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文献番号 2017WLJCC005
青山学院大学法務研究科(法科大学院)教授※2
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック 弁護士※3
浜辺 陽一郎
1 事案の概要
今回取り扱うのは、「経産省元幹部のインサイダー取引」として報道された著名事件の刑事裁判における最終結論である。
被告人となった元エリート官僚は、経済産業省大臣官房審議官として同省商務情報政策局情報通信機器課が所掌する半導体素子、集積回路その他情報通信機器等の部品等に関する事業の発達、改善及び調整等の事務の企画及び立案に参画し、関係事務を総括整理する職務に従事していた。
被告人は、職務上、半導体素子等の電子部品の開発及び製造等を業とする上場会社NECエレクトロニクスの業務執行決定機関がルネサステクノロジとの合併について決定した旨の事実(以下「本件重要事実」という。)を平成21年3月9日頃に知った。そこで、被告人は同年4月21日から同月27日までの間に、妻名義でNECエレクトロニクスの株合計5000株を代金合計489万7900円で買い付けた。
また、別の会社が産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法に基づく事業再構築計画の認定を取得し、同計画に沿って第三者割当増資を行うことについての決定をした旨の事実を遅くとも平成21年5月11日までに知り、その公表前である同月15日及び同月18日、被告人の妻名義で、某社の株券合計3000株を代金合計305万9000円で買い付けた。
これら2つの件について起訴されたが、被告人は、既に株式購入時点でメディアへのリークがあり、関連する記事もあったこと等を理由として、既に「重要事実」は公表されていたから、インサイダー取引には当たらない等として争った。
しかし、いずれの裁判所も、その株券購入時点では本件重要事実は公表されていなかった等として有罪とした。一審判決は、懲役1年6月及び罰金100万円で、3年間その懲役刑の執行は猶予されたが、金1031万9500円を追徴するものとされた。
控訴審では控訴棄却となったので上告したが、今回の最高裁で上告も棄却され、確定した、というのが今回の事件の顛末である。
2 被告人が争った理由
被告人が最高裁まで争った主張をもう少し詳しく説明すると、次の2点であった。
第一に、本件重要事実は、金融商品取引法(平成23年法律第49号による改正前のもの。以下「法」という。)166条4項、同法施行令(同年政令第181号による改正前のもの。以下「施行令」という。)30条1項1号に基づき、NECエレクトロニクス社の代表取締役等が二以上の報道機関に公開したことにより公表され、法166条1項による規制(以下「インサイダー取引規制」という。)の対象外となった可能性が高く、少なくともかかる方法により公表されていないことにつき検察官が立証責任を果たしていない、
第二に、本件重要事実は、平成21年4月16日付け日本経済新聞朝刊及びそれに引き続く一連の報道(以下「本件報道」という。)により既に公知の状態となっており、法166条所定の「重要事実」性を喪失し、インサイダー取引規制の効力が失われていた、などと主張した。
確かに、罪刑法定主義の手前もあるから、弁護人としてベストを尽くすのであれば、こうした主張をすること自体は、やむを得ないのだろう。
しかし、被告人となった元エリート官僚は、いずれのケースでも正式な「適時開示」がされる前に、妻名義で取得していた。何か後ろめたかったのではないかと推測される。本人名義で堂々と取得してはいない。その取引金額たるや、489万7900円及び305万9000円で、2社の株券合計8000株を合計約800万円で買い付けたといったもので、公務員にしては常軌を逸した多額の投資をして、短期間で確実な儲けを狙った行動をしていたものと疑わざるを得ないような状況だった。
こうした事案で、そんな主張までして無罪を争うかどうかについては、最終的には、被告人自身が決めるべきことで、少なくとも被告人の意向が強く反映するところだ。
3 最高裁の判旨
法166条4項及びその委任を受けた施行令30条は、インサイダー取引規制の解除要件である「重要事実の公表の方法」を限定列挙した上で、詳細な規定を設けている。施行令30条1項1号は、重要事実の公表の方法の1つとして、上場会社等の代表取締役、執行役又はそれらの委任を受けた者等が、当該重要事実を所定の報道機関の「二以上を含む報道機関に対して公開」し、かつ、当該公開された重要事実の周知のために必要な期間(同条2項により12時間)が経過したことを規定していた。
この法の趣旨に照らせば、その方法は、報道内容が、同号所定の主体によって公開された情報に基づくものであることを、投資家において確定的に知ることができる態様で行われることを前提としていると解される。こうした考え方から、最高裁は、「情報源を公にしないことを前提とした報道機関に対する重要事実の伝達は、たとえその主体が同号に該当する者であったとしても、同号にいう重要事実の報道機関に対する『公開』には当たらないと解すべきである」という解釈論を明らかにした。
さらに、「本件報道には情報源が明示されておらず、報道内容等から情報源を特定することもできないものであって、仮に本件報道の情報源が施行令30条1項1号に該当する者であったとしても、その者の報道機関に対する情報の伝達は情報源を公にしないことを前提としたものであったと考えられる。したがって、本件において同号に基づく報道機関に対する『公開』はされていないものと認められ、法166条4項による重要事実の『公表』があったと認める余地もない」として、単なるリークとか、適時開示前の非公式な情報伝達だけでは、「公開」にはならないということを明らかにした。
加えて、「所論がいうように、法令上規定された公表の方法に基づかずに重要事実の存在を推知させる報道がされた場合に、その報道内容が公知となったことにより、インサイダー取引規制の効力が失われると解することは、当該報道に法166条所定の『公表』と実質的に同一の効果を認めるに等しく、かかる解釈は、公表の方法について限定的かつ詳細な規定を設けた前記(1)の法令の趣旨と基本的に相容れない」とも指摘する。
以上の理由から、「本件のように、会社の意思決定に関する重要事実を内容とする報道がされたとしても、情報源が公にされない限り、法166条1項によるインサイダー取引規制の効力が失われることはない」と判断した。
4 若干のコメント
残念な事件である。「公表」に関して、当然の解釈を示したもので、もしも最高裁が元エリート官僚の主張を認めようものなら、インサイダー取引規制の法目的はまったく達成できないだろう。
この事案では、妻名義で取引をさせており、約800万円も注ぎ込んでいること自体が、かなり常軌を逸している。もっとも、「妻」名義という点については、一審において「被告人が妻から半ば強制的に株券の買付けをさせられていた」等という弁解をしており、弁護人らは、被告人と妻の複雑な関係が背景にあったような主張をしていた。しかし、地裁、高裁とも、詳しい経緯を検討の上、弁護人が主張するような状況にあった様子は窺われないとして、その主張を退けている。そのような弁明が通ると考えての計画的な犯行であったかどうかは、謎であり、そこは事実認定に関する問題であり、最高裁では争われていない。
いずれにしても、被告人は経産省審議官として要職にありながら、職務上知り得た情報を私利私欲のために用いたもので、職務に対する自覚を著しく欠いた人物だったとしかいいようがない。その弁明も、その弁明の内容そのものが、いかがなものかと思われるようなもので、弁明の仕方からして倫理観の欠如が現れているような印象を受ける。恐らく試験の成績が優秀だからこそ、そこまでの地位に昇りつめたのだろうが、こういった人物が経産省の中枢で我が国の政策決定を担っていることがあると思うと、ぞっとするところだ。試験成績だけで「優秀な人間」を選ぶという選抜システムにも、問題があるかもしれない。
とはいえ、現代は、こうした困った人たちが現れることを想定して、インサイダー取引規制を整備しており、摘発の手法も進歩している。今や、市場において、こうした不正を監視しているのは人間ではない。電子的な取引はすべて厳重に監視されているのだ。元エリート官僚は、そんなことも知らなかったのだろうか。これからの不正検知ソフトは、人工知能(AI)の発達によって、さらに精度を高めていくだろう。
民間企業においても、自社の組織から、こうした不届者を出さないようにするには、法律知識を与える研修よりも、この摘発がいかに効果的・効率的に行われるものであるかを周知することが重要だ。併せて、組織的なバックアップ体制として、不安がある取引をする場合には事前相談を利用するなどして、決してこうした規制に引っかからないように啓発することが最低限度のことであろう。
ただ、そういう法令遵守の話だけでは、あまりにもレベルが低い感じもする。もとより何のために、自分はその仕事をしているのか。そうしたインサイダー情報に接するだけの地位にあるとの自覚をもって立派な仕事をしようという高度な倫理観こそが重要なのではなかろうか。
(掲載日 2017年2月13日)