判例コラム
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第20号 生殖補助医療の進歩と親子法の解釈 

~性同一性障害特例法に基づき性別の取扱いを変更した夫の妻が非配偶者間人工授精により出産した子の嫡出推定を認めた最高裁決定(最三小決平成25年12月10日※1)の意義と評価~

文献番号 2014WLJCC002
西村あさひ法律事務所※2
弁護士 細野敦

日々進歩する生殖補助医療と親子法に一石を投じる最高裁決定(最三小決平成25年12月10日)(以下「本件決定」という。)が下された。

本件決定の事案は以下のとおりである。
生物学的には女性である抗告人X1は、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた後、女性である抗告人X2と婚姻をし、抗告人X2は、夫である抗告人X1の同意の下、抗告人X1以外の男性の精子提供を受けて人工授精によって懐胎し、平成21年11月にAを出産した。
抗告人X1は、平成24年1月、Aを抗告人ら夫婦の嫡出子とする出生届を東京都新宿区長に提出したが、同区長は、Aが民法772条による嫡出の推定を受けないことを前提に、同年3月、Aの「父」の欄を空欄とし、抗告人X2の長男などとする旨の戸籍の記載(以下「本件戸籍記載」という。)をした。
そこで、抗告人らは、Aは民法772条による嫡出の推定を受けるから、本件戸籍記載は法律上許されないものであると主張して、筆頭者抗告人X1の戸籍中、Aの「父」の欄に「X1」などと記載する旨の戸籍の訂正の許可を求めたが、原々審の東京家裁※3、原審の東京高裁※4がこれを却下したため、即時抗告を申し立てた※5

本件決定は、「性別の取扱いの変更の審判を受けた者については、妻との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できないものの、一方でそのような者に婚姻することを認めながら、他方で、その主要な効果である同条による嫡出の推定についての規定の適用を、妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に認めないとすることは相当でな」く、「妻が夫との婚姻中に懐胎した子につき嫡出子であるとの出生届がされた場合においては、戸籍事務管掌者が、戸籍の記載から夫が特例法3条1項の規定に基づき性別の取扱いの変更の審判を受けた者であって当該夫と当該子との間の血縁関係が存在しないことが明らかであるとして、当該子が民法772条による嫡出の推定を受けないと判断し、このことを理由に父の欄を空欄とする等の戸籍の記載をすることは法律上許されない」などとして、原決定を破棄し、本件戸籍記載の訂正の許可申立てを認容した※6

本件決定が、特例法と民法の関係、民法の嫡出推定規定の適用範囲、子の福祉の観点からの嫡出推定規定の解釈の在り方等につき、最高裁判事らによる厳しい合議を経た結果であることは、2名の補足意見と2名の反対意見が述べられている、その決定理由からして明らかであろう。

特例法と民法の関係について、反対意見は、「特例法は同法に基づき男性への性別変更審判を受けた者と女性との婚姻において遺伝上の実子を持つことを予定していない」(岡部喜代子判事)、あるいは、「特例法2条の性同一性障害者の定義規定や特例法3条1項4号の性別取扱いの変更について生殖腺を欠くこと等の要件の規定、及び現在の生殖医療技術を踏まえれば、特例法の制度設計においては、性別取扱いの変更を受けた者が遺伝的な子をもうけることが想定されていないことは、否定できないところ」であり、「特例法の制度設計を前提として現在の民法を解釈すると、本件の抗告人らの子の地位は、父子関係の推定が及ばない、いわゆる『推定の及ばない嫡出子』の範疇にあると考えざるを得ない」(大谷剛彦判事)旨、特例法による民法の変容に厳格な立場をとる。これに対し、多数意見は、「特例法の想定の範囲はともかく、民法についていえば、高度化する生殖補助医療など立法当時に想定しない事象が生じていることはいうまでもない。それに備えてきめ細かな最善の工夫を盛り込むことが可能であるのは立法による解決であるが、そのような解決の工程が予測できない現状においては、特例法および民法について、解釈上可能な限り、そのような事象も現行の法制度の枠組みに組み込んで、より妥当な解決を図るべきであると思われる」(木内道祥判事補足意見)、あるいは、「『血縁関係による子をもうけ得ない一定の範疇の男女に特例を設けてまで婚姻を認めた以上は、血縁関係がないことを理由に嫡出子を持つ可能性を排除するようなことはしない』と解することが相当である。そして、民法が、嫡出推定の仕組みをもって、血縁的要素を後退させ、夫の意思を前面に立てて父子関係、嫡出子関係を定めることとし、これを一般の夫に適用してきたからには、性別を男性に変更し、夫となった者についても、特別視せず、同等の位置づけがされるよう上記の配慮をしつつその適用を認めることこそ立法の趣旨に沿うものであると考えられる」(寺田逸郎判事補足意見)として、問題解決に前向きかつ柔軟な解釈姿勢を示している。

そして、民法772条の嫡出推定の規定の適用についても、反対意見が、「嫡出性の推定は通常夫婦間でのみ性交渉が行われるという蓋然性と夫婦間でのみ行われるべきであるという当為によって根拠づけられる。そうであれば、夫婦間に性交渉が行われる機会がないこと、夫による懐胎の機会がないことが既に明らかとされている本件のような場合は、社会生活上の外観以上に性的関係を持つ機会のないことが明らかな場合といえる事情である」(岡部喜代子判事)、「夫婦が婚姻関係にあっても、明らかに客観的かつ外形的に血縁的な親子関係が生じないような事情がある場合、すなわち性的関係をもつ機会を持ち得ないなど遺伝的な子をもうけることがあり得ないような事情がある場合には、子が実質的には民法772条の父子関係の推定を受けないとされることが当審の判例とされ・・・」(大谷剛彦判事)る旨判示するのに対し、多数意見は、寺田逸郎判事が、「民法が、嫡出推定の仕組みをもって、血縁的要素を後退させ、夫の意思を前面に立てて父子関係、嫡出子関係を定めることとし、これを一般の夫に適用してきたからには、性別を男性に変更し、夫となった者についても、特別視せず、同等の位置づけがされるよう上記の配慮をしつつその適用を認めることこそ立法の趣旨に沿うものである」旨判示するとともに、木内道祥判事が、「夫婦の間の子の父子関係については、同条〔筆者注:民法772条〕の定めによる出生に該当するか否かをもって父子関係の成立の推定を行うことにより、血縁関係との乖離の可能性があっても、婚姻を父子関係を生じさせる器とする制度としたものということができる。このような嫡出推定の制度によって、嫡出否認の訴え以外では、夫婦の間の家庭内の事情、第三者からはうかがうことができない事情を取り上げて父子関係が否定されることがないことが保障される・・・。『実質的には同条の推定を受けない事情』・・・とは、多数意見においては、夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住していたことが明らかなことであり、反対意見においては、夫婦間に性的関係を持つ機会がないことが明らかなこととされ・・・二つの意見が相違するのは、父子の血縁関係を一方の極に置きつつ、血縁関係の不存在が何をもって明らかであれば嫡出推定を及ぼさない事由となるのかという点においてである」が、夫が特例法の審判を受けたという事情は第三者にとって明らかなものではなく、嫡出推定を排除する理由には該当しないとしている。

かようにして、本件決定は、特例法に基づき性別の取扱いを変更した夫の妻が非配偶者間人工授精により出産した子の嫡出推定を認めたわけであるが、多数意見、反対意見の内容如何にかかわらず、生殖補助医療の進歩に基づく親子法に関する法整備の必要性が随所に指摘されていることはいくら強調してもしすぎることはないであろう。すなわち、多数意見の補足意見として、寺田逸郎判事において、「〔筆者注:寺田逸郎判事の補足意見の〕本文を含めた以上の説明は、嫡出子とそのもととなる婚姻との関係についての現行法における理解を示したものであり、異なる制度をとることを立法論として否定するものではなく、これを維持するか修正するかなどは基本的にすべて憲法の枠内で国会において決められるべきことであることはいうまでもない」、「上記・・・の解釈は特殊な場合に即して夫=父親(副次的には妻=母親)の意思に比重を置いた結果としての家族形成を認める特例法の考え方から導かれるのであり、この特例法による仕組みにおいても、子の立場に立てば親の意思に拘束されるいわれはない度合いが強いと考える余地はあろうから、法整備ができるまでの間は、民法774条の規定の想定外の関係であるとして、子に限って親子関係不存在確認請求をすることができるとする解釈もあり得なくはないように思われる」旨、また、木内道祥判事において、「子にとって血縁上の父をもって法律上の父とする方法がないことが子の利益にとってマイナスに作用することがありうるであろうが、この点は、父を確保することとの衡量を制度上にどのように反映するかという問題であり、今後の立法課題である」旨、さらに、岡部喜代子判事において、「本反対意見は、非配偶者間人工授精によって生まれた子、配偶者の生殖不能にもかかわらず妻の産んだ子、母の夫との間に血液型等遺伝上明らかな背馳のある子などにおける嫡出推定の可否については何ら触れるものではないことを念のため付言する」旨、そして、大谷剛彦判事において、「特例法による婚姻関係において、性別取扱いの変更を受けた夫の妻が夫以外の精子提供型の生殖補助医療により懐胎、出産した子について、法律上の父子関係を裁判上認めることは、現在の民法の上記解釈枠組みを一歩踏み出すことになり、また、本来的には立法により解決されるべき生殖補助医療による子とその父の法律上の親子関係の形成の問題に、その手当や制度整備もないまま踏み込むことになると思われる。多数意見の見解は、特例法の制度趣旨を推し進め、性別の取扱いの変更を受けた者の願望に応え得るものとして理解できるところであるが、この特例法の制度設計の下で、子に法律上の実親子関係を認めることにつながることが懸念され、私としては、現段階においてこのような解釈をとることになお躊躇を覚えるところである。民法772条をめぐるさらなる議論と、また生殖補助医療についての法整備の進展に期待したい」旨それぞれ意見を述べ、今後の論者による活発な議論と生殖補助医療をめぐる法的問題に関する国会における法整備を強く要請していることを忘れてはなるまい※7

(掲載日 2014年1月27日)

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