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文献番号 2017WLJCC014
明治学院大学
教授 西山 由美
1.はじめに
国内にある不動産の譲渡による対価は、国内源泉所得であり(所得税法161条1項5号)、その譲渡者が非居住者である場合、当該譲渡の対価の支払者には源泉徴収義務が生じる(同法212条1項)。
本件では、不動産売買取引における譲渡者(売主)の「非居住者」(所得税法2条1項5号)該当性につき、支払者(買主)である事業者には代金支払時点※2でその確認義務があることを前提として、その確認のための注意義務のありかたが争われた。すなわち、売主が非居住者であるかどうかを確認するために、その「住所」または「居所」の確認が不可欠であるところ、その確認について税務当局ほどの調査権限を持たない買主に対して、いかなる程度の注意義務が求められるかが主要な争点となった。
租税法における「住所」の定義は、民法22条「住所」の借用概念として位置づけられ、その解釈について「武富士事件・最高裁判決」(最高裁平成23年2月18日判決※3)は、「反対の解釈をすべき特段の事由はない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであ[る]」との判断を示している。
また、非居住者を売主とする不動産売買取引における買主の源泉徴収義務の制度趣旨と立法目的の合理性について東京地裁平成23年3月4日判決※4(以下、「東京地裁23年判決」という)は、「本件源泉徴収制度は、その立法目的※5が正当なものであり、その立法目的達成のための手段として必要性・合理性に欠けることが明らかであるということはできず、前記の立法府の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するということはできないから、憲法13条、29条1項に反するものということはできない」との判断を示している。
2.事実の概要と争点
不動産業を営むX社(原告・控訴人)は、訴外Aとの間で不動産(土地および建物)の売買契約を締結し、売買代金と固定資産税精算金などあわせて7億6000万円余を支払った(平成20年3月。なお、売買代金の送金先は米国銀行、215万円余の精算金の送金先は国内の銀行であった)。これに対してX社の所轄税務署長は、Aが非居住者であることを理由に、X社に源泉徴収義務があるとする納税告知処分を行った。
Aが非居住者であるかどうかの判断にあたり、原審および本件控訴審で認定された事実は以下のとおりである。
3.争点に対する判断
東京高等裁判所は、原審を支持し、納税者の控訴を棄却した。
争点①について:
「Aは、米国において、米国籍及び社会保障番号を取得しており、日本国内には米国発給の旅券を用いて入国している。また、Aは、平成14年を除き平成10年から平成20年までの各年に日本に入国している(平成19年は最多の4回)ものの、その滞在期間は、最も短かったのは平成20年の55日間(1年のうち15.1パーセント)、最も長かったのは平成15年の177日間(同48.5パーセント)であり、その余は1年間のうち2割台及び3割台の期間の滞在にとどまっている。そして、Aが、2000年(平成12年)11月に本件米国住居を購入し、2001年(平成13年)以降は本件米国住居において本件長男と同居して生活していたことに鑑みれば、本件支払日の当時において、Aの生活の本拠は、本件米国住居にあったというべきである。」
「Aは、日本国内に滞在している間は、本件建物を生活の場所としているものの、Aが本件建物に滞在していたのは、平成10年以降多くとも年4回程度にすぎず、日本国内における滞在期間も1年の過半には満たない。そして、Aが本件支払日以前の1年間において本邦に滞在した日数は156日であるから、Aが本件支払日時点において日本国内に1年以上居所を有していなかったことは明らかである。」
争点②について:
X社は、Aが非居住者であるかどうかを確認する注意義務自体は争わず、本件においてはこの注意義務を尽くしても確認できなかった旨を主張したのに対して、裁判所は、X社の担当者が非居住者の判定に重要な客観的事情(出入国の頻度、米国の家族関係など)を確認しなかったこと、AはX社に対して代金振込先としてA1名義の複数の米国銀行口座を指定した事実を踏まえ、次のような判断をした。
「[Aが]米国内に合計12の金融機関に合計18もの預金口座を有していることについて何らかの疑問を抱くのが自然であり、その口座名義人の住所が米国内の住所とされていることに鑑みれば、Aが米国内に生活の本拠を有している可能性を検討する必要があったというべきである。しかしながら、X社の担当者は、この点について特段の質問をしておらず、本件手書メモないし本件米国口座に関して抱くべき疑問を解消することをしていないといわざるを得ない。・・・X社は、Aの非居住者性を判定するに当たり、Aの米国における家族関係を確認することが必要であったというべきであり、その確認ができない又は困難であったことを窺わせる事情を認めるに足りる証拠はない。・・・以上によれば、X社が、本件譲渡対価の支払に当たり、Aが非居住者であるか否かについて確認すべき注意義務を尽くしていたということはできない。」
4.本判決の検討
4-1 「住所」の意義
相続税法のもとでの贈与税の納税義務者について、「贈与により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有する者」と規定されるが(現行相続税法1条の4第1項1号)、「武富士事件・最高裁判決」は、この「住所」を民法の借用概念とし、「客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である」とした。ここでいう「生活の本拠たる実体の客観性」は、国内と海外の滞在日数、国外での仕事内容、海外での居住環境(家族や住居の状況)などが考慮対象になりうるが、家族の有無や海外赴任の期間次第で、個々のケースごとに判断されることとなろう。
さらに、同最高裁判決における須藤裁判官の補足意見にもあるように、交通手段が著しく発達した昨今では、国内と国外それぞれに客観的な生活の本拠が認められることもありうる ※6。
本件の事実によれば、不動産売買取引の行われた平成20年のAの国内滞在期間は、1年の約15パーセントにとどまり(「武富士事件」の納税者の国内滞在期間は、1年の約26パーセント)、米国国内に住居を有して長男と暮らしており、Aの生活の本拠は米国にあるといえる。このように裁判の段階では、Aが米国の居住者であり、日本の非居住者であることは客観的に明らかになったといえるが、問題は、本件の支払時において、買主であるX社にいかなる程度の確認義務があったかである。
4-2 非居住者であることの確認義務
本件でAは、支払時に国籍喪失の届出をせずに亡父の戸籍に登録されており、住民票や登記書類等において国内の住所を記載しており、X社担当者の国内居住者であるどうかの問いに対して「そうですよ」と回答している。それでもなお、X社としてはAが非居住者かどうかの確認をするべき注意義務があるだろうか。
本件判決以前の判例や裁決例によれば、取引相手が非居住者かどうかの確認義務は、その取引の性質および両当事者間の親密性が重要な要素になると考えられる。
取引の性質に関しては、上記「東京地裁23年判決」は、「不動産売買における売主と買主の法律関係をめぐる取決め事項は、代金決済とそれと引換えに行われる引渡しや所有権移転登記手続に代表されるものではあるが、それにとどまるものではなく、売買契約の目的物である不動産が相当高価であることとも相まって、引渡し等の後の売主の担保責任(民法570条)や契約締結時には想定しなかった事項・事態への対応等の当該売買契約の目的を完全に達するために必要な事項をも包含するものであり、そうであるとすれば、買主としては、代金決済等の後のものも含めて、売主の住所・居所、資力その他の事情や属性に強い関心を有するのが通常である」と指摘し、不動産売買取引が一般に高額であることや、引渡し後の対応の必要から、買主は売主の住所等に強い関心を持つであろうことに注目している。
両当事者の親密性に関しては、非居住者とされる代表取締役に対する給与にかかる会社の源泉徴収義務につき、大阪高裁平成3年9月26日判決※7は、「居住者であるか非居住者であるかは、受給者の申告事項ではなく、支払者によって判断されるべき事項であり、しかも、支払者は、通常、業務を通じて受給者の国内外の滞在状況、勤務形態、国内外における住所等について把握しているから、通常一義的に明確であると考えられ[る]」との判断を示している。
他方、店舗賃借人の賃貸人(非居住者)に対する賃借料にかかる源泉徴収義務につき、その源泉徴収を行わなかったことに対する不納付加算税の可否が争われた国税不服審判所裁決例(国税不服審判所平成25年5月21日裁決※8)は、不納付加算税について賃借人の責めに帰すことができない客観的事情があり、不納付加算税が課せられない「正当な理由があると認められる場合」に該当されるとした。その判断根拠として、請求人である賃借人と賃貸人との関係の希薄性(契約には賃貸人の母が立ち会っていたこと、契約後の数回の連絡は賃貸人が委任した管理人に行っていたこと、賃貸人と賃借人とが直接接触した事実も必要性もなかったこと)を挙げている※9 。
これらの判決、裁決例および本件判決を踏まえると、支払者の「非居住者」確認義務の程度については、いくつかの手がかりを得ることができる。
第一に、「両当事者間の契約内容」である。本件では、Aとの不動産売買契約自体は一回性のものであったが、X社は東証一部上場の不動産会社であり、日々この種の契約を反復継続している。また、本件取引が高額なものであることに加え、契約書中に所有権移転後のAの瑕疵担保責任が記載されており、代金支払時のみならず、その後もAと連絡をとる可能性があり、Aが現に居住する場所の確認はX社にとっても重要であり、かつ、その確認はさほど困難なものではなかったものと思われる。
第二に、「非居住者との親密性」である。物理的な遠近だけでなく、両者が接触する機会や情報交換の機会が複数あったか、両者間がそれぞれの利害を持ちつつも協力関係を前提としていたかどうかである。本件については、X社の担当者がたびたびAと面会をしており、非居住者に該当するかどうかを確認する機会は十分にあったと思われる。
第三に、日常生活に銀行は不可欠であることから、「非居住者が指定する銀行口座」は、その者の生活実体をあらわす要素のひとつとなりうる。もっとも、居住実体のない海外に銀行口座を持つこともありうるが、少なくとも本件においては、Aの指定する複数の銀行口座が米国銀行のものであり、X社はAが米国内にも住居を保有していることを知っていたのであるから、Aが米国の居住者である可能性を前提とするべきであった。
第四に、非居住者であるかどうかの確認作業における「非居住者による事実の隠蔽や仮装の有無」である。この種の隠蔽・仮装があった場合には、源泉徴収義務者となるべき者としては注意義務を尽くしても確認は困難である。しかしながら本件に関しては、Aが本件売買による所得を米国で申告していないことから、日本と米国の両方で課税を免れたいという願望はあったかもしれないが、Aが高齢であり、契約に至る交渉過程に弁護士や税理士等の専門家が同席していた事実も認められないことから、X社の担当者が非居住者であることの説明や質問を尽くせば、Aはこれに対して虚偽の回答をすることなく、生活の本拠がいずれにあるかが判明したものと思われる。
4-3 事業者にとって確認義務は過重負担か
X社は、本件控訴審において、売主の過重負担についての主張を加えている。すなわち、X社はAより提出された公的書類(登記や固定資産にかかる書類)により、Aが居住者であることを確認したこと、Aのプライバシーにかかわる事項を質問することは、不動産取引における取引通念を超えた高度な注意義務を課すものであることを主張し、税務当局ほどの調査権限※10を有しないX社に対して調査義務を課すのは不当であると主張した。
これに対して本件控訴審判決は、いずれの主張も「原審における主張と実質的に同じである」として退けており、源泉徴収義務者となるべき者の調査義務の程度、とくに税務当局の調査義務との比較による検討はなされていない。
しかしながら、居住者か非居住者かの判定において「生活の本拠たる実体の客観性」が重要な要素となることを前提とすれば、住民登録や登記簿登録という過去のある時点で行われる公的手続のみに依拠するのでは足りず、現在の生活実体に関する事項(家族関係、仕事の内容、資産状況)の調査を行う必要がある。税務当局の持つ調査権限のない者が、相手方のプライバシーにどこまで踏み込めるかについては、少なくとも本件のように不動産売買取引を業とする者としては、非居住者である可能性のある相手方に対して、日本の租税法における「居住者」の意味と法的効果を説明し、そのうえで非居住者に該当するかどうかを確認するための質問を行う義務がある。そしてその義務の程度は、取引金額の多寡、両当事者間の親密性、非居住者の可能性がある相手方の悪意の有無によって個別に判断されるべきであろう。
(掲載日 2017年5月1日)
(掲載日 2017年5月1日)