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判例コラム

 

第158号 明細書に記載されている解決すべき課題が公知技術と対比すると不適切である場合のサポート要件の判断の仕方について 

~ピリミジン誘導体事件知財高裁大合議判決(平成30年4月13日判決言渡)の検討(その3)~

文献番号 2019WLJCC003
北海道大学法学研究科 教授
田村 善之

1 はじめに

 本コラムが扱うのは、知財高裁大合議部判決平成30.4.13平成28(行ケ)10182等(WestlawJapan文献番号2018WLJPCA04139001)[ピリミジン誘導体]である。同判決は、主として、特許権が存続期間満了により消滅した後に提起された無効不成立審決取消訴訟の取消しの利益の有無と、刊行物において化合物が一般式の形式で記載されている場合に当該引例を進歩性の要件の判断の基礎にしうるのか、という論点について判断している。前者の論点に関しては、本コラム「(その1)」※1で、後者の論点に関しては、本コラム「(その2)」※2で既に検討した。本稿では、残された論点として、サポート要件に関する同判決の説示を扱う。

2 事実

 本件は、特許無効審判請求不成立審決に対する取消訴訟である。事件の経緯や本件特許発明の内容については、本コラム「(その1)」や「(その2)」の「2 事実」欄に記したところであるので、そちらを参照されたい。
 サポート要件に関しては、明細書の発明の詳細な説明の記載に従って解決すべき課題を特定し、請求項に係る構成が当該課題に対する解決手段となっていることを明細書から当業者が看取できれば足りるのか、それとも、明細書に記載されていた解決すべき課題が従来技術に比してもはや課題とはいいがたい場合には、そのような従来技術に従って解決すべき課題を構成し直したうえでサポート要件の成否を判断すべきであるのかということが争点となった。
 この点に関し、サポート要件を否定しなかった原審決を批判するに当たり、原告は後者の立場をとった。第一に、本件明細書に記されている程度の課題はすでに公知技術によって解決されており適切ではなく※3 、また、第二に、請求項に係る構成は公知技術の一般式に包含されているから進歩性が認められるためには顕著な効果がなければならないところ、明細書にはそれが記載されていない※4、というのである。

3 判旨

 裁判所は、まずパラメータ特許に関する大合議判決として知られる、知財高判平成17.11.11判時1911号48頁(WestlawJapan文献番号2005WLJPCA11110002)[偏光フィルムの製造法]を引用して、サポート要件は、当業者が、発明の詳細な説明の記載に従って、発明の課題をクレイムに係る発明によって解決しうるということを認識しうるか否かを問題にする要件であることを確認する。

「特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解される(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決参照)。」

 本件の具体的な当てはめとしては、明細書の発明の詳細な説明の記載に従って、「コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物、及びその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供すること」を本件発明の課題であると認定したうえで、この課題に対する解決手段として、本件明細書の発明の詳細な説明には、請求項1にかかる「本件発明1の化合物が、コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すること、すなわち、本件発明の課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる」と判示し、サポート要件の充足を肯定した※5
 そして、従来技術との関係を取り沙汰する原告の前記主張に対しては、まず第一に、「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」という審決認定の課題は技術常識に比較してレベルが低く不適切である旨の主張については、以下のように述べて、明細書の記載に従えば、本件発明の課題が原告主張のようなものになりえないとして退けている。

「しかし、前記(2)のとおりであって、本件発明の課題が、既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又は薬剤を提供することであるということはできない。

第二に、公知技術と比較した顕著な効果がない限り進歩性が認められないのだから、明細書に記載されている「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」では技術常識に比較してレベルが低く不適切である旨の主張に対しては、以下のように述べて、サポート要件と進歩性の要件を混淆することは許されない旨を説いた。

「しかし、サポート要件は、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、排他的な権利が発生することになるので、これを防止するために、特許請求の範囲の記載の要件として規定されている(平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項1号)のに対し、進歩性は、当業者が特許出願時に公知の技術から容易に発明をすることができた発明に対して独占的、排他的な権利を発生させないようにするために、そのような発明を特許付与の対象から排除するものであり、特許の要件として規定されている(特許法29条2項)。そうすると、サポート要件を充足するか否かという判断は、上記の観点から行われるべきであり、その枠組みに進歩性の判断を取り込むべきではない。」

4 評釈

 1) 問題の所在
 サポート要件は、条文上、クレイムに係る発明が発明の詳細な説明の記載に対応しているか否かを吟味するための要件として規定されており(特許法36条6項1号)、その成否を判断する際には、明細書に記載された発明の課題が、クレイムに係る発明の構成を解決手段とすることで解決しうることが明細書に記載されていると当業者が認識しうるか否かによって判断されると説かれていた。この理を明らかにしたのが、パラメータ特許に関する大合議判決であり、本判決も引用している、知財高判平成17.11.11判時1911号48頁[偏光フィルムの製造法]である。
 もっとも、発明が解決すべき課題とそれに対する解決手段は、最判平成10.2.4民集52巻1号113頁(WestlawJapan文献番号1998WLJPCA02240001)[ボールスプライン軸受]が打ち立てた均等五要件のうちの第一要件における本質的部分の範囲を画するためにも用いられているところ、マキサカルシトール事件として知られる大合議判決である、知財高判平成28.3.25判時2306号87頁(WestlawJapan文献番号2016WLJPCA03259001)[ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法]※6 は、以下のように説いて、明細書に記載されている発明の課題が出願時の従来技術に照らして不適切な場合には、従来技術も参酌して、発明の特徴的部分を再構成すべきである旨、判示していた。

「明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時(又は優先権主張日。以下本項(3)において同じ)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ、より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり、均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。」
 そうすると、サポート要件において、発明が解決すべき課題やそれに対する解決手段を特定する場合にも、明細書の記載に従った解釈が公知技術に比して不適切である場合には、公知技術を参酌しながら明細書の記載を再構成すべきではないかということが問題となりうる。

 2) 原告の主張の意味
 本件で原告が主張した原審決の問題点はまさにここを突くものであった。
 すなわち、原告の主張に従う場合には、明細書に記載されている解決すべき課題が公知技術によって解決済みのものも含まれている場合には、サポート要件の成否の判断の前提となる当該発明の課題から、公知技術によって解決済みのものが省かれ、公知技術によっては未だ解決されえない課題に再構成されることになる※7 。その結果、かりにクレイムに係る発明の構成や明細書に記載された解決手段では、当該再構成後の(おそらくより困難な)課題を解決しうることが当業者に認識しえなくなるのであれば、それを理由にサポート要件の充足が否定されることになるだろう。たとえば、明細書記載の広範な解決手段では、当該困難な課題を解決しえない手段、構成も含まれてしまっているから、サポート要件を充足しえないと判断されることになろう(実際、そのように取り扱った原決定を取り消した判決として、知財高判平成30.5.24平成29(行ケ)10129[米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する食品]がある)※8
 また、原告の主張に従えば、クレイムに係る発明の構成や明細書に記載された解決手段が公知技術と近似している場合には、解決手段が公知技術には見られない特有の手段に限定されるものとして再構成される結果、そのような限定的な構成では広汎なクレイムを支えきれないとされ、それを理由にサポート要件の充足が否定されることになるだろう。また、とりわけ、発明に係る構成が公知技術から容易相当である場合にも、当該構成に顕著な効果がある場合には例外的に進歩性を肯定する独立要件説※9の下では、公知技術と近似する構成であるために例外的に明細書に開示する必要が有る顕著な効果が記されていないことを理由にサポート要件に違反するという判断がなされるのかもしれない※10

 3) 本判決の見解
 しかし、本判決は、サポート要件の場合には、あくまでも明細書の記載に従って判断され、明細書に記載されている発明の課題が従来技術と対比して不適切であったとしても、均等論の第一要件における判断手法と異なり、それを理由に発明の課題や解決手段を再構成することはないことを明らかにした(同旨を説いていた先例として、知財高判平成30.5.24平成29(行ケ)10129[米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する食品]がある)。
 このような本判決の理解に従うと、たとえば明細書に記載されている解決すべき課題がすでに公知技術によって解決済みのものを含んでいたり、あるいは、明細書に記載されている解決手段が公知技術によってすでに公に示されているものと同じものであるか、近似していたりしたとしても、解決すべき課題、解決手段がともに明細書の記載に従って判断される結果、それを理由にサポート要件の充足が否定されることはないことになる。この場合、公知技術が周知技術であったり技術常識であったりするのであれば、当業者がそれらの周知技術や技術常識に基づいて明細書を読むと推察しうる限度で、そうした周知技術や技術常識がサポート要件における発明課題や解決手段に資することもあるだろう(参照、前掲知財高判[ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法])。しかし、本判決の理解の下では、だからといって、そのことは、明細書の記載に対する当業者の理解を無視して、公知技術をもって直接発明の課題や解決手段を書き換えて良いということまでは意味しないのである(参照、前掲知財高判[ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法])。

 4) 新規性・進歩性要件による処理との対比
 もっとも、これらの場合に、本判決の理解に従うとサポート要件違反が肯定されなくなるからといって、ただちに問題の発明が特許を取得しうるようになるわけではない。解決すべき課題に公知技術によって解決済みのものが含まれている場合には、クレイムに係る構成も公知技術を含んでいる場合が多いと思われるから、それを理由に新規性喪失と判断されることになろう。解決手段に公知技術が含まれていないとしても、近似する公知技術は存在するのだから、それに基づいて進歩性欠如と判断される場合もあるだろう。また、解決手段に公知技術が含まれている場合には、同じく新規性喪失と判断されることになり、また公知技術と近似している場合にはやはり進歩性欠如と判断される場合も少なくないだろう(進歩性で問題とすべきであるということは、まさに本判決が示唆するところでもある)。そうだとすると、サポート要件に関して、発明の課題や解決手段をあくまでも明細書の記載に従って判断すべきであるとする本判決の見解の適否は、サポート要件で処理する場合と、新規性や進歩性で処理する場合とで取扱いがどのように異なるのかということを視野に入れて吟味すべきものとなる。
 最大の違いは、サポート要件で処理する場合には記載要件の問題となる結果、クレイムや明細書が訂正されない限り、機械的に特許要件非充足となるのに対し(この点は新規性で処理する場合にも変わらない)、とりわけ進歩性で処理する場合には、たしかに明細書の記載は不適切であったとしても、公知技術を斟酌してもなお進歩性を欠如するとまではいえないとされ、特許要件の充足性が否定されないことがありえる。たとえば、解決すべき課題の記載が不適切と判断すべき原因となった公知技術を引例として進歩性を吟味してもなお、クレイムに係る構成は当業者にとって創作容易とはいえないと判断される場合がありえよう。
 出願時に予めあらゆる公知技術を覚知することは困難であり、また、補正や訂正も新規事項を追加すると判断される場合には、原則として出願の拒絶や特許の無効を伴うというリスクを伴う。そうであるならば、技術思想がその内容としては新規性や進歩性を喪失ないし欠如しないものであれば、公知技術を見逃したり、公知技術に気付いた後、補正や訂正をなしていなかったりすることのみを理由に機械的に出願拒絶や特許無効をもたらす帰結は採用すべきではないだろう。そのような帰結は、徒に出願人に出願書類を完璧に作成することを求め、さもなければ特許保護を諦めろというに等しく、非効率的な制度運営となるか、発明とその公開に対するインセンティヴを過少なものとするおそれがあると考えるからである。
 結論として、サポート要件の場面では、明細書に記載された解決すべき課題や解決手段を、公知技術との対比によって再構成することを否定した本判決の取扱いは穏当なものであったと評すべきである。


(掲載日 2019年2月18日)

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