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文献番号 2022WLJCC029
弁護士法人苗村法律事務所※2
弁護士、ニューヨーク州弁護士
苗村 博子
1.はじめに
本件は、プレイステーションにも用いられた、光ディスクのエラー訂正に関する技術の発明に関する事件である。本件控訴審判決それ自体は淡々と事実関係の認定、法律上の論点の解釈を行っており、また今回取り上げる論点である会社の貢献度について、問題となった2件の特許とも95%(1件の特許の一部には97%)としており、かような数字が一定の標準となることを確認したことになると思われる。しかし、本件は、平成27年に30億円の対価を求めて原審が始まり、平成30年12月20日に830万円余りとする原判決(東京地判平成30年12月20日、WestlawJapan文献番号2018WLJPCA12209012)が出され、平成31年1月に10億円に減縮して控訴、そして本件控訴審も約3年半、全体で6年間にもわたって継続して、3200万円余りの対価が認められた。このように長期間をかけて高裁判決に至った点や、この原審および本件控訴審で交わされたものを集約した本件控訴審判決および原判決の当事者双方の主張を見ていると、いわゆる知財訴訟の現場を若干とはいえ知る私としては、職務発明訴訟の原点にもなった青色ダイオードの事件(東京地裁平成16年1月30日判決、WestlawJapan文献番号2004WLJPCA01300001)や、池井戸潤氏著作の「下町ロケット」を彷彿とさせる壮絶な戦いが当事者間では繰り広げられたのだろうと想像する。
本件で対象となった発明は原審では、7件(そのうち2件は日本の特許、残りの5件は米国特許)であったが、本件控訴審では2件の米国特許に減縮されている。というのも、本件では、発明に対する対価の一部が支払われており、それが債務承認にあたるかが消滅時効との関係で一つの大きな争点となっていた。一審原告は7件の特許全部に対して支払いがなされ、したがって一審被告は債務承認をしたため消滅時効は援用できないと主張したが、原判決は全部についてはこれを認めなかった。7件のうちの1-5と呼ばれる米国特許は、一部の対価支払いが消滅時効完成後の債務承認として、一審被告は時効援用権を喪失したとし、また、2-1と呼ばれる米国特許については、一部の対価の支払いにより時効が中断したのち催告と原審での提訴により時効が中断しているとして、残額の対価請求権があると判断していた。一審原告は、これにより、この2件の米国特許に絞って本件控訴審を戦ったものと思われる。
2.発明の概観
(1)1-5の特許
さて、前置きが長くなったが、本件控訴審判決で問題となった特許がどういったものであったのか、知識のない私に伝えられる範囲で述べていきたい。
いわゆる1-5の特許は、原審では対価請求の対象とされていた、1-1および1-2の特許の米国版である。これらは、音楽CDのエラー訂正に関する技術であった。一審被告は、CD-DAという技術をエラー訂正方式としていたが、そののち、一審原告も開発にかかわったCIRCという方式を採用し、これが一審原告の職務発明となった。その後一審被告は、a社との協議の中で、将来コンピュータ分野での応用も考え、昭和58年ころからCD-ROMの開発に向けて協議を始めた。そしてa社からの示唆を受けて、一審被告もコンピュータ用としてはCD-DAというエラー訂正方式だけでは不十分だとして、独自のエラー訂正が必要だということとなったものである。このa社との協議に参加していた、一審被告の従業員B(本件控訴審判決が「B」と呼んでいるので、このコラムにおいてもBと称する、以下の大文字のアルファベットも同様に一審被告の従業員を指す)は、別の部署にいた一審原告に提案の検討を依頼した。一審原告は様々な方法を提案し、その後のa社との協議において、後に1-5特許に至る方法がフォーマットとして採用された。その内容は私には用語も含め理解不能なものなので、詳細説明することはご容赦いただく。
なお、一審被告の当時の発明考案規定では、従業員が職務発明をした場合は、直ちに上司に届け出て、工業所有権の登録を受ける権利を会社に譲渡する旨の規定があったため、一審原告を含む発明者5名はこれを一審被告に譲渡して、一審被告は、1-1、1-2という日本特許とともにその米国版である1-5の特許申請を行った。
その後昭和60年に一審被告とa社は、CD-ROMの規格化を行い、両社が保有する関連特許をリスト化して、規格化するためのジョイントライセンスプログラムでライセンシーを募った(本件控訴審判決では、「ライセンサー候補者」とされているが、ライセンシーの誤記と考える)。このリストには本件1-5の特許も掲載されていた。一審被告がどのようなライセンシーと、どのような率や額でロイヤルティを得たかは、閲覧制限がかかっているので判決文からは定かではない。
その後一審被告は、本件1-5の特許技術を含むプレイステーションシリーズを立ち上げ、それまでb社のファミコンに独占されていた家庭用ゲーム機に対し、オープンソースでの低価格でのソフトウェア開発を可能にしたことなどにより、平成8年にはシェア45%となり、同11年には全世界で累計7000万台の出荷を達成することとなった。その間一審被告は、平成7年にc社という関係会社に本件1-5の特許を含むプレイステーションビジネスを譲渡した。
一審被告で、発明の実施についてどのような規定整備がなされていたかは、閲覧制限のため明らかでないが、一審原告が1-1、1-2、1-5等を自薦し、一審被告はこれを実施報奨2級と判定して、平成18年12月に一定額を一審原告に支払った。一審被告は、職務発明制度を日本の特許だけに限定していなかったものと思われる。このこと自体は妥当であろう。
(2)2-1の特許
本件特許発明2-1の方はもう少し新しい特許である。DVDの規格については、一審被告とa社の規格(本件控訴審判決では「MMCD陣営」と称されている)と、d社等陣営(同様に「SD陣営」と称されている)の規格が、競い合っていたものの平成7年に合意が成立し、共同提案のDVDの統一規格が成立した。一審原告は、この当時異なる部署にいたが、自ら劣勢の一審被告のチームの挽回を図るためエラー訂正方式を思い立った。一審原告は、光磁気ディスクドライブの開発をともに行っていたGやMMCD規格に関係していたFとともに2-1の特許にかかる発明報告書を作成した。そして、1-5の特許と同様に会社に報告して、工業所有権の登録を受ける権利を一審被告に譲り渡した。この発明は、日本では拒絶査定の結果、特許に至らなかったが、米国では2-1の特許として平成9年に成立した。一審被告は、この特許をDVDに関する必須特許として挙げており、本件控訴審判決は、日本では登録されなかったもののDVD規格についての必須特許だとしている。
3.本件1-5特許に関して、一審被告が受けるべき利益の額について
この点は事実関係がかなり複雑なので省略させていただくが、本件控訴審判決は、a社とのジョイントライセンスプログラムにおいて、平成5年から14年までは本件1-5の特許がエラー訂正に関する特許として掲載されず、平成15年以降プログラムには掲載されているとしている。そして、本来であれば全世界のロイヤルティが対象となるが、これを把握する術がないこと、本件1-5特許は米国特許なので、米国でのロイヤルティを基礎とすることもプログラム条項に反しないとして、米国特許のライセンス料を基準にしたものと思われる。またc社へのライセンス契約については、同社が関連会社であることから、他のライセンシーのライセンス料の80%とすることには両当事者の同意があるとしている。
4.c社ライセンス契約に関する一審被告が受けるべき利益の額と仮装積上げ方式について
一審被告は、c社には特許の譲渡をしているが、特許法旧35条4項が、職務発明にかかる相当の対価を「使用者等が受けるべき利益」とその発明の貢献度を考慮して定めるべきとするのは、実際に承継された際に受けた額を指すのではなく、「自己実施等の場合を含め、使用者等が本来得ることのできた独占的利益を指すものと解される」として、現実に一審被告がc社から受け取った対価ではなく、「プレイステーションシリーズの製造及び販売に関してライセンスを受けたものと仮定した上で、同ライセンスプログラムで定められたロイヤルティにより計算された額に一審被告の配分率を乗じたライセンス料額により算定した額」を「仮装積上げ方式」として、この方式で計算すべきとした。
5.一審被告の貢献度
1-5の技術のジョイントライセンスプログラムにおける一審被告の貢献度については、一審被告とa社がオープンライセンスポリシーを宣言して、広くライセンスの機会を与えることになったこと、CD-ROMが広く利用されるように様々な規格を統一したことやCD-ROMディスクの製造工場の設立や生産能力の増強、マーケティング、ライセンシー会議の開催やコンテンツ業界へのアプローチなど様々な貢献をしたとして95%とした。
c社ライセンスについては、この技術がプレイステーション1だけでなく、c社を設立して、プレイステーション2の両ゲーム機の開発に多額の投資を行い、また新規のソフトメーカーの参入を促して、多様なゲームソフトウェアを取り揃えられるようにしたのは一審被告とその関連会社の寄与によるとして、一審被告の貢献度を97%だとしている。
6.共同発明者間の一審原告の貢献度
本件控訴審判決は、共同発明における発明者間の貢献度は、特段の事情のない限り均等であると認めるべきであることは、本件でも同様だとした。一審原告は、着想から発明の完成までひとりで行ったと主張したが、客観的証拠に乏しいとして本件控訴審判決はこの主張を認めていない。ただ、特許出願申込書の記載などからCD-ROMの規格に寄与したのはEなどよりは高いとし、5人の発明者の均等割合ではなくて1/3の貢献があったものとした。
7.一審原告の職務発明の額
本件控訴審判決は、結局のところ、一審原告は先に20万円の実施報奨金を得ていることから、1-5の職務発明の対価の残額を2267万円余りとした。本コラムでは、2-1特許についての一審被告の得た利益等の詳細説明はその難しさもあり省略させていただいているが、一審原告の職務発明の対価を937万円余りとして、合計3200万円余りの支払いを命じた。この額は、原判決が830万円余りしか認めなかったことにかんがみれば4倍に増額されたことになるが、一審原告の本件控訴審で求めた額が10億円であることにかんがみれば一審原告を落胆させるには十分であったであろう。
8.日本の職務発明制度は健全か?
冒頭記載したとおり、日本での職務発明対価請求事件が200億円を認めるとの青色ダイオードの東京地裁判決で始まったことから、職務発明制度それ自体や日本で発明させることをリスクだと評価するような見方まで当初はされていたところである。
しかし、添付の表のとおり、ウエストローで調査、判明しているこの5年間の職務発明対価請求事件で出された22件中、一部でも認容された事件は9件であり、そのうちの2件は100万円に満たず、もう1件は200万円に満たない。本件が控訴審で3200万円となったため、1000万円を超える残り6件に加わることになったが、この表のとおり、過去5年間の職務発明対価請求事件については、2億円を求めて5000万円弱が認められたk社の事件が最高額である。
本件が6年を費やして、しかもいわゆる世界のスタンダードとなるようなCD-ROMや(本件では詳細を検討していないが)DVDといった、まさに標準技術として多くのライセンシーが用いるようになった特許においても精々3000万円余りに留まっているのである。本件では、権利譲渡された部分についても、仮装積上げ方式を採用するなど一定の配慮は認められるものの、その部分(1-5のc社へのライセンス分)の会社の貢献度は97%の評価がされ、本件でも残りは1-5も2-1の特許も、会社の貢献度は95%とされた。上述のk社の件だけが92.5%とされている。この5年間で出された判決のうち、この2件を除いて一部でも請求が認められたもののすべてが、この青色ダイオード事件の控訴審が示した平成17年1月11日の和解勧告書と同じ95%であり、この数字が一種のデファクトスタンダードとなった感がある。
もちろん、私も発明のみで製品が作れるわけではないと考える者であり、青色ダイオードの一審判決を見たときには、読んですぐに、かような会社の貢献度を考えずとも10分の1くらいにはなると思い、もちろん当事者間の主張があってこその判決ではあったと思うが、その計算方法の現実感のなさに驚愕し、その後日本の特許制度がどうなるのかと危惧したものである。
しかし、この和解勧告書は、もう一度その総論に目を通す必要があるように思う。この勧告書には「職務発明の対価を受ける権利の譲渡の相当の対価は、従業者等の発明へのインセンティブとなるのに十分なものであるべきであると同時に、企業等が厳しい経済情勢および国際的な競争の中で、これに打ち勝ち、発展していくことを可能とするものであるべきであり、様々なリスクを負担する企業の共同事業者が公共時に受ける利益の額とは自ら性質が異なるものと考えるのが相当である。」としている。この和解勧告書が出された平成17年(2005年)は、リーマンショック前で、日本だけがバブル崩壊から立ち直れずにいた時期である。本件も、平成5年から平成15年までが対象となっているから、確かに日本経済は停滞していたであろう。しかし本件で問題となったのは、米国で特許となった発明で、本件控訴審判決もジョイントライセンスプログラムは全世界を対象としていたから、本来は世界での売上げを想定しなければならないとしつつ米国の売上げを基準としたが、米国ではリーマンショックまでは好景気だったわけである。
かような時に、世界のまたは米国での会社の利益を計算して、かつ貢献度を図るのに、この和解勧告書のいうような「厳しい経済情勢や国際的な競争の中で・・・これに打ち勝つ」ことを会社の貢献度の計算の基礎としたものが本当に妥当なのだろうか?
特に、多分に本件でも、また青色ダイオード事件でも大きな争点となった、発明者の発明に至る経緯として、会社の通常の業務の指揮命令系統の中で行われたものなのか、そうではなく、発明者が自発的に、時には会社の方針に異を唱えてまで行ったものかで、会社、発明者の貢献度は異なるのではないだろうか?本件控訴審判決では、客観的資料に乏しいとして、一審原告の全部ひとりで遂行したとの主張を退けているが、本当にこのような認定でよかったのであろうか?
青色ダイオード事件の発明者中村教授は、その和解の後、日本に見切りをつけてアメリカに渡ってしまわれた。本件でも、客観的証拠に乏しくても、他部署にいた一審原告が依頼を受けたり、本コラムでは会社の利益の算定等の詳細を紹介できていないが、2-1特許では、一審被告陣営の劣勢の挽回を図って、その際もそのチームにいなかったにも関わらず自ら考案したと主張されている。
このようなケースでも、淡々と95%が会社の貢献、c社に譲渡された部分については97%が会社の貢献とされてしまって、技術者の発明意欲が今後も保てるのであろうか?それでなくても、日本の給料の安さから特に理系人材の海外流出が大問題となっているところである。
おりしも著作権法の世界では、日本の職務著作制度で著作者に何らの対価が支払われないことが、あまりにも著作者に不合理ではないかが議論され始めたところである。
発明者のインセンティブと会社の貢献度について、見直してみる時期に来ているのではないだろうか?
(掲載日 2022年12月12日)