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文献番号 2014WLJCC011
金沢大学 法学系 教授
大友信秀
1.はじめに
本年(2014年)6月6日、本田技研工業のスーパーカブの形状が立体商標として登録され※1 、あらためて立体商標への関心が高まっている。これまでにもコカコーラ※2やヤクルト※3を初めとする著名な形状が立体商標を取得してきたため、審査段階で必要な要件については次第に明確になってきているが※4 、取得した立体商標の侵害判断については事例がなかった※5。本田のスーパーカブが立体商標を取得する直前の本年5月21日にエルメスのバーキンの形状に対する立体商標※6の侵害を認める判決が下されていた※7。同判決を検討することで、立体商標の保護範囲の問題を審査と侵害判断の両面から明らかにしたい。
2.事案の概要
(1)請求原因
原告エルメスは、「バーキン」の名称で世界的に広く知られるハンドバッグの形状に立体商標を有している。被告は、「香港発ユニークブランド『GINGERBAG(ジンジャーバッグ)』公式販売店」としバーキンの「特徴的な部分を構成する蓋部やベルト等につき、質感を表現した写真を貼付し、(バーキン)と類似する形態の被告各商品を(輸入しインターネット上で)販売してい」た ※8。
原告は、被告による原告の商標権の侵害及び不正競争防止法2条1項1号、2号に該当する不正競争行為を理由に差止め及び損害賠償を求めて訴えを提起した。
(2)商標権侵害について
東京地裁(以下、裁判所という。)は、立体商標と他の標章との類否判断においても通常の基準が妥当することを確認した上で※9、平面標章を含む被告標章と立体商標である原告商標の類否判断方法を示した。その方法は、立体商標の「一又は二以上の特定の方向(所定方向)を想定し、所定方向からこれを見たときに看者の視覚に映る姿の特徴によって商品又は役務の出所を識別することができるものとすることが通常」であることを前提に「所定方向から見たときに視覚に映る姿が特定の平面商標と同一又は近似する場合には、原則として、当該立体商標と当該平面商標との間に外観類似の関係があるというべき」とするものである。このように立体商標と平面商標の類否判断では「所定方向」からの視覚イメージが極めて重要であるため、「所定方向」の特定が類否判断を左右することになる。裁判所は、この「所定方向」の決定は、「当該立体商標の構成態様に基づき、個別的、客観的に判断されるべき事柄である」とし、本件における所定方向については、装飾が施された正面部であるとした※10。
被告標章との類否においては、正面部の共通する視覚的特徴を確認し、他方、その他の方向から観察した場合に、原告標章においては立体的に表現された蓋部等が被告標章では立体的でないが、これら上部及び側面部は所定方向に該当しないため所定方向から観察した外観の類否判断に影響を与えないとした。
被告は、「被告各商品につき、そのデザインは写真として似ているかもしれないが、素材や価格などで明確に区別できる」と主張していたが、裁判所は、「(外観が類似していると)の判断を覆すに足る事実は何ら認めることができないし、商品の出所の誤認混同をきたすおそれがないものとも認められない。」とした。
(3)不正競争防止法上の責任
①2条1項2号(著名表示)
裁判所は、原告による販売、広告宣伝活動を通じ、原告標章が「原告の出所標識として著名なものとして、独立して自他商品識別力を獲得した」ことを認め、被告標章の正面が原告標章と同一の特徴を備えており、全体的形状が原告標章と類似するため、「被告は原告標章を自己の商品等表示としてこれを使用したということができる。」とした。
②2条1項1号(周知表示)
裁判所は、2条1項2号の判断において著名性を認めたことから周知性は十分に満たしていることを前提に、そのように著名な原告標章と被告標章が類似することから誤認混同のおそれを認めた。
(4)損害額等
被告が被告商品による利益額等を訴訟前に詳細に原告に伝えていたことから、商標法38条2項(被告利益額による損害額の推定規定)による損害額65万8400円が認められた。また、原告商品が1個100万円程度の価格を維持しているのに比べ1万5千円から2万円程度の被告商品は「著しく粗悪な商品」であると認定し、これにより原告商品にかかる信用を毀損した損害額が150万円をくだらないとした。認められた損害賠償額合計は弁護士費用20万円を加えた235万8400円である。
3.商標法3条2項
商標は、自己の商品もしくは役務を表示するものとして使用に先立ち登録することで他者を排して独占的に使用することが可能になる。しかしながら、商標はその使用に先立って登録させることでその後の独占的使用を確保するものであるため、出願時の商標には使用により獲得される信用がその時点で化体しているわけではない。審査においても求められるのは、使用時に他者の商標と区別できることという自他識別力が原則となる※11。
これに対して、立体商標は商品の形状が使用されることにより、形状そのものを超え、自他商品識別力を獲得した場合に認められるものである※12。立体商標は、本来的には自他商品識別力を持たない標章が長期間の使用によりその力を獲得したことから登録を認められる特別な商標である。したがって、立体商標はその登録時から全国的な著名性を有しており、著名商標が直面する問題はそのまま立体商標の問題となる。
4.著名商標の保護と商標法の役割
不正競争防止法では、2条1項2号により、著名な商品等表示は混同が生じない場合でも他人の利用を禁止することにより保護されることになっている。これに対して、商標法では登録商標と同一もしくはこれに類似する標章の利用が混同を生じさせることからその使用は禁止されることになる。つまり、登録主義を前提に登録商標に類似する標章の利用は混同を推定させることになる。したがって、本来、混同が生じないことが明らかな場合にまで類似する標章の使用を禁止する必要はないことにもなる。
立体商標は使用により著名になっているからこそ登録が認められるものであり、混同が生じない場合にも他者の同一もしくは類似の標章の使用により生じる希釈化(ダイリューション)や汚染(ポリューション)からの保護への期待も大きいと考えられるが、商標法の枠内では、著名商標に対してすでに用意されている防護標章制度等を超えて、混同が生じないことが明らかな場合にまで保護を認めることはできない。
したがって、本件判決のように、被告が主張した素材や価格の違いを軽視したまま行った外観の類似性判断を前提に商品の出所の誤認混同をきたすおそれがないとする判断は、類似性判断が出所の誤認混同の可能性判断を省略させており、この点で商標法の役割を踏み越えていると言わざるを得ない。
5.立体商標と商標的使用(商品等表示との関係)
立体商標には、ペコちゃん※13のように、キャラクターを立体化したものも存在する。このようなキャラクターを使用することは、それが著作権等の知的財産権の対象になっていない場合、原則自由である。これらキャラクターが立体商標として登録を認められるのは、キャラクターを使用する他人の行為が自己の商品や役務の出所を誤認させる行為となるからである。すなわち、立体商標の侵害は、侵害者が自己の商品や役務に対して商標的使用をしている場合に限られるのである。
著作権の対象になっているキャラクターに対して商標を取得し、これを長年にわたって使用していれば、当然、自他商品識別力を獲得することになる。このことにより著作権の保護期間が切れた後にもキャラクターの使用を独占することができることになれば、著作権法の趣旨を没却することになる(このことは意匠法との関係にも同様に当てはまる。)。そのためには、キャラクターの使用が商標的使用でない場合には、商標権侵害を認めないことが必要になる。本件を改めて眺めてみると、本件原告立体商標の対象であるバーキンはハンドバックであることから通常は著作物と認められないものであり、1984年の販売から30年以上経過しているため意匠法及びそれを補完する役割を担う不正競争防止法2条1項3号の保護も及ばないことになる ※14。
本件判決は、原告商標と被告標章の類否判断から誤認混同の可能性を認め、被告行為が商標的使用に該当するかどうかは全く判断しておらず、このことは不正競争防止法の判断においても同様である※15。
このように、本件判決によれば、立体商標は、他人がその商標と類似する標章を使用した場合、その目的や態様を問わず、したがって出所の誤認・混同が生じていない場合であっても侵害が認められる強力な権利であることになる。
6. 立体商標の類否判断
本件判決は、立体商標の類否判断は、「一又は二以上の特定の方向(所定方向)」から見た特徴を比較することによって行うとした。本件被告商品は原告商品に対して素材に大きな違いがあるものの、写真のように素材感が明瞭でないものと比較すれば類似性を認め易いものであった。しかしながら、バーキンのパロディ商品には、台湾のBANANE TAIPEI※16が製造・販売していた商品のように平面で構成されたキャンバス生地にバーキンに類似する横方向から見たデザインをプリントしたものもある※17。このようなバッグは形状において明らかにバーキンとは異なるが、正面一方向から見た場合にはそこに見えるデザインは類似しているとされるだろう。このような商品をエルメスが自ら製造・販売することも全くあり得ないわけではないが、第三者がエルメスではないことを明示して製造・販売する場合には、消費者がこれをエルメスもしくはエルメスと関係のある者が扱っていると考えることは想像しにくい。かえって本件被告商品を購入していた消費者に見られるように、エルメスの商品でないことを認識した上で購入している場合が多いと考えられる。ただし、このような第三者による商品形態の使用を放置すれば、商品形態自体が商標としての機能を有している以上、希釈化(ダイリューション)や汚染(ポリューション)による商標価値の減少を招くことにつながる。しかし、これら著名商標に必要な保護は現行法では不正競争防止法2条1項2号等に期待されている。
7.保護範囲を画するのは審査か侵害訴訟か?
登録主義の下での商標が一旦登録されると、これに類似する標章の利用は出所の誤認混同を強く推定させることになる。本件のように侵害裁判所において具体的な出所の誤認混同についての検討が行われないのであれば、審査段階でそのことを予測してより緻密な著名性及び該当事業領域における競争排除的要素について検討することが必要とされるのではないだろうか。もちろん、後者については特許庁の審査官の本来的役割ではないが、本件判決のような判断が今後も続くのであれば、現状の立体商標制度が商標制度の役割を大きく変更することにもなりかねない。また、これらの問題は、音や香り等の新しいタイプの商標においてはさらに問題となることが予想される※18。
8.おわりに
本件エルメス事件の被告は、原告の求めに応じ、訴訟前に、被告商品の販売数や販売価格に加え輸入時のインボイスも送信している。これは、原告が被告に対して内容証明郵便を送付する際に、被告商品の販売中止に加え、被告商品の販売期間、販売数量及び販売価格等の開示を求めたことによるものと考えられる。
被告はこれに対して正直に対応したために、訴訟上極めて重要な事実を訴訟前に原告に開示することとなった。このような姿勢からは、被告が被告商品の輸入・販売に際して、購入者に原告商品であるとの誤認混同を生じさせる意思がなかったことが窺える。本件において、被告の過失の認定や損害額、とりわけ信用毀損に基づくものに関してこのような点が考慮されたかは判決からは明らかではない。
本件被告は、商標的使用についても争った形跡がなく、本件を立体商標の侵害判断の先例とするには十分に各論点が扱われていないため注意が必要である。
(掲載日 2014年7月14日)