとんどなかった期間を除く19か月間を通じ、1か月当たりの時間外労働等の時間は平均80時間弱であった。

3.原審までの判断


 第一審(熊本地判令3.7.13WestlawJapan文献番号2021WLJPCA07136009)は、調整手当は割増賃金とは認められないとして、時間外労働等割増賃金の未払い額として総計約276万円の支払いを命じたが、原審(福岡高判令4.1.21WestlawJapan文献番号2022WLJPCA01216008)は、概ね以下のように述べてXの請求をすべて棄却した。
 「本件割増賃金のうち調整手当については、時間外労働等の時間数に応じて支給されていたものではないこと等から、その支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたということはできない。他方、本件時間外手当については、平成27年就業規則の定めに基づき基本給とは別途支給され、金額の計算自体は可能である以上、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分とを判別することができる上、新給与体系の導入に当たり、Yから労働者に対し、本件時間外手当や本件割増賃金についての一応の説明があったと考えられること等も考慮すると、時間外労働等の対価として支払われるものと認められるから、その支払により同条の割増賃金が支払われたということができる。」

4.判旨の概要


 原審の判断を覆し、本件を差し戻した。
 「(1) 労働基準法37条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、上記方法以外の方法により算定された手当を時間外労働等に対する対価として支払うことにより、同条の割増賃金を支払うことができる。そして、使用者が労働者に対して同条の割増賃金を支払ったものといえるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。
 雇用契約において、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当等に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの諸般の事情を考慮して判断すべきである。その判断に際しては、労働基準法37条が時間外労働等を抑制するとともに労働者への補償を実現しようとする趣旨による規定であることを踏まえた上で、当該手当の名称や算定方法だけでなく、当該雇用契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである」(上記日本ケミカル事件最判及び国際自動車事件最判を引用)。
 「(2)ア 前記事実関係等によれば、新給与体系の下においては、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される本件割増賃金の総額のうち、基本給等を通常の労働時間の賃金として労働基準法37条等に定められた方法により算定された額が本件時間外手当の額となり、その余の額が調整手当の額となるから、本件時間外手当と調整手当とは、前者の額が定まることにより当然に後者の額が定まるという関係にあり、両者が区別されていることについては、本件割増賃金の内訳として計算上区別された数額に、それぞれ名称が付されているという以上の意味を見いだすことができない。
 そうすると、本件時間外手当の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたものといえるか否かを検討するに当たっては、本件時間外手当と調整手当から成る本件割増賃金が、全体として時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かを問題とすべきこととなる。
 イ(ア) 前記事実関係等によれば、Yは、労働基準監督署から適正な労働時間の管理を行うよう指導を受けたことを契機として新給与体系を導入するに当たり、賃金総額の算定については従前の取扱いを継続する一方で、旧給与体系の下において自身が通常の労働時間の賃金と位置付けていた基本歩合給の相当部分を新たに調整手当として支給するものとしたということができる。そうすると、旧給与体系の下においては、基本給及び基本歩合給のみが通常の労働時間の賃金であったとしても、Xに係る通常の労働時間の賃金の額は、新給与体系の下における基本給等及び調整手当の合計に相当する額と大きく変わらない水準、具体的には1時間当たり平均1300~1400円程度であったことがうかがわれる…。一方、上記のような調整手当の導入の結果、新給与体系の下においては、基本給等のみが通常の労働時間の賃金であり本件割増賃金は時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、Xに係る通常の労働時間の賃金の額は、前記2(3)の19か月間を通じ、1時間当たり平均約840円となり、旧給与体系の下における水準から大きく減少することとなる。
 また、Xについては、上記19か月間を通じ、1か月当たりの時間外労働等は平均80時間弱であるところ、これを前提として算定される本件時間外手当をも上回る水準の調整手当が支払われていることからすれば、本件割増賃金が時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、実際の勤務状況に照らして想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金が支払われる賃金体系が導入されたこととなる。
 しかるところ、新給与体系の導入に当たり、YからXを含む労働者に対しては、基本給の増額や調整手当の導入等に関する一応の説明がされたにとどまり、基本歩合給の相当部分を調整手当として支給するものとされたことに伴い上記のような変化が生ずることについて、十分な説明がされたともうかがわれない。
 (イ) 以上によれば、新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべきである。そうすると、本件割増賃金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われているものを含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。
 ウ そして、前記事実関係等を総合しても、本件割増賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかが明確になっているといった事情もうかがわれない以上、本件割増賃金につき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなるから、YのXに対する本件割増賃金の支払により、同条の割増賃金が支払われたものということはできない。」
 草野耕一裁判官の補足意見の概要
 「(本件のように)使用者が、固定残業代制度を導入する機会などに、通常の労働時間に対する賃金の水準をある程度抑制しようとすることも、経済合理的な行動として理解し得るところであり、このこと自体をもって、労働基準法37条の趣旨を潜脱するものであると評価することは相当でない。」
 「(しかしながら)固定残業代制度の下で、その実質においては通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が、名目上は時間外労働に対する対価として支払われる金額に含まれているという脱法的事態が現出するに至っては、当該固定残業代制度の下で支払われる固定残業代(本件に即していえば、本件割増賃金がこれに該当する。)の支払をもって法定割増賃金の支払として認めるべきではない。なぜならば、仮にそれが認められるとすれば、
 (1) 使用者は、通常の労働時間の賃金とこれに基づいて計算される法定割増賃金を大きく引き下げることによって、賃金総額を引き上げることなしに、想定残業時間を極めて長いものとすることが可能となり、
 (2) (周知のとおり労働市場は常に競争的であるとはいえない以上)使用者は、上記のようにして作り出された固定残業代制度の存在を奇貨として、適宜に、それまでの平均的な時間外労働時間を大幅に上回るレベルの時間外労働を、追加の対価を支払うことなく行わせる事態を現出させ得ることとなるが、
 (3) そのような事態が現実に発生してからでなくては労働者が司法的救済を得られないとすれば、労働基準法37条の趣旨の効率的な達成は期待し難いからである(なお、労働者が使用者の個別の了解を得ることなく時間外労働を延長し得る労働環境であることと、使用者が雇用契約に抵触することなく時間外労働を延長させ得る労働環境であることは排反的関係に立つものではない。)。」

5.本件判決の意義


① 序
 「はじめに」で紹介したように、近年、定額残業代による時間外労働等の割増賃金の支給が広がっているが、特にタクシーなど旅客運送を事業とする企業では、揚高などいわば乗客を乗せて走ったその成果に該当するような金額を基準として賃金総額を決定したうえで、時間外労働の割増賃金を賃金総額から控除して基本給・歩合給等を構成し、割増賃金そのものは別途支給するという手法が注目されるようになり、このような手法が労基法37条に抵触しないかが問題となった。最高裁は国際自動車事件第二次上告審(最一小判令2.3.30)において、深夜労働、残業及び休日労働の各時間数に応じて支払われる「割増金」を、揚高を中心に構成される金額から控除して賃金の中核となる「歩合給」として支給してから、別途「割増金」を支給していた事案につき、このような形で割増賃金を支給することは、「[当該割増賃金には]通常の労働時間の賃金…として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできない」として、上記割増金の支払いにより、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできないとの判断を示した。
 本件は、こうした最高裁の判断にさらに一つのモデルを加えたものであり、旅客運送自動車業の労働時間管理のあり方に重要な制約を課する内容となっている。
② 通常の労働時間の賃金と割増賃金との判別可能性の必要性
 本件判旨が原審と結論を異にした最も中心的な論点は、通常の労働時間の賃金と割増賃金との判別可能性である。これが認められることが、割増賃金の定額払いや他の賃金との一括払いなどにおいて、労基法37条の割増賃金が支払われたことを確認する第一のポイントとなるからであり、最高裁は、高知県観光事件(最二小判平6.6.13)以来、一貫してこの判断の重要性を示してきた。近年では、精勤手当として基本給46万円余とは別に10万円余を支給していた薬剤師の場合に、同手当が時間外労働の割増賃金として支給される旨が雇用契約書などにより繰り返し説明されていたことから、判別可能性を認めた日本ケミカル事件(最一小判平30.7.19)、年俸1700万円の医師につき使用者である病院側で定めた時間外労働が行われた場合には別途時間外手当を支払うとの制度を、労働時間か否かは客観的に定めるものであって労働契約や就業規則等によっては決めることができないこと等を理由として、判別可能性を否定した医療法人社団康心会事件(最二小判平29.7.7労判1168号49頁・WestlawJapan文献番号2017WLJPCA07079001)などにおいて繰り返しその趣旨が明示されているが、その後新たな問題として争われるようになったのが、時間外労働等の割増賃金を控除して基本給を構成し、そのうえで改めて割増賃金を支給するような措置においても、労基法37条の割増賃金が支払われたと言えるかという点や、定額残業代制度において極めて高い額を残業代として算定する措置の適法性など、コストカットのために企業が考案するさまざまな割増賃金抑制の仕組みの意義であった。このうち後者については、最高裁は、テックジャパン事件(最一小判平24.3.8)において、長時間労働抑制のための指標となる月80時間を超えるような残業時間を想定した額を定額残業代として構成する仕組みが違法であることを示したが、前者については、国際自動車事件(最三小判平29.2.28労判1152号5頁・WestlawJapan文献番号2017WLJPCA02289001)において、「労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に、当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの、当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し、無効であると解することはできない」として、問題はやはり「通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か」であることを強調し、これを判断しなかった原審に事件を差し戻したため、基本給やそれに該当する歩合給等から割増賃金を差し引いて通常の労働時間の賃金とするような仕組みが、判別可能性を有すると言えるか否かにつき、最高裁があらためてどのような判断を示すかが注目されていた。これに対し、上記国際自動車事件の第二次差戻審の上告審(最一小判令2.3.30)において最高裁が、「本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金…として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできない」としたため、この問題についての一定の方向性が確立された。本件判旨は、この考え方を、賃金総額としてあらかじめ決定された額から固定残業代としての割増賃金を差し引くような仕組みについても援用した点に最大の意義があるといえる。要するに、賃金の中核となる部分(基本給、歩合給等)からいったん割増賃金を控除したうえで、あらためて別途割増賃金を支給する仕組みについては、割増賃金を控除する対象となる基本給等が割増賃金に置き換えられているとみなされるような場合には、判別可能性が否定されるという見解が、最高裁によって汎用性をもって採用されたと言える。
③ 本件における特徴
 本件は、上記国際自動車事件と異なり、通常の労働時間の賃金から割増賃金を引くのではなく、業務内容の全体を勘案して決定される賃金総額を、基本給等と、時間外労働の割増賃金と調整額とによって構成されるものとしている点が注目されるが、賃金総額から割増賃金と調整額が控除されることによって、時間外労働の多寡によって賃金総額が変わらないようにしている点では国際自動車事件と基本的な相違はない。そして、判旨も指摘しているように割増賃金と調整金は名称が異なるだけで、その総額が労基法37条の割増賃金に該当するかを検討することとなる。そこで、上記国際自動車事件第二次差戻審上告審判決(最一小判令2.3.30)が指摘しているように、割増賃金が多くなれば支給される賃金のうちの基本給(ないし歩合給)部分がそれだけ圧縮され、場合によっては賃金のほとんどが割増賃金になる事態も想定されることを踏まえると、通常の賃金が、旧制度での時間当たり1300~1400円から時間当たり840円に圧縮されている本件でも、同じ事態が想定されることとなり、結局、割増賃金として支給される額には通常の労働時間の賃金の相当部分が含まれていると判断せざるを得ない点も同様となる。こうして最高裁は、個々の仕組みの内容が若干異なっていたとしても、支払われるべき割増賃金の中に基本給など通常の割増賃金を組み込んでしまうような内実を有する場合は、そもそも割増賃金と通常の労働時間の賃金との判別可能性は認められないという一般的な判断基準を示したこととなる。
④ 草野補足意見の意義
 草野裁判官の補足意見は、タクシー企業等が、時間外労働をできるだけ避けて効率よく業務を遂行することが可能な事業の性格を踏まえ、コストカットの一環として固定残業代により割増賃金を抑制することは合理的であるとしつつ、本件のように、固定残業代がその実質においては通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が、名目上は時間外労働に対する対価として支払われる金額に含まれているという脱法的事態を招いているような場合はやはり労基法37条の割増賃金が支払われたものとは認められない、として、タクシー事業における使用者側の工夫にも合理的な面があることを認め、その具体的手法によっては、賃金総額から割増賃金を差し引くような仕組みでも常に違法となるとは言えない余地を示したと言える。実際、タクシー業界では、8時間で多くの乗客を乗せて長い距離を効率よく乗務した乗務員より、非効率なために労働時間が長くなってしまっていることが明らかな乗務員の給与が高額になるような事態は不公平であって、むしろ時間外労働をできるだけ生じさせない業務の遂行に努力させようとする傾向があり、それ自体は確かに事業経営の指針として不当とは言えない。草野裁判官の補足意見は、労基法37条の規律を前提としたうえで、どのように事業の特質にかなう対応が可能かを検討することを使用者側に促す意図も含まれていると言えよう。

6.展望


 今後も、タクシーなどの乗客運送を業態とする事業では本件類似の仕組みが模索されるであろうし、他方では労基法37条の割増賃金が支払われたと言えるために示した最高裁の判断基準は基本的に変わらないであろうことを踏まえると、むしろ行政や事業主団体が、コンプライアンスを厳守したうえで、労基法37条の割増賃金の支払い方にどのように効果的な手法がありうるかを示す方向も考えられてしかるべきであろう。


(掲載日 2023年7月10日)



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