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文献番号 2019WLJCC004
名古屋市立大学大学院 教授
小林 直三
1.はじめに
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号の規定(以下、本件規定)は、性同一性障害者の性別の取扱いの変更の審判を受ける要件の1つとして、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」をあげている。そのため、性同一性障害者の性別の取扱いの変更の審判を受けるためには、一般的には生殖腺の除去手術を受けることになる。しかし、本件最高裁決定の鬼丸かおる判事と三浦守判事の補足意見にあるように、「世界保健機関等がこれを要件とすることに反対する旨の声明を発し、2017年(平成29年)、欧州人権裁判所がこれを要件とすることが欧州人権条約に違反する旨の判決をするなどし、現在は、その要件を不要とする国も増えている」。
本件は、そうした状況の下で、生殖腺除去手術を受けていない本件抗告人(一審申立人)が性別の取扱いの審判を求めた事案である。
一審※2は申立てを却下したため、即時抗告されたが、二審※3 も抗告を棄却した。そして、本件最高裁も抗告を棄却した。
2.判例要旨
まず、本件最高裁は、本件規定が生殖腺除去「手術を受けること自体を強制するものではないが、性同一性障害者によっては、上記手術まで望まないのに当該審判を受けるためやむなく上記手術を受けることもあり得るところであって、その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できない」としている。しかし、「もっとも、本件規定は、当該審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される」として、「これらの配慮の必要性、方法の相当性等は、性自認に従った性別の取扱いや家族制度の理解に関する社会的状況の変化等に応じて変わり得るものであり、このような規定の憲法適合性については不断の検討を要するものというべきであるが、本件規定の目的、上記の制約の態様、現在の社会的状況等を総合的に較量すると、本件規定は、現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない」とした。
以上のことから、本件最高裁決定は、本件抗告を棄却した。
なお、本件最高裁決定には鬼丸かおる判事と三浦守判事の補足意見が付けられている。
すなわち、補足意見は、まず、「性同一性障害者にとって、特例法により性別の取扱いの変更の審判を受けられることは、切実ともいうべき重要な法的利益である」とし、「本件規定により、一般的には当該手術を受けていなければ、上記のような重要な法的利益を受けることができず、社会的な不利益の解消も図られないことになる」とした。そして、「性別適合手術による卵巣又は精巣の摘出は、それ自体身体への強度の侵襲である上、外科手術一般に共通することとして生命ないし身体に対する危険を伴うとともに、生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらす」ものであり、「このような手術を受けるか否かは、本来、その者の自由な意思に委ねられるものであり、この自由は、その意思に反して身体への侵襲を受けない自由として、憲法13条により保障されるものと解される」とした。したがって、「本件規定は、この自由を制約する面があるというべきである」とした。
そのうえで、「このような自由の制約が、本件規定の目的、当該自由の内容・性質、その制約の態様・程度等を総合的に較量して、必要かつ合理的なものとして是認されるか否かについて検討する」として、まず、「本件規定の目的については、法廷意見が述べるとおり、性別の取扱いの変更の審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される」としながらも、「しかし、性同一性障害者は……生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であるから、性別の取扱いが変更された後に変更前の性別の生殖機能により懐妊・出産という事態が生ずることは、それ自体極めてまれなことと考えられ、それにより生ずる混乱といっても相当程度限られたものということができる」とした。「また、上記のような配慮の必要性等は、社会的状況の変化等に応じて変わり得るものであ」るとし、「特例法の施行から14年余を経て、これまで7000人を超える者が性別の取扱いの変更を認められ、さらに、近年は、学校や企業を始め社会の様々な分野において、性同一性障害者がその性自認に従った取扱いを受けることができるようにする取組が進められており、国民の意識や社会の受け止め方にも、相応の変化が生じているものと推察される」とした。そして、「以上の社会的状況等を踏まえ、前記のような本件規定の目的、当該自由の内容・性質、その制約の態様・程度等の諸事情を総合的に較量すると、本件規定は、現時点では、憲法13条に違反するとまではいえないものの、その疑いが生じていることは否定できない」とした。さらに、「世界的に見ても、性同一性障害者の法的な性別の取扱いの変更については、特例法の制定当時は、いわゆる生殖能力喪失を要件とする国が数多く見られたが、2014年(平成26年)、世界保健機関等がこれを要件とすることに反対する旨の声明を発し、2017年(平成29年)、欧州人権裁判所がこれを要件とすることが欧州人権条約に違反する旨の判決をするなどし、現在は、その要件を不要とする国も増えている」とした。
そのうえで、本件補足意見は、「性同一性障害者の性別に関する苦痛は、性自認の多様性を包容すべき社会の側の問題でもある。その意味で、本件規定に関する問題を含め、性同一性障害者を取り巻く様々な問題について、更に広く理解が深まるとともに、一人ひとりの人格と個性の尊重という観点から各所において適切な対応がされることを望むものである」とした。
3.検討
本件事案について、一審、二審は、本件規定を立法裁量の範囲内として合憲判断を下している。また、本件最高裁決定では、必ずしも、その旨を明示的に示したわけではないが、基本的には同旨の構成を採っている。しかも、多数意見は、「現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない」として、将来に含みをもたせながらも、実質的には人権論としての検討らしい検討をしていないことが特徴だといえる。
また、本件最高裁決定の多数意見は、本件最高裁決定の結論について、「このように解すべきことは、当裁判所の判例(最高裁昭和28年(オ)第389号同30年7月20日大法廷判決・民集9巻9号1122頁※4 、最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁※5 、最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁 ※6)の趣旨に徴して明らかというべきである」としている。しかし、これらの判決は、憲法13条や憲法14条に関するものではあるものの、本件のような生殖腺や身体への強度の侵襲に関わる事案の先例として適切なものかについては、疑念を持たざるを得ない。
一方で、鬼丸かおる判事と三浦守判事の補足意見は、一見すると本件事案を人権論として検討しているようにも見える。
しかし、その内容を精査すると、疑問もある。
まず、(本件抗告人の主張に理解を示す意図だと推察できるものの)一般論として、「性同一性障害者は……生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であるから、性別の取扱いが変更された後に変更前の性別の生殖機能により懐妊・出産という事態が生ずることは、それ自体極めてまれなこと」と述べることは、果たして妥当なものだろうか。セクシャリティは多様なものであり、最高裁判事たちがこのように述べることは、ここでいう「極めてまれなこと」にあたる人たちの立場を暗に否定することになりかねないだろう。
むしろ、人権論としては、万が一にも本件最高裁決定(補足意見も含む)が想定する「混乱」 ※7等を避ける目的や趣旨が妥当なものだとしたとしても、事実婚なども多い現代社会 ※8において本件規定は、その手段としての合理的関連性さえ欠いていることを問題とすべきだったのではないだろうか※9。
しかも、鬼丸かおる判事と三浦守判事の補足意見が結論として多数意見に同調し、「性同一性障害者の性別に関する苦痛は、性自認の多様性を包容すべき社会の側の問題」として「各所において適切な対応がされることを望むものである」と纏めることについては、やはり疑問を抱かざるを得ないところである※10。
4.おわりに
なお、本件最高裁決定は、(最高)裁判所の違憲審査権の行使のあり方(とその限界)の問題として考察することもできるだろう。
特に鬼丸かおる判事と三浦守判事の補足意見は、(その内容の是非はともかく)ある程度、踏み込んだ考察を行ったにもかかわらず、結論として違憲判断を下さなかった。仮に、このような最高裁判所の姿勢が是認されるのであれば、そもそも、裁判所が違憲審査権を有する意味、あるいは、司法権の意義が問われることになるのではないだろうか。
(掲載日 2019年3月4日)