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判例コラム
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第8号 いわゆる標準規格必須宣言特許権について、FRAND宣言を理由とする抗弁(FRAND Defense)を認めた裁判例 

~東京地判平成25年2月28日※1

文献番号 2013WLJCC008
森・濱田松本法律事務所※2
パートナー弁護士
小野寺 良文

本件は、スマートフォンを我が国において生産、譲渡、輸入等する原告が、原告のこれらの行為は被告の保有する「移動通信システムにおける予め設定された長さのインジケータを用いてパケットデータを送受信する方法及び装置」とする特許第4642898号の特許権(以下、この特許を「本件特許」、この特許権を「本件特許権」という。)の侵害行為に当たらないと主張し、被告に対して、本件特許権に基づく差止め請求権及び損害賠償請求権を有しないことの確認を求めた事案に関する東京地裁の判決である。
原告の親会社及び被告は、共にスマートフォンを製造・販売等し、全世界において多数の知的財産権に基づく係争をしており、本判決は、両当事者間の一連の紛争のうち日本における2番目の判決、そして、我が国においていわゆるFRAND Defenseについて初めて判断したケースとして注目された。

本件特許権は、携帯電話等の第3世代移動通信システム(3G)の普及促進と付随する仕様の標準化を目的として、ETSI(欧州電気通信標準化機構)などの世界の標準化団体が結集し、1998年(平成10年)に結成された3GPPという名称の標準化団体が策定した、第3世代移動通信システムの標準規格における必須の特許に含まれていた。

一般に、ある特定の知的財産権が標準化された技術の規格に必須とされた場合、当該知的財産権を保有する企業が、その標準規格を使用して製品化を図る他の企業に対し、当該知的財産権の実施を禁止すると脅しつつ、法外な実施料やその他の理不尽なライセンス条件を要求して、これに強制的に同意させるという状況が策出されるおそれがあり、また、他の企業は、当該知的財産権の実施許諾を得られない結果、既に標準規格の適用のために行った投資(開発投資・設備投資) が無駄になるおそれがあり、ひいては、技術の標準化による普及が著しく阻害される可能性があることを踏まえて、通信分野における技術の標準化の必要性と知的財産権の保有者の権利との間のバランスをとることが要請されている。

ETSIのIPRポリシーには、このような要請に応えることを目的として、必須標準特許の所有者である会員は、公正、合理的かつ非差別的な条件(fair, reasonable and non-discriminatory terms and conditions、以下「FRAND条件」という。)でライセンスを許諾することを保証する義務を負う旨が規定されている(同ポリシー6.1項)。

被告は、上記IPRポリシー6.1項に基づき、FRAND条件で,取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言(FRAND宣言)をした。その後、被告と原告の親会社は、秘密保持契約を締結の上、本件特許についてライセンス交渉を行ったが、被告は、原告の親会社の再三の要請にもかかわらず、原告の親会社において被告のライセンス提示又は自社のライセンス提案がFRAND条件に従ったものかどうかを判断するのに必要な情報(被告と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報等)を提供することなく、原告の親会社が提示したライセンス条件について具体的な対案を示すことがなかった。

本判決は、FRAND宣言がなされた特許権について、特許権者には、ライセンス契約に向けた締結準備段階において、当該特許のライセンスを希望した相手方に対してライセンス条件がFRAND条件に適合しているか判断するために重要な情報を提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務があると認定した上で、これに違反する権利行使は権利濫用に当たるとして、当該特許権に基づく差止め及び損害賠償請求権の不存在の確認を求める原告の請求を認容した。
まず本判決は、準拠法について、本件における「加害行為の結果が発生した地の法」(通則法17条)は、対象製品(スマートフォン)の輸入、販売が行われた地が日本国内であること、我が国の特許法の保護を受ける本件特許権の侵害に係る損害が問題とされていることからすると、本件には、日本法が適用されるべきである旨判示した。
そして、本判決は、契約締結準備段階での信義則を理由として、特許権者には、FRAND宣言において標準規格に必須であると宣言した自己の特許権についてFRAND条件によるライセンスを希望する申出があった場合には、当該標準規格の利用に関し、当該申出者との間でFRAND条件でのライセンス契約の締結に向けた交渉を誠実に行うべき義務を負い、両者は、上記ライセンス契約の締結に向けて、重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当であると認定した。その上で、本件において被告が、原告の親会社の再三の要請にもかかわらず、原告の親会社において被告のライセンス提示又は自社のライセンス提案がFRAND条件に従ったものかどうかを判断するのに必要な情報(被告と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報等)を提供することなく、原告の親会社が提示したライセンス条件について具体的な対案を示すことがなかったものと認められるから、被告は、本件で問題となったUMTS規格に必須であると宣言した本件特許に関するFRAND条件でのライセンス契約の締結に向けて、重要な情報を原告の親会社に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務に違反したものと認めるのが相当である旨認定し、原告による本件特許権に基づく請求権の不存在確認請求を認容した(なお、本判決については控訴がなされ本稿執筆時点で知財高裁において係争中である。)。

本判決は、FRAND宣言に基づく標準規格必須宣言特許権に関するいわゆるFRAND Defenseについて我が国で初めてなされた判決であり、本判決によれば、当該特許を保有する特許権者は、特許権の利用を希望する旨の申出があった場合には、上記の契約締結段階における信義則上の義務を負い、万が一ライセンス交渉が決裂した場合には、その権利行使に重大な制約を受ける可能性がある点に留意が必要となる。

なお、本判決においては、特許権者にFRAND条件で実施許諾するべき信義則上の義務があるとまで判示しておらず、この点については今後の判例の蓄積を待つ必要があると考えられる。

(掲載日 2013年7月16日)

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