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文献番号 2017WLJCC025
明治大学
教授 野川 忍
1.はじめに
本件は、最近件数としても増加し、注目度も高まっている労契法20条をめぐる事案の一つであり、原告らが日本郵便会社という大企業の非正規労働者であるということからも、非常に注目された訴訟であった。同条に基づいて有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違の不合理性が争われた裁判例は、ハマキョウレックス(差戻審)事件(大阪高判平28.7.26労判1143号5頁・Westlaw Japan文献番号2016WLJPCA07266001)、長澤運輸事件(第一審東京地判平28.5.13労判1135号11頁・Westlaw Japan文献番号2016WLJPCA05136001※2、控訴審東京高判平28.11.2労判1144号16頁・Westlaw Japan文献番号2016WLJPCA11026001)、メトロコマース事件(東京地判平29.3.23労判1154号5頁・Westlaw Japan文献番号2017WLJPCA03236001)、ヤマト運輸事件(仙台地判平29.3.30労判1158号18頁・Westlaw Japan文献番号2017WLJPCA03306011)などすでに一定の蓄積がみられ、その間に同条の適用にあたってのルールが形成されつつある。労働条件の相違は有期契約と無期契約の相違に「関連して」生じたものであれば同条の適用があることや、不合理性の判断は個々の労働条件について行うべきであることなどはその典型であろう。他方で、同条が掲げる考慮要素としての「その他の事情」の位置づけや具体的内容、同条違反の法的効果として補充的効果まで認められるか否か、不合理性が認定された場合の救済方法など、課題も山積している。本件は、これらの多くについて裁判所としての一定の判断を示しており、今後の同種事案について大きな影響を及ぼすことが予想される。
2.本件の概要
日本郵便会社の郵便局の従業員は、平成25年度までの旧一般職と平成26年度からの新一般職、及び地域基幹職からなる正社員と、非正規従業員である時給制契約社員という区分によって構成されており、本件原告X1~X3は時給制契約社員に属していた。新一般職は、人事制度改革によって設けられた職種である。このうち旧一般職と地域基幹職は、外務、窓口、内務など幅広く業務を担当し、異動の範囲も同一局内のみならず局を変わる異動も予定される職務である。また地域基幹職は、支社などの社員に登用され、将来的に役職者、管理者となることも想定されている。さらに新一般職は、窓口業務や郵便内務・外務など標準的な業務に従事し、管理業務を行うことは予定されていない。これに対し原告ら時給制契約社員は、外務事務または内務事務のうち特定の定型業務に従事するものであって、担当業務が変更される場合には本人の了解を得たうえで行われている。管理業務に就くことは予定されていない。その職責は、配達業務や窓口業務など従事している特定の定型業務を適式に処理することにとどまっている。加えて時給制契約社員には、勤務時間の長さを最初から限定して募集され、当該勤務時間での勤務を合意して採用されている者もいた。もっとも時給制契約社員であっても、正社員登用試験に合格すれば正社員への道が開かれていたが、その合格率は13%程度であった。
時給制契約社員は、人事評価の仕組みについても服装等の身だしなみや時間の厳守等の「基礎評価」と担当業務の習熟度を中心とした「スキル評価」によっており、地域基幹職に対する幅広い業績評価や職務行動評価などとはかなり異なった内容であった。また時給制契約社員にはそもそも職位が付されておらず、昇任昇格はなかった。異動については、正社員は出向、転籍まで含めて幅広く予定されており、新一般職でも転居を伴わない人事異動は行われていたが、時給制契約社員は職場と職務内容を限定して採用されているので正社員のような異動はないものの、局の閉鎖や新局の開設等に伴って例外的に他の郵便局での勤務が打診されることはあり、その際は従前の郵便局での雇用契約をいったん終了させて改めて新しい郵便局での雇用契約を締結する形をとっていた。
こうした事情のもとで、Xらは、外務業務手当、年末年始勤務手当、早出勤務等手当、祝日給、夏期年末手当、住居手当、夏期冬期休暇、病気休暇、夜間特別勤務手当、郵便外務・内務業務精通手当のそれぞれについて、正社員との間に労契法20条に定める不合理な格差があると主張し、それぞれの支給等につき定めた就業規則規定が適用される地位に在ることの確認と、各手当等について正社員に支給される額との差額の請求を求めて訴えを提起した。
3.判決の概要
東京地裁は、以下のように述べ、Xらの請求のうち年末年始勤務手当については旧一般職及び新一般職に対する支給額の8割を、また住居手当については6割を、それぞれ不法行為に基づく損害賠償額として認容し、夏期冬期休暇及び病気休暇の相違は労契法20条により不合理な相違ではあることを認めた(ただし損害についての主張がないため違法であることの認定のみ)うえで、他の請求については労契法20条による不合理な相違はないとし、地位確認請求はすべて退けた。
4.本判決の意義
郵政当局における非正規労働者からの正規労働者との間の賃金格差を違法としてその差額を求める訴訟は、労契法制定以前にも見られた(日本郵便逓送事件・大阪地判平14.5.22労判830号22頁・Westlaw Japan文献番号2002WLJPCA05229004)。当時は違法性の根拠として同一労働同一賃金原則を法的規範として主張する以外に有効な手段が存在せず、大阪地裁は、非正規労働者と正規労働者との間の賃金格差の大きさを指摘しつつも、「同一労働同一賃金の原則が一般的な法規範として存在しているとはいいがたいのであって、一般に、期間雇用の臨時従業員について、これを正社員と異なる賃金体系によって雇用することは、正社員と同様の労働を求める場合であっても、契約の自由の範疇であり、何ら違法ではない」と明言して請求を退けた。本件も基本的には同様の構造を有する訴訟であったが、労契法20条の適用によって、その結論も、また当然ながら根拠づけも大きく異なっている。こうした推移は、他の企業における非正規労働者と正規労働者との労働条件の相違について一般化しうるものであり、このこと自体が、本件判決の重要な意義の一つといってよい。
加えて本判決は、労契法20条の解釈についてこれまで裁判例の蓄積により次第に定着を見せてきたいくつかのルールを確認したうえで、新たな解釈基準をいくつも示している点で注目される。
まず、有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が、期間の定めの有無に「関連して」生じていることが明らかであれば同条の対象となること、及び、不合理性の判断は個々の労働条件ごとになされるべきであって、不合理性を主張する労働者側がそれを根拠づけるための評価根拠事実につき主張立証責任を負い、使用者側がこれを否定し得る評価障害事実の主張立証責任を負うことについては、すでに従前の裁判例において繰り返し述べられていたところであって、これらの点についてはほぼ裁判所の対応は確立したといえよう。
他方で、本件判旨が示した独自の判断も見逃せない。判旨は第一に、労契法20条は同一労働同一賃金を規範として示したものではないことを確認し、したがって同条違反の効果がただちに公序違反を形成するとはいえないことを示した。この点は同条制定後も長く議論の対象となってきたが、前掲長澤運輸事件第一審判決が、パート労働法9条との関連において、労契法20条が同一労働同一賃金原則の理念を体現しているかのような解釈を示したものの、このような解釈も控訴審では維持されず、他の同条にかかる裁判例はいずれも同条と同一労働同一賃金とを関連づけてはいない。本件の登場によってこの判断はほぼ定着したといえよう。第二に、不合理性の判断が個々の労働条件ごとになされることを前提としつつ、互いに密接に関連する場合や共通の趣旨を含む場合にはそれを「その他の事情」の中で検討することを提唱し、判断対象を個別化しつつ判断の具体的内容については総合的な観点を必要とするというスタンスを示したことである。この点は、特に長澤運輸事件控訴審判決が、あたかも当該労働条件と関連しない事情まで含めた包括的な意味での総合判断を行うように読める内容であったことを意識したものといえ、その修正をはかったという可能性もあろう。第三に、不合理性が認められる場合の救済について、「不合理性が認められる労働条件には、無期契約労働者と同一内容でないことをもって直ちに不合理であると認められる労働条件と、無期契約労働者と同一内容の労働条件ではないことをもって直ちに不合理であるとまでは認められないが、有期契約労働者に対して当該労働条件が全く付与されていないこと、又は付与されてはいるものの、給付の質及び差異の程度が大きいことによって不合理であると認められる労働条件がある」との前提を提示したうえで、前者については無期契約労働者との格差そのものが不法行為における損害に当たり、後者については、人事制度全体との整合性、集団的ないし個別の労使交渉を踏まえた個別の判断により損害を認定すべきであるとしていることである。労働条件をこのように区別する基準自体が明らかではないことや、後者の場合の具体的な損害認定方法も明確ではないことなどを踏まえると、これは今後多くの議論を呼ぶ論点となることが想定される。本件では、無期契約労働者との相違が不合理とされた労働条件のうち、不合理な取扱いによる損害として、年末年始勤務手当については無期契約労働者への手当の8割、住居手当については6割としているが、このような判断手法の妥当性についてもその予見可能性や算定根拠等について慎重な検討が必要となろう。
このように、判旨の意義が大きいことは間違いないとしても、その評価については今後活発な議論がなされることと思われる。
5.判旨の評価
本件判決の基本的な論理構成と結論自体については、積極的な疑念を生じさせることはあまり考えられまい。もっとも結論を導く理由づけには、必ずしも全面的に妥当とはいえない部分も少なくない。第一に、不合理性を認めた年末年始勤務手当、住居手当、病気休暇、夏期冬期休暇のすべてにつき、判旨は、これらがXらに全く付与されていないことに「合理的な理由」が見当たらないことを「不合理」であることの理由づけに用いている。この判断が、上記判旨(2)の冒頭部分とどのように整合的に解されるのかは問題である。論理的には、判旨が理由づけに用いた「合理的な理由」は労働条件の相違自体の合理的な理由ではない、といえるのでなければ、判旨(2)との矛盾は否定できないことになろう。第二に、個別労働条件ごとの判断にあたって「その他の事情」をどう位置づけるか、及び損害額の算定手法も問題となり得る。本件自体は、「その他の事情」が結論を左右するという構造にはなっていないが、個別労働条件の検討を他の労働条件との関係において行う場合の根拠として「その他の事情」を位置づけることの可否は、長澤運輸事件における控訴審の判断が、高年齢者雇用安定法上の措置の意義や、他の労働条件での対応などを指摘して、賃金格差の不合理性判断に及んだことと同様の趣旨なのか否か、本件の判断からは明確ではない。仮に両者が異なるとすれば、「その他の事情」の位置づけについて裁判例の立場はなお模索が続いているということになろう。第三に、損害額の算定にあたって判旨のように労働条件の性格を二分し、無期契約労働者と同一内容でないことをもって直ちに不合理であると認められる労働条件については直ちに無期契約労働者との差額が損害となるとする判断は、同一労働同一賃金原則を排除したこととどう整合的に理解されるべきかも明確ではなく、今後大いに議論を呼ぶ論点といえよう。
6.今後の課題
労契法20条をめぐる争訟はなお拡大することが予想される。本件でのXらは、基本給については取り上げず、むしろ賞与に関して不合理性を強く主張した。控訴審では、賞与算定方式について再び不合理性の有無が中心的な争点となることが予想されるが、その場合、賞与の算定方式の不合理性判断につき、損害額の認定にあたって割合的調整を行う判旨の趣旨を敷衍した対応の可能性についても検討されることとなろう。このように、労契法20条についての解釈基準は徐々に整備されつつあるものの、他方では上記のように新たな課題が絶えず生じる状況にあることを踏まえると、同一労働同一賃金原則との関係や救済方法などについては、立法論も含めた本格的な検討が必要となるものと思われる。
(掲載日 2017年10月12日)