判例コラム
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第9号 消費者契約中の外国裁判所の専属管轄合意を認めた事例 

~東京地判平成25・4・19※1

文献番号 2013WLJCC009
同志社大学 教授
高杉 直

1.はじめに

平成23年改正民訴法によって国際裁判管轄規定が整備されるまで、我が国には国際裁判管轄に関する明文規定は存在しないと一般に解されていた。そのため、裁判例は、条理に従って国際裁判管轄に関する判断を行っていた。平成23年改正法は、財産関係事件の管轄規定を新設した(民訴法3条の2~3条の12を参照)。消費者契約については、消費者保護の観点から特別な管轄規定(民訴法3条の4)を置くと共に、将来において生ずる紛争を対象とする管轄合意の効力が認められるのは、①契約締結時の消費者の住所地国の裁判所にも管轄を認める付加的合意である場合、又は、②専属的合意であって消費者が当該合意を援用した場合に限られることとした(民訴法3条の7第5項)。
本件は、改正法の施行日(平成24年4月1日)前に締結された消費者契約中の管轄合意の成立及び効力が争われた事案である。従って、民訴法3条の7が直接に適用されるものではない(改正法附則2条を参照)。

2.事実の概要

原告X1・X2(以下、Xら)は、いずれも日本に住所を有する自然人であり、被告Yは、チューリッヒ市(スイス)に本店を有し、東京に支店を有するスイス法人の銀行である。
Xらは、平成13年までに、日本において英文の口座開設申込書に署名し、Yとの間で口座開設契約を締結した。本件申込書には、「すべての債務の履行地、債務回収地(後者はスイス以外に居住する顧客についてのみ)、および本契約および/または宣言から、または本契約および/または宣言に伴って生じる紛争の専属管轄地は、チューリッヒとする。しかし、Yは、顧客の住所の管轄当局およびその他の権限ある当局の前において下記署名人(Xら)に対する訴訟を起こす権利を留保し、その場合、スイス法が依然として排他的に適用になる。」との条項(本件管轄合意条項)があった。
その後、Xらは、計9億円程度を日本から送金してYに預託した。平成20年、Xらは、YからY社株式(本件株式)の取得の申込みの勧誘を受け、預託金のうち合計9億円程度をスイスフランに交換の上、スイス証券取引所において本件株式を取得した。しかし、その後、本件株式が下落して損失を被ったため、Xらは、Yの本件株式への投資の勧誘行為が、金融商品取引法等に基づく説明義務に違反する違法なものであると主張して、Yに対し、不法行為に基づく損害賠償等として合計4億円余りの支払を求める訴えを提起した。これに対してYは、本件の管轄地をチューリッヒとする専属的管轄合意が成立しており、日本の裁判所は国際裁判管轄を有しないと主張した。

3.判旨

訴え却下。
裁判所は、「国際的専属的管轄合意の成立及び効力に関する準拠法は、法廷地たる我が国の国際民事訴訟法を意味すると解するのが相当」であり、本件管轄合意が成立した時点(平成13年)では、「外国の裁判所を専属的管轄裁判所と指定する国際的裁判管轄の合意は、少なくとも特定国の裁判所を管轄裁判所として明示的に指定する当事者の一方が作成した書面によるもので、合意の存在と内容が明確であるという形式的要件に加え、①当該事件が我が国の裁判権に専属的に服するものではないこと、②指定された国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有することという2個の要件を満たす限り、原則として有効であると解される(最高裁昭和50年11月28日第三小法廷判決・民集29巻10号1554頁参照)」※2とした上で、本件管轄合意は原則として有効と認定した。
さらに裁判所は、「もっとも、このような国際的専属的裁判管轄の合意もはなはだしく不合理で公序法に違反するときは無効となると解される(前掲最高裁昭和50年11月28日第三小法廷判決参照)から、以下検討する」とし、「本件各口座開設契約及び本件各取引の取引地であるチューリッヒを専属的管轄地と定めた本件管轄合意には、一定の合理性が認められる」ことや、「Xら……の資力からすれば、日本の弁護士を介するなどの方法により、チューリッヒにおいて訴訟追行することも著しく困難であるとまではいえない」ことなどを指摘した上で、「XらとYとの格差や、Yが東京支店を有することを考慮しても、本件管轄合意が、Xらにとって著しく不公平、不公正であるとまでいうことはできず、公序法に違反するとはいえない」と判示した。
なお、本件各申込書には、本件各口座開設契約の準拠法はスイス連邦法とする旨の条項があったが、裁判所は、「上記のとおり、国際裁判管轄の合意の効力に関する準拠法は、法廷地法である日本法であると解するのが相当であり、法例7条は適用されない」とし、本件管轄合意に「消費者契約法」(平成13年4月1日施行)10条が適用されると判示した上で、「Xらの資力からすれば、チューリッヒで訴訟追行をすることが著しく困難で、看過し難い損害を受けるとは認められないこと」などの事情を指摘し、「本件管轄合意は、消費者契約法の趣旨に照らし、なおXらの利益を一方的に害し、信義則上XらとYとの間の衡平を損なう程度にXらの保護法益を侵害するとはいえない」として、消費者契約法10条に違反しないと判断した。
以上により、「本件各訴えは、本件各口座開設契約に関連して行われた本件各取引に係る紛争であり、本件各口座開設契約に伴って発生した紛争であることは明らかであるから、本件管轄合意により、スイス連邦のチューリッヒが専属的管轄地となり、我が国の裁判所は本件各訴えに関し、国際裁判管轄権を有さない」との結論を下した。

4.本判決の意義・課題

本判決は、[1]平成24年3月末日までに締結した消費者契約中の管轄合意の成立・効力について、最判昭和50・11・28[チサダネ号事件]の判断基準が妥当すること、[2]その際、相当の資力のある消費者については外国の裁判所を専属的管轄裁判所と指定する国際的裁判管轄の合意も、公序法に反して無効とはされないこと、[3]管轄合意の効力の準拠法は法廷地法であって、法例7条[現行の国際私法は「法の適用に関する通則法」7条~9条・11条]が適用されないことなどを示した点に意義があると思われる。
[1]については、消費者契約中の管轄合意の効力が争われた東京地判平成24・2・14(平22(ワ)7042号 ウエストロー・ジャパン文献番号2012WLJPCA02148003 ※3)も同様の立場を採用している。明文規定のない時点での判断枠組として最高裁判決の基準を用いることは、法的安定性・予見可能性の観点からも適切であろう。
[2]のチサダネ号事件最高裁判決の基準の適用については、再考の余地があり得る。改正法(民訴法3条の7第5項)では消費者の資力の有無を問わず、消費者契約に関する将来の紛争については、外国裁判所を専属的管轄裁判所と指定する管轄合意自体が原則的に無効とされているからである。法内容を変更するために改正法で明文規定の新設がなされたとの理解も可能であるが、他方で、改正法は法内容を明確化したに過ぎないとの理解も可能である。後者の理解に基づけば、平成24年3月末日までに締結した消費者契約中の管轄合意についても、外国裁判所を専属管轄裁判所として指定するものは「公序法に反する」として原則的に無効であると解することになろう。
[3]については疑問である。管轄合意にも実体的な側面と手続的な側面があり、裁判所は、実体的に有効な合意を前提として、自国法(法廷地法)に従って手続法上の効力(管轄権の排除や付与など)を付与していると理解すべきである。渉外性を有する消費者契約における管轄合意の実体法上の成立・効力については、国際私法によるべきであろう。

(掲載日 2013年8月5日)

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