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文献番号 2016WLJCC007
金沢大学
教授 大友 信秀
1.はじめに
2つ以上の文字や図形等が結合した商標を結合商標と呼ぶが、そのような商標と他の商標の類似性が問題となる場合には、結合商標の識別力がどこにあるのかが問題となる。たとえば、結合要素の一つに強い識別力が認められれば、他の要素は類否判断では考慮されないことになるし、個別の構成要素に強い識別力が認められない場合には、結合した状態である結合商標全体に識別力があるものとして類否を判断することになる。
本事件は、「ラドン健康パレス湯~とぴあ※1(指定役務:入浴施設の提供)」の商標権者である株式会社湯ーとぴあ(以下、原告という。)が「湯~トピアかんなみ」を運営する函南町(以下、被告という。)に対して原告商標の侵害に基づく損害賠償ならびに差止めを求めたものである。
原審である東京地方裁判所判決※2は、原告の訴えを認めたのに対して、控訴審である知的財産高等裁判所判決※3は、これを認めず一審判決を取り消した。被告は、「温泉施設の提供」を指定役務とする「湯~トピアかんなみ」を含む図形商標に対して商標権を有しており(したがって、特許庁は原告と被告の商標を非類似と判断したことになる。)※4、この点から、特許庁の審査と裁判所の侵害判断の関係も問題となる。
本稿は、これまでの結合商標の類否判断も参考にしつつ、本件における具体的判断を紹介・分析するものである。
と、ここまでは、いつも通りに筆を進めたが、本稿の目的は別にある。本件原審の判断に釈然としないものを感じたことが、本件を選択し、読者の皆様に紹介する本当の理由である。民事訴訟が当事者の訴訟能力に結果が大きく作用される面があるということは否定できない。しかしながら、本件原審における被告主張に対する裁判所の反応は、平均的な論理性を満たしているとは言えず、このような訴訟に耐えうる能力を一般人である訴訟当事者ならびに地方で一般法務を扱う代理人に期待することは極めて重い負担となると考えられる。被告は、このような原審を受け、控訴審における攻撃・防御方法を進化させている。とりわけ原告が自ら「『ラドン健康パレス』部分からは、(略)ラドン温泉を提供する入浴施設とまでは理解できない。」と主張せざるを得なくなった被告側の攻撃は訴訟戦略として注目されるべき部分であろう。本件は、単なる結合商標の判例としてだけでなく、訴訟への対応例としても参考になる部分が多い事例と言えよう。
2.事案の概要
本件原告は指定役務を「入浴施設の提供」とした「ラドン健康パレス」及び「湯~とぴあ」を二段に配した図形商標(以下、原告商標という。)※5の権利者である。被告は、指定役務を「温泉施設の提供」とした「湯~トピアかんなみ」の図形商標※6の権利者であり、同名の入浴施設及びプール等の温泉施設を運営する者である。原告は、被告の運営する入浴施設において使用される標章が原告商標に類似し、同標章の使用が原告の商標権を侵害するとして、被告に対して、商標法3条1項及び2項に基づき、標章の使用差止めならびに広告物等の廃棄を求めるとともに、商標権侵害の不法行為に基づき損害賠償を求めて訴えを提起した。これに対して、原審である東京地方裁判所判決は、原告の訴えを認めたのに対して、控訴審である知的財産高等裁判所判決は、これを認めず一審判決を取り消した。
3. 原審(東京地判)の判断
(1) 原告商標
原審である東京地方裁判所は、原告商標が二段に配置されていることに注目し、原告商標は、「その外観上、上段の『ラドン健康パレス』の部分と下段の『湯~とぴあ』の部分とから成る結合商標と認められるところ、その文字の色及び大きさの違い、その配置態様によって、一見して明瞭に区別して認識されるものであるから、これらの二つの部分は、分離して観察することが取引上不自然と思われるほど不可分に結合しているものということはできない。」とした上で、「上段の『ラドン健康パレス』の部分は、(中略)『ラドンを用いた健康によい温泉施設』という程度の一般名称的な意味を示すにすぎないのに対して、下段の『湯~とぴあ』の部分は、『ユートピア』の『ユ』を『湯』に置き換えた造語であり、しかも、その文字が上段の文字よりもはるかに大きく目立つ態様で示されていることからすれば、原告商標の中で、『湯~とぴあ』の部分は、強く支配的な印象を与える部分ということができる。」とした。
(2) 被告標章
被告標章については、「湯~トピア」と「かんなみ」の二つの部分にそれぞれ異なる色を使用していることから視覚上の差異があることを指摘し、このうち造語である「湯~トピア」の部分が出所識別標識として強い印象を与え、「かんなみ」の部分はその機能が弱いとした。
(3) 取引の実情
また、取引の実情として、①原告施設と被告施設の所在地、施設の性格及び利用者層が異なること、②「全国の入浴施設については、同一の経営主体が各地において同様の名称を用いて複数の施設を運営することがあること」及び③「全国には、『湯ーとぴあ』又はこれに類する語を含む名称を有する入浴施設(略)があること」を認めた。
(4) 類否の結論
その上で、原告商標と被告標章とは、「強く支配的な印象を与える部分において同一の称呼及び観念を有するということができ」、その他の部分の相違は類否判断に影響を与えるものではないとした。その上で、取引の実情を考慮しても、原告商標と被告標章は、「入浴施設の提供という同一の役務に使用された場合には、その需要者において、その役務の出所について誤認混同を生ずるおそれがあると認めるのが相当というべきである。」と結論づけた。
(5) 被告主張の採否
①原告商標の「ラドン健康パレス」の部分について
原告商標の「ラドン健康パレス」という部分は、極めて特徴的な造語であって、インターネット検索によっても原告施設以外の施設が検出されない。このことから、出所識別機能があり、「湯~とぴあ」部分のみを原告商標の要部と評価することはできない。
以上の被告主張に対して、「(略)『ラドン健康パレス』の語は、元素の一つである『ラドン』、身体に悪いところがなくすこやかなことを意味する『健康』及び『宮殿、御殿。娯楽又は公益のための建築物』の意味を持つ『パレス』という一般的な単語を繋げたものであって、(略)ラドン温泉を提供する施設は日本全国に多数存在し、その中には、『ラドン健康センター』、『ラドン温泉健康センター』、『ラドン健康美容センター』、『ラドン温泉センター』、『ラドン保養センター』、『ラドン保健センター』、『ラドンセンター』、『ラドンスパ』、『ラドンサウナセンター』等の名称を用いる施設も多く、また、サウナや入浴施設の名称として、『センター』のほか『プラザ』、『ランド』、『パレス』の語が用いられることも一般的であることが認められることからすると、『ラドン健康パレス』の語が温泉施設の名称の中で用いられた場合には、それらの単語が持つ個々の意味合いを併せた『ラドンを用いた健康によい温泉施設』という程度の観念が生じるにすぎず、それ自体は、需要者にとって、その役務の提供場所、質、用に供する物、効能などを想起させるものにとどまるものと解される。そうすると、入浴施設の提供を指定役務とする原告商標については、『ラドン健康パレス』の部分が、造語である『湯~とぴあ』の部分に比して、需要者に対する出所識別標識として強く働いているものとは認めることができない。」とした。
②被告標章の一体性について
被告標章について、「湯~トピア」と「かんなみ」の文字が同じ字体で1列に表示され、函南町の花であるハコネザクラの絵が付されていることから両者を不可分一体のものとして評価すべきである。
以上の被告主張に対して、「湯~トピア」の文字と「かんなみ」の文字の色が異なること、「かんなみ」の文字は、被告運営施設の所在地を指すものとして認識させるにとどまることから、被告標章における「かんなみ」の文字と「湯~トピア」の文字とが不可分一体のものとして出所識別機能を果たしていると解することはできないとした。
③全国における「ユートピア」の称呼を有する施設の存在と登録商標の存在
全国には、原告施設及び被告施設以外にも「湯~とぴあ」又はこれに類似する名称を有する入浴施設が複数存在する。特許庁においても、被告標章を含め、「ユートピア」の称呼を有する商標が複数登録されている。以上から、原告商標の「湯~とぴあ」の部分は出所識別機能を有しない。
以上の被告主張に対して、「湯~とぴあ」は造語であること、また、原告商標中で、他の文字と比べかなり大きなフォントで目立つ態様で表示されていることから、「需要者に対して、出所識別標識として強く支配的な印象を与える部分ということができる。」また、全国には、「湯~とぴあ」又はこれに類似する語を含む名称の入浴施設が原告施設及び被告施設以外にも10件程度存在することが認められるが、「『湯~とぴあ』の語が入浴施設を表す用語として一般的でありふれていて、入浴施設に用いられた場合に出所識別標識としての機能を果たさない表示になっているとは認めることができないのであって、むしろ、それらの施設の各名称において、当該部分がそれぞれ顧客吸引力を有する出所識別標識としての機能を果たしていると解するのが相当である。」また、「ユートピア」の称呼を含む登録商標が原告商標以外に7件存在することを認めたが、以下の理由から、「湯~とぴあ」の部分が出所識別機能を果たしていないということはできないとした。①このうち3件については、平成3年法律第65号による商標法改正(平成4年4月1日施行)によって役務商標の登録が可能になった際の改正付則により、先後願関係の制限を受けないため登録されたこと、②①と1件は重なる4件については、「ユートピア」又は「湯とぴあ」の文字を含むが「湯ートピア」ないし「湯ーとぴあ」の文字をふくむものではないこと、③上記②に含まれる2件と上記①及び②に含まれない1件については、「いずれも標準文字から成るものであって、各文字の大きさ及び書体は同一であり、その全体が等間隔に1行でまとまりよく表されているものであるから、そのうちの一部の文字部分だけが独立して見る者の注意をひくように構成されているということはできないものである。」
④取引の実情から原告施設及び被告施設を誤認混同するおそれがない。
原告施設及び被告施設の所在地、性格、利用者層などの違いなどの取引の実情から、両施設を誤認混同することはない。
以上の被告主張に対して、両施設が設定されている場所の間は一定の距離を有しているとしても、「登録商標は国内全域で効力を有するものである以上、かかる事情をもって、原告商標と被告標章との誤認混同のおそれを否定することは相当でない。また、被告施設は函南町が設立・運営する公共施設であるが、被告標章自体からそのことが認識できるわけではなく、かつその具体的使用態様においても、そのことが明示されているわけではないから、被告標章に接した需要者が、そのような施設の性格の違いを認識して、出所を区別するものとは認められない。さらに、被告標章を使用する被告施設にラドン温泉関連施設がないとの事実についても、被告標章に接した需要者が、その標章自体から被告施設におけるラドン温泉関連施設の有無を認識するものとはいえないし、また、原告商標において強く支配的な印象を与える部分は、『ラドン健康パレス』の部分ではなく、『湯~とぴあ』の部分であると認められるから、被告施設にラドン関連施設がないとの事実が、原告商標と被告標章との誤認混同のおそれを否定するに足りるものであるとはいえない。そして、被告施設の利用者の大半が函南町及びその近隣市町村の住民であるとの実情があるとしても、被告施設の利用は、それらの住民に限定されているものではなく、他の地域からの利用者がいることも事実であり、しかも、被告標章がインターネット上のウェブサイトにおいても使用されていることに照らせば、上記実情によっても、誤認混同のおそれがないということはできない。」とした。
4.控訴審(知財高判)の概要(類否判断部分)
(1) 原告(被控訴人)商標の上段部分と下段部分を分離観察することの可否
判決は、結合商標に関する類否判断に関する先例を確認し、原審の原告商標認定を踏襲した上で、原告商標の上段部分と下段部分を分離観察することの可否を検討した。
「湯」の漢字を含むもの及び含まないもので「ゆうとぴあ」と称呼する文字列を含む入浴施設が、それぞれ16件及び17件存在することを認定し、また、称呼を「ユートピア」、指定役務に第42類「入浴施設の提供」を含む登録商標として、原告商標のほかに、7件存在することを認めた。
これらの事実から、「『ゆうとぴあ』と称呼される語は、(略)入浴施設の提供という役務においては、全国的に広く使用されているということができる。したがって、原告商標のうち、下段の『湯~とぴあ』の部分は、入浴施設の提供という指定役務との関係では、自他役務の識別力が弱いというべきであるから、取引者又は需要者をして役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるということはできず、この『湯~とぴあ』の部分だけを抽出して、被告標章と比較して類否を判断することは相当ではない。」とした。また、同様に、「『ラドン健康パレス』の部分は、(略)一般名称的な意味を示すにすぎず、入浴施設の提供という指定役務との関係では、自他役務の識別力が弱いというべきである。」とした。
以上から、原告商標の上段部分と下段部分はいずれも出所識別力が弱いものであって、両者は不可分一体として理解されるべきものであり、「分離観察せずに、全体として一体的に観察して、被告標章との類否を判断するのが相当である。」とした。
(2) 被告標章について
前方の「湯~トピア」の部分は原告商標同様自他役務の識別力が弱く、後方の「かんなみ」の部分も役務が提供される場所をあらわすものにすぎず、自他役務の識別力が弱いため、全体として不可分一体として理解されるべきであるとした。
(3) 原告商標と被告標章との類否
原告商標(「ラドンケンコウパレスユートピア」の称呼及びそこから生じる観念)と被告標章のうち強く支配的な印象を与える部分である「湯~トピアかんなみ」とを対比して、称呼及び観念を異にするものであり、外観においても著しく異なることを認め、取引の実情からも役務の出所について誤認混同を生ずるおそれはなく、両者は類似しないとした。
5. 本件の基本的構造
本件では、被告も「温泉施設の提供」を指定役務とする「湯~トピア」の語を含む図形商標を取得しており※7、被告自身も商標の専用権が及ぶ部分には排他権を有している。また、被告が使用していた商標は、被告ホームページ※8を見る限り自身の登録商標と同一のものであり、この点からも使用商標が異なるために他者の商標を侵害することになったわけでもない。したがって、本件で侵害が認められることは、特許庁による被告商標の登録(先行登録との類否判断)に問題があったことを意味することになる。
特許庁における結合商標の類否判断は、特許庁商標審査基準第4条第1項第11号に従って行われている。そこでは、結合商標が一体不可分に機能する場合には、原則、全体観察により、商標を構成する文字等の全体から生ずる外観、称呼、観念により類否判断を行い、例外的に、結合商標の要部が抽出される場合がある。どのような場合に例外となるかについては、使用されている文字や記号等の大きさという結合商標内の個々の要素の外観的特徴や、それぞれの要素の識別力の強弱による※9。
本件では、原告商標が二段に配置されていたため、相互の外観的特徴である文字の大きさが上段と下段で異なる点、また、商標中の各要素、とりわけ「湯ーとぴあ」という語の識別力の強さが問題となった(同様に被告標章の「湯~トピア」部分と「かんなみ」部分に使用された文字色が異なっていたため、これらを一体として評価するかどうかも問題とされた。)。
原審は、取引の実情として、「湯ーとぴあ」と同一もしくは類似する名称を使用する入浴施設が全国に原告施設及び被告施設以外にも10件程度存在すること、「ユートピア」の称呼を含む登録商標が原告の商標以外にも7件存在することを認めている。通常、これらの事実は、「湯ーとぴあ」の語の識別力を否定する方向に働くものであるが、他施設の存在については、特に具体的な主張もしくは事実を提示することなく、「むしろ、それらの施設の各名称において、当該部分がそれぞれ顧客吸引力を有する出所識別標識としての機能を果たしていると解するのが相当である。」としたり、登録商標との関係では、同一もしくは類似している称呼に言及することなく、使用されている文字の細かな差を指摘するなどの外観上の問題のみに固執している。
原審は、原告商標中上段の「ラドン健康パレス」部分と下段の「湯ーとぴあ」部分の文字の大きさという外観や「湯ーとぴあ」が造語であることという商標自体の形式に固執し、取引の実情をほとんど考慮しない事実認定を行ったと言っても過言ではないであろう。
特許庁の審査段階であれば、市場が形成されていない等の事情により具体的な取引状態が具体化しておらず、そのために商標自体の外観上の特徴を重視して引用例との類否判断を行うことも理解できる。ただし、特許庁における審査においても、結合商標中に識別力の弱い文字等を有する商標に対して、画一的にその部分を除外して他の部分を要部とする判断は皆無になっているとも指摘されており※10、具体的事件について判断する。したがって、具体的な取引の実情がある程度持ち込まれる裁判所においては、そのような実情を重視した判断がなされなければならないと言える(そうでなければ裁判所は必要ないことにもなるのではないだろうか。裁判所が自らの存在を否定する判断を行うことをどのように理解すれば良いのだろうか。)。
これに対して、控訴審である知財高判は、原告商標の上段部分と下段部分はいずれも出所識別力が弱いものであって、両者は不可分一体として理解されるべきものであり、「分離観察せずに、全体として一体的に観察して、被告標章との類否を判断するのが相当である。」とした。このような判断は、結合商標の類否審査にかかる特許庁の判断とも軌を一にしている※11。
結合商標の構成部分を要素に分け、一部について識別力を発揮する部分とすることは、その部分に実際に識別力があることが前提になっている。結合商標の表面を観察し、結合商標を構成する要素内での文字の大小等の特徴に依存して相対的な顕著性により要部を決定することには何の意味もないと言わざるを得ない。
6. 原審判決の構造と論理性
原審が原告の請求を認容した理由は、原告商標の要部が「湯ーとぴあ」であり、その部分に識別力があるということにつきる。そのことにより、被告標章をこれに対応させるために、「湯~トピア」を他の要素から分離することとなった。「湯~とぴあ」部分を分離できるとする理由は、「ラドン健康パレス」に使用されている文字の大きさと比較して相対的に大きな文字を使用しているという点にあり、この点は、両部分が分離可能かどうかに関する理由にはなるが、分離すべきかどうかの理由にはならない。分離すべきかどうかは、「湯~とぴあ」部分に識別力があるかどうかに左右されるが、この点については取引の実情を考慮することが不可欠となる。そして、取引の実情について、原審が重視したのは、市場に「湯ーとぴあ」もしくはこれに類似する名称を使用して入浴施設を運営する主体が複数あるという点ではなく、入浴施設を指定役務とする「ユートピア」の称呼を含む登録商標が複数あるという点でもなく、原告施設と被告施設が利用者がほとんど競合しない程度の地理的距離を保っているという点でもなく、「全国の入浴施設については、同一の経営主体が各地において同様の名称を用いて複数の施設を運営することがあること」であった。しかし、原告、被告ともに他の施設を同様な名称で運営しておらず、本件で取り上げられた「湯~とぴあ」もしくはこれに類似する名称で入浴施設を運営している他の主体についても、一主体が統一した名称で複数の施設を運営しているかどうかについて、全く言及されていないため、裁判所の論拠を支えるものになっていない。
7.おわりに(原審と控訴審を分けたもの)
被告は、原審を受け、控訴審で提出した証拠において、「ユートピア」の称呼を含む名称を使用する入浴施設の数を34に増やしたり(このうちユの部分に湯を使用するものが16カ所で使用しないものが18カ所。原審では、インターネット検索サイトにおける「湯ーとぴあ」の語の検索でヒットした上位100件に12件のヒットがあったと主張している。)、称呼を「ユートピア」とする7件の登録商標についても、原告商標との類否関係に関する詳細な分析を加えている。
この点が原審と控訴審の判断を分けることとなったのだろうか。上述したように、原審の論拠は、「全国の入浴施設については、同一の経営主体が各地において同様の名称を用いて複数の施設を運営することがあること」にあり、この点については、控訴審においても新たな証拠が提出されているわけではない。したがって、原審と控訴審を分けた理由を被告の証拠の増加やそのことによる主張の強化に求めることは論理的ではない。
結局は、原審の裁判官と控訴審の裁判官の具体的事情に対する姿勢の差が結論を分けたというしかない。この点からは、上述のように、特許庁と裁判所の違い(特許庁は商標の登録審査時に裁判所が侵害事件を扱う段階ほど具体的な取引の実情についての情報を得ているわけではないこと)から、裁判所は具体的な取引の実情に関心を示す必要があり、この部分を慎重に考慮することこそが裁判所の役割であるとも言える。今後の裁判において、このような裁判所の役割を認識した本件控訴審判決の姿勢が踏襲されることに期待したい。
(掲載日 2016年3月28日)