ウエストロー・ジャパン
閉じる
判例コラム

便利なオンライン契約
人気オプションを集めたオンライン・ショップ専用商品満載 ECサイトはこちら

判例コラム

 

第141号 刑法19条1項2号にいう「犯罪行為の用に供した物」の意義 

~最高裁第一小法廷平成30年6月26日決定 強姦未遂、強姦、強制わいせつ被告事件※1

文献番号 2018WLJCC017
日本大学大学院法務研究科 教授
前田 雅英

Ⅰ 判決のポイント

 強制わいせつ罪、強姦罪(行為時)などの性犯罪の実行者が、犯行を隠し撮りしたデータを蔵置したデジタルビデオカセットの没収の可否が争われ、最高裁は、刑法19条1項2号にいう「犯罪行為の用に供した物」に関し、「このような隠し撮りをしたのは、被害者にそれぞれその犯行の様子を撮影録画したことを知らせて、捜査機関に被告人の処罰を求めることを断念させ、刑事責任の追及を免れようとしたためであると認められる」として、本件デジタルビデオカセットは、刑法19条1項2号にいう「犯罪行為の用に供した物」に該当すると判示した。没収の「供用物件」について、重要な判断を示したものといえよう。

Ⅱ 事実の概要

 マッサージ店を経営する被告人が、アロママッサージを受けに来た女性3名に対して強いてわいせつな行為をし、また、女性1名を強いて姦淫したほか、被告人からアロマに関する指導を受けていた女性に対して、強いて姦淫しようとしたがその目的を遂げなかったという、強姦未遂、強姦、強制わいせつ被告事件について、第1審※2が、各罪の成立をいずれも認めて、被告人を懲役11年に処した。これに対し被告人が控訴したが、原審※3はその結論を維持した。
 最高裁もその結論を維持したが、第一小法廷が取り上げた論点は、一連の犯罪行為を密かに撮影しておいた画像を蔵置したデジタルビデオカセットが、没収の対象となる「犯罪行為(強姦、強制わいせつ被告事件)の用に供した物」に該当するかである。
 第1審は、本件各デジタルビデオカセットが被告人の犯行を心理的に容易にし、その実行に積極的に作用するものであることを理由に、犯行を促進したものとして刑法19条1項2号所定の「犯罪行為の用に供した物」に該当するとして没収した。弁護側は、控訴に際し、この点についても同条項の解釈適用を誤っていると争った。
 この点原審は、「隠し撮りをして、各実行行為終了後に各被害者にそのことを知らせて捜査機関による身柄拘束を含む捜査や刑事訴追を免れようとする行為は、各犯行による性的満足という犯罪の成果を確保し享受するためになされた行為であるとともに、捜査や刑事訴追を免れる手段を確保することによって犯罪の実行行為を心理的に容易にするためのものといえるから、本件各実行行為と密接に関連する行為といえる」とし、本件各デジタルビデオカセットは「このような実行行為と密接に関連する行為の用に供し、あるいは供しようとした物と認められるから、刑法19条1項2号所定の犯行供用物件に該当する。」とした。

Ⅲ 判旨

 被告人の上告に対し、上告趣意は、刑訴法405条の上告理由に当たらないとした上で、以下のように、職権で判断した。
 「原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば、被告人は、本件強姦1件及び強制わいせつ3件の犯行の様子を被害者に気付かれないように撮影しデジタルビデオカセット4本(以下「本件デジタルビデオカセット」という。)に録画したところ、被告人がこのような隠し撮りをしたのは、被害者にそれぞれその犯行の様子を撮影録画したことを知らせて、捜査機関に被告人の処罰を求めることを断念させ、刑事責任の追及を免れようとしたためであると認められる。以上の事実関係によれば、本件デジタルビデオカセットは、刑法19条1項2号にいう「犯罪行為の用に供した物」に該当し、これを没収することができると解するのが相当である。
 したがって、刑法19条1項2号、2項本文により、本件デジタルビデオカセットを没収する旨の言渡しをした第1審判決を是認した原判断は、正当である。」

Ⅳ コメント

  1. 1 刑法19条1項2号にいう「犯罪行為の用に供した物」とは、犯罪行為のために使用された物である(前田雅英『刑法総論講義6版』418頁)。犯罪行為の実行そのものに不可欠な要素となっている物である必要はない。本件原審が判示した、「実行行為と密接に関連する行為」のためであれば、「供した」といえよう。
  2. 2 実行行為の終了後に、実行行為や逃走を容易にするなど、犯罪の成果を確保する目的でなされた行為において使用された物も、犯罪行為の用に供された物と解されてきた。例えば、鶏を窃取した後に、これを運搬しやすいようにするため鶏の首を切るために使用した切出し又はナイフも、窃盗の結果を確保するための用に供したものとして、これらを没収することが認められてきた(東京高判昭28・6・18高集6-7-848、Westlaw Japan文献番号1953WLJPCA06180006)。
  3. 3 本件判示にあるように、隠し撮りの目的が、「被害者にそれぞれその犯行の様子を撮影録画したことを知らせて、捜査機関に被告人の処罰を求めることを断念させ、刑事責任の追及を免れようとしたため」と認定できるのであれば、「犯罪行為の用に供した物」といえよう。
  4. 4 ただ、被告人は、隠し撮りの目的は、「後に利用客との間でトラブルになった場合に備えて防御のために撮影したものである」と主張している。現在犯罪やトラブル防止のため、様々な店舗などで、いわゆる「防犯カメラ」が多くの場所で設置されていることからすると、被告人の主張にも一定の説得性が存在するようにも見える。
  5. 5 しかし、原審によれば、「本件デジタルビデオカセットの映像を法廷で流されたくなかったら示談金ゼロで告訴の取下げをしろと要求された」旨の被害者の供述が認定されており、「被告人のいう利用客との間でトラブルになった場合に備えての防御とは、単に自己に有利な証拠として援用するために手元に置いておくことにとどまらず、被害者が被害を訴えた場合には、被害者に対して前記映像を所持していることを告げることにより、被害者の名誉やプライバシーが侵害される可能性があることを知らしめて、捜査機関への被害申告や告訴を断念させ、あるいは告訴を取り下げさせるための交渉材料として用いることも含む趣旨と認められる」と判示されている。
  6. 6 その認定を踏まえて、原審は、「各犯行時に隠し撮りをして、各実行行為終了後に各被害者にそのことを知らせて捜査機関による身柄拘束を含む捜査や刑事訴追を免れようとする行為は、各犯行による性的満足という犯罪の成果を確保し享受するためになされた行為であるとともに、捜査や刑事訴追を免れる手段を確保することによって犯罪の実行行為を心理的に容易にするためのものといえるから、本件各実行行為と密接に関連する行為といえる」としたのである。
  7. 7 原審は、「犯行供用物件に該当するためには、撮影者に犯罪を実行しているという違法性の認識が必要である」が、「違法性の認識を有している人物であれば、犯行を促進し容易にするためにわざわざ犯行を立証する証拠を残しておくはずがない」という主張を、「デジタルビデオカセットは、使い方によっては犯行を立証する証拠として被告人に不利に用いられる可能性があるとはいえるが、他方で、・・・犯行を促進し容易にする側面を有するものであることは明らかである」として退けた点も合理的である。
  8. 8 そもそも、犯行供用物件該当性の主観的要件としては、原審判示の通り、「行為者において、当該犯罪行為に該当する事実を認識し、実行行為ないしこれと密接に関連する行為に利用する目的を有していれば足り、当該犯罪行為が違法であることまで認識している必要はない」といえよう。

(掲載日 2018年7月9日)

» 判例コラムアーカイブ一覧