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文献番号 2017WLJCC011
同志社大学
教授 高杉 直
1.はじめに
知的財産は、物理的な実体をもたないため、その内容を知っていれば「いつでも、どこでも、誰でも」容易にこれを利用することができる(知的財産のユビキタス性)。そのため、国境を越えた知的財産権の無断使用など、知的財産をめぐる紛争は、国際性を帯びることも多い。国際的な民商事紛争の場合には、①どの国の裁判所で裁判が行われるか(国際裁判管轄)、②実体判断の基準としてどの国の法が適用されるか(準拠法)、③外国裁判所で下された判決が日本においても効力を有するか(外国判決の承認執行)、④外国と日本の裁判所で同一事案に関する訴訟が提起された場合にどう処理するか(国際訴訟競合)などの特別な問題(国際関係私法上の問題)が生ずる。
本件は、日本の特許権(本件特許権)について、韓国法人(LGディスプレイ)と日本法人(大林精工)の間で特許権の譲渡契約の「準拠法」が問題となった事案である。
2.事実の概要
[1]X(原告・控訴人)は、液晶ディスプレイパネル等の開発・製造等を行う韓国法人であり、平成10年、韓国法人K(LG電子)から液晶ディスプレイ事業を譲り受けた。Z(被告・被控訴人)は、金型の設計・製造・販売等を目的とする日本の株式会社であり、本件特許権1の登録名義人である。Zの代表者は、Aである。Yは、平成3年から平成10年までの間、Kの液晶ディスプレイ事業部門において、技術顧問として勤務していた者であり、本件特許権2の登録名義人である(本件では、Yも被告・控訴人兼附帯被控訴人となっているが、本稿ではXとZの関係だけに言及する)。
[2]Zは、平成8年から平成13年にかけて、本件特許権1~3につき、それぞれ設定登録を受けた。
[3]Zは、平成15年1月、Xに対し、Xが製造、販売等する液晶ディスプレイが、Zの保有する本件特許権1の侵害品である旨の警告書を送付した。
Xは、Zが特許出願している液晶表示装置に関する複数の発明は、いずれもYがX在籍中にした発明であり、かつ、その職務に属するものであるから、同発明に係る権利はXに帰属すべきものと考え、平成15年10月、Zに対し、Zが主張する特許権は、X名義とされなければならないものであるとして、本件特許権1等をXに直ちに移転するよう求める警告書を送付した。さらに、Xは、平成15年12月、Zを相手方として、米国コロンビア地区連邦地方裁判所に対し、Aが真の発明者でないことを理由として、ZはXに対して本件特許権1に対応する米国特許に基づく権利行使をすることができないことの確認等を求める訴訟(本件米国訴訟)を提起した。
[4]Zは、平成15年12月、本件特許権1につき、訴外Hに対する通常実施権の設定登録手続を了していた。
[5]Xの知的財産権チームのシニアマネージャーであったBは、平成16年3月、Zの代表者としてのAに対し、Y及びAに宛てた通知書と共に、全部で4枚からなる「合意書」と題する文書(本件合意書)をファックス送信し、Y及びZにおいて速やかに本件合意書に調印するよう求めた。
英文と和文で作成された本件合意書には、次の記載があった。
「2.YとZは、Xが定める日程と方法に従って、……[本件特許権1~3]に関する全ての権利をXに無償にて移転する。
……
9.本件合意書に関し紛争が行った(判決注:原文ママ)場合、その準拠法は韓国法令とし、管轄法院(裁判所)はソウル中央地方法院にする。」
[6]Aは、平成16年4月3日、本件合意書のうち、Y及びAの各署名がある3枚目及び4枚目の部分を、Bに送付した。その際、Aが作成したカバーレターには、「1点を除いて、貴殿の申し入れを全て受け入れたいと思います。下記の点で承認を頂くことができなければ、貴殿の申入れは全く受け入れることができません。ご存知のとおり、我々は、既に訴外Hとの間で契約がありますので、貴殿の申入れ全てを受け入れれば、おそらく、Hと対立しなければならなくなってしまいます。私は、そのような状況を回避したいと思います。……」との記載がされていた。
[7]Bは、平成16年4月21日、A及びYに宛てて、H等との間で締結したライセンス契約の詳細を開示して欲しいことなどを内容とする文書を送付した。これに対し、Aは、Xが望むのであれば、上記特許権等の譲渡手続をする用意があるが、その前に本件米国訴訟を取り下げて欲しい、また、上記ライセンス契約の詳細は機密事項であるため開示できないなどと回答し、その後のXの求めに対しても、上記ライセンス契約の詳細は開示しなかった。
[8]Xの知的財産センター長となったBは、平成17年10月11日に至り、Xの署名欄に自ら署名して完成した本件サインページを、本件合意書の1枚目及び2枚目と共に、Aに宛ててファックス送信した。その後、Xは、Aと面談した際、上記合意書の原本をAに示してその履行を求めたが、Aはこれを拒絶した。
[9]Xは、平成18年10月、Zらを相手方として、ソウル中央法院に対し、本件特許権1、同2及び関連する外国の特許権又は特許を受ける権利につき移転登録手続を求める訴訟を提起した(本件韓国訴訟)。本件韓国訴訟において、Zらは、本件合意書による契約の効力について、対象となる発明がYの職務発明であることを前提に契約したものであってXとZらとの間で意思表示が合致しない、反社会的又は不公正な法律行為である、錯誤、詐欺又は強迫などの意思表示の瑕疵があるなどとして争った。ソウル中央法院は、平成19年8月、本件特許権1及び同2を含む外国特許権等の移転登録手続を求める訴えにつき国際裁判管轄が認められないとして却下したが、控訴審であるソウル高等法院は、平成21年1月、本件特許権1及び同2を含む外国特許権等についても国際裁判管轄を肯定し、本件合意書による契約の成立を認めた上で、Zらに対し、本件特許権1及び同2その他の特許権又は特許を受ける権利について移転登録手続を命じる判決をし、同判決は、その後、大法院によって上告が棄却されたことにより確定した。
[10]Xは、同判決の日本国における執行を求めて執行判決請求訴訟を提起したが、XがZらに対して本件各特許権の移転登録手続を求める訴訟は、日本国の専属管轄に属するとされ、執行判決を求める請求はいずれも棄却された(名古屋地裁豊橋支部平成24年11月29日判決(2012WLJPCA11296015)=平成23年(ワ)第561号、名古屋高裁平成25年5月17日判決(2013WLJPCA05176005)=平成24年(ネ)第1289号、最高裁平成26年6月26日決定(2014WLJPCA06266005)=平成25年(受)第1706号、水戸地裁下妻支部平成24年11月5日判決(2012WLJPCA11056005)=平成23年(ワ)第206号、東京高裁平成24年(ネ)第7779号、最高裁平成25年(受)第1441号)。
[11]他方、Zらは、平成22年7月、Xを相手方として、東京地裁に対し、Zらが本件各特許権につき移転登録手続をする義務がないことの確認を求める訴訟を提起した(東京地裁平成25年2月19日判決(判タ1391号341頁、2013WLJPCA02199001)=平成22年(ワ)第28813号)。
[12]Xは、X及びZの間において、ZがXに対して本件特許権1及び同3を無償で譲渡する旨の契約(本件契約)が成立したと主張して、Zに対し、本件各特許権の移転登録手続等を求めて訴えを提起した。東京地裁(東京地裁平成27年12月25日判決(2015WLJPCA12259003)=平成26年(ワ)第8274号)は、Zに対する請求には理由がないとして、請求を棄却した。
そこで、Xが控訴した。これが本件である。
本件での主たる争点は、[1]Zが本件契約の成立を争い、また、意思表示の瑕疵を主張することは、訴訟上の信義則に反し、許されないか、[2]本件合意書に関する紛争の準拠法は韓国法か、日本国法か、[3]XとZとの間に、本件契約(本件特許権1及び同3を無償で譲渡する旨の契約)が成立したか、[4]XとZとの間の本件契約が錯誤により無効となり又は詐欺による取消しが認められるかである。
3.判決
Xの本件控訴は理由がないが、XのZに対する請求のうち、本件特許権1の移転登録手続を求める部分は、控訴審における本件口頭弁論終結時において本件特許権1が既に消滅しており訴えの利益が失われているので、原判決を変更して、同部分を却下し、その余の請求をいずれも棄却する。
【争点1】Zが本件契約の成立を争い、また、意思表示の瑕疵を主張することは、訴訟上の信義則に反し、許されないか
「Xは、Zが、本件各権利を無償で譲渡する旨の契約(本件契約)が成立したことを争い、また、Zの意思表示に瑕疵があったと主張することは、同旨の主張が排斥された本件韓国訴訟の単なる蒸し返しにすぎず、訴訟上の信義則に反するものとして排斥されるべきである旨主張する。
しかしながら、本件韓国訴訟では、確かに本件合意書による契約(本件契約)について意思表示の瑕疵が争点の一つになったと認められるが、この点がどれほど争われたかは、本件韓国訴訟の判決文を検討しても必ずしも判然としない。そして、そもそも、XがZに対して本件各特許権の移転登録手続を求める訴訟は、日本国の専属管轄に属するのであって、このことを理由に、本件韓国訴訟の結果確定した判決の日本国における執行を求める請求も棄却されているところである。これらのことからすれば、専属管轄を有する日本国で行われる本件訴訟において、Zが本件合意書による契約の成立を争い、あるいは意思表示に瑕疵があったと主張することが、当該主張自体を封じねばならないほど不当な前訴の蒸し返しに当たるとは評価できない。」
【争点2】本件合意書に関する紛争の準拠法は韓国法か、日本国法か
「(1)前記認定のとおり、本件合意書9条において、本件合意書に関して紛争が生じた場合、その準拠法は韓国法と指定されているところ、本件サインページにはY及びAの署名があること、本件サインページを返送する際にAが作成した本件カバーレターには、『1点を除いて、貴殿の申し入れを全て受け入れたい』との文言があり、Zらは、準拠法については特に異議を述べる意思はなかったと認められること等の事情からすれば、本件合意書による契約(本件契約)の成立及び効力については韓国法によるというのが、当事者の合理的意思であったと推認するのが相当であり、かかる推認を覆すに足りる証拠はない。
したがって、本件の準拠法は、韓国法であるというべきである(法の適用に関する通則法附則3条3項、旧法例7条1項)。
(2)これに対し、Zらは、準拠法の指定合意が無効であるとか、取り消されるべきであるなどと主張する。
しかしながら、ここでは、本件契約に関する合意の成否や効力を問題としているのではないことはもとより、準拠法に関する合意の成否や効力を問題にしているのでもなく、飽くまで本件契約の成否について争いが生じたときに、いずれの国の法律によってこれを判断するのが当事者の合理的意思に合致するかを探求しているにすぎないのであるから、かかる主張は失当である。
また、Zらは、①本件合意書においては日本国の特許権及び特許出願が対象となっていること、②本件合意書が日本語で作成されていること、③A及びYは日本で本件合意書に署名したことなどからして、本件合意書に関して紛争が生じた場合の準拠法は、日本国法とされるべきである旨主張する。
しかしながら、①については、日本国の特許権等が対象であるとしても、譲渡契約自体は国外でもできる以上、譲渡契約を締結する当事者の合理的意思が必ず準拠法は日本国法によるとの意思であると解すべき根拠はないというべきであるし、②についても、本件合意書は日本語(和文)のみならず英文でも作成されているのであるから、必ずしも決め手となるものではない。③についても然りであり、A及びYが日本で本件合意書に署名しているとの点は、合理的意思解釈を行う際の一つの要素にはなり得ても、それだけで決め手になるものではない。
結局、前記(1)で説示した事情によれば、本件の準拠法に関する当事者の合理的意思解釈としては韓国法によるものと解するのが相当であり、Zらの主張はかかる認定を覆すに足りないというべきである。」
【争点3】XとZとの間に、本件契約(本件特許権1及び同3を無償で譲渡する旨の契約)が成立したか
「(2)Xの主位的主張(契約成立日を平成16年4月3日とするもの)について
Xは、Bが平成16年3月23日に本件合意書の案文を送付したことにより、本件契約の申込みを行い、これに対し、Aが同年4月3日に本件サインページをXに返送したことにより、Zが同申込みを承諾した旨主張する。
しかしながら、次のとおり、かかるXの主張を採用することは困難である。
ア まず、前記認定事実によれば、Aは、本件サインページをXに送付する際、本件カバーレターを同封しているところ、同カバーレターには、……明示的に、本件合意書の条項の一部を拒否し、この拒否が受け入れられないのであれば、Xの申入れは全く受け入れられない旨が記載されており……、これによれば、本件サインページの返送をもって、Zが、本件合意書の案文の送付によるXの契約の申込みを承諾したと認めることは困難である。……
イ 次に、X自身も、本件サインページの返送を受けた後、すぐに本件合意書を完成(自社の署名欄に代表権限を有する者が署名することを指す。以下同じ。)してZらに送付しておらず、これを行ったのは、1年半以上も経過した平成17年10月になってからである。Xが、同月に至るまで本件合意書を完成させず、この間、Zらとの間で交渉を継続していたということは、とりもなおさず、Xとしても、本件カバーレターにおいてZらが留保した点が正に契約の要素に関する重要な部分であって、この点が解決しない限りは、全体として合意の成立に至らないとの認識に立っていたことの表れであると解さざるを得ない。……
したがって、主位的主張に関するXの主張は、採用することができない。
(3)Xの予備的主張1(承諾の意思表示に付された停止条件が成就したことにより、平成17年10月11日に契約が成立したとするもの)について
Xは、Aが本件カバーレターを添付して本件合意書を返送したことが、Zが第三者との間で締結した本件各特許権に係るライセンス契約をXが承認することを効力発生の条件とする停止条件付き承諾の意思表示と解されると主張し、その後同停止条件が成就したことにより、契約が成立したと主張する。
しかしながら、前記(2)ア、イで説示したところによれば、本件カバーレターの記載をもって単なる停止条件付き承諾の意思表示と解することはできないというべきである。……
以上によれば、予備的主張1に関するXの主張も、採用することができない。
(4)Xの予備的主張2(新たな申込みに対する承諾により、平成17年10月11日に契約が成立したとするもの)について
Xは、Aが本件カバーレターを添付して本件合意書を返送したことが、Zによる新たな申込みであったとしても、Bが同人の署名のある本件サインページをAに宛ててファックス送信したことにより、Xは、平成17年10月11日、Zによる新たな申込みを承諾した旨主張する。
しかしながら、同時点では、既に韓国旧商法52条における承諾の通知を発すべき『相当な期間』が経過しており、Zらによる『新たな申込み』は効力を失っていたとみるのが相当であることは、前記(3)のとおりである。
したがって、予備的主張2に関するXの主張も、採用することができない。
(5)Xの予備的主張3(Zの黙示の承諾により、平成17年10月11日以降に契約が成立したとするもの)について
Xは、Bが同人の署名のある本件サインページと本件合意書とを平成17年10月11日にAにファックス送信したことが新たな申込みに当たるところ、Zは、平成23年10月に至るまで何らの異議を述べなかったことにより、Xによる新たな申込みに対して黙示的に承諾し、これによって契約が成立したと主張する。
しかしながら、前記認定事実によれば、Zは、平成17年10月11日以降も本件特許権1等の移転登録手続に応じず、その後Xから提起された本件韓国訴訟においても、対象となる発明がYの職務発明であることを前提に契約したものであってXとZらとの間で意思表示が合致しないなどとして、契約の効力自体を争っていたのであり、本件合意書に従った移転登録義務を負うことを黙示的に承諾していたとは認め難いというほかない。……
したがって、予備的主張3に関するXの主張も、採用することができない。
(6)以上によれば、XとZとの間に、本件契約(本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約)が成立したものとは認められない。」
4.本判決の意義と本件に関連する諸問題
本判決は、特に、[1]主契約からの準拠法条項の独立性を正面から認めた点、[2]日本特許権の譲渡契約における外国準拠法の指定を認めた点に、その意義を有すると思われる。
(1)準拠法条項の独立性
本判決は、「ここでは、本件契約に関する合意の成否や効力を問題としているのではないことはもとより、準拠法に関する合意の成否や効力を問題にしているのでもなく、飽くまで本件契約の成否について争いが生じたときに、いずれの国の法律によってこれを判断するのが当事者の合理的意思に合致するかを探求しているにすぎない」と判示しており、契約の無効等の主張によっても、その契約中に定められている準拠法条項が当然には無効等とされないこと(準拠法条項の独立性)を前提としている。
なお、原審では、「Zらは、本件合意書9条は、日本の特許権の登録に関する訴えについても韓国のソウル中央法院を専属管轄にする点において無効であり、同条から準拠法の選択部分のみを切り離して検討すべきでない旨主張するようである(Zらは、準拠法の指定合意が無効であるとか、取り消されるべきであると主張している。)。しかし、裁判管轄については、当事者が選択しようとした国の裁判所が国際裁判管轄を有するか否かが問題となるのに対し、準拠法については、そのような問題があるわけではないから、両者を切り離して検討すべきことは、むしろ当然である。また、Zらは、本件合意書が全体として不当であって、ZらはXとの間で裁判になることを想定していなかったと主張するが、必ずしも準拠法に関する当事者の意思の解釈に影響を与えるものとは認め難い。」と判示しており、準拠法選択条項について、主契約からの独立性だけでなく、裁判管轄条項と共に準拠法選択条項が定められている場合に、裁判管轄条項が無効とされても準拠法選択条項が生き残るという意味で、裁判管轄条項からの独立性をも認めていた。
かかる判示は、契約書作成の実務にも一定の示唆を与えるものと思われる。
(2)日本特許権の譲渡契約の準拠法
本判決は、日本特許権の譲渡契約の準拠法について、旧法例7条1項を適用し、「本件合意書による契約(本件契約)の成立及び効力については韓国法によるというのが、当事者の合理的意思であったと推認するのが相当」であると判示した。
契約(法律行為)の成立及び効力の準拠法については、現行法上、「法の適用に関する通則法」(通則法)7条以下の規定によって決定される。その附則2条は、「改正後の法の適用に関する通則法(以下「新法」という。)の規定は、次条の規定による場合を除き、この法律の施行の日(以下「施行日」という。)前に生じた事項にも適用する。」と定め、同3条3項は、「施行日前にされた法律行為の成立及び効力並びに方式については、新法第8条から第12条までの規定にかかわらず、なお従前の例による。」と規定する。附則3条3項は、「新法第7条」を意図的に除外しており、通則法7条の規定が、通則法の施行日前にされた法律行為に対しても遡及的に適用されるとの趣旨である(附則2条による)。通則法7条は、旧法例7条1項と実質的に同一趣旨の規定であるため、遡及的に適用しても問題がないと考えられたからである(小出邦夫編『逐条解説 法の適用に関する通則法(増補版)』(商事法務、2015)439頁を参照)。この点、通則法7条を適用せずに旧法例7条1項を適用した本判決は疑問である。
もっとも、旧法例7条1項に関する判示であるとはいえ、本判決は、同趣旨の規定である通則法7条の解釈においても参考となろう。すなわち、当事者の一方が作成した書面上の準拠法条項に対し、異議を述べずに受け入れた場合には、当該準拠法条項が指定する法によるとの合意的意思が推認されることになる。
(3)ボイラープレート条項の重要性
上記のとおり、本件では、日本特許権の譲渡契約の準拠法が問題となったが、その前の本件韓国訴訟や日本での執行判決請求訴訟では、国際裁判管轄も争点となっている。国際裁判管轄条項や準拠法条項は、契約書でも最後の部分に置かれ、かつ、定型化されていることが多い(ボイラープレート条項とも呼ばれる)。そのため、契約交渉を行う担当者(特に企業の事業部門の担当者)の中には、その重要性についての認識が十分でない者もいると仄聞する。
しかしながら、本件の経緯からも垣間見えるように、裁判管轄条項や準拠法条項は、紛争解決の枠組みを決定する極めて重要なものであり、グローバル経済を前提に活動を行っている企業においては、法務担当者のみならず事業部門の担当者においても、かかる問題(国際関係私法上の問題)についての理解を深めておく必要があろう。