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文献番号 2018WLJCC003
名古屋市立大学大学院 教授
小林 直三
1.はじめに
本件は、原告が、被告のインターネット上でのなりすましによって、名誉権、プライバシー権、肖像権、そして、アイデンティティ権を侵害されたとして、損害賠償を求めた事案である。アイデンティティ権に関しては、ごく最近になって裁判例でも言及されるようになったものであり、その1つである本判決を取り上げることは、有用なことだと考えられる。そこで、本稿では、本判決を取り上げ、若干の検討を行いたい。
2.判例要旨
まず、名誉権侵害に関して、「被告は、原告が本件サイトにおいて使用していた『C』というアカウント名と同一のアカウント名を本件アカウントで設定し、原告の顔写真を使用して本件投稿を行ったことが認められる」が、「これらによれば、一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準にすれば、本件投稿は、原告によって行われたと誤認されるものであ」り、しかも、「これらの投稿は、いずれも他者を侮辱や罵倒する内容であると認められ……原告による投稿であると誤認されるものであることと併せ考えれば、第三者に対し、原告が他者を根拠なく侮辱や罵倒して本件掲示板の場を乱す人間であるかのような誤解を与えるものであるといえるから、原告の社会的評価を低下させ、その名誉権を侵害しているというべきである」とした。
次に、プライバシー権侵害に関して、「被告は、本件アカウントのプロフィール画像として原告の顔写真を使用して本件投稿を行ったことを認めることができる」が、「原告は、本件投稿の当時、被告に使用された顔写真を本件サイトのプロフィール画像に自ら設定していたことが認められ、本件サイトは不特定多数の者がアクセスできるインターネット上のページであることを踏まえれば、原告の顔写真は、原告によって第三者がアクセス可能な公的領域に置かれていたと認めるのが相当であり、他人に知られたくない私生活上の事実や情報に該当するということはできない」ため、「被告が使用した原告の顔写真を第三者から無断で公開されないという利益は、少なくともプライバシー権によって保護されるものと認めることはできない」とした。
ただし、肖像権に関しては、「個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有」し ※2、そして、「他人の肖像の使用が違法となるかどうかは、使用の目的、被侵害利益の程度や侵害行為の態様等を総合考慮して、その侵害が社会生活上受忍の限度を超えるかどうかを判断して決すべきである」ところ※3 、「被告は、原告の顔写真を本件アカウントのプロフィール画像として使用し、原告の社会的評価を低下させるような投稿を行ったことが認められ、被告による原告の肖像の使用について、その目的に正当性を認めることはでき」ず、「被告が……原告の肖像を使用するとともに」、本件投稿を「投稿したことは、原告を侮辱し、原告の肖像権に結びつけられた利益のうち名誉感情に関する利益を侵害したと認め」られ、「原告の肖像権を違法に侵害したものと認められる」とした。
そして、アイデンティティ権に関してであるが、「原告は、権利性が認められている氏名や肖像を冒用されない利益の根源が他者から見た人格の同一性を保持する必要性にあるとすれば、憲法13条後段の幸福追求権又は人格権から他者との関係において人格的同一性を保持する利益であるアイデンティティ権が導き出され、被告が原告になりすまして本件投稿を行ったことは原告のアイデンティティ権を侵害した旨主張する」ところ、確かに、「他者から見た人格の同一性に関する利益も不法行為法上保護される人格的な利益になり得ると解される」が、それは「その性質上不法行為法上の利益として十分に強固なものとはいえないから、他者から見た人格の同一性が偽られたからといって直ちに不法行為が成立すると解すべきではなく、なりすましの意図・動機、なりすましの方法・態様、なりすまされた者がなりすましによって受ける不利益の有無・程度等を総合考慮して、その人格の同一性に関する利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものかどうかを判断して、当該行為が違法性を有するか否かを決すべきである」とした。そのうえで、「本件では……被告は、本件アカウント名にて、原告の社会的評価を低下させるような内容を含む投稿を行っていることからすると、なりすましが正当な意図、動機によるものとは認められない」としながらも、「しかしながら、なりすましの方法、態様についてみると、原告が……なりすましとして主張する行為とは、具体的には……被告が原告の本件サイトにおけるアカウント名を冒用し、プロフィール画像に原告の顔写真を登録した上で、本件掲示板への投稿を行ったというものであるところ、通常は、アカウント名やプロフィール画像は、本件サイト内での通用を予定して設定されるものであること」、「本件サイトの利用者は、アカウント名・プロフィール画像を自由に変更することができることからすると、社会一般に通用し、通常は身分変動のない限り変更されることなく生涯個人を特定・識別し、個人の人格を象徴する氏名の場合とは異なり、利用者とアカウント名・プロフィール画像との結び付きないしアカウント名・プロフィール画像が具体的な利用者を象徴する度合いは、必ずしも強いとはいえ」ず、また、「原告の名誉権及び肖像権の侵害による不利益については別に不法行為上の保護を受けると認められる」一方で、「その余の不利益については、被告によるなりすましは本件サイト内の投稿にとどまること」、本件「なりすまし投稿の直後から、他の本件サイト利用者により、投稿が原告本人以外の者によるものである可能性が指摘されていたことが認められること」、「『C』とのアカウント名及び原告の顔写真のプロフィール画像が表示されていたのは約1か月余りの間であり、その後これらは変更されたことが認められる」こと「を総合考慮すれば、本件では、被告のなりすまし行為(名誉権侵害行為、肖像権侵害行為は除く)による原告の人格的な利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものとまでは認められない」とした。
以上のことから、原告の請求の一部を認容し、一部を棄却した。
3.検討
アイデンティティ権に関しては、すでに2016年(平成28年)2月8日の大阪地裁判決※4 (以下、2016年判決)でも言及されている。そこで、本稿では、2016年判決と比較しながら、本判決に関する若干の検討を行いたい。
まず、2016年判決でも本判決でも、アイデンティティ権を「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」であるとしている。そして、両判決とも、そうしたアイデンティティ権が「人格的生存に不可欠」であることを根拠に、それを不法行為法上の保護された利益としている。
また、両判決とも、アイデンティティ権の射程に関しては、名誉権、プライバシー権、肖像権で保護されない部分を想定している。ただし、その具体的なところに関しては、微妙な違いがないわけでもない。
まず、2016年判決では、「肖像権とは、みだりに自己の容ぼう、姿態を撮影されないという人格的権利である」とし、「原告の顔写真は、原告が自ら公開したものであるから、本件投稿により、原告の肖像権が侵害されたと認めることもできない」としている。しかし、「顔写真を自ら公開したとしても、それが無断使用されることを前提として公開したものでない限り、やはり肖像権などは保護される可能性があるものと思われ」※5 、その意味で2016年判決は、肖像権の射程を不用意に限定することで、結果として、そのように限定された肖像権に収まり切れない部分をアイデンティティ権の射程に含ませているといえるだろう。
他方、本判決は、2016年判決と同じように原告がサイトに公開した顔写真であったにもかかわらず、「他人の肖像の使用が違法となるかどうかは、使用の目的、被侵害利益の程度や侵害行為の態様等を総合考慮して、その侵害が社会生活上受忍の限度を超えるかどうかを判断」するものとし、被告の本件投稿に関しては、「原告の肖像権を違法に侵害したものと認められる」としている。つまり、原告が公開した顔写真であったとしても、その無断使用について肖像権侵害による不法行為を認めたわけである。その結果、アイデンティティ権の射程は2016年判決に比べて狭いものになっているものと考えられる。
ただし、肖像権の範囲を本判決のように捉えるならば、アイデンティティ権に残される部分は、かなりの程度、限定されるものと思われる。
実際、本判決では、「本件サイトの利用者は、アカウント名・プロフィール画像を自由に変更することができることからすると、社会一般に通用し、通常は身分変動のない限り変更されることなく生涯個人を特定・識別し、個人の人格を象徴する氏名の場合とは異なり、利用者とアカウント名・プロフィール画像との結び付きないしアカウント名・プロフィール画像が具体的な利用者を象徴する度合いは、必ずしも強いとはいえない」等として、アイデンティティ権侵害を否定している。しかし、氏名を冒用されない利益については、必ずしもアイデンティティ権という新しい権利構成をする必要性は高くないものと考えられる。そのため、こうした本判決の理解を前提とすれば、アイデンティティ権として独自に構成すべき利益はきわめて限定され、アイデンティティ権として捉える可能性のある大半の利益は、他の既存の諸利益に還元されてしまうのではないだろうか。
また、アイデンティティ権侵害による不法行為成立の是非の判断基準に関して、2016年判決では、「どのような場合に損害賠償の対象となるような人格的同一性を害するなりすまし行為が行われたかを判断することは容易なことではなく、その判断は慎重であるべきである」としつつも、明示的には示してはいない。それに対して、本判決は、「なりすましの意図・動機、なりすましの方法・態様、なりすまされた者がなりすましによって受ける不利益の有無・程度等を総合考慮して、その人格の同一性に関する利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものかどうかを判断して、当該行為が違法性を有するか否かを決すべきである」としている。
確かに、本判決がいうように、内容や外縁が「必ずしも明確ではなく……その性質上不法行為法上の利益として十分に強固なものとはいえない」利益に関する不法行為成立の是非の判断にあたっては、諸般の事情を総合考慮して行わざるを得ないものと考えられる。
しかし、本判決が、その考慮事項として「なりすましの意図・動機」まで含めていることには疑問がないわけでもない。本判決で想定されるアイデンティティ権は、多くの場合、表現の自由との関係が問題となり得るものである。したがって、「なりすましの意図・動機」といった主観的要素を考慮事項に含めることが妥当なことなのかは、慎重な検討が必要なのではないだろうか。
4.おわりに
先述したように、アイデンティティ権は最近になって裁判例でも言及されるようになったものである。そして、インターネットの普及した現代社会において、既存の法的諸利益を補完するものとして、今後、ますます主張されていくものと考えられる。
しかし、アイデンティティ権は、いまだ形成途上にある概念であり、その射程や不法行為の成立の判断基準に関しても、2016年判決と本判決との違いにみられるように、裁判例によって微妙な揺れが出てくるものと考えられる。
また、本判決の理解を前提とした場合、アイデンティティ権として独自に構成すべき利益はきわめて限定されてしまう。そのため、アイデンティティ権は、初期のプライバシー権に関する議論にみられたような一種の還元論※6に陥ってしまう可能性もあるように思われる。ただし、その一方で、プライバシー権もそうであったように、その後、その権利の独自性が認識され※7、既存の諸利益に還元されない1つの権利として構成される可能性もあるものと考えられる。
そのため、今後、増えて来るであろうアイデンティティ権に言及する裁判例に注目しながら、その射程と判断基準を明確化していかなければならないものと思われる。
(掲載日 2018年2月19日)