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文献番号 2017WLJCC010
明治大学
教授 野川 忍
1.はじめに
労基法37条は、法定最長労働時間を超える時間外労働と法定休日の労働、それに深夜労働に対して法定の割増率以上の割増率により算定された額を支払わねばならないことを、違反に対する刑罰を担保として使用者に義務付けている。長時間労働の抑制が中心的な政策課題となっている今日、長時間労働の抑制を一つの中心的な目的とする同条の解釈、運用は重要な課題であり、本件判決の影響力は小さくないものと思われる。
2.本件の概要
歩合制を採用するタクシー・ハイヤーの各社は、さまざまな賃金計算方式を制定しているが、本件におけるY社では、一乗務(15.5時間)当たり1万2500円の基本給のほか、乗務しない場合の服務手当、交通費、歩合給、及び休日・深夜・時間外の割増賃金を支給することとしていた。ところがY社の賃金規則では、歩合給の算定に当たってまず対象額Aを定め、その計算を[(所定内揚高-所定内基礎控除額)×0.53]+[(公出(休日出勤)揚高-公出基礎控除額)×0.62]として、これを割増賃金と歩合給の計算に用いていた。このうち歩合給は二種類あり、歩合給(1)は、対象額A-(割増賃金合計額+交通費×出勤日数)、歩合給(2)は(所定内税抜揚高-34万1000円)×0.05で計算され、割増賃金は、時間外(法内残業も含む)・深夜・公出のうちの法定外休日該当分とも対象額A/総労働時間×0.25に、それぞれ残業時間、深夜労働時間、公出日の労働時間を乗じて算出され、公出のうち法定休日の割増賃金は、対象額A/総労働時間×0.35に公出の労働時間を乗じて算出されていた。運転手としてこれらの賃金算定方式を適用されていたXら14名は、これらの計算式のうち、歩合給の計算に当たって割増賃金額を控除する旨定めた賃金規則上の規定は無効であるとして、控除された割増賃金相当額の未払賃金、遅延損害金、付加金(労基法114条)の支払を求めた。
3.原審までの判断
第一審(東京地判平27・1・28)※2は、Xらの請求のうち、賃金規則の、対象額Aから割増賃金分を控除する旨の一部規定が無効であることを認め、歩合給を「対象額A-交通費」で計算しなおしたうえで、Xらに対する未払賃金分と遅延損害金の支払を命じた。原審(東京高判平27・7・16)※3も、本件賃金規則の上記規定によれば「時間外等の労働をしていた場合でもそうでない場合でも乗務員に支払われる賃金が同じになる…のであって、…[労基法37]条の趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するものとして民法90条により無効であるといわざるを得ない」として控訴を棄却した。
4.最高裁判決の概要
最高裁は原審判断を破棄し、以下のように述べて、本件を差し戻した。すなわち、労基法37条は、そこに定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるのみであって、「使用者に対し、労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし、これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。そして、使用者が、労働者に対し、時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには、労働契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で、そのような判別をすることができる場合に、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり…他方において、労働基準法37条は、労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると、労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に、当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの、当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し、無効であると解することはできないというべきである。」
5.最高裁判決の意義
本件判決に対して、一部のメディアは、歩合給による賃金制度の場合には労基法の割増賃金制度が適用されない場合がある、との論調で紹介しており、一定の反響を呼んだ。しかし、最高裁はそのようなことは全く言っておらず、むしろ、これまでの判例の傾向を確認した点に最大の意義がある。すなわち、判旨が原審の判断を破棄したのは、割増賃金分の未払賃金の支払を命じた点ではなく、その前提にある、対象額Aから割増賃金を控除して歩合給を算定するとの規定が効力を有しないとした点である。この点を強調するため最高裁は、「当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得る」ことを明言しており、むしろ差戻審ではこの点が中心的な争点となるものと想定される。
本件のように、労基法37条の割増賃金について、たとえば時間外労働の場合に導き出される「通常の賃金の時間当たり算定額×時間外労働時間数×1.25」という計算式によらずに算出する方式については、結果として同算定式により算出された額を下回っていない限り、同条違反にはならないことを最高裁は繰り返し明言しており(高知県観光事件(最二小判平6・6・13)※4、テックジャパン事件(最一小判平24・3・8)※5)、ただ、割増賃金の算定基礎となる額と割増賃金そのものとが区別できるのでなければ、支払われた額が全体として割増賃金算定の基礎額に組み込まれることになるので、それでは割増賃金が支払われたことにならないことに注意を促していたのである。
したがって本件の最大の意義は、最高裁によるこのような従来の判断枠組みを確認した点にあるのであって、新しい判断基準やこれまでにはなかった考え方を示したものではないことに注意が必要である。
6.労基法37条の趣旨
労基法に定められた割増賃金は、時間外労働、休日労働、深夜労働の三つが対象とされ、それぞれについて割増率が規定されているが、同条は刑罰規定であって、罪刑法定主義の立場から、違反が生じるのは、結果として同条により算定された額の割増賃金を支払わなかった場合のみであって、どのような算定方法で割増賃金を支払うかは契約の自由に委ねられていると解される。ただし、割増賃金支払義務が発生する根拠である「時間外労働」等が生じたことが当該割増賃金の支払の根拠となるのであるから、たとえば時間外労働について、時間外労働が行われてもその分の賃金額が全く増加しないような算定方式による場合は、そもそも割増賃金が支払われたことにならないので、同条違反が生じる。しかしそれも、結果としてそうなった時点で同条違反が生じるのであり、ただちにそのような算定方式自体が無効であるかは、民事上の割増賃金支払義務をどうとらえるかによって異なることとなる。
7.労基法37条によらない算定方式による割増賃金支給の適法性
具体的には、たとえば月給30万円、残業手当として固定給2万円が別途支払われるという賃金制度は、これ自体が労基法37条違反となるわけではない。時間当たり賃金×時間外労働時間数×1.25で算出された額が2万円以下でさえあれば同条違反は成立せず、たまたま2万円を上回ってしまった月については違反が成立し、その月について使用者に差額を支払う義務が生じるということになる。これに対して、月給を30万円とし、これは常に時間外労働の割増賃金を含んだ額であるとして、具体的には、時間外労働が何時間あろうと、それに対して支払われるべき割増賃金を控除した額が基本給であると使用者が主張した場合、これでは30万円のうち割増賃金を算定すべき基礎となる額も、割増賃金自体も区別できないので、割増賃金が支払われたことにはならず、30万円を時間給に引き直して時間外労働時間数と1.25を乗じた額を改めて時間外労働の割増賃金として支給しなければならないのである。
それでは、本件のように歩合給による計算の場合はどうなるか。この点につき判断した先例が上記高知県観光事件最判であり、この事件では、支給されていた歩合給が、労働者が時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものでなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことから、労基法37条による割増賃金が支払われたとは認められないとされた。この趣旨を本件に敷衍すると、本件の賃金算定方式では、割増賃金自体は支払われているので、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金部分との判別は可能と言える。問題は、時間外労働を行っても、割増賃金と交通費の合計額が対象額Aを上回るような特別の場合を除いて、賃金は全く増額しない点であろう。特に歩合給(1)は、時間外労働が多くなればなるほど通常の労働時間の賃金が減額されるという仕組みとなっており、時間外労働時間数の増大によって賃金が増えるという関係が認められない。最高裁が、こうした方式による割増賃金の支給が、労基法37条による割増賃金を支払ったことになるか否か自体は問題となり得る、としたのはこのような事情による。
8.展望と課題
以上の点を踏まえると、差戻審においては、本件算定方式による割増賃金の支給が、上記の判断基準によって労基法37条の割増賃金の支払があったと認められ得るか否かが中心的な争点として争われ、その場合には、割増賃金が多くなれば通常の賃金が減額されるため、総額としては時間外労働がいくらなされてもそれによる増額が生じないという事態をどうみるかが最大の争点となろう。この点、本件では歩合給(2)も支給されるので、これを含めた賃金総額が、上記の点から検証されることが予想される。また、今後の課題として、労基法37条の趣旨・目的に明確に反するような規定は、それだけでは常に公序違反を導き得ないと言えるか否かの検討も必要となろう。
(掲載日 2017年3月24日)