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判例コラム

 

第287号 死体遺棄の意義 

~最2小判令和5年3月24日ー死体遺棄被告事件※1

文献番号2023WLJCC009
東京都立大学 名誉教授
前田 雅英

Ⅰ  判例のポイント
 ベトナム人技能実習生が密かに出産したと思われる双子の死体が、段ボールに丁寧に入れられ封をされた態様で、出産時から約2日を経過したと思われる時点で発見された事案で、死体遺棄罪(刑法190条)で、母親が起訴された。被告人は、産婦人科でも行われている方法で、えい児を段ボール箱に入れ、各えい児の死体をタオルで包み、それらの名前やおわびの言葉等を書いた手紙を段ボール箱の中に入れるなど丁寧に扱っていたと認められたが、第1審、原審ともに有罪を言い渡した。
 妊娠は女性技能実習生の解雇理由にはならないものの、妊娠した技能実習生の中には、実習を行うことができなくなり帰国した者がいたという事実もあり、技能実習生の間では妊娠をすると帰国させられるとの噂が広まっていたと認定されている。多額の費用をかけて技能実習生として来日し、家族に仕送りをしていた被告人が、技能実習を続けるために、妊娠、出産を隠そうと考えて犯行に及んだ本件に関し、上告審の可罰性判断が注目されていた。そのような中で、最高裁は、第1審・原審を破棄し、被告人に無罪を言い渡した。なお、第1審・原審段階では、本件の実行行為が作為なのか不作為なのかも争点となった。

    Ⅱ  事実の概要と原審の判断
  1. 1  最高裁が原判決の認定及び記録をまとめた事実関係は、次のとおりである。
     被告人は、来日して技能実習生として働き、受入会社が用意した寮で生活していたところ、自分が妊娠していることを知ったものの、そのことを周囲の者に言わず、医師の診察を受けなかった。
     被告人は、令和2年11月15日午前9時頃、寮の自室内で、えい児2名を出産したが、いずれも遅くとも出産後間もなく死亡した。
     被告人は、少し休んだ後、自室において、本件各えい児の死体を、タオルで包み、段ボール箱に入れ、その上に別のタオルをかぶせ、更に被告人が付けた本件各えい児の名前、生年月日のほか、おわびやゆっくり休んでくださいという趣旨の言葉を書いた手紙を置いて、その段ボール箱に接着テープで封をし、その段ボール箱を別の段ボール箱に入れ、接着テープで封をしてワゴン様の棚の上に置いた。
     被告人は、同月16日、妊娠の可能性を聞いた監理団体の職員等に連れられて病院で受診し、医師から検査結果を示され、同日午後6時頃、赤ちゃんの形をしたものを産んで埋めた旨話したため、同月17日、寮の捜索が行われ、上記の状態で置かれた段ボール箱の中から本件各えい児の死体が発見された。
  2. 2  これに対し、第1審は、「被告人がその頃出産したえい児2名の死体を段ボール箱に入れた上(作為)、自室に置き続けた(不作為)」という事実を認定し、被告人に埋葬の意思があっても、一連の行為は、死産をまわりに隠したまま、私的に埋葬するための準備であり、正常な埋葬のための準備ではないから、国民の一般的な宗教的感情を害することが明らかであり、刑法190条の遺棄にあたり、被告人には死体遺棄の故意が認められる上、被告人は、少なくとも、まわりの人に、出産や死産を告白し、助力を求めることはできたはずであり、被告人には、それらを告白し、まわりの助力を得ながら、適切な葬祭義務を果たす期待可能性があったといえるとして、死体遺棄罪の成立を認め、被告人に懲役8月、執行猶予3年を言い渡した。
  3. 3  被告人の控訴に対し原審は、本件不作為と各えい児の死体をこん包した本件作為と併せて刑法190条を適用した原判決には法令適用の誤りがあるとして、原判決を破棄し、被告人が、2名の死体を段ボール箱に入れて接着テープで封をし、その段ボール箱を別の段ボール箱に入れて接着テープで封をした上、自室内にあった棚の上に置いた行為につき、死体遺棄罪が成立するとして、被告人に懲役3月、執行猶予2年を言い渡した。
     原審は、「死体を1日以上にわたり葬祭を行わずに自室内に置いたままにした」不作為も遺棄に当たるとした第1審の判断を破棄し、実行行為を、死体を二重の段ボール箱に入れて接着テープで封をし棚の上に置いた行為(作為)に限定したのである。
     その理由として、不作為の遺棄を認めるには、作為による遺棄と構成要件的に同価値のものといえるかどうかを検討する必要があるとし、死体葬祭義務を負う者の葬祭を行わないという不作為が死体遺棄罪にいう「死体の遺棄」に該当すると解するには、死体の存在を認識してから葬祭義務を履行すべき相当の期間を徒過した場合に限られるとしたのである。本件では、えい児の死体の存在を認識してから1日と約9時間しか経過しておらず、通常の葬祭を行う場合であってもその着手までにその程度の期間を要することもあり得ると考えられるから、被告人の「死体の葬祭を行わずに自室内に置いたままにした行為」は不作為による死体の「遺棄」に当たらないとした。

    Ⅲ  判旨
  1.  最高裁は、被告人の上告を受けて職権で調査し、原判決及び第1審判決を破棄し、被告人に無罪を言い渡した。
  2. 1  刑法190条は、社会的な習俗に従って死体の埋葬等が行われることにより、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情が保護されるべきことを前提に、死体等を損壊し、遺棄し又は領得する行為を処罰することとしたものと解される。したがって、習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為が死体遺棄罪の「遺棄」に当たると解するのが相当である。そうすると、他者が死体を発見することが困難な状況を作出する隠匿行為が「遺棄」に当たるか否かを判断するに当たっては、それが葬祭の準備又はその一過程として行われたものか否かという観点から検討しただけでは足りず、その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点から検討する必要がある。
  3. 2  前記Ⅰ1の事実関係によれば、被告人は、自室で、出産し、死亡後間もない本件各えい児の死体をタオルに包んで段ボール箱に入れ、同段ボール箱を棚の上に置くなどしている。このような被告人の行為は、死体を隠匿し、他者が死体を発見することが困難な状況を作出したものであるが、それが行われた場所、死体のこん包及び設置の方法等に照らすと、その態様自体がいまだ習俗上の埋葬等と相いれない処置とは認められないから、刑法190条にいう「遺棄」に当たらない。原判決は、「遺棄」についての解釈を誤り、本件作為が「遺棄」に当たるか否かの判断をするに当たり必要な、その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点からの検討を欠いたため、重大な事実誤認をしたものというべきである。
  4. 3  以上のとおり、本件作為について死体遺棄罪の成立を認めた原判決及び第1審判決は、いずれも判決に影響を及ぼすべき法令違反及び重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。そして、既に検察官による立証は尽くされているので、当審において自判するのが相当であるところ、前記2のとおり、本件作為は刑法190条にいう「遺棄」に当たらないから、被告人に対し無罪の言渡しをすべきである。

    Ⅳ コメント
  1. 1  原審の争点は、被告人の行為を作為と捉えるか不作為と解するか(より厳密には、作為に加えて不作為の部分も実行行為に含めるか)にあり(十河太朗・法教508号132頁参照)、原審は、不作為部分を除いて考えるべきとし、その結果として、言渡刑も軽くすることになったように思われる(もとより、量刑判断は、諸事情の総合的判断によるが)。
     死体を葬祭する義務などのない者は、たとえ自己が殺害したのであっても、死体を放置しその場を立ち去ったというだけでは、不作為の死体遺棄とは言えない(大判昭和8年7月8日大刑集12巻1195頁、WestlawJapan文献番号1933WLJPCA07086004、前田雅英『刑法講義各論〔第7版〕』(東京大学出版会、2020年)441頁)。作為義務が必要である。大判大正13年3月14日(大刑集3巻285頁、WestlawJapan文献番号1924WLJPCA03146003)は、木炭を製造中の炭焼かまどに身分関係のない少年が落ち込み焼死したことを知りながら、死体を搬出せず、かえって少年の落ち込んだ穴を鉄板でふさぐなどして放置した事案につき死体を埋葬し若しくは監護すべき法令又は慣習上の責務を有する者とはいえないとして、死体遺棄罪の成立を否定している。判例は、本条の作為義務を、葬祭義務に限定せず、監護義務を有する者にも認めているといえよう。その意味で、本件被告人に、作為義務があることは否定し得ない。
  2. 2  最近の下級審裁判例で、死体遺棄罪につき、作為か不作為かが争われたのが、大阪地判平成25年3月22日(判タ1413号386頁、WestlawJapan文献番号2013WLJPCA03229003)である。自ら出産した新生児の死体をタオルで包み、ポリ袋に入れるなどして自宅などに隠匿した行為が死体遺棄罪に問われた※2。そして、大阪地裁は、「作為の形態による死体遺棄行為により本件事象の違法性が評価し尽くされている」と解し、その後の不作為による形態の死体遺棄罪は成立しないと判示した※3。ただ、同判決における実質的争点は、公訴時効の起算点にあったことに注意する必要がある。実行行為が継続している不作為と構成すると、時効は成立し得ないが、作為として構成され、死体遺棄について免訴が言い渡されたのである。
  3. 3  原審が不作為の遺棄を否定した理由は、えい児の死体の存在を認識してから1日余しか経過していないという点にある※4。しかしこれだけだと、構成要件該当性を否定する絶対的な理由とまでは言えないように思われる。本件原審の判断においては、「範囲が若干狭まるものの作為による遺棄は認定する」ということが、やはり重要である。作為による遺棄の認定ができる場合は、それによって不作為部分も評価し尽くされていると説明し得るからである※5
  4. 4  しかし、最高裁は、その作為部分も含め、構成要件該当性を否定したのである。 最高裁は、本罪の保護法益を「死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情」※6であるとし、「習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為が死体遺棄罪の『遺棄』に当たる」と判示した。そして、死体発見を困難にする状況を作出する隠匿行為が「遺棄」に当たるか否かを判断するに当たっては、それが葬祭の準備又はその一過程として行われたものか否かという観点から検討しただけでは足りず、「その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否か」という観点から検討する必要があるとした。
  5. 5  そして、被告人は、自室で、出産し、死亡後間もない本件各えい児の死体をタオルに包んで段ボール箱に入れ、同段ボール箱を棚の上に置くなどしている。このような被告人の行為は、死体を隠匿し、他者が死体を発見することが困難な状況を作出したものであるが、それが行われた場所、死体のこん包及び設置の方法等に照らすと、その態様自体がいまだ習俗上の埋葬等と相いれない処置とは認められないから、刑法190条にいう「遺棄」に当たらないとしたのである。
  6. 6  一方原審は、死体遺棄罪の保護法益に関しては、最高裁と同一の基準を用いつつ、事後の死体の取扱いについての意図を考慮することも許されるとし、「被告人が現にした本件作為は、葬祭を行う準備、あるいは葬祭の一過程として行ったものではなく、本件各えい児の死体を隠匿する行為であって、他者がそれらの死体を発見することが困難な状況を作出するものといえるから、本件作為が死体遺棄罪にいう『遺棄』に当たる」としたのである※7※8
     弁護人が、「被告人が、産婦人科でも行われている方法で、えい児を段ボール箱に入れ、ベトナムで一般的に行われている土葬によってえい児を埋葬するつもりでいた」と主張するのに対し、原審は、埋葬にいたる準備段階であっても、段ボールに入れて封をした行為は、「死体を発見することが困難な状況を作出する遺棄行為」であるとした。
  7. 7  これに対し、最高裁は、本件行為が「正しい」葬祭の準備として妥当なものか否かは、必ずしも重要ではなく、被告人の行った「えい児の死体をタオルに包んで段ボール箱に入れ、同段ボール箱を棚の上に置いた本件行為」は、その態様自体がいまだ習俗上の埋葬等と相いれないとまでは言えないとしたのである※9
     たしかに、後に土葬する為の行為として本件行為が社会通念上相当といえるか否かは重要ではないであろう。ただ、これまでの判例は、「習俗上の埋葬といえるか」を問題にしてきたように思われる。それを、「態様が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否か」に置き換えることは、実質的に刑法190条の解釈を修正することになるようにも思われる。
  8. 8  ただ、葬るために、例えば遺骨を海中に投じたような場合、かつては宗教的感情に反するという議論もかなりあったが(板倉宏『注釈刑法(4)』有斐閣、1965年361頁)、近時は、葬祭に関する国民の意識も変わってきているといえよう。埋葬イメージは時代によって異なるし、日本国内でも地域によって微妙な差はあった。
     また、妊娠の事実を隠さなければならないような、「技能実習生の現状」を、刑法190条の解釈で取り繕うべきではなく、厚労省などが、外国人労働者問題として正面から取り組むべきである。ただ、具体的な事案に直面した裁判官が、構成要件解釈の中で「態様が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否か」という形で、期待可能性の減少等の事情を加味することを容易にすることは、許される実質的解釈である。えい児殺の刑事処理の実態も、刑法199条の形式的解釈では説明し得ないものを含む。
  9. 9  本判決によれば、「他者がそれらの死体を発見することが困難な状況を作出する意思」が併存していても、「専ら死体を隠す意思」のような場合でない限り、遺棄には該当しない場合を認めることになる。技能実習生の立場を維持するために、死体(さらには出産の事実)を隠す意思が存在していても、刑法190条の遺棄には該当しない場合があることを認めたのである。
     この点、近時の下級審裁判例の中には、死体を被告人の納戸内の洋タンスに入れ、これに目張りをするなどし隠匿していた事案につき、これが被告人において、専ら被害者である妻の死を悼む愛惜の気持ちによりなされたとしても、評価を左右しないとして死体遺棄罪の成立を認めたものがあるが(東京地八王子支判平成10年4月24日判タ995号282頁、WestlawJapan文献番号1998WLJPCA04240008)、本件とは事案が異なるといえよう。

 

(掲載日 2023年4月19日)