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判例コラム

 

第144号 国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約実施法に基づく子の返還決定後の人身保護請求 

~最高裁第一小法廷平成30年3月15日判決※1

文献番号 2018WLJCC020
同志社大学 教授
高杉 直

1.はじめに

 夫婦の関係が悪化した場合、夫婦の一方が相手方の同意を得ることなく子を連れて実家に戻ることがある。国際結婚をした夫婦の場合には、婚姻生活地と実家の所在地が異なる国にあることも多く、このような夫婦の一方による子の実家への連れ帰りは、「国際的な子の連れ去り」となる。
 国際的な子の連れ去りに対応するため、我が国は、平成26年に、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」(ハーグ条約)の締約国となり、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」(実施法)を施行した。ハーグ条約及び実施法により、不法に連れ去られた子について、法的には、元の常居所地国への迅速な返還が確保されることになった。しかし、子の返還決定が出された場合であっても、子の返還の執行手続の実効性が十分でないため、実際には、子の返還の実現には相当な困難が伴っているようである。
 本件は、米国に居住していた日本人夫婦の関係が悪化し、妻が、夫の同意を得ることなく子を連れて帰国したため、米国に居住する夫が、日本に居住する妻に対して実施法に基づく返還申立てを行い、返還決定を得て執行官による子の解放を試みたものの、妻の抵抗によって子の解放ができなかったことから、夫が妻に対し、子が法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されていると主張して、人身保護法に基づき子(被拘束者)の釈放を求める事案である。

2.事実の概要

 いずれも日本国籍を有するX(請求者・上告人)とY(拘束者・被上告人)は、平成6年に日本において婚姻し、長男A(平成8年生まれ)及び長女B(平成10年生まれ)をもうけた後、平成14年頃に家族4人で米国に移住した。C(被拘束者)は、平成16年に米国で出生し、戸籍法104条1項所定の日本国籍を留保する旨の届出がされたことにより、米国籍と日本国籍との重国籍となっている。
 XとYの関係は、平成20年頃から悪化した。Yは、平成28 年1月、Xの同意を得ることなく、C(当時11歳)を連れて日本に入国し、その後現在に至るまで、d市内でCと共に暮らし、Cを監護している。
 Xは、平成28年7月、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」(以下「実施法」という。)26条に基づき、Yに対し、米国にCを返還することを命ずるよう東京家庭裁判所に申し立てた。同裁判所は、同年9月、Yに対し、米国にCを返還することを命ずる旨の終局決定(以下「本件返還決定」という。)をし、本件返還決定は、その後確定した。Xは、本件返還決定に基づき、東京家庭裁判所に子の返還の代替執行の申立て(実施法137条)をし、子の返還を実施させる決定(実施法134条1項、138条)を得た。執行官は、平成29年5月、Yの住居において、実施法140条1項に規定するYによる子の監護を解くために必要な行為をした(以下、これを「本件解放実施」という。)。Yは、本件解放実施の際、執行官による再三の説得にもかかわらず玄関の戸を開けることを拒否したため、執行官は、2階の窓を解錠して立ち入ることとなった。その後も、Yは、Cと同じ布団に入り身体を密着させるなどして、本件解放実施に激しく抵抗した。また、Cも、米国に帰ることを促す執行官に対し、このまま日本にいることを希望し、米国には行きたくない旨を述べて、これを拒絶した。執行官は、子の監護を解くことができないとして、本件解放実施に係る事件を終了させた(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律による子の返還に関する事件の手続等に関する規則89条2号)。
 そこで、Xは、Yに対し、人身保護法に基づき、名古屋高裁金沢支部にCの釈放を求める訴えを提起した。これが本件である。原審(名古屋高裁金沢支部平成29年11月7日判決・Westlaw Japan文献番号2017WLJPCA11076009)は、①Cが、自己の真意を曲げて日本にいることを希望する旨の意思を表明したとは解されず、自由な意思に基づいて当該意思を表明したというべきであるから、YのCに対する監護が人身保護法及び同規則にいう拘束に該当するとは認められず、また、Xの本件請求は、Cの自由に表示した意思に反するというべきである、②YのCに対する監護状況、Cの年齢及び意向などを考慮すると、YのCに対する監護が人身保護法及び同規則にいう拘束に該当するとしても、その違法性が顕著であるとは解されず、本件返還決定が確定していることは、本件の帰すうに影響しない、と判示して、Xの請求を棄却した。
 Xが上告。
 なお、Xは、米国カリフォルニア州上位裁判所に、Yとの離婚を求める訴えを提起するとともに、Cについての監護等に関する命令を求めたところ、同裁判所は、平成29年8月15日までに、XがCについての監護を単独で行うものとすることなどを内容とする命令をした。
 また、Cは、平成29年9月27日及び同年10月6日、被拘束者代理人と面談し、その際、日本にいることを希望する旨の意思の表明がYの圧力によるものであるかのように受け取られることは非常に不満である、自己の意思により日本での生活を希望していることを強く主張したいなどと述べた。また、Cは、上記のとおり希望している理由として、ようやく日本での生活に慣れてきたのに米国に戻って生活するのは大変である、飲酒したXから、暴言を吐かれたり、けがをする程度のものではなかったものの暴力を受けたりしたことがあり、来日してXと離れたことで安心した面もあるなどと述べた。なお、Cは、本件返還決定に関する実施法に基づく手続や米国カリフォルニア州上位裁判所におけるCの監護権等に関する手続などについて、一部誤解していたところもあったが、被拘束者代理人の説明を受けて正しく理解した。  Yは、現在、薬剤師として勤務する傍ら、食事の支度などCの身の回りの世話をしている。Cは、来日後、d市内の小学校に通い、平成29年4月に同市内の中学校に進学した。Cは、勉学や部活動に励み、友人や教員との人間関係も良好で、家庭においても、Yと親和し、A、B及び他の親族とも交流を持っている。また、Cは、現在、日本語による意思疎通に問題はなく、年齢相応に筋道を立てて会話をすることができる。

3.判旨

 破棄差戻。

(1)YのCに対する監護が人身保護法及び同規則にいう拘束に当たるか否か等について 「意思能力がある子の監護について、当該子が自由意思に基づいて監護者の下にとどまっているとはいえない特段の事情のあるときは、上記監護者の当該子に対する監護は、人身保護法及び同規則にいう拘束に当たると解すべきである(最高裁昭和61年(オ)第644号同年7月18日第二小法廷判決・民集40巻5号991頁参照)。本件のように、子を監護する父母の一方により国境を越えて日本への連れ去りをされた子が、当該連れ去りをした親の下にとどまるか否かについての意思決定をする場合、当該意思決定は、自身が将来いずれの国を本拠として生活していくのかという問題と関わるほか、重国籍の子にあっては将来いずれの国籍を選択することになるのかという問題とも関わり得るものであることに照らすと、当該子にとって重大かつ困難なものというべきである。また、上記のような連れ去りがされる場合には、一般的に、父母の間に深刻な感情的対立があると考えられる上、当該子と居住国を異にする他方の親との接触が著しく困難になり、当該子が連れ去り前とは異なる言語、文化環境等での生活を余儀なくされることからすると、当該子は、上記の意思決定をするために必要とされる情報を偏りなく得るのが困難な状況に置かれることが少なくないといえる。これらの点を考慮すると、当該子による意思決定がその自由意思に基づくものといえるか否かを判断するに当たっては、基本的に、当該子が上記の意思決定の重大性や困難性に鑑みて必要とされる多面的、客観的な情報を十分に取得している状況にあるか否か、連れ去りをした親が当該子に対して不当な心理的影響を及ぼしていないかなどといった点を慎重に検討すべきである。」
 「これを本件についてみると、Cは、現在13歳で、意思能力を有していると認められる。しかしながら、Cは、出生してから来日するまで米国で過ごしており、日本に生活の基盤を有していなかったところ、上記のような問題につき必ずしも十分な判断能力を有していたとはいえない11歳3箇月の時に来日し、その後、Xとの間で意思疎通を行う機会を十分に有していたこともうかがわれず、来日以来、Yに大きく依存して生活せざるを得ない状況にあるといえる。そして、上記のような状況の下でYは、本件返還決定が確定したにもかかわらず、Cを米国に返還しない態度を示し、本件返還決定に基づく子の返還の代替執行に際しても、Cの面前で本件解放実施に激しく抵抗するなどしている。これらの事情に鑑みると、Cは、本件返還決定やこれに基づく子の返還の代替執行の意義、本件返還決定に従って米国に返還された後の自身の生活等に関する情報を含め、Yの下にとどまるか否かについての意思決定をするために必要とされる多面的、客観的な情報を十分に得ることが困難な状況に置かれており、また、当該意思決定に際し、Yは、Cに対して不当な心理的影響を及ぼしているといわざるを得ない。」
 「以上によれば、Cが自由意思に基づいてYの下にとどまっているとはいえない特段の事情があり、YのCに対する監護は、人身保護法及び同規則にいう拘束に当たるというべきである。また、上記説示に照らすと、本件請求は、被拘束者の自由に表示した意思に反してされたもの(人身保護規則5条)とは認められない。」

(2)Yによる拘束に顕著な違法性(人身保護法2条1項、人身保護規則4条)があるか否かについて
 「国境を越えて日本への連れ去りをされた子の釈放を求める人身保護請求において、実施法に基づき、拘束者に対して当該子を常居所地国に返還することを命ずる旨の終局決定が確定したにもかかわらず、拘束者がこれに従わないまま当該子を監護することにより拘束している場合には、その監護を解くことが著しく不当であると認められるような特段の事情のない限り、拘束者による当該子に対する拘束に顕著な違法性があるというべきである。」
 「これを本件についてみると、Yは、本件返還決定に基づいて子の返還の代替執行の手続がされたにもかかわらずこれに抵抗し、本件返還決定に従わないままCを監護していることが明らかである。他方で、米国への返還のためにYのCに対する監護を解くことが著しく不当であることをうかがわせる事情は認められない。したがって、YによるCに対する拘束には、顕著な違法性がある。」
 「以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記事実関係を前提とする限り、Xの本件請求はこれを認容すべきところ、本件については、Cの法廷への出頭を確保する必要があり、この点をも考慮すると、前記説示するところに従い、原審において改めて審理判断させるのを相当と認め、これを原審に差し戻すこととする。」

4.本判決の意義・内容

 本判決の意義として、①被拘束者が国境を越えて日本への連れ去りをされた子であって、意思能力を有する場合において、被拘束者が自由意思に基づいて拘束者の下にとどまっているとはいえない特段の事情の存在が認められる限界事例を示したこと(判旨1)、②実施法に基づく返還命令に反する子の拘束は、原則として顕著な違法性があると判示したこと(判旨2)、を挙げることができよう(光岡弘志「判批」『法律のひろば』71巻7号(2018)69頁)。

(1)人身保護手続の利用
 人身保護法によれば、請求が認められるためには、①「拘束」があること(人身保護法2条1項)、②その拘束が法律上正当な手続によらない「違法」なもので、それが顕著であること(人身保護規則4条)、③他に適当な救済方法がないこと(人身保護規則4条但し書き)の3つの要件を満たさなければならない。本件では、特に①と②が問題となった。
 ただし、実施法が適用される子の引渡請求事件については、③も問題となり得る。人身保護規則4条但し書きは、「他に救済の目的を達するのに適当な方法があるときは、その方法によって相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白でなければ、これをすることができない。」と規定しており、実施法に基づく子の返還命令を「救済の目的を達するのに適当な方法」と解する余地があると考えることも不可能ではないからである。
 本件では、既に実施法に基づく子の返還請求がなされ、本件返還決定に基づく本件解放実施によっても子の監護を解くことができず、結局、本件解放実施に係る事件の終了がなされていた。したがって、「その方法によって相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白」であるから、本件の人身保護請求は、③の要件を満たすものと解してよかろう。

(2)拘束の有無
 従来の判例は、拘束の有無につき、被拘束者の意思能力の有無を主たる判断基準としていた(最高裁大法廷昭和33年5月28日判決・民集12巻8号1224頁、Westlaw Japan文献番号1958WLJPCA05280001、最高裁第一小法廷昭和43年7月4日判決・民集22巻7号1441頁、Westlaw Japan文献番号1968WLJPCA07040001。最高裁第三小法廷昭和46年11月30日判決・判時655号30頁、Westlaw Japan文献番号1971WLJPCA11300005は、10歳の子の意思能力を肯定し、最高裁第三小法廷昭和60年2月26日判決・家月37巻6号25頁、Westlaw Japan文献番号1985WLJPCA02260002は、7歳の子の意思能力を否定した)。
 ただし、本判決が引用する最高裁第二小法廷昭和61年7月18日判決・民集40巻5号991頁、Westlaw Japan文献番号1986WLJPCA07181003は、意思能力がある子であっても、自由意思に基づいて監護者のもとにとどまっているとはいえない特段の事情のあるときには、なお拘束に当たると判示した上で、具体的には、「監護養育が子の意思能力の全くない当時から引き続きされてきたものであり、その間、監護権を有しない者が、監護権を有する者に子を引き渡すことを拒絶するとともに、子において監護権を有する者に対する嫌悪と畏怖の念を抱かざるをえないよう教え込んできた結果」、子が監護権を有する者の監護に服することに反対の意思を形成するに至ったといえるような場合には、特段の事情があると判示した。
 また、最高裁第一小法廷平成2年12月6日判決・家月43巻6号18頁、Westlaw Japan文献番号1990WLJPCA12060001も、新興宗教の信者となった拘束者の影響の下に、同教に入信し、拘束者らと共に同教の施設において社会から隔離された集団生活を続け、監護者の選択について必要な情報に接することがないままの被拘束者について、自由意思に基づいて拘束者の下にとどまっているとはいえない特段の事情があると判示した。
 これらの事案は、いずれも、「拘束者が、その置かれた具体的状況や当該意思決定の重大性などに鑑みて必要な情報を十分に取得している状況にないと評価すべき場合や、拘束者が当該子に対して不当な心理的影響を及ぼしていると評価すべき場合」(光岡・前掲66頁)である。
 本判決も、国境を越えて日本への連れ去りをされた子による意思決定がその自由意思に基づくものといえるか否かを判断するに当たって、①情報取得の状況(意思決定の重大性や困難性に鑑みて必要とされる多面的、客観的な情報を十分に取得している状況にあるか否か)と、②心理的影響(連れ去りをした親が当該子に対して不当な心理的影響を及ぼしていないか)などの点を検討する必要があると判示した。①は、将来の生活の本拠地の決定や国籍選択の決定の問題にも関わるという点で意思決定が重大・困難なものであることや、居住国を異にする他方の親との接触が著しく困難になり、連れ去り前とは異なる言語、文化環境等での生活を前提にすれば、意思決定をするために必要とされる情報を偏りなく得るのが困難な状況に置かれることを考慮するものである。
 そして、本判決は、来日時にCが将来の生活の本拠地の決定や国籍選択の決定の問題につき必ずしも十分な判断能力を有していたとはいえないこと、来日後にCとXの間で意思疎通を行う機会が十分になかったこと、来日以来CがYに大きく依存して生活せざるを得ない状況にあること、YがCの米国への返還に抵抗していることなどを理由に、Cが意思決定をするために必要とされる多面的、客観的な情報を十分に得ることが困難な状況に置かれており、また、当該意思決定に際し、Yは、Cに対して不当な心理的影響を及ぼしていると認定している。
 本判決の判断枠組みは、監護開始時の判断能力やその後の意思形成への影響など、昭和61年最判(や平成2年最判)と表面的には類似する判断枠組みを採っているものの、その実質的な内容は大きく異なっていると言えよう。監護開始時の能力につき、昭和61年最判は、意思能力がなかったことを指摘するのに対して、本判決は、将来の本拠地・国籍の決定の問題についての判断能力がなかったことを指摘しているのであって、必要とされる判断能力には量的ではなく質的な差異があるように思われる。また、意思形成への影響についても、昭和61年最判は、他方の親の監護に服することに反対するような意思を子に形成させたことを要求するのに対して、本判決によれば、「不当な心理的影響」というかなり抽象的なレベルのもので足りることになる。
 結局のところ、本判決を前提とすれば、国境を越えて日本への連れ去りをされた子について、子の自由意思が認められるためには、少なくとも、①将来の生活の本拠地の決定や国籍選択の決定の問題について判断できること、②他方の親との接触が十分にあることなどを要することになろう。

(3)顕著な違法性
 従来の判例によれば、共同親権・共同監護権に服する子については、夫婦の一方による当該子の監護は、親権・監護権に基づくものとして、原則として適法と解される(最高裁第三小法廷平成5年10月19日判決・判時1477号21頁、Westlaw Japan文献番号1993WLJPCA10190003、最高裁第三小法廷平成6年4月26日判決・民集48巻3号992頁、Westlaw Japan文献番号1994WLJPCA04260001)のに対して、単独親権・単独監護権に服する子については、親権・監護権を有しない者による当該子の監護は、特段の事情のない限り、顕著な違法性がある拘束と解されている(最高裁第三小法廷平成6年11月8日判決・民集48巻7号1337頁、Westlaw Japan文献番号1994WLJPCA11080001、最高裁第三小法廷平成11年5月25日判決・家月51巻10号118頁、Westlaw Japan文献番号1999WLJPCA05250001、最高裁第二小法廷平成22年8月4日決定・判時2092号96頁、Westlaw Japan文献番号2010WLJPCA08049002)。
 本判決は、国境を越えて日本への連れ去りをされた子の釈放を求める人身保護請求において、実施法に基づく返還決定が確定したにもかかわらず、拘束者がこれに従わないまま当該子を監護することにより拘束している場合には、その監護を解くことが著しく不当であると認められるような特段の事情のない限り、拘束者による当該子に対する拘束に顕著な違法性があると判示した。
 そして特段の事情に該当する場合としては、「子の返還を命じた終局決定が、『事情の変更によりその決定を維持することを不当と認めるに至ったとき』に該当するものとして実施法117条1項の規定により変更された場合や、これに該当することが明らかな場合などに限られる」と解されている(光岡・前掲69頁)。
 本判決を前提とすれば、子が国境を越えて日本に連れ去られた場合、ハーグ条約の対象となる事件であれば、まずは実施法に基づく返還請求を行い、返還決定が確定すれば、たとえ実施法に基づく執行ができなかったとしても、次に人身保護請求を行えば、原則として請求が認められることになろう。

(4)実施法に基づく返還請求と人身保護請求の関係
 ハーグ条約13条2項は、「司法当局又は行政当局は、子が返還されることを拒み、かつ、その意見を考慮に入れることが適当である年齢及び成熟度に達していると認める場合には、当該子の返還を命ずることを拒むことができる。」と規定し、これを受けて、実施法28条1項5号は、「子の年齢及び発達の程度に照らして子の意見を考慮することが適当である場合において、子が常居所地国に返還されることを拒んでいること」を子の返還拒否事由としている。これは、子の利益の観点から、子の意思を尊重するものである。そして、「おおむね子が10歳程度に達していれば、この要件[=『子の意見を考慮することが適当である場合』(筆者注)]に該当する場合が多いもの」と考えられるとの指摘がされている(金子修編『一問一答・国際的な子の連れ去りへの制度的対応――ハーグ条約及び関連法規の解説』(商事法務、2015)152頁)。
 ハーグ条約や実施法と比較すれば、「拘束の有無」に関して本判決が指摘する「将来の生活の本拠地の決定や国籍選択の決定の問題についての判断能力」は、10歳程度の能力では足りず、かなり高いレベルのものを要求しているように思われる。これを前提に考えると、国境を越えて日本への連れ去りをされた子について、実施法による返還請求では請求が認められないのに対して、人身保護請求では請求が認められるという事態が生ずることになる。これをどのように評価すべきか、意見の分かれるところであろう。
 もっとも、本判決は、拘束の「顕著な違法性」に関し、実施法に基づく返還決定が確定していることを前提としていることから、実際には、このような事態が生ずるおそれは小さいと言えるかもしれない。また、ハーグ条約の対象とならない事件については、「拘束」を広く解する本判決を前提としても、拘束の「顕著な違法性」に関し、原則として請求者が単独親権・単独監護権を有していることを要求するため、バランスを失することにはならないのかもしれない。
 そもそも本件のように、実施法に基づく返還決定後に人身保護請求が行われるのは、実施法上の子の返還の執行手続に問題があるためである。まずは子の返還の執行手続の実効性を高める努力を行うべきであろう。

5.差戻審(名古屋高裁平成30年7月17日判決)

 差戻審(名古屋高裁平成30年7月17日判決、Westlaw Japan文献番号2018WLJPCA07176001)は、本判決に全面的に従い、Xの請求を認容した。
 差戻審で、Yは、「近々、東京高等裁判所に対し、実施法117条1項に基づき、本件返還決定の変更を求める申立てを行うことを検討しているところ、この申立てが認められる蓋然性が高いから、上記特段の事情[=顕著な違法性に関する特段の事情(筆者注)]が認められる」旨を主張した。すなわち、「東京家庭裁判所において本件返還決定が出されてから既に2年が経過しようとしており、この間、Cは、身体的にも精神的にも大きく成長し、日本の生活に順応し充実した中学生活を送っている一方、英語の能力が衰え、米国の学校に転校した場合、非常に苦労することが目に見えており、また、Yは健康状態の問題もあって、Cと一緒に渡米することはできないため、Cは、決して折り合いが良いとはいえないXと自宅で2人きりで暮らすことになる不安に苛まれており、実施法28条1項4号の『常居所地国に子を返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐え難い状況に置くことになる重大な危険があること』という返還拒否事由が存在することが明らかであるから、本件返還決定確定後の事情の変更(実施法117条1項)が認められる」と。
 この主張に対して、差戻審は、「本件返還決定が出されてから2年近くが経過し、Cが日本の生活に順応したことなどが、そもそも実施法117条1項の事情の変更に当たるとはいえないし、Cは、出生してから11歳3箇月になるまで米国で生活してきたものであって、米国に戻ることによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐え難い状況に置くことになる重大な危険があるといい得るほど英語の能力に衰えが生じたとは認め難い。また、本件返還決定後に、YがCと一緒に渡米することが不可能又は著しく困難な健康状態に陥ったことを認めるに足りる証拠資料もない。そして、その他Yが指摘する点を併せ考慮しても、Yが実施法117条1項に基づき事情の変更を理由として本件返還決定の変更申立てをした場合に、これが認容される蓋然性が高いと認めることはできない」と判示し、Yの主張を退けた。


(掲載日 2018年8月10日)

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