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文献番号 2023WLJCC018
広島大学法科大学院 教授
新井 誠
Ⅰ 事実の概要
1.健康増進法の規定
平成30年法律第78号による改正後の健康増進法(以下、法という。)29条1項2号は、(同28条4号で定義される)特定施設である「第一種施設」、「第二種施設」及び「喫煙目的施設」のうち、飲食店が含まれる第二種施設では、喫煙専用室及び喫煙関連研究場所以外の屋内の場所で喫煙をしてはならないこととしている(なお、法33条1項は、「第二種施設等・・・の管理権原者は、当該第二種施設等の屋内又は内部の場所の一部の場所であって、構造及び設備がその室外の場所(特定施設等の屋内又は内部の場所に限る。)へのたばこの煙の流出を防止するための基準として厚生労働省令で定める技術的基準に適合した室・・・の場所を専ら喫煙をすることができる場所として定めることができる。」との規定を置くことから、喫煙をしながらの飲食は許されないこととなる。もっとも、附則により「加熱式たばこ」の場合は、当面、室内での飲食と喫煙が可能となる。)。
また法30条1項は、「特定施設等の管理権原者等・・・は、当該特定施設等の喫煙禁止場所に専ら喫煙の用に供させるための器具及び設備を喫煙の用に供することができる状態で設置してはならない。」と、同2項は、「特定施設の管理権原者等は、当該特定施設の喫煙禁止場所において、喫煙をし、又は喫煙をしようとする者に対し、喫煙の中止又は当該喫煙禁止場所からの退出を求めるよう努めなければならない。」との規定を置く。
2.当事者の主張
紙巻きたばこのみの愛用者である本件原告は、法29条1項2号及び30条の規定(以下、本件規定という。)が、喫煙者の「喫煙を楽しみながら飲食を行う自由」を一律に制限しており、憲法13条及び14条1項に違反すると主張した。そして、本件規定にかかる立法行為により精神的苦痛を被ったとして、国に対して国家賠償法1条1項に基づく慰謝料等の支払いを求めた。
Ⅱ 判決の要旨※2
請求棄却。
1.本件規定の憲法13条適合性
「平成30年法律第78号は、受動喫煙が他人に与える健康影響が大きいことに鑑み、健康増進法の改正を通じ、望まない受動喫煙の防止を図ることによって・・・同法の目的である国民の健康の増進と国民保険の向上を図ることをその趣旨とする」。
「平成30年法律第78号による改正によって追加された本件規定は・・・飲食店が含まれることになる第二種施設について、喫煙専用室及び喫煙関連研究場所を除いて喫煙を禁ずるものであり・・・喫煙に対して一定の場所的制限を課している。もっとも、受動喫煙が他人に大きな健康影響を与え得ることが科学的知見として明確となっていることからすれば・・・望まない受動喫煙の防止という目的に必要とされる限度において、喫煙に対して合理的制限を加えることもやむを得ない」。「上記制限が必要かつ合理的なものであるかどうかは、制限の必要性の程度と制限される行為の内容、これに加えられる具体的な制限の態様との較量の上で決するのが相当である」。
「本件立法行為当時、喫煙に用いられていたのは専ら紙巻きたばこであるところ、紙巻きたばこの喫煙によって生ずるたばこ煙への暴露は、種々の健康影響をもたらすものであり、能動喫煙はもちろんのこと、受動喫煙についても、肺がんや脳卒中といった重篤な疾患との因果関係を推定するのに十分な科学的根拠があるとされている」。「さらに、受動喫煙があったと回答する非喫煙者の割合が相応に高いこと・・・をも併せ考えれば、望まない受動喫煙を防止するために喫煙に対して一定の場所的制限を課す必要性は高いというべきであって、FCTC及びそのガイドラインが、職場や公共の場所などの屋内空間(飲食店も含まれることになる。)から喫煙とたばこ煙を完全に排除することを求めていることや、既に多くの国において各種施設の全面禁煙が法定されていること・・・も、これを裏付けるものということができる」。
「他方で、たばこは、生活必需品とまではいい難く、ある程度普及率の高い嗜好品にすぎないものである。喫煙行為の制限が喫煙者に一定の精神的苦痛を与えることはあり得るとしても、人体に直接障害を与えるものではないのであるから、喫煙の自由ないし原告の主張する『喫煙を楽しみながら飲食を行う自由』は、憲法13条による保障の対象となるとしても、あらゆる場所において保障されなければならないものではないというべきである(昭和45年判決参照)」。
「本件規定において制限される行為、具体的な制限の態様をみると、平成30年法律第78号は、受動喫煙の防止を目的として、多数の者が利用する施設(特定施設)のみを対象に喫煙に対して場所的制限を加えたものであり、自宅や旅館、ホテルの客室等、個人の私的な空間は規制の対象から除外し(40条)、また、第二種施設については、受動喫煙の被害が小さいことが想定される屋外空間についても規制の対象外としている。このように、本件規定は、受動喫煙防止の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲に対象を限定した上で規制が行われているものであり、喫煙あるいは喫煙と飲食を同時に行うこと自体を広範に制限する規定ではない。また、第二種施設においては、加熱式たばこについては指定たばこ専用喫煙室において、紙巻きたばこについても所定の要件を満たす既存の飲食店等において、本件規定施行以前と同様の態様で喫煙と飲食を行うことが可能となるよう立法措置が講じられるなど・・・一定の配慮もされている」。
「制限の必要性の程度と制限される行為の内容、これに加えられる具体的な制限の態様を総合考慮すれば、本件規定による喫煙の場所的制限は、必要かつ合理的なものであると解するのが相当である。したがって、本件規定は、憲法13条に違反するものではない」。
2.本件規定の憲法14条1項適合性
「本件規定は、喫煙者と非喫煙者の別なく、第二種施設における喫煙を一定の場所を除いて禁止するものであって、適用の面においても内容の面においても、喫煙者と非喫煙者とを均等に取り扱っており、両者を何ら法的に差別していない」。「仮に、原告主張の点が差別的取扱いに当たると解する余地があるとしても、『喫煙を楽しみながら飲食を行うこと』に対する制約が、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものである」。
したがって、「本件規定は、憲法14条1項に違反するものではない」。
3.その他の論点と結論
「以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却する」。
Ⅲ 検 討
1.本件の憲法上の主張
本件では、憲法13条と憲法14条1項との憲法適合性が原告から主張されている。このうち、憲法14条1項に違反するのかどうかについて原告は、 主観的に好む方法での飲食の楽しみ方の差異をメルクマールとする非喫煙者と喫煙者との取扱いの差異の不合理性を主張する。
まず、これに対して本判決は、非喫煙者と喫煙者とも一律に一定の場所での喫煙禁止を求めていることから法的差異がないとした。もっとも、「ルールの設定の仕方が同一であるならば法的差異がない」といった本判決の論理が正当化できるのかどうかは、事象によって慎重な検証が求められる。たとえば、近年議論となる同性婚論議などと絡めてみたい。この論理であると、異性愛者と同性愛者がいるなかで婚姻は異性婚のみ認めるという法の制度・運用は、「異性愛者と同性愛者とも一律に同性婚を認めていないことから法的な差異がない。」といったことになっていく。しかし、このことを平等原則から考えるならば、かような論理を展開するだけでは説得力に欠けることはいうまでもない。ここでは対象となる自由の成熟度によってこの論理が通用するのかどうかということになるのかもしれないが、常にこれを用いることができるのかどうかには、やや懸念がある。
他方で、本判決は、仮に原告の比較対象の設定を首肯したとしても、その場合には「喫煙を楽しみながら飲食を行うこと」に対する制約の合理性の議論に吸収して合憲の結論を出す論理を採用している。平等原則と実体的な基本権が競合する場合をめぐっては、「①差別禁止が自由権に当然に含意されており、自由権のみの審査が行われる場合、②自由に対する侵害であることは、平等権の審査に吸収され、平等権のみの審査が行われる場合、③実体的権利と平等権が異なる観点から、並列的に審査される場合、④実体的権利が存在しないところで平等権が適用される場合※3」などに区分される。このうち本判決は、原告側も実体的権利の制約を主張しているからか、①のような処理となっていると考えられる。そうなると当該事例のような場合では当事者は、本来、③のように実体的権利が首肯されたとしてもなお、平等に関する審査が固有に必要になることを強調するか、あるいは、④のように実体的権利が認められないとしてもなお、平等に関する審査が必要になることを強調することが考えられる。そこで本判決において、本事例が、③、④の場面に該当するのかどうかといった点が検討されるとよい。
いずれにしても、結局のところ本件では、「喫煙を楽しみながら飲食を行う自由」の実体的権利にかかる論点が中心的な憲法上の主張になると考えられることから、本件制約の問題が、特に憲法13条との関係でどのように議論できるのかという点を以下では検討したい。
2.憲法13条と「喫煙の自由」または「喫煙を楽しみながら飲食を行う自由」との関係
本件の検討にあたっては、「喫煙を楽しみながら飲食を行う自由」が憲法上の権利として保護の対象になるかどうかを考える必要がある。この点、「喫煙の自由」といった文言が憲法上明示されているわけではないものの、一般的にかような自由が、憲法13条の保障対象になるかどうかが議論されることとなる。
(1)最高裁判決における「喫煙の自由」の憲法上の位置づけをめぐる理解の方法
この点、「喫煙の自由」をめぐっては、刑事収容施設における喫煙禁止が問題となった最高裁昭和45年大法廷判決※4(以下、昭和45年判決という。)がある。同判決は、同施設内における喫煙禁止は憲法13条に違反しないという結論に至るが、その理由のなかで「喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。」との説示をしている。この説示は、「としても」の意味をどのように理解すべきかによって意味が変わる可能性がある。この意味を、①仮定を示すことを強調するのであれば、憲法13条の保護領域に入るかどうかが不明のままとなる。他方で、②含まれることが所与であることを強調するのであれば、憲法13条の保護領域に入ることになる。
昭和45年判決の調査官解説では、「本判決によって、最高裁は、喫煙の自由そのものが憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるか否かについては、明確な結論を避けるという慎重な態度をとりつつ、仮定的にこれを肯定したとしても、在監者の禁煙に関する限りは・・・やむをえない制限であると考えていることが明らかにされた※5」とする。これは、①に近い立場となる。他方、ストーカー行為等の規制等に関する法律の合憲性をめぐる平成15年最高裁判決※6の調査官解説では、「これまでの判例を見ると、明文で定められていない人権について・・・喫煙の自由(最大判昭45・9・16民集24巻10号1410頁)・・・等を憲法上の権利として認めていると解される※7」としており、②に近い立場となる。
(2)本判決における「喫煙の自由」の憲法上の位置づけと審査手法
本判決も「喫煙の自由ないし原告の主張する『喫煙を楽しみながら飲食を行う自由』は、憲法13条による保障の対象となるとしても、あらゆる場所において保障されなければならないものではないというべきである(昭和45年判決参照)」とするように、昭和45年判決とほぼ同じ説示を用いている。そこで、先の昭和45年判決の調査官解説を前提に本判決のロジックを推察すれば、「喫煙を楽しみながら飲食を行う自由」が、憲法13条の保護領域に入るのかどうかをめぐっても、当該自由の「保護範囲該当性に関する検討を棚上げしたまま憲法13条適合性を審査している※8」という評価がされることもやむを得ない。
ところで、憲法13条による保障範囲をめぐる人格的利益説と一般的自由説との二項対立的な理解からすると、「喫煙の自由」ないし「喫煙を楽しみながら飲食を行う自由」が人格的利益に資するか否かという点がひとつのポイントになるのかもしれない※9。しかし、近時の有力説では、それとは異なる理解の仕方が見られるようになってきている。具体的には、「包括的自由の保護領域については、一般的自由説と人格的利益説の対立から離れ、別の視点から考えたほうがよい。すなわち、包括的自由権の保護領域を自己決定権という主観的権利の射程として考えるのではなく、憲法の客観法的側面に着目し、違憲の強制を受けないことの保障※10」(下線、ゴチックともにママ)と捉える学説である。かような議論の効用は、行為の性質如何の確定作業に注力するよりも、恣意的な国家活動を抑制することに焦点を置きやすい点にある。こうしたことを端的に示す別の学説として、「『喫煙の自由』のような一般的行為の自由は固有の保護領域をもたず、あらゆる行為自由を保護の射程におさめている。ここで自由の内実を問うても意味がないから問われない。焦点は自由そのものよりも、むしろ自由を制限する国家行為の方にある※11」とする説示がある。
なお、この同学説では続けて、(昭和45年判決の)「最高裁は『喫煙の自由』の保護領域を問うことなく、単に仮定だけして議論を正当化の段階に進めている。問題先送りにもみえるが、『喫煙の自由』を一般的行為の自由と捉えれば、その内実をうんぬんするよりも、制限の正当化に論証を集中し、国家行為の必要性・合理性に焦点を合わせる方がむしろ素直といえる※12」といった見解も示す。この見立てによれば、一般的行為が憲法13条の保障範囲に入るか否かについて入るか入らないかどちらにするにせよ、制約をできるかどうかについての制約の合理性審査に進む、という説示の仕方も、ひとつの道理にかなった方法であるようにも感じる。
3.規制の合憲性審査における昭和45年判決と本判決との異同―喫煙をめぐる評価の変化?
(1)昭和45年判決における「喫煙の自由」の制約原理
昭和45年判決は、喫煙の禁止が人々の人権制約としては弱いものであるということを導く場合の説示として、①「煙草は生活必需品とまでは断じがた」いこと、②「ある程度普及率の高い嗜好品にすぎ」ないこと、③「喫煙の禁止は、煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感ぜしめるとしても、それが人体に直接障害を与えるものではない」ことを挙げており、これについては本判決も同様の説示を用いている。
他方で、制限を正当化する理由づけについては、両判決とで全く異なる視点から議論を展開している。そこでは、昭和45年判決が、現在でいう刑事収容施設における喫煙の自由の問題である一方、本判決が、飲食店でのそれであるという場所の違いや、規制対象となる当事者の違いがあるという側面が当然関係するであろう。また、そもそも昭和45年判決と本判決とは、前提となる制約目的の設定自体が異なっており、本質的に事案の異なる事例である可能性は高い。それでもなお、本判決の理解にあたっては、あわせて、喫煙行為そのものの有害性にかかる評価の時代的変化があることに目を向ける必要があろうかと思う。
昭和45年判決では、主に刑事収容施設の目的達成という意味での施設管理面からの議論が中心であった。具体的には、「喫煙に伴う火気の使用に起因する火災発生のおそれが少なくなく、また、喫煙の自由を認めることにより通謀のおそれがあり、監獄内の秩序の維持にも支障をきたす」ことからすれば「喫煙を許すことにより、罪証隠滅のおそれがあり、また火災発生の場合には被拘禁者の逃走が予想され、かくては、直接拘禁の本質的目的を達することができないことは明らかである。のみならず、被拘禁者の集団内における火災が人道上重大な結果を発生せしめることはいうまでもない」とのことである。やや大げさな理由であり、制約を正当化できる合理的な理由づけになっているのかどうかという点が怪しい。他方、この事例が喫煙の健康被害の防止を直接的に考えるための事例ではないことを踏まえたとしても、そこでは喫煙が(狭い空間のなかでの)他の刑事施設被収容者や当該施設に関連する者(看守など)にかかる健康被害とならないのかといった議論は注視されていない※13。
(2)本判決における「喫煙の自由」の制約原理
これに対して本判決は、受動喫煙の防止を目的の中心に置いている法規制をめぐり、たばこの受動喫煙による健康被害にかかる科学的有害性について基本的に承認し、場所的制限が部分的であることとともに、(第二種施設においても)喫煙者に対する一定の配慮がされていることを理由に制限は正当化できるとしている。また、原告が、第二種施設について、喫煙専用店舗の設置など、経営者による選択の自由を認めることで「より制限的でない手段」を採ることができると主張することに対しても、本判決の応答は消極的である。その理由としては、かような選択肢を与えると受動喫煙の防止という目的が十分に達成できるかどうかわからない、というのである。このように見ると、本判決は、受動喫煙を受ける側の権利アプローチを明示的に採らないでも、受動喫煙をもたらすような喫煙は、一律に「喫煙の自由」の保障の射程に入る喫煙から外すくらいの評価をするように読めなくもない。
この点、本判決の判決理由では、被告の主張として「昭和45年判決以降に、科学的知見の集積・評価などにより、受動喫煙によって重大な健康影響が生じ得ることがより明確になったことからすれば、喫煙の自由が憲法13条の保障する憲法上の権利であるとは認め難いというべきである。」との説示が登場する。かような時の変遷に着目した主張をひとつの参考にするならば、「喫煙の自由」そのものが憲法13条の保護の射程に含まれるかどうかという評価軸があるなかで、仮に一般的な「喫煙の自由」については、個人の嗜好との関係において憲法13条の保護の射程に含まれるか(あるいは本規定の客観法的側面から国家が妥当な方法で制約をしているのか)どうかといった議論が今後も展開されるとしても、喫煙のなかでも、特に「他人に受動喫煙をもたらす喫煙」となれば※14、重大な健康被害をもたらす他者加害行為に類型化されるものとしてその射程から外すか、外さないとしても規制をすることが当然の前提となる行為類型に入れられた審査が、今後、ますます強くなっていくのかもしれない※15。
このように本判決は、「喫煙の自由」規制の憲法13条適合性をめぐる昭和45年判決における判断枠組みの設定を踏襲してはいるものの、両判決の事案の違いもさることながら、昭和45年判決以降現在までの喫煙そのものの社会的及び科学的評価の変化のなかで読み込まれるべき事例でもあるように思われた。
(掲載日 2023年8月21日)