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文献番号 2024WLJCC002
名古屋市立大学大学院 教授
小林 直三
1.はじめに
周知の通り、2023年10月25日の最高裁大法廷決定※2(以下、最高裁決定)で、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、同法、または特例法)3条1項4号(以下、本件規定)が憲法13条違反であるとされた。それに先立ち、すでに本件規定を憲法13条違反であるとしていたのが、本稿で紹介する静岡家裁浜松支部審判(以下、本審判)である。
本審判は、最高裁決定と異なり、同法3条1項各号で定める性別の取扱いの変更の要件のうち、本件規定に係る要件以外は満たされていると認定しており、そのうえで本件規定を違憲であると判断したことから、申立人の性別の取扱いの変更を認めたことで注目される。
2.判例要旨
本審判は、前提となる事実等として、申立人が性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律2条で定める「性同一性障害者」であり、また、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」を定める同法3条1項5号のほか、「18歳以上であること」を定める1号、「現に婚姻をしていないこと」を定める2号、「現に未成年の子がいないこと」を定める3号の要件を満たしているが、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を定める本件規定の要件は満たしていないとした。
そのうえで、「申立人は本件規定が憲法13条、14条1項に違反して違憲無効であるとして、本件性別の取扱いの変更の審判は認められるべきである旨主張するので、以下、本件規定の憲法適合性について検討する」とし、2019年の最高裁第二小法廷決定※3を踏まえて、「本件規定の目的、制約の態様、現在の社会的状況等につき、社会的状況の変化等も踏まえつつ、総合的に較量して、現時点(当裁判所の判断時点)において、本件規定が憲法13条、14条1項に違反して違憲無効であるかについて検討する」とした。
そして、「本件規定の目的は、性別の取扱いの変更の審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解され、その目的自体は、本件規定の立法当時の社会的状況等を踏まえたものして一定の合理性を有するものと解される」が、「生殖腺除去手術は、それ自体身体への強度の侵襲であり、生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらすもので」、さらに、「場合によっては生命ないし身体に対する危険を生じ、さらには、手術前後の生活上の自由の制限を伴うものである」ことから、「このような手術を受けるか否かは、本来、その者の自由な意思に委ねられるものであり、この自由は、その意思に反して身体への侵襲を受けない自由として、憲法13条により保障されるものと解される」とし、「上記のような本件規定の立法目的と本件規定により性同一性障害者が制約されることとなる憲法上の権利の内容・性質を踏まえて、本件規定による制約の必要性・合理性の有無について・・・・・・検討する」とした。
本審判は、「男女の性別は、社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われるもので、個人の人格的存在と密接不可分のものということができ、性同一性障害者にとって、特例法により性別の取扱いの変更の審判を受けられることは、切実ともいえる重要な法的利益というべきであるところ・・・・・・自己の人格的存在を保つためには、性同一性障害者において、生殖腺除去手術を望まない場合であっても、本件規定が存在する以上、当該手術を受けざるを得ないこととなる」ことから、「本件規定により、性同一性障害者が、性別の取扱いの変更を認められるために、その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約されることになるということができ、本件規定が存在することに伴う性同一性障害者の人権制約の態様、程度は、その性質上重大なものということができる」とした。
それに対して、「戸籍の記載上の性別自体による社会の混乱のおそれがあり得るとしても、実際上は相当程度限られた場面に関するもので、社会における意識の変化や子の福祉の見地等によって、そのような混乱防止の必要性の程度や防止の方法も変化し得るものと考えられ」、また、「近年の生殖医療の発達からすると、例えば、精子を凍結した男性が、女性へと性別の取扱いを変更した後に、この精子を用いて子が生まれた場合のように、本件規定が存在しても、元の性別の生殖機能により子が生まれる事態は生じ得ることになる。現に、凍結保存精子を用いた生殖補助医療により出生した子が、特例法に基づき男性から女性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者に対し、認知を求める訴訟を提起し、変更の審判前に出生した子については、認知を認める旨の判決がされたというケースも生じている」ことから、「本件規定の立法目的の一つにおいて考慮されている親子関係等に関わる問題の発生とこれに伴う社会の混乱のおそれは限られたもので、これに対する配慮の必要性の程度も強いものということはでき」ず、「その必要性の程度に照らすと、本件規定による人権制約の態様は、性同一性障害者に対し、性別の取扱いの変更が認められるために、一律に生殖腺除去手術を受けることを余儀なくする点で、性同一性障害者の意思に反して身体を侵襲されない自由に対する制約として必要かつ合理的な範囲を超えるものであるとの疑問を禁じ得ない」とした。
また、「医療界において、安易に性同一性障害の診断がされていることをうかがわせる証拠はな」く、「本件規定による限り・・・・・・医学的に治療方法として必須とされていない生殖腺除去手術を受けざるを得ないことになる点で、本件規定は、特例法の制定当時と比べると、医学的な見地からする必要性・合理性が大きく減少して」おり、「他方、性別の取扱いの変更が認められるために本件規約の定める要件を要しないこととした場合に、そのことによって、軽率あるいは安易な性別の取扱いの変更の申立てがされるなどの弊害を生じることが懸念される状況にあるとは認められず、仮にそのような懸念があるとした場合でも、別途、性別の取扱いの変更の審判において、性同一性障害の診断をはじめ、他の要件の審理を相応に厳格に行うなどして対応すればよいものと考えられる」ことから、「親子関係等に関わる問題の発生とこれに伴う社会の混乱のおそれへの配慮という立法目的に照らしても、本件規定により、性同一性障害者が性別の取扱いの変更を認められるために一律に生殖腺除去手術を受けることを余儀なくされることは、社会の混乱発生のおそれの程度に加え、医学的見地からみて、目的達成の方法としての必要性・合理性を欠くものではないかとの疑問を禁じ得ない」とした。
そして、「特例法施行後19年余の経過に加え、国内外の社会の動向からすると、現在までに、日本国内において、性同一性障害者等のジェンダー・アイデンティティの多様性を尊重する社会の実現に向けて、学校教育が継続され、国や地方自治体等の施策としても、法制度的に国民の理解を増進することが求められるに至っていることが認められ」、「現在、このような社会的状況にあることを踏まえると、特例法の施行により性同一性障害者について性別の取扱いの変更が認められることになったことに伴い社会に急激な変化が生じることについて、一定の期間、配慮することに必要性・合理性が認められるとしても、先にみたとおり現在までの時の経過と社会的状況の変化に伴い、配慮すべき変化の急激さも相当程度緩和されたとみることができるから、本件規定を含む特例法が施行された当時と比べると、現時点においては、上記配慮の必要性は相当小さくなってきていると考えられる」とした。
以上のことから、「本件規定が存在することにより性同一性障害者が制約を受ける人権の内容、性質及び制約の程度は重大なものであるところ、本件規定の立法目的のうち親子関係等に関わる問題の発生とこれに伴い社会に混乱を生ずるおそれに配慮するという目的を踏まえても、本件規定の定める要件を不要とした場合に生じ得る親子関係に関わる問題発生の可能性や程度は限定的なものであって、それを理由に性同一性障害者の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を一律に制約することは、人権制約の手段・態様として必要かつ合理的なものとは言い難いこと、また、本件規定の立法目的のうち社会の急激な変化に配慮するという目的を踏まえても、特例法が施行されてから現在に至るまでに、社会的状況は、先にみたような国内外の動向に沿って変化が進んできているところであって、現在、上記のような配慮の必要性は相当小さくなっているといえること等を総合較量すると、本件規定の目的を達成するために本件規定による制約を課すということは、もはやその必要性・合理性を欠くに至っている」とし、「その余の点について検討するまでもなく、本件規定は、憲法13条に違反し、違憲無効であると解するのが相当である」とした。
したがって、申立人は、違憲無効である本件規定以外の「性別の取扱いの変更の要件をすべて満たす」ことから、本審判は、申立人の性別の取扱いの変更を認めた。
3.検討
前述のように、本審判は、最高裁決定に先立って本件規定を違憲とする判断を示したものであり、裁判実務として高く評価できるものと思われる。また、事実認定として、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」を定める同法3条1項5号等の要件も満たしているとしたことから、最高裁決定と異なり、申立人の性別の取扱いの変更を認めたことにおいても、裁判実務として画期的な審判であるといえるだろう。本審判の数日後に本件規定を違憲とした最高裁決定が示されたため、どうしても本審判はあまり注目されなくなってしまっているように思われるが、少なくとも、これら2点において、本審判の意義が色褪せることはない。
このように本審判は高く評価できるものと考えられるが、あえて批判をするとすれば、最高裁決定に先立って本件規定を違憲とする社会的インパクトのある判断を示すのであれば、(必ずしも裁判実務としては不要かもしれないが)傍論であったとしても、同法3条1項各号で定める性別の取扱いの変更の他の要件に関する憲法判断も示して良かったのではないだろうか。筆者としては、本件規定や「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」を定める同法3条1項5号だけでなく、同法3条1項の他の各号も憲法違反の疑いがあるものと考えている※4が、本件規定以外にも、少なくとも、同法3条1項5号の憲法適合性に関しては社会的にも大きな関心事のはずである。そうであるならば、司法の社会的責任として、本件規定以外にも、少なくとも同法3条1項5号に関しては憲法判断を示すべきであったといっても、それほど不当な要求ではないものと考えている。
また、本審判は、本件規定の身体への侵襲性を問題とすることで憲法13条違反の結論を導いている。そのため、憲法14条論に関しては言及していない。そのことは、裁判実務として妥当なことであろうが、残された学術的な課題として、そうした憲法13条論の射程と憲法14条論との関係があるものと思われる。つまり、最高裁決定も踏まえた場合、本件規定を違憲とする憲法13条論はすでに確立したものと考えられる。そのため、そうした憲法13条論の射程がどこまで及ぶのか、そして、憲法13条論が及ばない領域や事例において、憲法14条論でどこまで対応できるのかが、今後の学術的課題として重要になるものと考えられる。
4.おわりに
繰り返しになるが、これまでみてきたように、本審判は、高く評価できる画期的なものであり、その後の最高裁決定によっても、本審判の意義は決して色褪せるものではない。そして、こうした本審判の位置づけは、単に性別変更の要件の問題に留めるべきものではないだろう。すなわち、本審判は、広くSOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)に関する理解を深め、それに係る社会的諸課題の解決に向けた大きな一歩として位置づけられるようにしていかなくてはならないものと思われる。
(掲載日 2024年1月29日)