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文献番号 2017WLJCC029
同志社大学 教授
高杉 直
1 はじめに
グローバル経済の下、日本企業が外国裁判所に訴えられることは、たいして珍しいものではない。中小企業であっても例外ではなく、日本国内にしか主要な資産を有していない中小企業が外国訴訟で被告とされることも少なくない。
しかし、外国裁判所での訴訟追行には種々の困難が伴い、多額の弁護士費用がかかることも多い。日本企業としては、できることなら外国裁判所ではなく、日本の裁判所で訴訟を行いたい。特に日本国内にしか主要な財産を有しない企業の場合には、日本の裁判所から債務不存在確認判決(消極的確認判決)を得ていれば、たとえ外国訴訟で敗訴したとしても、日本国内での強制執行を免れる可能性がきわめて高くなる。日本の判決と相容れない外国判決は、日本の公序に反する(民訴法118条3号)として、日本では承認・執行されないと解されるからである。
そこで、外国裁判所で給付訴訟を提起された場合に、日本の裁判所で対抗訴訟である債務不存在確認の訴え(消極的確認訴訟)を提起することも多い。ただし、日本で対抗訴訟を起こす場合にも、日本の国際裁判管轄が認められることが必要となる。国際裁判管轄法制を整備した平成23年民訴法改正の際に、債務不存在確認の訴えについての国際裁判管轄規定を設けるかどうかが議論されたが、最終的に、明文規定は設けられず、個々の国際裁判管轄規定の解釈にゆだねられた(佐藤達文=小林康彦編『一問一答・平成23年民事訴訟法等改正』(商事法務、2012年)83頁)。
本件は、消極的確認訴訟における民訴法3条の3第3号と第8号の解釈を示した事例である。
2 事実の概要
原告Xは日本の株式会社であり、被告Yはカナダ法人である。Yは日本国内にその支店や営業所等を有しない。
Yは、平成28年(2016年)1月、米国デラウェア地区連邦裁判所に対し、Xほか2社(Xら)を相手方として、Xらによるディスプレイ製品(原告製品)の販売等がYの有する米国特許権を侵害する行為にあたるとして、上記行為の差止め及び損害賠償等を求める訴訟を提起した(別件米国訴訟)。
これに対してXは、「YがXに対し本件米国特許権の侵害による損害賠償請求権を有しないこと」の確認を求める訴えを東京地裁に提起した。これが本件訴えである。
Yは、[1]本件訴えについて、日本の国際裁判管轄が認められないこと、[2]仮に、日本の裁判所に本件訴えの管轄が認められるとしても、本件訴えについては「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」(民訴法3条の9)があると認められるから、これを却下すべきであると主張している。
3 判旨
「本件訴えを却下する」。
(1)国際裁判管轄の有無について
(a) 民訴法3条の3第8号に基づく管轄について
「ア Xは、別件米国訴訟においてYの主張するXの不法行為(本件米国特許権の侵害行為)は、米国内の行為及び日本を含む米国以外の行為であるから、民訴法3条の3第8号及び3条の6に基づき、本件訴えの管轄が日本の裁判所に認められる旨主張する。
イ しかしながら、Yは、『別件米国訴訟において本件米国特許権の侵害行為として日本国内におけるXの行為は対象としていない』旨主張している。
また、別件米国訴訟の訴状の記載を検討しても、Yの上記主張が裏付けられる。すなわち、……別件米国訴訟の訴状の『管轄区域および裁判地』欄には、『Xは米国内および本地区内で過去に事業を営んでおり現在も日常的に事業を営んでいる。』とか、『特許侵害に関するYの訴因は本地区でのXの活動に直接起因している。』として、不法行為地を本地区(デラウェア地区)に限定するものと解される記載がある。また、……『Xの侵害行為』欄には、『Xは訴訟対象の特許が取り扱う基盤技術を組み込んでいるディスプレイ製品を米国内で製造し、使用し、使用されるようにし、売り出し、販売しており、米国に輸入している(またはいずれか1つ)。』とか、『Xは本地区を含めて米国でXならびに第三者の製造業者、販売店、および輸入業者(またはいずれか1つ)により製造される、使用される、使用されるようにしている、売り出される、販売される、または米国に輸入される特許を侵害しているディスプレイ製品を購入している。』として、『本地区を含めて米国で』の行為を侵害行為として整理している。
そうすると、別件米国訴訟で不法行為として主張されている対象行為は、米国内におけるXの行為であると認められる。
ウ この点につき、Xは、別件米国訴訟の訴状の『管轄区域および裁判地』欄における『Xは本地区で特許侵害の不法行為をして本地区で他の人が特許侵害を行うよう仕向けている(またはいずれか一方)。』との記載等を指摘するが、上記イ説示の記載など別件米国訴訟の訴状全体の記載を総合すれば、上記イのように認めるのが相当である。
エ したがって、民訴法3条の3第8号に基づき、本件訴えの管轄が日本の裁判所にあると認めることはできない。
(なお、念のため付言すると、この点を措いても、Yが『別件米国訴訟において本件米国特許権の侵害行為として日本国内におけるXの行為は対象としていない』旨主張している以上、本件訴えのうち、当該行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認を求める部分は、訴えの利益を欠くことになる。)」
(b) 民訴法3条の3第3号に基づく管轄について
「Xは、YのXに対する損害賠償請求において差し押さえることのできる『原告』の財産が日本国内にあるから、民訴法3条の3第3号に基づき、本件訴えの管轄が日本の裁判所に認められる旨主張する。
しかしながら、本件訴えが消極的確認訴訟であることをもって、直ちに同号の『被告』を『原告』に読み替えることが相当であるということはできない。同号の趣旨が、日本に生活の本拠を有しない者に対する権利の実行を容易にするために、請求の目的物の所在地又は財産所在地に管轄原因を認め、執行の対象となる財産の所在地で債務名義を獲得する途を確保するところにあることに照らせば、このような趣旨は本件のような債務不存在確認訴訟に当てはまるものとはいえない。
したがって、執行可能な『原告』の財産が日本国内にあることをもって、同号に基づき、本件訴えの管轄が日本の裁判所にあると認めることはできない。」
(2)「特別の事情」について
「以上によれば、本件訴えの管轄が日本の裁判所にあるとは認められないが、念のため、仮にその点を措いた場合に、民訴法3条の9にいう『事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情』があるか否かについても検討する。
本件訴えは、その提起前に米国デラウェア地区連邦裁判所に提起されていた別件米国訴訟においてYの主張する損害賠償請求権の不存在確認を求めるものである。また、別件米国訴訟においてYの主張するXの不法行為は、上記……のとおりであり、その内容に照らせば、本件訴訟の本案の審理において想定される主な争点は、米国内において流通する原告製品の構成、原告製品の本件米国特許権に係る発明への技術的範囲の属否及び本件米国特許権の有効性等であると解されるところ、これらの争点に関する証拠方法は、主に米国に所在するものと解される。そして、上記の証拠の所在等に照らせば、これを日本の裁判所において取り調べることは、外国法人であって日本国内にその支店や営業所等を有しないYに過大な負担を課することになるといえる。
これらの事情に照らせば、XとYの会社規模の差異やAからの本件事業譲渡の経緯に関する証拠の所在などXの主張する事情を考慮しても、本件については、民訴法3条の9にいう『日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情』があるというべきである。」
(3)結論
「よって、本件訴えは不適法であるからこれを却下する」。
4 本判決の意義
本判決の意義として、①金銭支払を請求する訴えに関する被告の財産所在地の国際裁判管轄(民訴法3条の3第3号)について、消極的確認訴訟においては原告の財産所在を根拠とできないことを判示した点[判旨(1)(b)]、②不法行為地の国際裁判管轄(民訴法3条の3第8号)について、消極的確認訴訟においてもその適用があり、被害者の主張を前提として「不法行為があった地」の判断を行うことを示した点[判旨(1)(a)]、③関連訴訟が外国裁判所に係属する場合(広義の国際訴訟競合の場合)の処理につき、最高裁平成28年3月10日判決(Westlaw Japan文献番号2016WLJPCA03109002)と同様に「特別の事情」(民訴法3条の9)の有無を基準として判断することを示した点[判旨(2)]、を挙げることができよう。
(1)民訴法3条の3第3号
第1に、財産権上の訴えで、金銭の支払を請求するものである場合には、「差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき(その財産の価額が著しく低いときを除く。)」(民訴法3条の3第3号)に、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められる。問題となるのは、債務不存在確認の訴えにも、民訴法3条の3第3号の適用があるかという点である。
立法過程では、次のような議論がなされた。すなわち、「金銭債権の所在地は債務者の普通裁判籍の所在地であると考えられることから、金銭債務の不存在確認の訴えの国際裁判管轄について差し押えることのできる財産の所在地による管轄を認めると、常に原告の住所地のある国の裁判所に管轄権が認められることとなります。そうすると、被告に不利益を及ぼすとして、金銭債務の不存在確認の訴えについては、差押可能財産の所在地による管轄権を認めるべきではないとの考え方がありますが、今回の改正では、債務不存在確認の訴えについて特段の規定は設けられず、この点については解釈に委ねられています」(前掲・一問一答・46頁)。
本判決は、「日本に生活の本拠を有しない者に対する権利の実行を容易にするために、請求の目的物の所在地又は財産所在地に管轄原因を認め、執行の対象となる財産の所在地で債務名義を獲得する途を確保する」という趣旨に照らして、民訴法3条の3第3号が消極的確認訴訟に妥当しないことを判示した、おそらく初めての公表裁判例である。
(2)民訴法3条の3第8号
第2に、不法行為に関する訴えについては、「不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)」(民訴法3条の3第8号)に、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められる。問題となるのは、不法行為に基づく損害賠償債務の不存在確認の訴えにも、民訴法3条の3第8号の適用があるかという点である。裁判例の多数は、肯定説であると思われる(平成23年改正前の裁判例の多数も消極的確認訴訟についても不法行為地管轄を肯定しており、そして横浜地裁平成26年8月6日判決(Westlaw Japan文献番号2014WLJPCA08066003)は、民訴法3条の3第8号が消極的確認訴訟にも適用されることを判示したおそらく初めての公表裁判例である)。本判決も、民訴法3条の3第8号が消極的確認訴訟にも適用されることを肯定する。
次に、消極的確認訴訟の場合に、管轄原因事実である「不法行為があった地」をどのように特定すべきかが問題となる。この点につき、前掲・横浜地裁平成26年8月6日判決は、「不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認の訴えに関しては、原則として、原告が日本国内でした行為により被告の権利利益について損害が生じたか、原告がした行為により被告の権利利益について日本国内で損害が生じたとの事実関係を被告が主張していることが証明されれば足り」ると判示した。本判決も基本的には同様の立場をとっているものと思われる。
(3)特別の事情(民訴法3条の9)
第3に、「裁判所は、訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合……においても、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部又は一部を却下することができる」(民訴法3条の9)。本判決は、「念のため」、「特別の事情」の有無を検討する。
まず、本件訴えが「別件米国訴訟においてYの主張する損害賠償請求権の不存在確認を求めるものである」として事案の性質を指摘し、次に、本件訴訟の本案の審理において想定される主な争点を明らかにした後、これらの争点に関する証拠方法が主に米国に所在すると判示する。そして、証拠の所在等に照らせば、Yに過大な負担を課することになるとして、「特別の事情」があると認定した。この点は、前掲・最高裁平成28年3月10日判決の判断枠組みと類似すると言えよう。ただ、本判決では、前掲・最高裁平成28年3月10日判決とは異なり、原告と被告の会社規模の差異をも考慮している点は、注目に値する。
(掲載日 2017年11月27日)